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05 部屋の灯り 1
 やけに温かい。ぬくぬくする。
 ここの所、こんなに温かい感覚で目覚めるの、久しぶり……。
 ぱちり。目を開けると、茶色い板張りの天井が見えた。
「あれ……?」
 藍は一瞬、自分がどこにいるのか分からずに固まった後、がばっと飛び起きた。
 忙しなく視線を巡らせるとそこは、見覚えのないシンプルなモノトーンの和室――。
 枕元にある出窓の淡いグレーのカーテン。
 そのカーテンの隙間から、朝の明るい日差しが木漏れ日のように部屋の中に降り注いでいて、まぶしさに思わず目を細める。
 敷かれている暗いグレーの絨毯上のセミダブルのベット。
 藍は、そこに座っている自分をぼんやりと見詰めた。
 大分多きいサイズの、男物の青いパジャマを着ている。袖丈が長いため、すっぽりと隠れてしまった手を、顔の前でパタパタと振ってみた。
「あ……」
 人の良さそうな青年の、優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。
 ――ああ、そうか。
 寝ぼけた頭にがやっと血が巡り、昨日のことを思い出した藍は、隣で寝ていた筈の『家主さん』の姿を探した。
 シンとした室内には、自分の他には誰もいない。
 枕元のデジタル時計の表示に走らせると、
 AM 7:30。
「芝崎さん?」
 隣の板の間との境の襖を開けて、声を掛けてみたが返事がない。
 ふと視線を落とすと、コタツの黒い天板の上に、一枚の白いメモと五千円札が置かれてるが目に留まった。メモを手に取り、そこに書かれた文章を目で追う。

『 大沼藍様
 今日から三日間、仕事で留守にします。
 部屋の物、冷蔵庫の物は、自由に使って貰って構いません。
 表通りに出てすぐのところにコンビニがあるので、足りない分はこれで買い足して。
 何かあれば、アパート隣に住んでいる大家の佐藤君恵さんに相談して下さい。
 君の事は、話しておきます。
 俺に連絡がある時は、携帯にかけて下さい。
 携帯090 4885 ××××
 ※追伸。
 もしも家に帰る気になったら、大家さんに声を掛けて鍵を預けて行って下さい。
 昨日は、モデルの話を受けてくれて、ありがとう!
 芝崎 拓郎 』

 ――私、ここに居ていいんだろうか?
「迷惑じゃ……ないのかな?」
 ポツリと呟いた声が、誰もいない部屋の中に響いた。
 今、特定の場所にいない方が良いのは分かっている。
 もしも、『彼ら』に見つかれば、確実に自分を助けてくれた親切なあの人に、迷惑がかかってしまうはず。
 それに、ここは郊外とは言え『東京』。本当なら、一番近付かない方が良い場所だった。
 身を寄せるはずだった人物の住所を書いたメモは財布に入れて置いたら、その財布の入った荷物ごと盗まれてしまった。
 覚えているのは『四十歳代の横浜在住の女医』と言うことだけ。肝心の名前を覚えていないのが致命的だった。
 とにかく横浜まで行ってはみたが、住所が分からないのでは辿り着けるはずがない。
お金も無く、行く場所もない。おまけにお腹が空きすぎて、もう歩く気力も無くなっていた。途方に暮れて、ふらりと入り込んだあの公園で、拓郎に声を掛けられたのだ。
 優しい笑顔の、親切な青年。
 ――迷惑を掛けたくはない。
 そうは思うが、実際問題、他に行く当てなど何処にもないし、正直な気持ちを言えば、藍はここに居たかった。
 藍がここに来るまでに声を掛けてきた、妙にギラついた目をした派手な若い男達や、気味の悪い笑顔を浮かべて、やたらと体を触ろうとする酔っぱらいの中年親父。
 そして、財布が入った荷物ごと引ったくって行った、バイクの少年二人組。
 芝崎拓郎という青年は、彼らとはぜんぜん違う。信用できる人間だと、藍は、そう感じた。
 ――少しなら。
 少しの間なら、ここに居ても良いよね?
柏木かしわぎ先生……」
 今までなら、その問いかけに答えてくれていた筈の人物の名を、藍はそっと呟いた。
 脳裏に浮かぶ面影は穏やかな笑顔で、耳に蘇る自分を呼ぶ声は、とても温かい。
 いつも当たり前のように注がれていた、包み込むようなメガネの奥の優しい眼差しが思い出され、ツンと熱いものが鼻の奥に込み上げてきて、ぐにゃりと視界が歪む。
 ――泣いちゃだめ。
 あの人は、あの人達は、ここにはいないのだから……。
 藍はぎゅっと、唇を噛みしめる。
 温室で安全に守られていた篭の鳥は、もう元の場所には帰れない。
 飛び出してしまった現実という名の厳しい未知の世界の中で、自ら考え行動していかなければ一歩も前には進めないのだ。
 その結果がどんなものであれ、他の道は残されていなかった


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