ニート生活
ニートなんていう横文字でいかした職業に就いたのはいつからのことなのか。自室にいる藤棚正也自身にもよく解らなかった。ただ、昔まではプー太郎というあまり響きのよくない職名から、テンションの上がりそうな職名へと呼称が変わった事実だけは知っていたし、少しばかり気に入っていた。
しかし、実質、ニートもプー太郎もやっていることは同質である。自宅警備員と名乗っても、確かにそうだが、実は無職の引き篭もりにすぎない存在。両親に寄生している生命体であり、何もしていないをしている人間ということを意味している。
そのような堕落しきった藤棚に、友達はいなかった。正確に言えば、いるのかもしれないが、それは表面的であって友達らしい友達がいないということである。連絡をとりあっているわけでもなく、会って話すこともない。
だいたい、どうして、自分がニートになったのか、彼自身、理性の深層部分では理解していたのだが、思い出したくなかったのである。解いた答案を、記憶の深層部分に埋めていたのだ。
人生には、選択肢が多すぎる。
大学に入ってから彼に付きまとったものは、まさに選択の連続だった。小中高まではなんとなく生きてきた。周囲の波に逆らわず、そのまま選択肢を見ず、大衆の押すボタンを、彼も押してきただけだ。
なのに、大学生になってからというもの将来への不安が大きく膨らんだ。
一体、自分は何の職に就くのか?
どのように生きるのか。
今、大学にいる意義さえ、彼は見出せなかった。
高校という波に身を委ねた結果、彼が行き着いた場所がただ大学というだけ。今いる大学も、自分の手の届く偏差値ぎりぎりの所であるにすぎない。
法律に興味を持っていたから、彼は法学部に入った。そして、法律を学ぶことに面白さを感じたが、将来に対する不安も感じていた。
できるのなら弁護士になりたかったが、受験というなかなかへこんでくれないボタンを押した後とあっては、弁護士になるための猛勉強をしようとはこれっぽっちも思わなかった。かといって、他の資格を取るのも面倒だった。
だいたい弁護士よりも、いくらか簡単な資格である司法書士ですら合格率が2パーセントというのを知ってからは、頭がくらくらしてしまい講座の受講を止めたのは記憶に新しい。
じゃあ、一体、俺は何になるのだ。彼は、その後自分にそう問うたことを覚えている。そして、その答えは新聞記者だったが、これこそ無理難題なのだった。
競争率が激しすぎる上に、就職後も激しい労働のために平均寿命が六十歳を下回っている。彼は別に長生きしたいわけではなかったのだが、命を削るまでの過酷な職務を果たせる自信がなく、あえなくこのボタンを押すことは留まった。
結局、自分が何をしたらいいのか彼は解らなくなってしまった。医療系に進めば就職は間違いないので、今の大学を辞めてその道に行こうかとも考えたのだが、今の大学を辞めようかどうか悩んでいる時点で、医療の道に進んでも、どうせ途中で辞めてしまうのがオチだと思い、これも断念。
ならば、どうして今ここにいるのか。大学を辞めたわけではない。試験日にだけ行って、試験を受けて帰っているのだ。勉強は全くしていないし、講義を受講もしていないので、当然Fの嵐になる。
無数の、おまけにその大部分が隠れている選択肢の中から一つを選ぶことは苦痛な作業だ。しかし、かといって手持ち無沙汰な状況も彼は嫌った。
何もすることのない時間。
無の空間。
それらは嫌われて、大抵が選択の余地のない有によって占拠される。そして、占拠されてもらうのを多くの人は好む。
彼もそれを好む人間だったが、今回の無は埋めることができない程に深かったのである。
散髪してから三ヶ月経ったぼさぼさ頭をがしがしとかきながら、彼は優しい女の子のことを思い出した。
口下手な彼は大学に入ってからのクラスでの人付き合いに悩んでいたが、そんな彼を気遣ってか、話しかけてくれた女の子がいたのである。
同性とも意思伝達をすることが困難な彼からしてみれば、異性ともなるとなおさらであった。
優しいその異性が自分に話しかけると、彼の口にする言葉は、
「はい」「いいえ」の二択だった。
それでも答えられない時は、最小限の言葉で返した。そうすると、いつしかその子はあまり彼に話しかけなくなった。とはいえ、大学の一回生の後期に突入する頃には、すでに、彼がニートとしての新たな人生を歩み始めていたから、それ以上の交友関係の発展は望めなかったというのもあったのだが。
しかし、人生というのは何が起こるのか往々にして解らないものだ。
なんという偶然か、彼の近所の花屋でその彼女がアルバイトしていたのだった。
たまたま母の日のためにと、カーネーションを買おうとして彼と彼女は再会した。
「最近、大学に来てる?」
彼女の開口一番がそれだった。藤棚は、ああ、と気のない返事をしてそそくさとその場を出ようとしたが、住所を聞かれた。
「レジュメとか渡しに行ってあげるから」
最初は断ろうとしたが、住所を言う方が、話す言葉の数が少ないことに気付いて、彼は素直に住所を教えてその場を退散した。
それからというもの、彼女は定期的にレジュメや講義中にメモをしてくれたノートを持ってきてくれた。
最初は、それを拒んでいた彼だったが、あることが切欠で彼女の親切を受け入れ始め、友好関係を深めていった。
久しぶりに、あの花屋へ行こうか。藤棚は、重い腰を上げて部屋を出た。
家を出るのは二週間ぶりだった。彼の要求するもの必要なものを、親が買い与えていたのだから、そうなるのは必然的かもしれない。
音楽が聴きたくなったり、新たなオンラインゲームが発売されたり、デジタルオーディオが欲しくなったりすれば、両親にその旨を書いたメモを渡すだけでよかったのだから。
朝食、昼食、夜食は、全て決まった時間に作られる。彼は親にそれを自分の部屋に持ってこさすように命じている。自分の部屋から出るのは、トイレに行く時と朝起きて顔を洗う時くらいなものであった。
家では両親が神経質なまでに、彼のことを気遣うからこうなるのだろう。嫌われたくない一心で、ここまでしているのかもしれない。
家を出る時、お金は必要ないの、と尋ねてくる。彼は花を何本か買う程度だったので、三千円くらい、と言った。結果、両親が彼に渡した小遣いは二万五千円だった。
どうして三千円きっかりくれないのか。彼は理解しかねたが、多くをもらって不満を言う必要があるのかにも疑問だった。素直にそのまま二万五千円を受け取り、今こうして歩いている。
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