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大樹が枯れたその後に……
作:甲崎 零火



第三話:絶望と日常の残滓


 見渡せば夜道。学校からの帰り道。
 紅月の綺麗な日だった。東京の小煩いネオンに星を喰われた、暗闇を失った空に、それは何処か場違いに静かに浮かんでいた。
 俺は紅い光の視界の中で「今、この瞬間が夢ならば何でも差し出そう」と思った。
 そして今、その過去を夢として繰り返し体験する自嘲。
 足下に、広がって来る液体。
 紅い、それ。
「大樹!」
 隣りで、琉樹が叫び、走り寄る。
 何に?
 視線をやれば、紅い液体の流れ出した場所に、……大樹のボロボロになった姿が。
「たい、じゅ……」
 口が勝手に開いて、彼の名を呼んだ。
 夢であると分かっていても、昔の通りに感情は動き、身体が動く。
 大樹は、泣きじゃくって彼にしがみつく琉樹の髪を、苦労して撫でながら、俺に向かって微笑んだ。
 俺はふらふらと、その笑顔に惹かれるように、近寄った。
「い、つき……る…を………て」
 弱々しく、小さい声で、彼は何かを俺に告げた。
「何だ、何だよ!」
 耳を大樹の口許にあて、叫ぶ。
「るきをたすけて……るきをよろしく」
 瞳孔が、開いていくのが分かった。


「う……うぅ」
 顔に掛かる和かな朝の光に目が覚めた。寝呆けた頭で夢の残滓を追う。
 古い記憶。十日に一度位は夢に見るから新鮮味はないに等しい。
 それでも古傷を抉るには充分だ。はっきりとあの絶望と、自分に対しての嫌悪が浮かぶ。
 滝のように落ちる汗を拭った。拭っても拭っても、それは止まらずに流れ続ける。
「た、い、……」
 先の言葉は紡げない。俺は琉樹じゃないから。大樹が最期に言ったのは、琉樹を案じる言葉、で。俺の事は、何も言ってはくれなくて。
 ……琉樹じゃ、ないから……か。
 俺と琉樹の違いは、何?
 眠る琉樹。きっと今も、夢の中で都合のいい夢を見続けている。
 …………。
 一瞬浮かんだ考えに自嘲する。俺は馬鹿だ。
 俺も深い眠りに落ちようか。自分に都合のいい夢を見たい。大樹に愛される夢を……だなんて。

 目の前に経つ、嫌味な位に大きい病院。
 そしてまた今日も俺は、黄泉平坂を下るのだ。
 部屋の中には昨日も今日も変わらない姿の琉樹がいるだろう。
 大事な親友の、そして憎くて堪らない琉樹が。
 二人が付き合い出した時、俺は荒れた。
 二人に会いたくなかった。二人に見捨てられたような気がしたから。
 置いて行かないでくれと、泣きじゃくる換わりに人を殴った。
 血が、灼けてヒリつく爛れた心を、包むように濡らしてくれた。
 周りは俺が、琉樹を好きだったと思ったようだった。
 それが尚更俺を荒れさせた。
 そうだったならどれだけよかったろう。
 そうだったなら、告白してフラれたとしても、区切りをつけられたのに。
 そうだったなら、大樹と琉樹が付き合う事を、悔しがりながらも祝福出来たのに。
 何で。何で大樹だったのか。
 けれどそんな時に。
 琉樹の含みのない優しさがどれだけ俺を救ったか。
 琉樹の含みのない言動がどれだけ俺を追い詰めたか。
 琉樹は知らない。俺がどんな気持ちでいたのか。
 琉樹が「大樹に告白しようと思うの……」と言った時、殺してやろうかと思った。
 俺は、大樹がけして断らない事を知っていた。
 大樹は「俺が琉樹と付き合う事で、三人の関係が変わらないでいられるなら」と俺に言った。
 大樹は「三人の友情がいつか誰かの愛情のせいで壊れるなら、俺は友情を愛情にする事を選ぶよ」と俺に言った。
 そんな言葉を優しい笑顔で言ってみせる大樹に、俺は「そうだな」としか言えなかった。
 好きな相手が目の前で、親友の物になるのを俺は見ていた。
 そしてずっと見届けた。最期まで。
 琉樹。
 大樹。
 俺は、俺だけが自分の気持ちを二人に言わないままだった。
 俺は病室のドアを開いた。笑顔を張り付けて。
 琉樹がいる。こちらに背を向けて、琉樹が立っている。
 俺の、かつての日常の残滓、が。












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