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大樹が枯れたその後に……
作:甲崎 零火



第十一話:琥珀色の世界、終章


 そして、世界は廻る。廻る。
 私は繰り返す既視感(デジャブ)を、……世界を見ないフリする。気づかないフリをする。
 私は夢の中で眠る度に、自分が夢を繰り返し見ている事に気づく。そしてまた夢の中で目覚める度にそれを忘れる。
 それでも再び来る、世界の終わりで視るのはいつも貴方。
 最も愛しくて、最も憎い貴方。
 貴方は何て言っているの?
 そう思いながらも、私は何処かで気づいてる。
 貴方の声が、世界を繰り返す度に鮮明になっている事に。
 私は聞こえないフリをする。
 その言葉に、予想がついているから。
 あんなにも願っていながら、聴きたくなかった言葉だから。
 




「…は今………前が…く…堪ら…いよ」





 段々と夢が鮮明になっていく。聞こえなかった樹の声が聞こえてくる。
 私は聞こえなかった樹の言葉に安堵し、次に巡る世界の終わりで、樹の言葉が聞こえてしまう可能性に怯える。
 もう分かってる。もうあの偽りだらけの天国で地獄な日々は終わってしまった。
 大樹はもういない。もう何処にもいない。
 私は現実から目をそらした。樹は逃げなかった。
 愛しい樹。でも、貴方に本当の事を知られてしまうよりも、大樹に私の偽りを知られる事の方が本当は、ずっと怖かったの。
 大樹は神様みたいに優しくて美しかったから。その美しさの前に、私の醜さを曝け出すのは何よりも怖かった。





「俺は今………前が…くて……ないよ」





 世界が廻る。廻る。
 そしてまた、この記憶に辿り着く。



 

「あ、ほら。今日は随分と紅い」
 文化祭前夜。準備に追われて、いつもより帰りが遅くなった。
 周りはもう暗くて、紅く光る車のライトが映える。
 何故、車のライトは紅なんだろう。不吉な感じがする、この暗い紅。
 この色を見ると、理科の教科書に載ってた、血液を含まない「新鮮じゃない血」を連想する。
 そんな物思いにふけっている時、大樹の声で夜空を見れば、満月から裂け逝く月があった。
 紅い血に塗れたような、それ。
 私の隣で樹もまた、ぼんやりと月を見ていた。
 ……樹が、この先も私の隣にいてくれるなら。
 大樹を愛しく思う時間よりも長く強く、私を憎んでくれるなら。
 私はどんな嘘でも吐く。貴方を傷つけ続ける。
 ほら、あの月も私達の心と同じように血塗れ。
 私か吐いた嘘で血塗れ。
 ……紅月の、綺麗な夜だった。

「しかし随分時間かかったねー」
 大樹がわざとらしく溜息を吐いた。
「……大樹は仕事引き受け過ぎ」
 ぼそぼそと樹が返す。
 今日は文化祭前日で、ひたすら朝から準備をしてた。
「?そんなに引き受けてないよ」
「大樹は引き受けてるんじゃなくて、自分で増やしてるから質が悪いのよ……」
 こう見えて、生徒会長なんてやってる大樹は日頃からよく雑用に追われている。
 ちなみに樹は副会長で、私は会計だ。領収書なしでは予算から支払わない鬼会計として知られている。
 でもそれも明日の文化祭で終わりだ。私達の学校では、文化祭三日目の後夜祭で、生徒会の引継ぎが行われる。
 忙しかったが、幸福な日々。
 文化祭が終わったら、私達も否応なしに来年の高校受験に備えなくてはならない。
 私達は志望校が同じだ。都内でもトップクラスの高校。失敗したら離れ離れ。
 この三人の中では、一番危ないのは私だろう。
 私だけ落ちたら。
 樹と大樹だけが同じ高校に行ったら。
 そんな想像をしてしまう。
「ねぇ、琉樹……」
 前を歩いていた大樹が、振り返って私に声をかけた。暗さと、大樹の後ろから射してくる明かりで表情が見えない。
「今日、ちょっとこの後話があるんだけど……」
「何?あらたまって……」
 私の隣を歩いていた樹が、物言いたげな顔をする。
 樹が言いたいのは、自分の目の前では出来ない話とは、何か、という事だろう。
「うん。ちょっと、ね……」
 その時、派手な音がした。
 ちょうど隣を走っていたトラックが、急ブレーキをかけた。
 何でかなんて知らない。そのトラックに後続の車がぶつかる。ぶつかる。
 トラックに積んであった、何だか良く分からない重そうな鉄の柱が、私達めがけて落ちてきた。

 一番最初に反応したのは、樹だった。
 樹は大樹と私めがけて、咄嗟にタックルをした。
 私はそれで鉄の直撃から逃れた。
 でも、それでは樹は転んで鉄の下敷きだ。
 慌てて顔を上げると、私の前に樹が飛んできた
 大樹はぶつかってきた樹を捕まえて、思いっきり私の方に向かって投げたのだ。
 大樹は、目の前で、鉄の下敷きになっていた。

 足下に、広がって来る液体。
 紅い、それ。
「大樹!」
 私は叫び、走り寄る。
 大樹は笑っていた。明らかに右腕と右脚が鉄の柱の下敷きになっている。
 大樹が何か言おうとした。聞こえない。
「何?何て言ってるの?」
 私は大樹の口元に耳を当てる。
「琉樹……もういい………嘘はもういい……分かってる。分かってるから」
 私は自分の目が見開いていくのを感じた。
 大樹は何を言っているの?
「琉樹が好きなのは……樹でしょ?……全部、知ってる……」
 うそは、もういらない。いつきに、すきだって、いってよ?
 大樹は吐息のような声でそう呟く。
 おれは、おうえんする。こんな、うそつくほど、にくまれることをのぞむほど、るきはいつきがすきなんでしょ?
 私は信じられなかった。こんな自分の血の池の中で、何故、大樹は私にこんな事を言うのか。
 こんな神様みたいな笑顔で。
 普段と何も変わらないような目で。恨み言も、苦痛も口にせずに。
「でも、でも樹は大樹が好きで、大樹は樹が好きだから……」
 おれは、いつきがすき。でも、るきもだいすき。
 そう言って大樹は笑う。動くわけない腕を上げて、私の頭を撫でる。
 ねぇ、くるわないで、るき。しあわせになって。いつきをしあわせにしてあげて。
 おれは、さんにんのかんけいが、こわれるのがこわかった。こわさないですむなら、るきのうそにつきあうのもよかった。
 でも、それでも、おれたちのかんけいが、こわれるなら、おれはいつきを、しあわせにしたい。るきを、しあわせにしたい。
 そこで、ふらふらと、樹が近寄ってきた。
 私には分かった。大樹の笑顔が、樹に向けるためだけの、愛おしくて堪らない者を見るものに変わるのを。
 それは樹が大樹を見ていない時にのみ、大樹が樹に向ける視線だった。
 大樹はずっと我慢していたのだ。隠し続けていたのだ。
 自分の恋情を樹に気づかれぬようにする為に、その視線を隠していたのだ。
 本当はもう喋る力もないのに、最期に残った命の灯火を燃やして、大樹は言葉を発した
「い、つき……るきをたすけて」
 大樹はきっと言いたくて堪らないだろう、自らの恋情を伝える事はしなかった。
「るきをたすけて……るきをよろしく」
 この人は、神様だろうか。
 その大樹の言葉を誤解したであろう樹は、私の目の前で驚愕と憤怒と絶望に瞳孔を開いていた……





 最後の記憶が途切れた。
 また白い部屋。
 また貴方の言葉が鮮明になる。
 私は耳を塞ごうとする。
 それでも身体は動かない。
 この牢獄のような白い部屋の中で、私の受ける罰は貴方の声を聞き続ける事。
 これは、単なる現実だ。
 贖罪のない代わりに慈悲もない、そんな現実。




「俺は今でもお前が憎くて堪らないよ」


 お久しぶりです。甲崎零火です。
 今回でやっと過去編が終了です。……挿入のはずの過去編の方が、長いのは……何故だろう。
 次回からまた、樹君視点の本編に戻ります。
 もうすぐ(予定では後4話位、のはず)で話が終わります。
 結末は決まっておりますので、また日もそれほど経たずにお送りできると思います。
 どうか、最後までお付き合い下さい。
 次は、番外編に「大樹編」を載せる、予定です。
 載せられると、いいなぁ……(苦)
 では、また近い内にお目にかかりましょう、甲崎零火でした。











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