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勢いに任せて書いたので、よく分からないことになっています。ちなみに、作者はホラーが苦手です(笑)
帰り道
作:朝霧遊水



夕暮れの街を一人歩く。学校も所属しているクラブも終わり、僕は一人帰路についていた。斜めがけのかばんが肩に食い込む。
毎日変わらない生活。擦り切れた日々。僕はそれに退屈していた。
ふと、細い道を見つけた。茜色の世界でそこだけぽっかり切り取られたような、深い深い、どこまでも深い黒。何故だかそこに視線が釘付けになった。
こんな道、あっただろうか。毎日、通っている道で知らないはずがないのに、今まで気にしたことなんてなかった。
僕は自然と吸い寄せられるように、その道へ向かう。


ぞわっ


その道に入った瞬間。空気の質が変わった。静かで冷たくてまとわりつくような。体中の穴という穴が開くような感覚。寒気というよりも怖気。
頭の中で、何かが警鐘を鳴らす。
ここにいてはいけない、ここにいてはいけない、ここにいてはいけない
大音量で警告。
しかし、何が怖いというのだろう?……怖い?僕が怖がってる?ありえない!
何かに操られるように、ゆっくりと前へ歩を進める。
怖がるものなんて何もないじゃないか!そうだ、何もない、何もない、何もない……?
本当に?という気持ちが自分の中で生まれる。
僕はそれを押さえつけた。
やがて暗くて細い路地裏は、小さな広場に繋がっていたのだと分かる。虚無のような黒の果てに、暁の光が見えた。

そこに、蠢いているものがあった。

僕はそれをよく見ようと目を凝らす。
それは、人型だった。上半身だけを起こしている。長い髪が垂れていた。女、だろうか。
それをよく見ようと、僕はさらに一歩を踏み出す。
影はうつ伏せになるように体を折った。

ぴちゃぴちゃぴちゃ

僕は近くに棲みついていた子猫を思い出した。ミルクをやると、こんな音を立てて啜っていたものだ。そう、それは啜る音に違いなかった。

……何を?

そう、思い至って僕は恐怖する。そう、認める。僕は恐怖する。
その時、つんと鼻に届いた臭いがあった。どろりと濃厚な、鉄の臭い。

ぴちゃぴちゃぴちゃ

何かを啜る音が断続的に続く。
いや、『何か』なんてぼかした言い方はやめる。
それが、啜っていたのは『血』

何か見えない手に背中を撫ぜられたようだった。吐き気がする。気持ち悪い。受け入れられない、生理的な嫌悪感!
少しでも『それ』から離れたくて、僕はあとずさろうとする。

じゃり


「あ……」

間抜けた声が喉から漏れた。スニーカーが地面をこすって、音が響く。そして、僕の声。
これで、気付かないわけがなかった。
『それ』は弾かれたように僕を見る。
女だった。美しい女だった。つるりとした卵形の輪郭。陶磁器のような白い肌。少し切れ長の目はてらてらと濡れている。赤い唇の端から、つーっと更に赤い液体が滴り落ちる。

僕は動けなかった。『それ』の美しさに眼を奪われたのか、恐怖で足がすくんだのか。それは僕自身にも分からない。そんなことどうでも良い!

『それ』は僕の姿を認めると、にたりと哂った。

「貴方、見たわね?」

か細い声だった。普通なら耳に心地良いと思われるそれでも、今の僕には恐怖の対象だ。

「ぅ……あ……」

喉がくっついたようで、上手く声が出せない。息も苦しい。
そんな僕を見て『それ』はくすくすと哂う。

「いけない子ね。うふふふふ……」


ひたり、ひたり


『それ』は近付いてくる。
その度に僕の中の恐怖が心を食潰していく。
僕は耐えきれなくなって、踵を返した。

怖い怖い怖い!

僕は必死に走る。


ひたり、ひたり


『それ』はゆっくりと僕を追う。足音はいくら走ろうと僕の後ろから離れない。


ひたり、ひたり、ひたり



僕は思い切って振り向く。
『それ』は足を引きずるようにしながら、着実に僕を追っていた。
僕は恐ろしくなってがむしゃらに足を動かす。
息が苦しくなる。頭の中も真っ白だ。それでも僕は足を止めない。それは本能。『あれ』に捕まっては、いけない。
そうすると、やっと闇に光が射す。僕が毎日通っている、道だ。
そこまで出ると、世界に光が満ちたようだった。蒸し暑い午後の空気がこんなに心地良い。子供の笑い声が心を安らかにする。


ひたり、ひたり、ひた……


やがて『それ』は足を止める。こっちの世界に来るのを恐れているのだろう。そう僕は解釈して、息を整えて帰り道を急ぐ。今日はもう、家に帰って寝たい。



家にたどり着き、鍵を開けるといつも通りの光景がそこにあった。
僕は、大きく息を吐く。
何を怖がっていたんだ。そう、何も怖くなんて……


ひたり


……え?
背中を蛆虫が這い回るような、気持ち悪さ。
何で何で何で?『あれ』はまいたはずだ?
疑問符が頭を埋め尽くす。
そんなことよりそんなことよりそんなことより!早く逃げろ!!

……でも、どこに?

逃げ場なんて本当にあるのか?だって、ここは日常の空間で、あんなおぞましいものとは無縁のはずの空間なのに、そこにすら『あれ』はいとも容易く侵入してきたのに?
膝が震える。


ひたり、ひたり、ひたり


それはひたすらに、同じ歩調で僕に近付く。
僕は、急いで家の鍵を閉める。震える手で、何とかそれに成功する。
二回に駆け上がり、自室にもさらに鍵をかける。そしてドアを塞ぐようにベッドや椅子を移動させる。

カッターナイフを取り出し、早鐘のような心臓を鎮める。
大きく深呼吸。大丈夫、きっと大丈夫。こんなところに『あれ』が来るはず……


ひたり、ひたり、ひたり


後ろにいるはずなんてないのに、僕は思わず後ろをを見た。
そこには窓から血のように赤い夕闇の空が覗いているだけだ。

大丈夫、大丈夫。
僕はもう一度大きく息を吸った。
そして、異臭を感じた。二度と嗅ぎたくない類の、しかし一度嗅いだら忘れられない臭い。鉄の臭いと、何かが腐った、肉の腐ったような臭い。
僕は思わず、口元を押さえる。

「うふふ……うふふふふふふ……鬼ごっこの次はかくれんぼがお好きなの?うふふ……流石若い子ね。うふふふふ……」

何でこんなに近くに声が?!


ひたり、ひたり、ひたり……ぎしっ


僕の家は新しいとはいえないものだから、階段が決まった段で必ず軋む。あの音は、それ、だった。

「鍵なんてかけちゃって悪い子ね。うふふふふ……」

あの扉を、壊した?ならこんなちんけな鍵なんてすぐ、意味をなくすんじゃないのか!?
僕は一層強くカッターナイフを握り締めようとしたが、汗で滑って上手く掴めない。


ひたり、ひたり、ひたり

「ここかしら?あら、違ったわね」

隣の部屋の扉が開かれた音がした。
もうすぐ、もうすぐ『あれ』がここに来る!死んで、たまるものか!


ひたり、ひたり、ひたり


僕の部屋の前で、足音は止まった。ごくりと飲んだ唾でさえ、煩いようだった。


ガチャ


ドアノブが動きそうになって、止まる。

「うふふふふ……ここにいらっしゃったのね。うふ、うふふふふ……」

ぞわり、ぞわりと一瞬ごとに嫌悪感が増す。
だけど、そう簡単に入室できるはず……

「え?」

ドアが、どろりと溶けた。チョコレートが溶けるように、いとも容易く、溶けて、なくなる。

「ぅ、うわゎあぁあぁぁぁっ!」
「あら、面白い声で鳴かれるのね。うふふふふ……」


ひたり、ひたり、ひたり


逃がさないとでも言うのか、ゆっくりとでも確実に『それ』は僕に寄る。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!まだ死にたくない!!
少しでも距離をとりたくて、窓側に這って行く。蝉の鳴き声が遠く聞こえた。

「逃げちゃ駄目よ。うふふふふ……」


ひたり、ひたり、ひたっ


僕の目の前で、『それ』はとうとう立ち止まった。
血の臭いと腐臭はむせかえるほど部屋の中に充満していて、わずかばかり残っていた思考能力すら奪っていくようだった。
『それ』が身を屈めて、僕の頬を撫でる。氷よりも冷たいその指が、そっと耳の下から顎のラインをなぞる。ぞくぞくと妙な興奮。

「怯えちゃって可愛いわね。うふふふ……」
「ぇ……ぅぇあ……」

意味のある言葉なんて出ない。腰が抜けて、動けない。
『それ』はさらに僕の首を撫でる。
鳥肌が立っていく。怖い、気持ち悪い、怖い気持ち悪い怖い気持ち悪い……!
ガチガチと歯が鳴る。僕は唐突に手の中にあるものを思い出した。

「ぅわあぁあぁぁぁっ!」

何も考えず、考えられずにひたすらに腕を突き出す。


ずぷり


「あら?」

『それ』は意外だというように声を上げた。僕の持っていたカッターナイフが、『それ』の腕に刺さっていた。筋を切る、気持ち悪い感覚。生暖かいものが、カッターナイフを伝って僕の腕にかかる。

「元気の良い坊やね……うふふ、私そういう子嫌いじゃないわ」

楽しそうに『それ』は哂って、ぺろりと自分の腕を舐めた。

ぺろり、ぺろり、ぺろりぺろりぺろり

夢中に血を舐める恍惚とした顔。
異常だ。自分の血を舐めて悦に浸るなんて異常だ!
『それ』は自分の血を舐め終えると、僕の腕をじっと見つめる。僕の腕の、血を、じぃっと。
『それ』はゆっくりと手を伸ばして、僕の腕を掴んだ。痛いほどの力。

「うふふ……」

嫣然とした笑みを浮かべて、『それ』は僕の指を口にくわえる。そしてぺろぺろと舐めだした。ざらざらとした舌の感触に僕は金縛りにあったように動けなくなる。
『それ』は僕の体に付着していた血を全部舐め取ると、少し不服そうな顔になった。

「貴方の血は、美味しいかしら?」

『それ』はがりっと僕の指先を噛み切った。
痺れるような痛みは恐怖に変わる。

「や、止めろおぉぉっ!」
「うふふ、どうして?うふふふふ……」

『それ』は僕の指先から血を吸い上げる。頭の芯の方から麻痺していくようだった。

「うふふ。とっても美味しいわ」

とろけるような甘い声で、『それ』は呟く。

「うふふふふ……貴方も食べてみる?」

僕が何も言い出せないうちに『それ』は僕の指を切断して、切り口を僕の口に押し込む。
血血血血血血血血
鉄の臭いにむせ返る!あまりの痛みと、衝撃と、吐き気をもよおす鉄の臭い。気持ち悪さに、視界が滲む。

「美味しいでしょう?美味しいでしょう?何物にも代えがたい快感でしょう?気持ち良いでしょう?うふふっ、うふふふふ……!」

ぺろりぺろり

それは僕の涙を舐める。

「これはあまり美味しくないわね」

そう呟くと、『それ』は僕の頬に歯を突きたてた。
血が血が血が血が溢れ出す。
それはやはり、僕の血を愛しそうに舐めとり始めた。

「美味しいわ美味しいわ……やっぱり若くて元気な子は美味しいわ」
「もぅ、許して……ごめんなさい、ごめんなさい……」

自分でも何故そんなことを言っているのか分からなかった。とにかく、もう止めて欲しかった。
『それ』は僕の血を舐めとるのを止めた。
そして、僕を見て、哂う。

「貴方、自分の何が悪かったか理解しているの?うふふ、分かっているの?うふふっ、うふふふふ……」

楽しくて仕方がないように『それ』は哂う。

「分かりません、分かりません。すみません、許してください、ごめんなさいごめんなさい……もう、止めてください。殺さないでください」

それはさらに、哂う。
そして僕にもたれかかって、首に噛み付いた。



「貴方が悪かったのは、唯一つ。『運』よ。うふふふふ……」



血が、迸った。














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