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Clump,Clump 作者:モロクっち

第2章 11月18日

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〔3〕



 何が起きたのか、ソロには一瞬、いや数秒、わからなかった。
 それは大音響だったのか、はたまたただの衝撃波にすぎなかったのか。
 ソロの世界が一瞬無音になった。耳に蓋をされたかのようだった。空気が頬を殴りつけ、まぶたはひとりでに閉じた。
 まぶたが降りたのは一瞬のはずだ。
 だが、ソロが再び目を開けても、世界は真っ暗だった。
 聴覚のつかえが取れ、男たちの怒号と悲鳴と、金属が潰れる騒音が、耳と脳の中に流れ込んでくる。
 ミンクの声も聞こえた気がしたが、クラスタの声のようなもののほうがずっとよく聞こえた。ひぃひぃという、嗚咽にもうめき声にもなれなかった呼吸音だ。
「クラスタ!」
 ソロは、ミンクより、戦闘能力のないクラスタを優先した。ひぃ、と返事なのかどうかわからない反応が返ってくる。
「クソ、何があった!?」
「てて停電だよ! 停電!」
「それだけじゃねえだろ、これは!」
「わからない! わからないよ! ささささっき悲鳴が聞こえた、アンテロープの声だ! なんなんだよ、いったい!?」
 わからない、わからない、わからない。情報屋からこれほど「わからない」という言葉を聞き出した日は初めてだ。
 だが、有益な情報もあった。停電。ソロはこの町に住んでからまだ2年だが、停電を経験したのは初めてだ。第二ウェンガンではたびたびだったので、ずいぶん電力設備が整った町だ、さすがはワンダーランドだと感心していた。
 また、皮膚が痺れるほどの轟音。
 誰かが断末魔の叫び声を上げていた。
 ギチギチギチギチ、と聞き慣れた『音』も聞こえる。
 ふつふつと、ソロの血管と細胞を悪寒が走る。
 苛立ちと、怒りが、胸の奥底から、ごぼごぼと湧き上がってくる。

 スナッチ!

 ソロは、自分の右手が、知らないうちに愛用の改造銃を抜いていることに気がついた。
 職業柄、異変があれば銃を抜くという動作を、無意識のうちにやってのけられるらしい。これに気づいたとき、ソロは自分が他人に思えた。
 電灯がなければ、ピットフォール内は洞窟に等しい。しかし、薄い鉄板の壁の向こう側も、夜のはずだ。どこに行っても暗闇か。
 だが、ソロには、わかる。
 そこらじゅうに、スナッチがいる。
 ぎりりりり、と胸が痛む。血管が焼けつきそうだ。吐く息が、火のようだ。
 殺さなければ、
 殺せ。
 1匹でも多く。
 いや、それでは、生ぬるい。皆殺しだ、殲滅するのだ。
 逃げるなよ。
 殺れ、ソロ!
 ブツン、と音のようなものが聞こえた。その一瞬、視界が真紅に染まったような錯覚があった。
「クラスタ! そこ動くな!」
 まともな返事はなかったが、彼がパニックになって駆け回っている様子はない。腰を抜かしているなら、かえって好都合だ。
 ソロは体勢を低くして、左手を前に伸ばした。ほとんどあてずっぽうだったが、運良く、泳いだ手はすぐ鉄の塊に触れた。
 ミンクの車だ。さっきバリツがボンネットに酒やら煙草やらを乗せていたが、きっと全部転げ落ちてしまっただろう。
 車は機動性を重視したオープンタイプのバギーだ。ソロは運転席に飛び込んだ。車載機銃もあるはずだが、この状況で撃ちまくるわけにもいかない。
 目をこらして、イグニッションスイッチを確認する。
 運が良かった。キーはささったままだ。
 エンジンをかけ、ヘッドライトをつける。
 見なければよかった、と後悔する光景が照らし出された。
 数匹のスナッチが、突然の光を浴びて、一斉に身を強張らせていた。そして同時にこちらを向いた。
 どこに目があるのかわからないが、こちらを見たのが頭部なのだろう。中には、それが顔かと問い詰めたくなるようなものもあった。
 音が、炸裂。
 一瞬の隙を突いて、誰かが引き金を引いたようだ。一匹のスナッチが骨や内臓や肉をばらまきながら吹っ飛んだ。だが、一匹だけだ。
 左の奥にいたスナッチが跳躍した。
 ソロはすでに銃口をそちらに向けていた。

 ハートが見える(・・・・・・・)

 改造銃から放たれた徹甲弾はたった一発。だが、それは、ソロの感覚がとらえたスナッチ体内のハートに食らいつく。
 めくれる硬質の皮膚、穿たれる肉。爆ぜる内臓。
 果実のように砕け散るハート。
 もう1匹!
 正面にいる!
 ソロは銃を真正面に向け、両手で構え直す。自分が息をしていない。
 跳んでくる。スナッチがボンネットに爪を立てようとした。だが、それは許さない。爪がカチリとボンネットに触れた瞬間、ソロの銃は火を噴いた。

 ハートが見える(・・・・・・・)

 鋼鉄をも貫く特殊撤甲弾は、スナッチの急所を正確にとらえた。ずばん、と人間よりも大きな身体が弾け飛ぶ。
 バギーのボンネットに、ばしゃあと血の雨が降る。
 ソロは舌打ちした。ピットフォール内には四輪車やグリフォンが十数台も詰め込まれているし、人も多いし、ガラクタにしか見えない機材がそこらじゅうに転がっている。
 エンジンをかけても、車で脱出はできそうもない。
 もとよりヘッドライトをつけるのが主目的で、脱出まではあまり期待していなかったが。
 そのとき。
「ソロ! バックしろ、バック!」
 ミンクの声だ。
 助手席に彼が飛び乗るのがわかった。
 ソロは返事もそこそこにギアをリバースに入れ、アクセルを踏み込む。
 後部座席にも人の気配があった。さっきまでクラスタが腰かけていたツールボックスが、どんどん遠ざかる。
 ソロはそこで初めて後ろを確認した。暗闇にようやく目が慣れ始めていた。
 シャッターが開いているのが見えた。そして後部座席には、クラスタとバリツが乗っていた。
 バリツは車載機銃をつかんでいたが、単にしがみついているだけにも見えた。クラスタは頭を抱えて何かわめいている。
 工具やドラム缶や機材を撥ねながら、バギーはピットフォールから脱出した。
 ソロはギアをローに入れた。アクセルをいっぱいに踏み込めば、タイヤが甲高い悲鳴を上げる。
 緊張状態の中で見たワンダーランドは、真っ暗だった。いまだに停電しているのだ。そして、夜になったばかりの濃い藍色の空で、黒いちぎれ雲が、飛び回っていた。
 否。
 あれは雲ではない。雲ではないのだ。
 ざあっ、と上空のスナッチの複数が同時に動いた。こちらのヘッドライトに気づいたのだろう。
 バリツが機銃を撃ちだした。重々しい銃声、薬莢が散らばる甲高い音。迫り来るスナッチは空中に肉と血と金属片をまき散らし、多くはバギーに近づく前に墜ちていく。
 だが、とてもすべては捌ききれなかった。スナッチは車の側面に、正面に、ためらいもせず体当たりを食らわせてきた。
 まずい。ピットフォール内にいたほうがマシだった。
「バリツ、つかまってろ!」
 ソロはハンドルを切り、再びピットフォール内に突っ込む。ちいさく、バリツが驚きの声を上げていた。こんなときでも彼は寡黙か。
「シャッターだ! シャッター閉めろ!」
 ミンクが怒鳴り、助手席から飛び降りた。
「ぉぶぇッ」
 ソロが聞いたこともない、ミンクの声だった。
 振り向いたとき、シャッターの前にはスナッチがいて、半分頭がなくなったミンクが立っていた。
 が、一秒後には倒れていた。
 翼を持ったスナッチだ。コウモリのものに似た翼だったが、その先端には金属製の――そう、マシェット状の――大きな突起があった。
 ぬらぬらと、暗がりの中で光を放つ刃の上に、ミンクの脳味噌と髪の毛が引っかかっていた。
 スナッチの顔は、一つ目だった。
 円盤のような目が、ゆったりと回転しながらソロを見つめていた。
『ギギィィィィギチギチチチチッシャッギヂヂシャッタアアアアシメロシメロシメロ!』
 その目の向こうに、ハートが見える。
 そのハートに、ソロが放った撤甲弾がめり込む。
 スナッチの身体は、ミンクの脳味噌といっしょに四散した。
「バリツ!」
 呼びかけながら振り返る。車載機銃の銃声が聞こえなかったからだ。
 早く撃て、撃ちまくれ。そう言いたかったのだが、ソロが見たバリツは、バギーの後部座席で下半身だけになっていた。胸から上は、あぎとと翼だけでできているようなスナッチに、むしょむしょ租借されていた。
 のどの奥に、ハートが見える。
 ソロはそのスナッチも吹き飛ばした。飛び散った肉片の中に、茶色の瞳の眼球を見た。たぶん、バリツのものだ。なんということだ。
「ひぃぃッ、ひぃぃぃぃぃッ!」
 後部座席からあわれな悲鳴が聞こえる。
 クラスタ、まだ生きていたか。バリツの血と内臓にまみれ、うずくまって震えている。
 そうだ、彼はヴォーパルではなかった。スナッチは同胞の仇であるバリツを優先して殺害したのだ。
「ぁげぇぇぇえ―――ッ」
 長く尾を引く悲鳴が彼方から聞こえてきたかと思うと、ソロの足下に何かが飛んできた。
 どてっ、と重く湿った音がした。
 それは……あの飲んだくれの……なんという名前だったか……ああそう、マリンバの首だった。
 凄まじい力で身体から引き抜かれたらしく、首のぐさぐさになった切断面からは、灰白色の脊椎が長くのびている。
 ちりちりと、血が燃える。暴れる。ソロはもはや何も言わない。
 ハートが見える。いくつもいくつも。
 ソロが引き金を引いた数だけ、ハートは消える、スナッチは消える。12発を撃って、撤甲弾入りのマガジンがひとつ空になった。
 そしてピットフォール内に闖入したスナッチは、残すところあと1匹。
 同胞を的確に殺す弾幕が途切れ、生き残りが怒りの視線と咆哮をソロに向ける。
 ギチギチギチギチ、耳障りな雑音の入る咆哮だ。
 すでに何人のヴォーパルを喰ったのか、その身体は変異を始めていた。
 肉が蠢き、骨が軋み、金属が結晶のように成長している。来たときは翼で宙を自由に飛び回る形態だったが、すでにその翼は収縮し、不格好なフリルのようにひらひら揺れているだけだ。人間の腕に似たものが、筒状の胴体から3本生えていた。
 顔には、人間か猿のもののような顎が現れていた。唇はなく、歯はむき出しだ。歯並びは悪い。犬歯が大きすぎる。
 だが、誰もが見慣れた顎を持つにもかかわらず、針で突いた穴のような小さい目が、右側に3つも4つもあるという異相であった。
 蛇が出すような音を、食いしばった歯のあいだから漏らしている。
 ぺたぺたと、四つん這いの人間のように、3つの手で歩み寄ってくる。
『ニ、ニ、ニゲェロオオオオ。ニゲゲゲギギギロォォォォウ。ギギギギ……チチチニゲロォォォォアアア、ア、ア』
 歩きながらも、スナッチは進化を続ける。
 肉がむき出しの皮膚を、金属がツタのように伸びて覆い隠そうとしている。人間じみた手に、髪の毛が生え、抜け落ち、爪が生え、剥がれていく。骨が曲がり、指が短くなっていく。徐々に3本の腕は、人間の足になっていく。
 ソロは落ち着いていた。すでにマガジンを再装填していた。銃口も、スナッチのハートに向けている。
 あとはトリガーを引くだけ。
 そのとき、ソロは、足下から這いのぼる震動を感じた。
 停電の次は、地震か。
 町が震えている、そう感じた。
 ぞくっ、とほんの一瞬、ソロの身体は勝手に戦慄した。恐怖も、寒さも、感じなかったのに。
 意外だったのは、ソロが震動を感じたとき、スナッチもまた歩みをとめて、するどく息を吐きながら、首を傾げたことだ。スナッチが怯えたか、焦ったように見えなくもなかった。
 だがそれは、ソロにとっては絶好のチャンスでしかなかった。
 1発の銃弾が、異様な進化を遂げた最後のスナッチを、ばらばらに分解した。



 スナッチには急所がある。それが、〈ハート〉と呼ばれている場所だ。
 ひとつとして同じ形態のないスナッチであるから、ハートの位置も大きさも個体によってまったくちがう。体表にむき出しになっているものもいるにはいるが、ごくまれだ。たいていは体内の奥深くにひた隠す。
 ハートを撃ち抜かれたスナッチは、きれいに爆散して即死する。単発で撃った弾がたまたまハートに命中したときなどは、なかなか爽快だ。ヴォーパルがもっとも愛する瞬間だった。
 しかしながら、『スナッチにはハートがある』という情報自体は、たいていのヴォーパルにとってはさほど有益なものではない。どこにあるか外見からはさっぱりわからないからだ。
 撃ちまくっていればいつかは当たる。ヴォーパルはその『いつか』を頼り、ひたすら弾をばらまくのだ。

 しかし、

 ソロには、それが、見えた。

 忌まわしき天敵どもの弱点が、見えるのだ。

 異形の中で、ハートはライトアップされたアレキサンドライトやダイヤモンドのようなまばゆいかがやきを放ち、ゆったりと、惑星のように、回転している。
 ハートからは無数の赤い触手が伸びていた。もしかすると、それは血管か神経なのかもしれない。
 美しいハートから生える赤い糸は、動脈のように脈動している。脈打つたびに、光が糸を辿って走っていく。そして、戻っていく。
 ソロにはその細かな動きが、すべて見えている。
 光の塊を視界の中にしっかりとらえて引き金を引けば、銃口がたとえハートに正確に向けられていなくても、なぜか弾丸はハートを砕く。
 無意識のうちに、手が、身体が、勝手に動いているようなのだ。自分でも気味悪く思えるが、ともあれ、百発百中であることには変わりない。
 ソロの弾は、必ずスナッチのハートを貫く。
 ソロが撃てば、スナッチは死ぬ。
 人はそれを、「魔法のようだ」と言った。
 いつしか、こう呼ばれるようになった。〈歩く断頭台(ギロチン)〉と。
 そして人は、ソロから離れていく。そんな芸当ができる人間は、たぶん人間ではないのだと。
 ソロは真相を語らなかった、何も語らなかった。話しても話さなくても、扱われ方はあまり変わらない。それを知っているからだ。
 そもそも、どうしてこんな能力を持っているのか、その理由を覚えていない。
 だがすくなくとも、自分も怪物の一種なのだとは自覚していた。
 自分にはハートが見えるし、見えたハートを撃ち抜く能力がある――それを第五ワンダーランドで正直に話したのは、ミンクだけだった。
 だからもう、ソロの魔弾の真相を知る者は、誰もいない。


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