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Clump,Clump 作者:モロクっち

第2章 11月18日

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〔2〕

 


 ミンクは一匹狼ではなく、徒党を組んでもいない、中途半端な立場のヴォーパルだ。
 しかし狩人暦30年と自称しているだけあって、戦い方も生き方も堅実だし、不思議と人を惹きつけるところがあった。
 リーダーというわけでもないのに、いつの間にか集団の中心になっていることがよくある。そうかと思えば、〈ピットフォール〉と呼ばれるヴォーパルの溜まり場の片隅で、ひとり煙草をふかしていることも珍しくなかった。
 彼自身、孤独を愛しているというほどでもないが、人びとの先頭に立ちたいとも思っていないとうそぶいている。きっと、『中途半端』が好きなのだ。
 ミンクが拠点としているのは、町の西門近くにある6番ピットフォールだ。
 グリフォンや装甲車の整備や武器の調達もここでひととおり行えるので、いつでもヴォーパルが数十人たむろしている。狩りに行く者も、今日はその気がない者も、果てはヴォーパルではない人間まで。
 もちろんピットフォールは第五ワンダーランドに20ヶ所以上もあるが、6番ピットフォールはかなり賑やかなほうだ。
 第五ワンダーランドの西ブロックは、町で最も人口密度の高い区域だからだろう。
 ここに住み、ここで働くソロにとって、なじみ深い区域だ。
 活気があるのはいいことだが、治安はあまりよろしくない。6番ピットフォールにたむろするヴォーパルも、そこはかとなく柄が悪い人物ばかりだ。
 ソロは今までずっと、基本的には単独でスナッチを狩っていた。徒党を組むのは、なんとなく性に合っていない気がするのだ――そして他のヴォーパルも、ソロとはあまりかかわり合いになりたくないらしい。
 ただ、ミンクだけはちがっていた。彼には怖いものなどないようだし、独りでいる人間を放っておけない性分なのだという。
 はじめのうち、ソロは彼が煙たくて仕方がなかった。
 金などそれほどほしくもないから(いや正直グリフォンはほしいけれど)、スナッチとの戦いから離れ、町の中で平和に、普通に、暮らしていたかったのだ。自分がヴォーパルであることも、得意の技で忘れてしまえたらと思っていた。
 それなのに、ミンクは、ソロの噂を知っていて……。
 それで、仕方なく、ソロはミンクといっしょにヴォーパルとしての仕事をするようになった。
 しかし、ミンクが悪い人間ではなく、むしろ好感の持てる男だと知って、ソロはいつしか彼を信用していった。
 だが、最後に彼と組んだのは、半年以上前だ。それは同時に、ソロが最後に行ったまともなスナッチ狩りの日でもあった。
〈ネコのタルト〉の深夜勤務の仕事が決まったからだ。憧れの「普通の」仕事にありつけたので、ソロが6番ピットフォールに足を運ぶことはなくなった。
 現場から、6番ピットフォールから、離れていたのはたったの半年間。
 それでも、あちこち錆びついた、白く巨大なハンガーの前に立ったとき、ソロはささやかな郷愁をおぼえた。
 この、機械油と硝煙の匂い。錆びと鉄と鉛と、男ばかりの世界。
 ガンショップも、自分とまったく縁のない職場ではない――けれど、ヴォーパルの宿命を負った者が身を置くべきなのは、ここではないのか。
 わがままな心がいかに拒絶しようとも、ここの空気は、肺にも皮膚にもよくなじむ。
 正面のシャッターから6番ピットフォールに入った途端、ソロは一斉に視線を浴びた。十数人の男たちが、仲良く表情を揃えていた。
 死人を見たような、珍獣を見たような、夢から覚めたような、そんな顔だ。
 ソロだ。
 珍しいな。
 久しぶりに見た。
 なんだ生きてたのかよ。
 あれソロだろ。
 たいがいはそのようなことをひそひそとささやき合っただけだったが、
「おめえ、死んだのかと思ってたぜ」
 ひとりだけ、大柄な男がソロに近づき、ダミ声を浴びせてきた。
 ソロは彼の名前を思い出そうとしたが、うまくいかなかった。声と顔にはなんとなく覚えがあるのだが。そして、確か何かでもめて一発殴ったような記憶もあるのだが。
 きっとこの男のことを忘れようと思って、実際にだいぶ忘れてしまったにちがいない。
「あいにくだったな」
「まったくだ。仕事しに来たのか?」
 ダミ声はぐびりと銀のボトルの中身を呑んだ。強いアルコールの匂いがした。
 そうだ、確か名前はマリンバ。酒に酔って暴言を吐き散らしていたので、ソロは気つけのつもりで殴ってしまった。
「どうかな。ミンクに……いや、その前に、クラスタに用がある」
「ミンクはいねえ。クラスタなら奥だ」
「親切だな」
「おめえにぶん殴られてから改心したのよ」
 まわりの男が数人、乾いた笑い声を上げた。マリンバはまた酒を呑んだ。
 改心したわりにはあまりアルコールを控えていないようだが、ソロは皮肉を噛み殺した。礼を言って、ピットフォールの奥へ進む。
 古びたコンクリートの床には、大量の機械油と、ガソリンと、すこしの血が染みこんでいる。
 何台もの車が無秩序に詰め込まれ、修理と改造を施されている。けたたましいドリルの音。切られた鉄が火花を噴き上げる音と光。むせ返るほどの金臭さ。どこを見ても華のない、男と戦いと鉄の巣だ。
 クラスタと名乗る若い男は、ピットフォールの片隅で、大型ツールボックスに腰かけていた。ソーダを片手に、熱心に雑誌を読んでいる。
 ここに集まる男たちはおしなべて屈強だが、彼は全体的にひょろりとしていた。毛糸の帽子をかぶり、眼鏡をその帽子の上まで押し上げている。
「よう」
 ソロが声をかけると、
「うぇっ!?」
 クラスタは顔を上げ、妙な声を出した。彼もまた、驚いていた。あんぐりと口を開けて、ソロを上から下まで舐めるように見つめたあと、やっと挨拶してきた。
「ひ、久しぶりだなぁ」
「そんなに驚くなよ。さっき入り口でもさんざん驚かれた。死亡説でも流れてたのか、俺」
「噂はいろいろとね。まぁ、僕は真相を知ってたけどさ。仕事してんだろ? それもマトモな仕事」
「ただのパートだよ」
「それにしちゃ、給料はいいみたいだけど」
「お前、そんなことまで知ってんのか」
「僕をなんだと思ってんの?」
 情報屋だ。
 クラスタの仕事ぶりは、ソロもミンクも認めている。
 彼はヴォーパルではなく、生きたスナッチを目にしたこともほとんどないらしい。第五ワンダーランドで何の不自由もなく生まれ育ち、どういうわけかまっとうな道を踏み外して、ピットフォールに入り浸るモグリの情報屋になった。
 ソロの見立てだと、友人知人の中で最も頭がいいのがクラスタだ。彼は雑誌のパズルを一分眺めただけで解いてしまうし、何かを「忘れる」ということがない。さっきマリンバの名前をなかなか思い出せなかったソロとは大違いだ。
「そのぶんじゃ、ゆうべの『大事件』のことも知ってるよな」
「もちろん。スナッチは墜落した段階じゃまだ生きてた。誰かがとどめを刺したんだ。誰かがね」
 クラスタは小首を傾げ、わざとらしくウインクした。ソロはたまらず失笑してしまった。
「告げ口したのはミンクだろ」
「さぁ、どうだろうね。僕の情報源は非公開なんだ」
 クラスタも笑って、この話題を切り上げた。
「ミンクなら、バリツといっしょに出かけてったよ。入れ違いだったね。すぐ戻ってくると思うけど」
「いや、お前にも用がある」
「あ、そうなんだ。なに?」
 クラスタは雑誌を置いて、居住まいを正した。ソロは適当な箱を引っ張ってきて、それに腰かける。
 知らず、周囲に人がいないかを確認していた。やましいことを訊くわけでもないのに。
「第二ウェンガンのこと、何か聞いてないか」
 ソロが尋ねたのは、ただそれだけだった。ひとまずこう切り出して、反応を見るつもりだった。
 しかし返ってきた反応は、ソロの想像以上のものだった。クラスタの顔色は明らかに変わり、さっきのソロ同様、きょろきょろと周囲をうかがった。そして、身を乗り出し、小声で話しだした。
「ソロも聞いたのかい? 例の話」
「ああ……まあ」
 ソロはとっさに、曖昧な相槌を打った。予想外の反応に驚いたせいもあるが、情報源が十四歳の少女であるとは堂々と言えたものではない。
 クラスタは相当な情報をつかんでいるらしく、青褪めながらも、興奮している。
「これに関しては報道が規制されてるんだ。情報も操作されてる。でもそんなことしたら、逆に情報が本物だってことを証明してるようなもんだ」
「じゃ、本当に町がひとつ潰れたっていうのか!」
「シッ!」
 思わず声が大きくなったソロを制し、クラスタはまたあたりをうかがった。
「潰れたのかどうかはまだはっきりしない。でも、相当ヤバイ状態になってるのは間違いないんだ。連絡が一切取れないらしい」
「……いつ頃から?」
「先月……、いや、3週間くらい前からかな。規制もその頃からだよ」
 いやな予感はしていた。ネイダからこの話を聞いたとき、なぜか、子供の言っていることだと笑い飛ばせなかった。
 しかし、本当に、深刻な問題だったとは。
 矛盾した驚きを抱きつつ、ソロはクラスタの顔を見やる。
 彼はくだらない冗談を言う男ではない。情報屋はそれなりに人格も問われる。クラスタもそれを心得ているはずだった。
「お前はどう思う?」
「どうって?」
「第二ウェンガンはデカい町だった。まあ、ここと比べちゃいかんだろうが。滅びるなんて有り得るか?」
「うーん……」
 たっぷり10秒は唸ったあと、クラスタは答えた。
「わかんない」
「情報屋が『わかんない』なんて恥ずかしくねえのかよ」
「だって、わかんないよ! いきなり大きい町が滅びるなんて、そんなことがあるならそいつはスナッチの仕業にきまってるだろうけど、そんなにヤバイスナッチの話なんか聞いたことない。でも、だったら、今回の騒ぎはいったいなんなんだ? わからないことだらけさ」
「そうか」
 目の前でまくしたてるクラスタに、ソロはそう言うしかなかった。
 かつて、5年も暮らしていた町。あの町と、3週間前から連絡が取れない。
 個人が音信不通になるなら理解もできる。よくあることだ。しかし、町全体と音信不通など、ソロも聞いたことがなかった。
 そして、わからないことはもうひとつある。
 クラスタがもたらす情報の信憑性は高い。となると、ネイダは、子供のあいだにはびこる噂話ではなく、真実を口走っていたことになる。
 この件に関しての情報は規制されている。ならば、ネイダはどうしてそれを知り得たのだろう。
『2年前までは、第二ウェンガンにいたよ』
『――その町。「なくなった」って、言ってた(・・・・)
 誰が、言っていたのだろう。

 カチリ。

 小さな音がして、視界がいきなり明るくなった。
 目をすがめて見上げると、ミンクがそばに立っていた。彼が明かりをつけたのだ。
 クラスタと深刻な話をしていたせいでまったく気づいていなかったが、外もピットフォール内もすっかり暗くなっていた。
 本格的な冬は近い。日に日に日没は早まっている。
「おう、来てたのか、ソロ」
 ミンクは基本的に仏頂面だ。何もかもがつまらなさそうな顔をしている。だが、今はずいぶん嬉しそうだった。
 彼の後ろにはバリツという名のヴォーパルがいる。買い出しに行っていたようで、紙袋から煙草や酒やクラッカーを黙々と取り出し、ミンクの車のボンネットに乗せていた。
 彼は黄色い肌の謎めいた男で、かなり寡黙だ。ソロは彼のことをほとんど知らない。ミンクとは、彼の相棒とも片腕とも言えるほど、いつもいっしょに行動している。
 ミンクの話では、寡黙なのは無愛想だからではなく、度が過ぎたシャイだかららしい。
「なんでもっとお前は早く来ないんだ、え? 暗くなっちまったし、今日は出ないぞ」
「昼過ぎに起きちまってさ」
 14歳の女の子とランチデートの約束をしていたが、見事すっぽかされた。
 いろいろな意味で午前中の行動を正直には話せなかったので、ソロは適当に取り繕った。
 ……しかしそのうち、クラスタには、このちょっぴり悲しい真実が伝わってしまうのかもしれない。
 少なくとも現時点では、うまくごまかせたようだ。ミンクにあきれ顔で笑われた。
「無職のガキかお前は。明日は出るから、もっと早く来い」
「何時だよ」
「8時だな」
「なに8時? あんたいっつも何時に起きてるんだ?」
「6時だ。まァ最近は5時半に目が覚めるのも当たり前になってきたが」
「ジジイじゃねえか」
「うるせェ無職」

 ずォん。





 
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