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Clump,Clump 作者:モロクっち

第1章 11月17日

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〔3〕

 


 2台の飛空機(グリフォン)が、ビルの屋上すれすれを競うように飛んでいく。
 ソロは見上げて、おお、と子供のように目を見張った。あれは新型だ。うらやましい。
 ヴォード大陸の南部では、ルーク鉱石なるものが産出されている。いや、されていた、と言うのが正しい。
 ルーク鉱石は近年の研究で隕石だということがわかった。すでにほとんどが掘り尽くされ、現在市場に出回っているものしかないレアメタルだ。
 この鉱石の何かをどうにかすると鉱石エンジンを製造できるそうだ。この「何かをどうにかする」の詳細は、限られた人間しか知らない。
 ともかくソロも含めた素人にとって、鉱石エンジンとは「物体を飛行させるエンジン」であり、それ以上でも以下でもなかった。
 そのパワーはあまり大きいものではなく、大型の航空機を作る試みはことごとく失敗した。現在の技術では、二輪車程度の大きさと重量の乗り物を飛ばすのが限界だ。
 鉱石エンジンを積んだ乗り物、それがグリフォン。
 すべての男の子の憧れだ。ソロももちろん、大好きだ。
 グリフォンはたいへん高価な代物であり、たいていの人間には手が届かない。そのうえ、町中を飛び回るには、免許の取得が必要だ。
 かなりハードルの高い乗り物だからこそ、垂涎の的なのかもしれない。
 しかしソロは、実は運転免許を持っていたし、安物のグリフォンも持っていた。
 第二ウェンガンに住んでいた頃の話だ。やけになつかしい。
 町を出るとき、免許もグリフォンも売り払って、旅費と弾薬と煙草とピーナッツバターにしてしまった。
 やむを得ない決断だったので後悔はしていないが、こうしてグリフォンを見るたび、胸が苦しくなる。
 ソロは地面に目を落とし、とぼとぼ歩きだした。〈ネコのタルト〉の給料では、中古のグリフォンを買うにも、5年がかりで貯金しなければならない。
 節約も必要だ。生活から、何を真っ先に削減すべきかはわかっている。煙草だ。……いや、ピーナッツバターだ。
 ため息。
 ――ピーナッツバターのねえ生活なんて……。
 ゆるゆるとかぶりを振って、煙草に火をつける。
 ――意地張ってないで(・・・・・・・・)、狩りに行くかな……。
 3ブロックほど歩いたところで、ソロは音を聞いた。
 大口径の機銃のもののようだった。視線をめぐらせ、音の出所を探ろうとする。怪物の悲鳴を聞こうとする。
 町の中は安全だとわかっていても、ソロは確認せずにはいられなかった。職業病のようなものだ。何せ、やつらに恨まれているのだから。
 薄気味悪い『音』が尾を引いて、町の上空に響きわたる。
 聞いていると、肉と骨と意識とが、感電したかのようにびりびりと細かく震える――そんな不快な錯覚をもたらす音だ。
 ソロは全身の産毛が逆立つような感覚にとらわれた。
 目の前の世界が、突然、真っ赤に錆びついたような気がした。目に、頭に、皮膚に、痛みが走る。飛び散る火花に触れてしまったような、ささやかで、ほんの一瞬の痛み。
 聞こえる。
 痛みと赤錆に彩られた、刹那の幻覚の向こうから。
 聞こえてくる。
 あれは。
 スナッチの悲鳴に他ならない。
 スナッチの断末魔の声。
 やつは死んだらしい。い。い。ィィィィィイイイ『ィィィイイイイイイイイイギィヒッッ!!』

 どツん。

「ぅおっと!」
 思わず声が漏れたが、奇跡的に、煙草は落ちずにすんだ。
 ソロの目の前に――と言ってもまだ5アダー(1アダー=約90センチ)ほどの余裕があるが――コウモリの翼と鉄の翼を絡み合わせたような物体が、落下した。
 突然すぎる。
 それに、一瞬、自分の意識がどこかへ飛んでいった気がした。だからよけいに、今の出来事が突然に思えるのだろう。
 ソロは気を取り戻し、固唾を呑んで、目の前に落ちた物体を注視した。
 それは隙間のあちこちから、黒ずんだ機械油のようなものを噴き出していた。ギチギチギチガチと硬質な音を立てて、震えながら蠢いていた。
 それは手負いのスナッチであった。
 まだ、死んでは、いなかった。
 穴だらけの翼が広がる。翼は3つ以上あるようだった。鳥ならば翼はふたつだし、虫ならば翅は四枚あるはず。
 肉と骨はボルトとネジで乱雑に留められている。メカニックを志す5歳児でも、こんなに無様な組み上げ方はしないだろう。生きた細胞を、金属でくっつけようなどとは、思いもしないはずだろう。
 翼のあいだから、赤と黒と紫の液体にまみれた、三角形の頭部が現れた。
『ママア。ママアムシガイルヨギャハアアア』
 しわがれ声と雑音の狭間にあるような、異様な音。
 ギチギチギチと、油が切れたギアが出すような不快音。
 それこそが、世界の天敵スナッチの鳴き声。
『ママアオーキナムシギギギダヨ。ムシムシギギギャアアア。ギャアアアカマレタギギギ。カマレタアアママア。ムシダヨママア。ムシオーキナムシムシ、ギギギギイイイママアママアイルヨーッママア』
 翼を脚のかわりにして、ガツガツとアスファルトの歩道を歩く。歩いて、ソロに迫り来る。
 耳障りで、皮膚が粟立つような、誰もが生理的に受けつけられない声を上げて、スナッチはやって来る。ソロの肉と命を奪いに。
『ママア!』
 銃声が、轟いた。
 スナッチの三角形の頭が欠けた。
 ホルスターから銃を抜くや、そのトリガーを引き絞ったのは、ソロだった。
 舌打ち。
 やはりこの銃、威力が弱すぎる。安物はダメだ。こんなものでは、ヒトしか殺せない。
『ママアア!』
 もう一発、発砲。
『ママママママアアア!』
 さらに一発。
『マ――』
 とどめの一発。
 その一発の弾丸で、スナッチの身体が四散した。頭部と翼の一枚が、同じ方向に飛んでいく。
 それはぐしゃりと車道に落ち、無人トラムのレールと接触した。
 たちまち、けたたましく火花と破裂音が飛び散る。深夜の通りを、白い閃光が照らす。金属と肉が焦げる匂いが立ちこめる。
「…………」
 煙草をくわえたまま、口の端から紫煙を漏らす。
 ソロはまだ銃口をスナッチの残骸に向けていた。ぶつり、ぶつりと怪物の細胞が呟いている。しかし、かすかな呟きはすぐに聞こえなくなった。寝静まっていた町がざわめき始めたのだ。
「おい、ソロか?」
 背中に声をかけられてから、ようやくソロは銃をホルスターに収める。振り返ると、四十路も半ばを過ぎた男が立っていた。
「ミンク」
 ソロは挨拶代わりに男の名前を呼んだ。
 久しぶりに会えてすこし嬉しいが、あまり会いたくない男でもあった。矛盾した考えだとはわかっている。
 年代物のフライトジャケットを着ただらしない風体は、彼をさえない整備工かボイラー技士のようにしか見せていない。
 が、これでもミンクはベテランのヴォーパルだ。少なくとも、ガンショップでの夜間勤務を始めたソロより、積極的にスナッチを狩っている。
 ソロの記憶が確かならば、このあたりにミンクの自宅があるはずだった。スナッチの鳴き声を聞き、駆けつけたのだろう。
 ミンクがソロの隣に立つ頃には、人が集まり始めていた。
「久しぶりじゃねェか、え?」
「お互いにな」
「どういう意味だ」
「俺はスナッチ殺したの久しぶりだってこと」
「相変わらずまぎらわしい屁理屈だなァおい。しかし、コイツも運がなかったな。よりにもよってお前と出くわすたァ」
 バラバラになったスナッチを見て、ミンクは肩をすくめた。
 ちらと顔顔色をうかがえば、彼はたいそう眠たげだった。ミンクは夜型のソロとはちがい、早寝早起きだ。
「いや、逆に運が良かったほうだろ」
「うん?」
 ソロは顔を上げた。ミンクもつられたようだ、目を細めて夜空をあおぐ。
 どこからも銃声は聞こえてこない。スナッチの鳴き声もしかり。
「外壁からの弾幕なんて、そうそう突破できるもんじゃない」
「なァに言ってんだ。やっぱり店番してるだけじゃ危機感まで鈍っちまうらしいな、え?」
 ミンクが単に小馬鹿にしたようには聞こえなかった。すこし、怒っているようなふしさえあった。
 ソロが無言で話の続きを促すと、ミンクは苦み走った顔でため息をつく。
「最近カベの連中、撃ち漏らしが多いんだ。壁際じゃ毎日大忙しよ。ま、確かに町のド真ん中に落ちるのは珍しいがな」
 そうだったのか、とソロは素直にミンクの言葉を信じた。ミンクは実際、毎日のように狩りに勤しんでいるのだから、これはまぎれもない『現場』の声だ。
「撃ち漏らしなんて、できるのかよ(・・・・・・)。あんだけ電動アシスト銃揃えてんの、この町くらいだぞ」
「その頼りの電動アシストが、最近よくぶっ壊れるらしくてなァ」
 ミンクは軽く両手を広げ、ちょっと呆れたように笑った。
 町の外壁に備えつけられた何百もの砲門を受け持つヴォーパルは、町の正規軍に属している。そのほとんどが、第五ワンダーランドで生まれ育った人間だ。
 ミンクやソロのような流れ者は、追い出されはしないものの、こういった地味な差別を受けている。少なくともソロは、流れ者が正規軍に入隊できたという話を聞いたことがなかった。
 もっとも、定住を受け入れてもらえるだけありがたい身分なので、ソロもミンクも大きな声で文句は言わない。
 フリーのヴォーパルは、たまにこうしてちくりと正規軍の陰口を叩く。『カベ』や『カベの連中』というのは、正規軍を示す侮蔑的な記号のひとつだ。正規軍も正規軍で、流れ者を笑い種にしているはずだった。
 そもそも、軍人だろうがフリーランスだろうがやることは同じだ。
 スナッチを撃ち殺す。以上。
 正規軍に入った場合の大きな利点は、給料が安定していることと、保険に入れてもらえること。
 どちらの利点も、わりといい加減に暮らすのが定石の流れ者にとっては、たいして魅力的なものではない。
 ソロの中では、利点がもうひとつあった。それは制服がやたらとカッコいいことだ。特に将校服などはレプリカでもいいからいちど着てみたい。……自分でも、子供じみた願望だと理解している。
「お前、フルタイムで雇われてるわけじゃねえんだろう? たまにはこっち来て手伝ったらどうだ」
「ああ、まあ……そうだな」
「そんな豆鉄砲みたいな銃で仕留められるんだから、腕も落ちちゃいねえみたいだし」
「…………」
「なんでまた最近顔出さなくなったんだ? 女か? え?」
「気分じゃないんだ」
 前髪の奥からミンクを軽く睨む。
 だが年の功か、誰に睨まれようがミンクは動じない。
「なんだ、そんなことかよ。んじゃ、手伝えるよな」
「……俺がビビって辞めたとでも思ってたのか?」
「さァ、どうだろな。ま、いつでも来い。歓迎するぞ」
 ミンクはソロの肩を叩き、来た道を引き返していった。正面からでは丸腰に見えたが、ベルトの後ろに大口径の銃を突っ込んでいた。
 彼はただ野次馬に加わるために通りに出てきたわけではないのだ。
 あの銃はミンクのシンボルであり、多くのヴォーパルが頼りにしている。優れたガンスミスの手による改造銃で、機銃の弾丸や爆薬を仕込んだ弾まで撃てるのだ。
「あぁ、ミンク!」
 ソロは彼の背に呼びかけていた。
 ――第二ウェンガンがスナッチにやられたって話、聞いたことあるか?
 そう尋ねようと思ったのだ。しかし、ミンクが振り向いたときには、その気が失せていた。そんな大ニュースを知っていたなら、さっき話題に上っていたはずだと。
 それに……それに、所詮は子供から出た噂話だ。
「悪い、なんでもない。おやすみ」
 ミンクは何も言わず、軽く手を振って歩き出した。
 生温かい風が、横顔に当たる。ものものしい音を上げながら、大型パッカー車がやってきて、ソロの近くに停まった。あちこち錆びたパッカー車の後部が開き、揃いの汚れたツナギを着た男たちが、黙々とスナッチの死体の回収を始めた。
 まわりには人だかりができ、寝入りばなを起こされた夫婦や夜型の若者が、一様に不安げな面持ちで、特殊清掃業者の作業を見守っている。
 皆、誰がそのスナッチを殺したのか、詮索はしなかった。彼らにとって何よりも重要なのは、町の中にスナッチが入り込んだという事実だ。
 もともと瀕死で、放っておいてもすぐに死んでいたであろう個体。それでも、スナッチが外壁の守りを突破したことには変わりない。
 明日の朝には、大きく報道されるだろう。
 記者に捕まるのも面倒だ。ソロは人だかりとパッカー車から離れ、家路についた。
 どこかで一杯飲んでいこうかという考えも頭をかすめたが、結局、自宅で買い置きのビールを飲むことにした。
 あまり深酒すると、確実にデートに遅れる。いや、酒を飲んでいてもいなくても、最近は昼食時まで寝てしまいがちだ。明日も正直、ちゃんと約束に間に合う時間に起きられるかどうか自信はない。
 そもそも……、あの少女と、他愛もない話をして、なんでもない時間を過ごせるだろうか。
 頭の中が、スナッチのことでいっぱいになってしまった。

 


『ママア。ママアムシガイルヨ。ママアギャアア』

 違和感。
 ベッドに腰かけ、ビールの瓶を傾けながら、ソロは久しぶりに撃ち殺したスナッチのことを思い返した。
 何でも喰ってしまう貪欲なスナッチ。仇討ちとばかりにヴォーパルをつけ狙うスナッチ。腹が減れば、土でも砂でも喰うスナッチ。
 そんなスナッチにも、人間にとっては若干都合がいい習性がある。
 それは、『子供』をあまり喰わないこと。そして、海水を極端に嫌うこと。
 集落ひとつがスナッチに襲撃されて壊滅的な被害を受けても、たいてい子供が何人かは助かるのだ。人間の子供とは限らない。家畜やペットも、子供であれば見逃してもらえることが多い。
 化物のくせに人道的だと、人びとは笑う。
 食い物が絶滅したらこまるからではないか、と識者は語る。釣り人のキャッチ&リリースを彷彿とさせるが、なるほど、理にかなっている。
 そしてスナッチは、奇妙な習性も持っている。
 喰った生物の鳴き声を真似るのだ。何度も食事を重ねて長生きしたスナッチなどは、猫と犬と鳥と豚と、人間の、ありとあらゆる『悲鳴』を混ぜ合わせた咆哮を上げる。
 耳障りで、ぞっとする不協和音だ。何年狩りを続けていても、慣れることができないヴォーパルもいる。
 幸いソロは、あんな怪物どもの醜い悲鳴を聞いても、心を乱されはしなかった。
 が、さっき、久しぶりに殺したスナッチは……。
『ママアア』
 よほど飢えていたのだろうか。だから、人間の子供を喰ったのだろうか。
 ママ。ママ。ママ。
 何かが。
 何かが、静かに、変わり始めているような。
 日常の歯車が、ギチリと痙攣したような。
 そんな漠然とした不安が、ソロの中で生じる。
 ひと息にビールを飲み干した。頬杖をつくと、伸びた髭の感触が手にざりざりと伝わってくる。目線を前に向けた。
 クローゼットが開きっぱなしで、ハンガーに掛けた黒いダブルライダースジャケットがよく見えた。
 あれは、狩りのときにきまってソロが着る上着だ。第二ウェンガンに住んでいた頃からのお気に入りだった。グリフォンライダーが好んで着る本革のジャケットを改造したものだ。
 裏地が防刃繊維だし、あちこちに鉄板を仕込んでいるので、普段着にするにはあまりに重い。少なくとも半年は袖を通していなかった。
 ぞくぞくと、ソロの細胞を寒気のような感覚が駆けのぼる。
 行くのか。
 殺るのか。
 怪物を、殺しに行くのか。
 怪物め(・・・)
 ソロはやおら立ち上がり、部屋の奥の鉄製ボックスを開けた。中にはぎっしりと、銃や弾丸が入っている。
 銃はとても〈ネコのタルト〉には並べられない代物だ。えげつない改造は町法に反する。だが、ソロの愛銃は、そのえげつない改造を施していた。象の頭でも粉みじんにできるくらいの威力がある。
 ミンクとその仲間の集合場所は決まっている。ソロはそれがどこかを知っている。
 そこならば、ネイダが言っていた第二ウェンガンの情報の確認もできるはずだった。
「行くか。仕方ない」
 皮肉なことに、明日は休日だ。
 色白の美少女とランチを食べたあとの予定はない。
 そしてちょうど、グリフォン貯金を始めようかと思っていたところだった。

  


〈第1章 了〉
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