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Clump,Clump 作者:モロクっち

第7章 2週間後

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〔1〕



 装甲車の助手席の座り心地はまずまずだった。
 しかし恐ろしく汚い車内だ。恐ろしく煙草くさくもある。備え付けの灰皿からは吸殻が氾濫していて、ダッシュボードの上にはもうふたつ灰皿があった。もちろんその灰皿も超満員だ。
 どこかに自分の灰と吸殻のやり場はないか、ソロは必死で探した。
 結局見つからなかったので、空き瓶に灰を落とすことにした。ウォッカの瓶だったので、あまり気は進まなかったが。
「おい、掃除くらいしてから出発しろよ」
「うむ」
「『うむ』じゃねえ、わかってんなら実行しろって」
「……貴様は本当にこれでいいのか?」
 運転席を見ると、ハンドルを握るサウンドが、若干渋い顔で前を見つめていた。
 彼が確認してくるのは、これで何度目だろう。彼なりに気を遣ってくれているにちがいないが、ソロの決意は固かった。
 第五ワンダーランドを、ソロは発つ。持ち物は銃が2丁と、財布と、ピーナッツバターの大瓶と……その他諸々、小さなバッグひとつぶん。それと、帽子屋から与えられた最新鋭グリフォン。
 ツインエンジンのモンスターマシンも一応所望したが、あきらめざるを得なかった。ネイダがいなければろくに操縦できないという致命的な欠陥があるということを、後日聞かされたのだ。
 今のところ、ちゃんと戻ってくるつもりだ。〈ネコのタルト〉のオヤジにも、クラスタにも、軽い別れの挨拶しかしてこなかった。
 ネイダと約束したことを、絶対に、けっして、忘れるまい。
 健忘症ぶりは自覚しているので、自分の他にもこの約束を覚えてくれて、あまつさえ忘れてしまったときに指摘してくれる友人も必要だと思った。我ながら情けないけれど。
 ソロはその役目を、サウンドに担った。彼は無表情で快く引き受けてくれた。
「お前と同じさ。現場が好きなんだよ。あんなデカブツ殺したあとじゃ、そうそう死ぬ気もしないしな。……実際、また寿命は延びたみたいだし」
 ソロはバッジをいじりながら、あらためて答えた。
 第五ワンダーランドの、公認ヴォーパルバッジ。町を出てしまえば、ただの真鍮のアクセサリーだ。
 だが、戻ってくるから。
 ソロは、バッジを持ってきた。
「今のスナッチがあれだけ進化してるってんなら、ほっとけないだろ。野良スナッチは俺が絶滅させてやるよ」
「ほう、勇ましいな」
「ただの心意気だよ。話半分に聞いてくれ。まあ、俺たちは長生きだからな。もしかしたら実現できるかもしれないぞ」
「……貴様が私よりも年上だとは、いまだに信じられん」
「俺だってそうだよ。でも実際ほとんど忘れちまってるからさ、お前が人生の先輩ってのは変わりないと思うんだ」
「すべて思い出したのではなかったのか?」
「いや。たぶんぜんぜん。忘れたことの5パーセントくらいじゃねえかな」
「……少なすぎるだろう」
「大きなお世話ですよ。自分がどんだけ情けないかは自覚できてます」
 しかめっ面で言い返したあと、ソロは付け加えた。
「ともかくスナッチをなんとかしないと、俺たちみたいなのが増えるだろ。こんな苦労する進化があってたまるか。進化ってのは、そう――ゆっくりやっていくもんなんだ」
 ソロが言葉を切ると、沈黙が訪れた。ソロは新しい煙草を取り出す。サウンドは無言のまま、マッチを投げよこしてきた。
 大型タイヤが赤い大地を削る音と、エンジンの轟音は、容易に聞き流せた。
 サウンドが静かに話を再開しても、容易に聞き取れた。
「わかった。町を出たことを貴様が後悔しないのなら、それでいい」
 彼はちらとソロを一瞥した。
「だがそれよりも、私が気にかけていることがある」
「ん?」
「貴様があれほど単純に白騎士を拝命したことだ」
「なんだ、そっちのことかよ。白騎士ってそんなに大変なのか?」
 一瞬、サウンドがブレーキを踏んで、まともにソロの顔を見た。
 こいつ正気か。こいつそんなことも知らなかったのか。
 そんな目をしていたような気がする。
「まさか貴様、何も知らないのか」
 どうやら、読みは当たっていたようだ。サウンドの薄い表情を読めるようになってきた。
 ソロは無言で、サウンドに話を促す。
「白騎士の最大にして唯一の役目は、子作りだぞ」
 ソロの驚愕の「はぁ!?」が、荒野の真ん中で装甲車を止めた。
「じ、じゃあなんだお前のヨメさん女王様!?」
「大声を出すな。本当に知らなかったのか貴様は。いや忘れたのだな、そうだろう。そういうことにしておくぞ。白騎士とは、女王の夫のことだ」
「だから娘の名前がかぶってたのか! なんで教えてくれないんだよ!」
 サウンドの言うとおり、忘れていたのかもしれない。彼は常識を語っているような口ぶりだ。ソロはうつむき、ぼさぼさの頭をぐしゃぐしゃかき回した。
「マジかよ。じゃああれはプロポーズってことか。うわあ、うわあ俺……」
「女が生まれるまで永遠に子作りだからな。夫とは名ばかりの種馬だ」
「たっ、」
「私の場合、運良く第一子が女だったが」
「そ……そうか。それでお前、『用済み』に……」
「――あれは大変だった」
 彼はもっと大変な目に遭っているはずなのだが、そのとき、とんでもなく遠い目をしていた。
 サウンドはソロの手から断りもなしに煙草を取って、深々と一服した。そんなにつらい思い出なのか。
「どうかしました?」
 装甲車の後部から、ビデオの声が聞こえた。なんでもない、とサウンドは無難に答えて、アクセルを踏み込む。
「おい、ゲスト。軽々しくそこの席座ってんだから、真面目に哨戒しろよ。隊長の仕事増やすな。そこはな、本来、オレの席なんだ。ちゃんとオレの仕事しろ。いいか?」
 ビデオが人差し指と毒舌をつきつけてくる。ガスマスクごしの不満と妬みを感じる。ソロは露骨に顔をしかめて、助手席から後ろに身を乗り出した。
「お前はホモか! 心配しなくても、大好きな隊長を取りゃしねえよ」
 ビデオの動きがピタリと静止した。
 このまま永遠に、蝋人形のように固まっているのかと思われた。
 だが彼はやにわに、(たぶん)ものすごい目でソロを睨みつけながら、ものすごい勢いで太もものホルスターからオートマチックを抜いた。
「こ、コイツ、こ、殺してや――」
「やめないか、ビデオ。2時間後にソロと交替で助手席に入れ」
「――了解」
 不気味なくらいにおとなしく、ビデオは引き下がった。
 サウンドはまったく動じていないので、ひょっとすると、今のはよくあるやり取りなのだろうか。
 自分から同行を持ちかけたにもかかわらず、ソロは先行きが若干不安になった。MTPのメンバーとは、うまくやっていけるだろうと楽観視していたのだが。
 ビデオを含めた残り11名は、装甲車の後部と、後続のトレーラーに乗っている。
 ソロがガスマスクもなしの自前の装備で飛び込み参加しても、大きな反発はなかった。かと言って、盛大に歓迎もされなかった。彼らも、ソロがパーティーの一時的なゲストであると理解している。
 マーチだけは、仲間の証として、蒼い石のブレスレットを押しつけてきた。なんでも、ラピスラズリという石だそうだ。
 ソロの目の色と同じ色だった。そのせいもあって、ソロは純粋にブレスレットが気に入り、今もちゃんと身につけている。
「なあ、第二ワンダーランドだよな。〈太陽の女神像〉があるのは」
「ああ。見たいのか?」
「話の種にな。俺昔たぶん見たんだろうけど、忘れちまったからさ」
「それほど大したものではないぞ」
「でも名所だろ」
「まあ名所だな」
「絵ハガキとかあるかな」
「知らん」
「……お前、意外と生返事多いな」
「よく言われる」
 ソロは、道すがらスナッチを狩りながら、ひとまずは彼らといっしょに第二ワンダーランドに向かうことにした。
〈太陽の女神像〉と呼ばれる、古代のブロンズ製の巨大な像がシンボルである、ヴォード大陸で最も古い都市だ。
 女神像は上半身しか出土していないが、それでもかなり巨大なものだ。太陽を模したような冠も特徴だった。第二ワンダーランドの記章にも、その冠の意匠が使われている。
 サウンドは任務を達成したので、一応直接報告をしたいらしい。当初は無線か手紙で簡潔にすませるつもりだったようだ。
 が、その気が変わったのは、第五ワンダーランドの女王に会って、自分の妻が恋しくなったからなのかもしれない。
 ソロは、茶化すのはやめておいた。
「それにしても、MTPといっしょなんてな。初めて会ったときは考えもしなかった」
「私は、貴様が来る気はしたぞ」
「へえ。ただの希望的観測じゃなくてか?」
「ああ」
「……何て言うか、まあ。俺とネイダに付き合ったせいで、4人も死んじまったわけだし。スペクトルもまだちょっと調子悪いんだろ? 埋め合わせをしないとさ」
「貴様らを援護すると最終的に決断したのは、この私だ。気に病む必要はない。気持ちは有り難いがな」
「そうかい」
「長く留まってほしいところだが、……貴様は引っ張りだこのようだ。無理強いはしない。せめて今のうちに、自由を満喫しておくことだな」
「いいアドバイスだ。ほんとに説得力がある。ありがとう」
「しかし、なぜ突然第二ワンダーランドに来る(・・)気になった?」
『来る』。
 故郷を持つ者にしか口にできない言い回し。
 ソロはいくばくかのうらやましさを感じながら、正直に答えた。
「思い出したんだ。第二ワンダーランドの女王様とも、昔約束を――」
 また急ブレーキがかかり、装甲車が派手な砂埃を上げて停止した。
「ちょオイ、なんだっ」
 サウンドが、真っ白い瞳で、こちらを見ている。
 殺気。
 気づけば銃口もこちらを向いていた。
「降りろ!」
「サウンド、お前もか!」
「貴様は、私の妻を、いつ、たぶらかした!? しかもそれを忘れていただと!?」
 これがほぼ常に無表情で冷淡とした口調の男と同一人物なのか。いや、愛する女がかかわると男は豹変するものだ。
 なんだかんだ言いつつも、サウンドはちゃんとそれなりに妻のことを愛しているようだ。
 サウンドのまっとうな男としての一面を見られたのはよい経験かもしれないが、この荒野に放り出されて撃たれてしまってはたまらない。
「ち、ちがうって! そのアリスとは(・・・・・・・)恋までは発展してねえって! それに40年は前のこと……」
 サウンドは銃を下ろしたが、ソロの頭をつかんで、横の車窓に叩きつけた。
 ソロの目から火が出た。うめきながら頭を抱えていると、サウンドは前に向き直り、
「女王たらしが」
 そう吐き捨てて、装甲車を発進させた。
 すると、今度は後部から、マーチがぬっと顔を出してきた。
「た、隊長。仕方ないんだな。女王様は、血に砂が混じった男がお好みなんだな」
「…………」
「お、怒ってる。隊長すごく怒ってるぞ、みんな」
 マーチは震えながら後部に戻っていった。
 痛む頭をさすりながら、ソロはちょっと反省した。女王たらしとは言い得て妙だ。自分はいったい、何人のクイーン・アリスをたぶらかして、その都度忘れてきたのだろう。
 ネイダとした約束を、他にもしてはいないだろうか。たぶん大丈夫だと思うのだが、自信がなくなってきた。
「わ……悪いな。でも、挨拶してちょっと話すだけだからさ……許してくれよ。同席してていいから」
「…………」
「それにほら、今はお前が旦那だろ。つまりだ。俺はフラれたんだぜ」
 そのひと言で、サウンドはちらと顔を向けてきた。いつもより強張った無表情だった。
 が、その口もとがぴくりと一瞬引き攣る。嗤った、らしい。
「そうだな。それもそうだ。ざまあみろ」
 とても今年で50歳になる白騎士とは思えない罵声を浴びせて、サウンドは前方に目を戻した。
 だが、どうやら、それで気が済んだらしい。サウンドはあまり根に持たない性分のようだ。
 ソロは有り難く、安堵の一服をさせてもらった。煙草はすでにかなり短くなっていた。フロントガラスの向こうを眺め、ウォッカの瓶に吸い殻を押し込む。
 サウンドは、ギアを入れ替えた。それから、ダッシュボード付近の、何かのスイッチを切り替える。
「ソロ。〈ジャバウォッキー〉を暗誦できるか?」
「あー、全部は無理だ。忘れちまった」
「一部だけで問題ない。――恒例の儀式でな。よければ付き合え」
 きいん、とどこかに取り付けられたスピーカーからハウリング音。
「『ジャバウォックに心せよ』!」
 サウンドが高らかに叫んだ。
『『『斃れし敵をば捨て置きて!』』』
 後ろの仲間たちが声を揃えて、古い詩を諳んじた。
「『首を執りてぞ誇らく戻らん』!」
 サウンドがさらに続けた。
 そのあとの文句は、ソロも知っている。
「『おお麗しき、フラジャス・デイ』!」
 サウンドは助手席からの声を聞き、傷ついた唇の端を吊り上げる。そして、ハンドルの下のレバーを引いた。
 がこん、と装甲車が一度揺れる。
 バンパーの前に、車体の側面に、巨大なチェーンソーが現れた。唸りを上げて、刃が動き出す。
 サウンドはアクセルをさらに踏み込む。ソロは窓を開け、愛銃のスライドを引く。
「なあ、フラジャス・デイってなんなんだろうな?」
「知らん」
 ハートが見える。
 荒野のそこらじゅうから、何百ものハートが押し寄せてきている。
 赤銅色の大地が、かがやいて見える。
 ギチギチギチギチ、恨み節。数百匹のスナッチが、同じ憎悪をもってやってくる。突っ込んでくる。考えもなしに。ヴォーパルの剣に向かって。
「「WOOOO!」」
 ソロとサウンドは、無表情で歓声のようなものを上げた。
 装甲車と武装トレーラーは、チェーンソーと機銃で血煙を生み出しながら、赤い道を疾走する。
 かがやきを蹴散らしながら、不思議の国を目指して、突き進んでいくのだった。




〈了〉
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