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Clump,Clump 作者:モロクっち

第6章 11月27日

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〔1〕




 ソロは、自分が王城に入る日が来ることなど、まるで想像もしていなかった。
 教養はないし(あるのかもしれないが、あるのだとしても、きれいに忘れている)、生まれがどこかもさだかではない流れ者だ。
 なんとなく、きまりが悪い。
 城の人間はほぼ全員がソロが何を成し遂げた人物かを知っているらしく、あまり嫌な顔はされなかった。ほんの数人だが、笑顔で歩み寄ってきて礼を言う者もいた。
 そして、挨拶や礼を言ったあとは、長話をするでもなく、すぐに立ち去っていく。ソロにとり、実にちょうどいい距離感だった。
 だが、それでも、自分の存在が城内で浮いている感は否めない。早く用事を済ませて、帰ることしか頭になかった。
 城内は全面禁煙とのことなので、手持ち無沙汰にもほどがある。おまけに身体がだるいし、腹も減っているのだ。
 どこかの誰かの足音以外に、音はない。
 美術館や博物館に似た静けさだ。平時なら、心地良い静けさだと感じたかもしれない。だが、今は、ちょっと居心地が悪い。
 年に一度の建町記念日には、城内の一部は一般公開され、庭園も城下もお祭り騒ぎに包まれる。
 ソロはそんな日にすらも城に入らなかった。人混みが好かないというのもあるが、特に城に入りたいとも思わなかったからだ。ただ、それだけ。べつに女王庁を批判的な目で見ているわけではない。
 気持ちはそわそわと落ち着かなかったが、ソロは平静を装い、窓の向こうに目を向けた。
 第五ワンダーランドは未曾有の危機を回避したが、被害は甚大だった。
 ソロがネイダやMTPとともに第二ウェンガンに突入したあの夜も、町は停電したらしい。
 二度目の大停電だったのである程度の対策は練られていたが、それでも、飛行するスナッチの群れによって数千人の死傷者が出ていた。
 極大スナッチは、単純に〈第二ウェンガン〉とも、伝説からとった〈ジャバウォック〉とも、好き勝手に呼ばれていた。これを退けたのは正規軍の決死隊であると、公に発表されている。
 激動の11月20日が終わり、2日ほど経つと、例の市民団体がまたデモ隊を組織して、西ブロックと南西ブロックをたいへん活気づかせた。
 というのも、いつものようにヴォーパルを追い出せと主張する彼らに、今回は多くの住民が反発し、目抜き通りで大激突したのだ。
 ソロはその様子を病室でのんびり眺めていた(怪我の治療で、3日ばかり入院したのだ)。ヴォーパル支持派の中にクラスタの姿を見つけたときは、飲もうとしていた水を激しく噴いた。
 ソロはべつに政府や女王庁に文句を言うつもりはなかった。どうやら苦労に見合う報酬は払ってもらえるようだし、現に今は城に招致され、女王との謁見を控えているところだ。本当に黙殺されるわけではないのだから、騒ぐ必要はない。
 ネイダが取った行動は、女王庁でかなり問題になっているようだ。詳しいことはまだ聞かされていないが、どうやらエライ人たちとの連携は一切取っていなかったらしい。
 そりゃそうだろうな、とソロは思った。次期女王が、どこの馬の骨ともつかぬお供をひとりだけ連れて、敵の腹の中に突っ込んだのだから。
 これから自分も、女王にこてんぱんに叱られるのかもしれない。
 広い回廊の窓辺に置かれたソファーは、座り心地抜群だった。
 謁見の間はすぐ目の前だが、ここで15分ばかり待たされている。
 頭の奥で、頭痛未満の不快感がわだかまっている。身体のだるさもあいまって、このままうたたねしてしまいそうだ。
 第二ウェンガンでの戦いはさすがに大仕事だったし、怪我もした。あれから1週間も経ったという実感はあまりない。疲れが取れていないせいだろうか。いや、老人ではないのだから、3日も休めば本調子が戻ってもいいはずだ。
 弱っているあいだに、風邪を引いたのかもしれない。
 やがて、足音が近づいてきた。いよいよお説教の時間か、と腹をくくる。これが終われば帰れるんだ、煙草も吸えるしメシも食える、と前向きにも考える。
 顔を上げると、ぱりっとした、純白の将校服が視界に飛び込んできた。
 まずはエライ将軍様からのお叱りか、と思ったが、第五ワンダーランド正規軍の制服の色は濃紺だったはずだと思い出し、疑問が湧いた。
 まじまじと白い将校の顔を見て、ソロはびっくりした。
 サウンドではないか。
「よ、よう」
「ああ」
 短い挨拶を交わすと、サウンドはソロの隣の一人掛けソファーにどっかり腰を下ろした。
「…………」
「何か言いたげだな」
「……なんだそのやたらカッケェ制服」
「皮肉か。似合わないのは自覚している。だが私も好きで着ているわけでは――」
「いや本音だよ。俺、軍服って好きなんだ。それに、似合ってる」
 ソロが真顔で言うと、サウンドはいつもの仏頂面で、自分の姿を見た。
 白い軍服に白い軍帽、銀色のボタンと飾緒、白手袋。軍帽と軍服に縫い付けられた記章は、第二ワンダーランドのものだった。それを確認して、ソロは納得する。
「そうか、それ第二ワンダーランドの〈白騎士〉の制服なんだな」
「ああ。軽いが窮屈でかなわん。しかし、女王陛下に会うとなれば、正装するのが筋だからな」
 ぼやくように言ってから、サウンドはじろりとソロの身なりを見た。
 見るも明らかな私服だ。というより、初めてMTPと会ったときとほとんど変わりばえのしない格好だった。
 正装するのが筋だ、というサウンドのひと言で、ソロは謎のきまり悪さの原因を突きとめられた。それなりの格好をすべきだったのだ。だから城内で自分の存在が浮いていた。
 ソロも自分の姿を確認し、サウンドと目を合わせて、……咳払いをした。
 サウンドは結局、ソロの服装についてはとやかく言わなかった。
「お前も説教されに来たのか」
「そうかもしれん」
 サウンドはにこりともしない。
 彼の左肩の下には、左腕がある。指もちゃんと動いている。
 ソロの視線に気づいたか、サウンドは左手を結んで、開いた。自然な動きだったし、機械音もほとんど聞こえなかった。
「スペアかそれ?」
「いや。適当な病院で治療を受けようとしたら、突然拉致されてな」
「マジかよ。怖えな」
「気がついたら怪しげな手術室にいて、義手(これ)を取り付けられていた。パルプマガジンの受け売りではないぞ」
「……ま、まあ、よかったじゃないか。新調できて」
「動きが良すぎて逆に戸惑っている」
 サウンドはむっつりとして、左腕を撫でていた。と思ったら、しゃキん、と手首から突然刃物が飛び出し、当の本人もソロも軽く跳ねた。
「危ねえ。お前、絶対そっちの手で頬杖つくなよ」
「……了解(ヤー)
 サウンドは渋い顔をしていた。どこをどういじったのかソロにはわからなかったが、飛び出した刃は一瞬で戻っていた。
 世間話でもするか、とソロが口を開きかけたとき、案内人の声がかかった。



 謁見の間は広く、ヴォード大陸では貴重な、白い石材で造られていた。柱や天井には繊細な彫刻も見られた。
 奥の段差には銀色の玉座があり、水色のドレスを着た女王が座していた。
 王城だけ、中世で時が止まっているように思えた。
 だが、部屋を照らすシャンデリアは電球だったし、耳を澄ませば何らかの装置の単調な駆動音が聞こえてくる。
 そして、玉座には、部屋の奥から伸びる無数のコードが接続されているのだった。
「ソロと、第二ワンダーランドの〈白騎士〉サウンドですね。どうぞ、近くへ」
 ソロがクイーン・アリスの肉声を聞くのは、これが初めてだ。
 長らく、彼女の声は住民に直接届けられていない。ラジオや新聞で、間接的に、それも丁寧で遠回しな当たり障りのない言葉に変換され、聞き取りやすい報道官の声で伝えられるだけ。
 ラジオで声を流さない理由は、よくわかった。クイーン・アリスの声は年老いていて、か細く、かすれていた。
 そして、ラジオ音声のように、後ろでサアサアと雑音が鳴っていた。
 言われるがまま玉座に近づくと、サウンドが軍帽を取り、何も言わずにひざまずいた。作法まで中世で止まっているのかと、ソロはすこし驚く。
 サウンドはべつのワンダーランドの白騎士だ。作法は、彼の真似をしていればいいだろう。
 片膝をついて見上げると、クイーン・アリスの顔がよく見えた。
 ネイダは、彼女をおばあちゃんと呼んでいた。そう呼ばれるにふさわしい年の頃に思えた。
 しかし、老いているとはいえ、女王のたたずまいや顔立ちは気品にあふれている。実に美しい老婦だ。
 肌は、白いと言うよりも、灰色に近い。第二ウェンガンのハートと繋がったとき、ネイダの顔には幾何学的な筋が浮かび上がっていたが、女王の顔と手にも、その青みがかった灰色の網目模様が、びっしりと刻み込まれていた。
 女王はソロを見ると、とても……とても嬉しそうな、やわらかい微笑を浮かべた。
「この町と、わたくしと、孫のダイナを救ってくださったわね。ほんとうに、どうもありがとうございました。月並みなお礼の言葉しか思いつかず、申し訳ありませんわ」
 ソロも月並みに恐縮した。確かに自分も必死で務めを果たしたが、今回の戦果はネイダによるところがかなり大きい。
 改めて見つめた女王は、涙ぐんでいるようにも見えた。
「おふたりには、何でもお望みのものを差し上げましょう」
 そんな、お伽噺のようなことを言われても。ソロが答えあぐねる横で、サウンドが口を開く。あらかじめ答えを準備していたようだ。
「では、陛下。今回の経費と、〈マッド・ティー・パーティー〉の当面の活動費を算出してお渡しします。それ以上の褒賞は結構です」
「そうですか。サウンド、貴方は第二ワンダーランドへお帰りになるのですね。是非我が町の正規軍でも、指揮を執って頂きたかったけれど」
 女王は寂しげに微笑んだ。
「では、第二ワンダーランドのクイーン・アリスにお伝え願えるかしら。事前に警告してくださったことを、とても感謝しておりますと」
「やはり、伝わっておりましたか」
「……俺もその話を聞いて、不思議に思っていました。陛下、いくつかお尋ねしてもいいですか?」
「なんなりと」
 女王の大きな相槌に、ある種の覚悟が見えた。
「第二ウェンガンが襲ってくることを前もって知っていたなら、どうして準備していなかったんです? そのせいでネイダ……じゃなくてお孫さんは、無茶な特攻をするはめになった。俺たちが生きて帰ってこられたのは、運が良かったから。それだけです。お孫さんは、どうして無断であんな作戦を?」
 責めたくはなかったが、どうしても気持ちは正直に台詞に現れてしまった。しかも、敬語もまるでなっていない。
 しかし、女王が気を悪くした様子はなかった。サウンドも、眼差しで同じようなことを問い詰めているようだ。
 女王はほんのすこしのあいだ、言葉を選んでいた。
 そして老いた女王は、静かに、言い訳を始めた。
「ご覧の通り、わたくしは、もう長くありません。すっかり老いさらばえてしまいましたわ。わたくしには、もう、町を支える力はほとんど残っていないのです。18日に起こった大停電のことを、覚えていらっしゃるかしら」
 ソロは頷いた。――ミンクが死んだ日だ。そう簡単に忘れていいはずもない。
「出力を上げようとして、力が尽きてしまったのです。強大なスナッチが襲ってくるとわかっていても……何もできなかったわ。わたくしは老いぼれて、ダイナは未熟……軍の上層部も、主砲が自由に使えないと知ると、混乱するばかりで。情報を封じ込めて、住民のパニックを防ぐことが、いつしか急務となってしまいました。これに関しては、弁解のしようもありません」
 女王は震える指で、目頭を拭った。レースで縁取られた袖口の中から、鋼色のコードが何本も伸びて、玉座につながっている。
 彼女の目は、赤錆色だった。涙は、氷色をしていた。
 第二ウェンガンの中で、ネイダの手からコードが伸びたとき、驚いたり考察したりする余裕はあまりなかった。
 今はちがう、疑問はわだかまりつづける。いったい、クイーン・アリスとダイナは、何者なのだろう。
 魔法使いの子孫と聞いてはいたが、これでは、まるで――人間によく似ただけの、べつの生物ではないか。
「ダイナ……。わたくしの孫。このたびは、あの子の決断に救われました。ソロ、貴方にご覧になって頂きたいものがあります」
「……いいのですか?」
 女王が何を見せたがっているか、サウンドは知っているようだ。彼は仏頂面だったが、問いかける目つきはするどかった。
 女王は深く頷き、立ち上がる。ドレスの裾を引きずりながらしずしずと歩き、玉座の裏手にある扉を開けた。
 年代物のエレベーターだった。


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