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Clump,Clump 作者:モロクっち

散文詩 フラジャス・デイ

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第二節




「うわあ開いた!」
「おわー!?」
「スペクトルおい大丈夫か!」
「隊長!」
 全身血まみれになって、ソロたちは扉の前に転がり落ちた。
 扉は(ガスマスクたちから見て)内側から勢いよく開き、大量の血と膿と汁を吐き出したのだ。
 ソロたちはその奔流に見事に流された。まるで排泄か嘔吐されたような気分だ。
「無事だったか、貴様ら!」
 サウンドが顔の赤色を乱暴に拭って立ち上がる。ガスマスクたちは、全員がほぼ同時に頷いていた。
 あたりには硝煙の匂いが立ちこめ、薬莢や手榴弾のピンがそこらじゅうに散らばっていた。
 ビデオもセラードアも無傷ではないようだが、動けないほどの重傷者は出ていない。
 スペクトルという名のメンバーは、開いた扉に運悪く叩きつけられたようで、すこしふらふらしていた。
 天井からは血と膿とネジの雨が降っていた。
 床も壁も、セルロイドのようにたわみ、歪んで、波打っている。
 ソロは、自分がたった今放り出された扉の向こうを見た。門扉の片方は蝶番が外れ、傾いていた。
 まぶしいくらいの光が、50アダーばかり奥でかがやいている。今にも弾けそうなほどの強い光だ。月よりも明るいくらいだった。
 扉の向こうには、町も、砂浜もない。
 今まで自分たちが捕らえられていた空間は、何だったのだろう。どこにあったのだろうか。
 続けざまの銃声が響く。ソロの背後で、MTPが何かを迎撃していた。
 振り返ると、捻じ曲がる壁を引き裂いて、腕と爪と顔のようなものが迫ってきていた。
 血管やコードで、怪物は壁や天井とつながっている。あれはスナッチではない、第二ウェンガンという巨大スナッチの一器官にすぎない。
 なぜなら、ハートがないからだ。ある意味、大型スナッチ1匹よりも面倒な相手だった。
 体内に入り込んだ異物を、排除するための殺傷器官だ。
 サウンドはハートから目を離し、アサルトライフルを『器官』に向けた。ずらあッ、とガスマスクが一斉に彼に続いて銃器を構える。
「行け! 断頭台!」
「ソロだって言ってんだろ!」
 ソロは銃声を背に、ネイダを片手で抱えて、走り出した。
 ハートを守るために、スナッチは抵抗した。赤い壁から、牙と刃が飛び出す。
 そんなことはお見通しだった。
 ソロはミンクの銃を抜き、炸裂弾を左右の壁に見舞った。牙と刃は、ごっそりと爆ぜた。
 あと20アダー。
(いたいよ)
 あと10アダー。
(ダニが、いるよ)
 手を伸ばせば、届きそう。
 ソロの仕事は、このとき、半分終わった。
「ネイダ!」
 ソロが手を離すと、ネイダは叫び、足の怪我でよろめいてから、走り出した。
 伸ばした彼女の腕から、コードが飛び出す。光り輝くハートに、最初は四本、それから数十本のコードが突き刺さった。
 ハートから一瞬光が消えた。そのとき、ネイダとつながったハートの形状がはっきり見えた。
 ドラム缶だった。ドラム缶の中にハートがあるのか。それともハートがドラム缶そのものなのか。
 真実ははっきりしないまま、ハートは再び目が焼き付きそうなほどのかがやきを放った。
 ソロはいつも、スナッチの体内に収まったハートを見ていた。ハートをじかに見るのは初めてと言ってもいい。
 こんなにまぶしいものだとは思わなかった。サウンドの銀の目がほしい。
 びいん、と微弱な震動が空気を貫く。ネイダの碧い目が、赤錆色にかがやいたときに。
 それは消費電力が激しい機械のスイッチを入れた瞬間に似ていた。
(だれ、だれ、だれ、だれ、あんただれおまえはなんだ、だれ?)
(あなたの女王よ! 言うことを、聞きなさい!)
(ちがう、だれ? おれがこのまち。おぬしはだれです?)
(命令を聞くのよ! でないと、首をちょん切ってやるから!)
 ソロはあたりを見回した。
 壁の中から、何百もの首が突き出して、ひしめいていた。人間の首だけではなかった。猫と鳥と犬の首もあった。
 どの首も、生きてはいない。血と粘液と膿にまみれた顔の、どの目にも生気はなかった。だがその口は、あえぐようにのろのろ開閉している。
(首を)
(ちょん切ってやる!)
 ネイダの意思が、ソロの脳内で、雷鳴よりも激しく響きわたった。
 ずはッ、と見えない刃が壁を走った。不可視の刃は、髭を剃るかのように、何百もの首を削ぎ落とした。
(うまくいく。うまくいきそう)
 ネイダが泣きながら笑っているようだった。
(ドードー鳥が食べたい!)
 ネイダの意思が空気を渡る。壁の中から、飛べない鳥が、ずるりずるりと産まれ落ちてきた。産まれたてにもかかわらずどれも成鳥で、しかも、死んでいた。
(ようし。じゃあ、動くのよ! 動いて! おばあちゃんの町から離れなさいッ!)
(やだ! いやだいやだきょひする。おことわり! これはぼくのまち。あたしのまちなんだから。はらへった! おなかすいたよおおおお)
(うるさい、うるさい、)
「うるさああい! 歩いてってばあッ!」
 ネイダが実際にのどを震わせ、血まで吐きそうな叫び声を上げた。
 その白い顔に、灰と青を混ぜた色の、血管じみた幾何学的な筋が浮かび上がっていた。

 ど・しん。

 地響き。
 それは、第二ウェンガンが、よろめきながら後ずさりする音だった。
 どこか儚い、弱々しい悲鳴を上げて、ネイダもよろめく。ハートからコードが何本も抜けた。
 ソロはものも言わず、何も考えずに駆け寄っていた。だが実のところ口からは、彼女の名前が飛び出していた。
 手を伸ばして、細い肢体を支える。
 ネイダの不可思議な網目模様を浮かべた顔に、赤みがさした。
「あ、ありがとう」
「やったじゃないか。マジで町を動かすなんてなあ!」
「でも、こんなに疲れるなんて、思ってなかった……かも」
 ネイダはぎこちない苦笑を見せた。ソロも苦笑いを返す。
「グリフォンの何万倍大きいと思ってんだ? 疲れて当然だ」
「そうだよね……」
「でも、1歩動かせたろ」
「うん。あと99歩は動かしてやるんだから」
「じゃ、頑張れ。こっちはこっちでなんとかするよ」
「……そばにいてくれる?」
「もちろんですとも。女王陛下」
 ネイダが手を振るい、抜けたコードを繰った。コードそのものに意思があるかのように、鉄色の線はまっすぐにハートを目指す。
 再び接続がすんだ瞬間、ハートの光は一瞬消えた。ドラム缶はぼろぼろに腐食し、大きな穴が開いていた。中からいくつもの眼球がこちらを睨んでいるのが見えた。
 ただの赤銅色の球体だったのに、それが眼球であるとソロにはわかった。
 スナッチ――彼らは本当に、どこから、何の目的でやってきたのだろう? あんな目を持つ動物は、ヴォード大陸にも、海の向こうにもいないはず。
 だいいち、こんなに大きく禍々しく進化する生物など、自然界に存在していいはずがない。
 そう思うのは、ソロの傲慢だったろうか。
『ギギギギィィィヤアアアアア。イヤアヤメテエエエ。ギギチチチャアアアア。アアアアア。タスケテエエエ。ギヂヂヂャアアアア』
 女の悲鳴を模した悲鳴。
 それが響いたとき、血と膿の雨の向こうから、男たちの悲鳴と罵声が飛んできた。
 次いで、MTPが仲良く全員吹っ飛んできた。
「クソッ、あああクソッ痛えッ」
 ソロの近くに転がった男の顔から、ガスマスクが外れていた。全身血でずぶ濡れだったが、それが彼の血なのかどうかもわからない。
 しかし、その男が顔を上げたとき、ソロは目を見張ってしまった。
 顔が、顔ではなかった。鼻がなかったし、右目もなかった。唇は歪んで、前歯と片方の犬歯がむき出しだ。
 それは、顔のおもだった筋肉や皮膚を、ごっそり削り取られて――その傷からなんとか回復したという感じの、究極のスカーフェイス。
 サウンドの顔の傷痕も大したものだが、あれすらまるで比べ物にならないくらいだ。
 彼なら、常時ガスマスクをかぶる理由を持っている。悲しいかな、その顔を見てひるまない人間はいないだろう。
「ちくしょう。あああ、折れたかな。クソッ……隊長は?」
 その声はビデオだ。
『なんで外すんだ。ビデオに、悪いじゃないか。みんなで、決めたことなんだぞ』
 ガスマスクを外してやったら、そう言ったメンバーがいた。もう死んでしまった、メタファーだ。ソロはようやくその言葉の意味を理解した。
 皆、ビデオに合わせているのだ。顔を隠さなければならない仲間のために、揃いのガスマスクをかぶっているのだ。
 死んだフラミンゴだけではない。やっぱり、みんなみんな、いいやつだ。
 ビデオは左腕を押さえてうめいていたが、やがて腰から拳銃を抜いた。
 得体の知れない怪物が吠え立てている。ソロはビデオといっしょに視線をめぐらせた。
 サウンドは――
 怪物に振り回されていた。
 ソロはぞっとした、ビデオはもっとぞっとしただろう。
 不幸中の幸いだが、サウンドがつかまれているのは左腕だった。ネイダがせっかく直した腕が、また壊れている。はかないほどにちいさな火花が散り、サウンドが歯を食いしばった。
 ビデオが雄叫びを上げて拳銃を向けた。ソロはそれを、手で制した。
 愛銃を構え、狙いを定めて、サウンドが目で頷くのを見て、引き金を引く。弾は特殊撤甲弾。どんな腕も、一発で吹っ飛んでしまう。
 サウンドの機械仕掛けの左肘が砕け、彼の身体は宙を舞った。怪物は大きなあぎとを開けて、サウンドをその口で捕らえようとした。
 サウンドは口でピンを引き抜き、大口の中に、手榴弾を投げ込んだ。のどの奥に、手榴弾は吸い込まれていった。
 爆発。
 サウンドが落下。
 いや、マーチが抱きとめて、肉床の上に転がった。
 また、町がどしんと一歩動いた。いやだいやだとわめきながら、女王の命令に従っている。
 また、一歩。さらに、一歩。
 どしん。どしん。
 このスナッチは大きすぎる。歩幅は一デメル近いだろう。たったの一歩でも、第五ワンダーランドからはかなり離れてくれるはずだ。
 しかし町が一歩動くたび、身体が浮くほどの縦揺れに見舞われる。
 そして天井からは、血と膿と汁だけでなく、瓦礫や鉄クズが落ちてくるようになった。
 ソロはミンクの銃のマガジンを交換した。爆裂弾をもっと持ってくるべきだったとすこし後悔した。
 ネイダを支えて、落ちてくる瓦礫を撃ち飛ばす。
 瓦礫が軌道を変えたのを見届けたその瞬間、ソロの体内を電流めいたものが疾走した。
 苦痛はなかった。ただ、息が止まった。
 そして、目に映るものが、目の前にあるものではなくなった。
 今や、すっかり、慣れっこになってしまった感覚だ――。


 第五ワンダーランドが見える。
 第二ウェンガンは首をひねり、身体をひねって、悶えていた。抗おうとしていた。
 だが、神経も骨も、まるで言うことを聞かないのだ。太い両足は、どしんどしんと巨体を運び、第五ワンダーランドから遠ざかっていく。
 ソロがハートを痛めつけたためだろうか、その身体には地割れのような大きく深い亀裂が走っていた。
 それは生物にとっての裂傷と同じものであった。赤黒い血が、どんな噴水よりも激しく噴き出している。

 いやだいやだいやだ、
 腹が減った、
 寂しい殖えたい、
 もうそろそろ眠りたい、
 もっともっと進化したい。
 いやだいやだいやだ、

 し に た く な い よ お。

(いいえ。あなたはしになさい)

 たすけてえ。
 たすけてえええ。

 第二ウェンガンは歩きながら慟哭した。その咆哮は、女王の命令によるものではなかった。女王はその口をふさごうとしたが、間に合わなかった。
 必死で助けを求める第二ウェンガン。
 その悲痛な呼びかけに、同胞が、応える。
 怒りと食欲のままに第五ワンダーランドを襲っていたスナッチの群れが、一斉に方向転換した。
 ギチギチとわめきながら、かれらは叫び、全速力で飛び、すでに10デメル近く離れた第二ウェンガンを目指す。
 その数、千匹あまり。


 やめろやめろやめろやめろ、
 そうはさせるか、
 仲間を助けろ。助けろ。
 助けに行くぞおおお。


 地平線の向こうから、朝日が昇り始めていた。
 ああ、この高さから見る太陽の、なんと赤く美しいことか。涙がこぼれてしまいそうだ。
 群れが戻ってくる。大きな大きな仲間のもとへ、ねぐらにさせてもらった恩を返すため。憎きヴォーパルを駆除して、大きな大きな仲間を救うため。
 ソロは声ではない声を上げていた。
 それこそが、ネイダとクイーン・アリスが交わせる、思念での会話方法だったとは、ソロ自身『声』を上げるまで気づかなかった。
(ネイダ! ネイダ、まずいぞ。さすがにこの数は)
(考えがあるの。お願いソロ、おじさんたちを全員そばに呼んで!)


 
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