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Clump,Clump 作者:モロクっち

散文詩 フラジャス・デイ

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第一節




(ソロ……)

 男とも女とも、子供とも老人ともつかない声に、身震いする。

(わたしのこと、おぼえててくれる?)

 その言葉の裏では、まるでささやかなBGMのように、べつのささやきがたゆたう。
 指ぬき。
 スナッチ。バンダースナッチ(・・・・・・・・)
 断頭台。
 伝説のヴォーパル。
『前に会ったことあるかい?』
『ああ、たぶんな』

(ソロ)
(いつかきっとたすけにきて)

 幻聴なのか、忘れてしまった言葉なのか。声を聞くしかないソロの前に、ぼさぼさの黒髪の少年が現れる。
 おかげで、自分が今、夢をみているのだと自覚できた。
 シャベルを持った少年は、神妙な面持ちだった。ソロを責めるでもけなすでもなく、ただ、真剣な、赤い眼差しで見つめてくる。
 そして、顎をしゃくって、足下の大きな盛り土を示す。
 そして、シャベルをソロに手渡した。
 そして……。
 ソロはほぞを固め、シャベルを墓の土に突き立てた。土をすくって放り投げる瞬間、
 目が覚めた。



 扉の向こうは、浜辺に続いていた。
 ソロにとって、見覚えのある光景だった。
 しかし、なつかしい光景では、なかった。
 ――なんだ。まだ夢みてるのか、俺?
 地形は確かに第二ウェンガンの沿岸南部だった。グリフォンに乗って、何十回も眺めた景色なのだから、間違いない。
 だが潮騒は聞こえず、海猫も見当たらず、何より、第二ウェンガンの街並みがどこにもなかった。
 視界の右側は、真っ赤な海原。左側には、真っ赤な荒野。
 いや、荒野は、焼け野原に等しかった。そこには人びとの暮らしの死骸が、大きな力によって押し潰され、打ちひしがれて、横たわっている。
 目を細めて遠くを望めば、瓦礫と骨と腐乱死体でできた山が、いくつもいくつも築かれているのがわかった。
 空も海も更地も、目がおかしくなりそうなほどの、赤。
 陰影をつかさどるのは、錆色と茶色と黒と紅。
 ソロはほんのわずかなあいだ、唖然としていた。
 なぜ、第二ウェンガンの中に、海原があるのだろう。まさか、海まで喰ったというのか。
 ――ちがう。夢をみてるんだ。どうも幻覚って言ったほうがよさそうだけどな。
 握った手から、ネイダの存在を感じ取れるけれど――扉を開けたとたん、自分は狂ってしまったのかもしれない。
 ソロは乾いた唇を舐めた。血の味がした。おまけに唇からは、松かさのようにささくれた感触が伝わってくる。死んだ白い皮がめくれ上がっているのだろう。幾重にも、幾重にも。
 海だと思って見ていたものが、広大な血だまりであることがわかった。波はなく、風もない。
 血と臓腑の匂いも、停滞している。空気の上に、のしかかっている。
 聞き覚えのあるちいさな音――誰かが銃を構え直す音――がして、ソロはそちらに顔を向けた。
 サウンドだ。険しい目であたりを見回していた。
 彼が柄にもなく焦っているのがわかる。その理由も、わかる。
 MTPのメンバーがひとりもいないし、後ろを振り返っても、扉はどこにもないからだ。
 背後には、第二ウェンガンの浜辺と海が、ずっと続いていた。
「……サウンド。お前、本物(・・)か?」
「何を言っている」
 ソロが尋ねると、サウンドは勢いよく振り向いて、軽く睨みつけてきた。
 しかし彼は、すぐにソロの言い分を理解してくれたようだった。
「そうか。幻覚を見ているとでも思っているのだな?」
「ああ、うん。そのとおり」
「わたしたち、本物だよ」
 ソロの左隣で声が上がった。ネイダが強張った表情を見せていた。
「……たぶん」
 サウンドが、ふん、と鼻の奥で短く笑ったようだ。
「自分の存在がこれほど曖昧なものだったとはな。確かに……私が貴様の幻覚ではないことを、証明するすべはない。逆も然りだ。貴様は本物か、ソロ?」
「たぶんな。ま、俺の頭を吹っ飛ばしたりしなけりゃ、幻覚でもなんでもいいよ。ひとりでこんなとこにいるよりマシだ」
 ソロの記憶では、第二ウェンガンの波打ち際はゴミだらけで、子供たちの遊び場だった。黄昏時が過ぎるまで、毎日、誰かしらが海辺にいた。
 だが、この場にいるのは、ソロと、ネイダと、サウンドだけ。
 ゴミすらほとんど見当たらない。ある意味、きれいな浜辺だ。50アダーばかり前方に、ドラム缶らしきものがひとつ転がっているくらいだった。
 誰も何もしゃべらなくなってしまった。おかげで、耳が破れたのかと思ってしまうくらいに静かだ。
 しかし、やがて、かすかに奇妙な音が聞こえてきた。耳の穴に綿を入れたときのような、がさがさざあざあという音に似ていた。
「ソロ、あれ」
 ネイダが前方を指さす。
 少女が指し示したのは、赤茶の砂浜にめり込んだトランシーバーだった。ところどころ錆びた黒い装置の中で、ランプが赤々と点灯していた。
 ザアザアと雑音を流しているのは、そのトランシーバーにちがいなかった。ソロはゆっくりとトランシーバーに近づく。
 ゆっくりとしか、動けなかった。生ぬるい空気は、まるで質量を持っているかのようだった。ソロを包む不可視の空気は、ゼリーのようにぬるりと動く。
 息がしづらい。関節が重い。
 拾ったトランシーバーだけが、やけに冷たかった。
 ザッ、
 トランシーバーの雑音が途切れた。
 ソロは顔を上げ、サウンドがアサルトライフルを構えた。
 トランシーバーを拾う前まで、浜辺にはソロたち3人以外、誰もいないはずだった。だが、今は、10アダーほど向こうに人影がある。
 ふたりの子供だ。8歳くらいの男の子と、女の子。手をつないで立っているように見える。こちらを、じっと見つめている。
『チチチ……』
 トランシーバーから、聞き覚えのある『声』がした。
『おまえたちにしかことばがつうじないのであなたたちだけとおしました。すこしおはなししようしませんか』
 雑音、スナッチの鳴き声、潮騒、悲鳴、男の子と女の子の声、海猫の声、時計塔の鐘の音。
 第二ウェンガンの『音』のすべてが、今はやつの言葉だ。声とも音ともつかぬメッセージは、トランシーバーから漏れてくる。
 ソロたちは沈黙した、否、絶句した。ソロの耳には、ネイダとサウンドの細い息遣いまで聞こえた。
 スナッチと人間の、会話が成り立つというのか。前代未聞だ。歴史的な瞬間に立ち会っていることは間違いない。
『ギチチ。チッ。きさまらぼくをころしにきましたね。いいわけ、べんかい、いいぶんをきけ。こちらの。ギチチ。こちらわれわれのいいたいことをギッいわせなさい』
 ネイダがソロから手を離し、トランシーバーを求めた。
 ソロにとっては、願ってもない申し出だった。両手がふさがっていたので、銃も抜けなかったから。
 ネイダは真剣な面持ちでトランシーバーを手に取り、いびつな呼びかけに答えた。
「聞くだけなら」
『きくだけきいてからころすんですね。いいだろう。おれもあなたたちをゆるさないし。きさまらをめしあがってあげる。ギギギチチだってなっとくできないもん』
「何が? わたしたちだって納得なんかできない。どこまで食べれば気がすむの?」
『ギギギチチ。どこまでたべればきがすむんですか? どれだけたべればきがすむんだ? あなたたちも。ギチギチギチ。おしえるね。わかってね。ギチチチ、あのね。わたくしどもには、よっつめのよっきゅうがあるのだ。ギチッ、あんたたちは、みっつしかもっていないのですけどね』
 ソロたちはちらと目を合わせた。
 四つ目の欲求。
 自分たちが持っている三つの欲とは、食欲と、性欲と、睡眠欲のことを指しているのだろうか。その考えに至ったとき、まるでその頃合を読み取ったかのようなタイミングで、やつは言った。
『進化欲』
 風が吹いたような気がした。
『ギたべることのどこがわるいというのだ。ギこうびしてはんしょくするといけないのかしら。チねるんじゃねえっていうのかてめえら。どうして進化してはいけないのですか?』
 誰も、答えられなかった。
 うまく否定できなかった。
 どの欲求も、生きていく上では抑制しようもないものだ。そして、必要なものだ。
『どうしていきているのだろうね。どこからきたのだろう。どこにいくんだろうなあ。ぼくたちはなにをしているのかしら。ギチギチチッだからたべるんです。それだから、われわれはふえるの。わしらはねます。おれたちは進化する』
 地響きが聞こえた。遠くで地すべりが起きているようだった。足元の地面が、揺れているようにも感じられた。
『進化、ギッ進化した。わし、こうしてあなたさまたちとかいわ、ギできてるでしょう。うみ。あのうみ。かいすいもギギギへいきになった。だからうみわたった、おれさま。進化したのだ、われは』
 チチチチ、と甲高い音がひとしきり続いた。チチチチチチチチチチチチチ。
 まさか、笑ったのか。スナッチが。得意げに笑っているというのか。そこまで進化したのか。考えたくもなかった。
『わっチチチわたくしども、なにかわるいこと、したのかね?』
「した」
 サウンドが即答した。
「貴様も、同族を殺した我々が憎いはずだ。我々は貴様に同族を大勢喰い殺された。納得できるだろう?」
『しってるよ。きみらがあたしのなかまをたくさんいっぱいころしたことは。ギギギギチチチチチ! そうだね。わかちあえねえよなあ』
 スナッチは、今まで、その感情を忘れていたのだろうか。押し殺していたのだろうか。
 サウンドの答えは、ソロの答えでもあった。だから、彼がよけいなことを言ったとは思わない。こうするしかなかったのだ。
 人類とスナッチは、ほとんど同じもの。
 けれど、けっして手を取り合えない。
 もしかすると、共存する道はあったのかもしれない。
 だが、今はもう、何もかも手遅れだ。種族意識の下に、互いへの憎悪が刷り込まれてしまっては。
 仲良くやっていくつもりなら、出合った頃に手を打たなければならなかった。どちらが先にどちらを殺したのか、今となっては、肝心の始まりすらもわからない。
『わるいから。きのどくだから。ぼくらてかげんしてやったのだ。うぬらがぜつめつしたらきのどくだから。だからあたしたちこどもたべなかったころさなかった』
「あ……」
『ギギギでももうがまんげんかいチチチ!』
 ネイダが思わずといったふうにトランシーバーを顔から離す。その仕草は、老眼のために読めない書面を遠ざける、老人のようでもあった。彼女は顔をしかめてもいたから。
 トランシーバーから流れるギチギチ音と雑音が、高く、大きくなっていく。
 子供をなるべく殺さず、海水にも近づかない。それがスナッチの特性だった。
 だが、人類にとって有利ともいえたこの特性を、スナッチが『進化』することで、自ら捨ててしまったというのなら……。
『ころす! ころしてあんたらねだやしにする!』
 サウンドが、アサルトライフルを構える手に、力を込めた。
 ソロは愛銃を持ち上げる。
『しろいの。あなたをもういっかいやつざきにしてあげる。こんどこそいもむしにしちゃうんだから。ギギッ、くろいの。おまえもしろいのにしたことと、おんなじことをしてさしあげますわ。ちっこくてほっそいの。なんじとは、おともだちになれるんじゃないかってきたいしてたのに。チッ』
 視線が、集まってきた。
 やつは1匹だ。第二ウェンガンがひとつのスナッチ。だがその目は何億もあった、無数にあった。美しい光が、赤い浜辺のあらゆる輪郭をなぞる。
 チチチチチ、という耳障りな音色は、もはやトランシーバーから聞こえてくるのではなかった。あたりいちめんが唸っていた。ネイダはトランシーバーを投げ捨てた。
 しかし、彼女は、銃の狙いをさだめるソロに、なおもこう言うのだ。
「ソロ、殺しちゃだめ」
「わかってるよ。しろいの(・・・・)にしたことと、おんなじようなことをしてやるだけだ」
 ハートが見える。
 さっきから(・・・・・)ずっと(・・・)見えている(・・・・・)
 ばん、と赤い海が裂けた瞬間、
 サウンドが海に銃口を向けて引き金を引き、
 ソロは身を屈めて前方に弾丸を飛ばした。
 海の中から現れた巨大なアームに、サウンドの炸裂弾が立て続けに命中する。
 そして50アダー向こうに転がるドラム缶の端に、ソロの撤甲弾が2発、ぐさりぐさりとめり込んだ。
「半殺し、な」
 ソロはサウンドと目を合わせた。微笑が交錯した。
 数万の男女と破れ鐘とスナッチが、絶叫した。
 手をつないだ男の子と女の子の頭が、ばつんと爆ぜるのが見えた。


 
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