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Clump,Clump 作者:モロクっち

第5章 11月20日、明け方

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〔5〕




 ソロは、壁のスリットや穴の奥で、きらりと美しい光がひらめくのを、見なかった。
 見えた気がしたが、お互いに(・・・・)それどころではなくなった。
 すさまじい衝撃があたりを揺るがし、ソロとネイダの身体は宙に浮いた。
 金属の壁と床は剥がれ、ひしゃげて、あたりは鮮血を噴きながら崩壊を始めた。ネジや鉄棒や縞鋼板のひとつひとつが、苦痛の悲鳴を上げていた。
 悲鳴によって聴覚が麻痺し、稲妻のように迸る光によって目がくらむ。
 地面に叩きつけられたとき、背中の傷に激痛が走った。
(いたい)
(いたい)
(イタイいいいいいい!)
 その声なき声は、ソロの頭の中だけではなく、血管の中にまで響きわたった。
 それが自分の悲鳴なのか、第二ウェンガンの悲鳴なのか、ソロには一瞬わからなくなった。混乱した。
 痛みが収まり、視覚も回復したソロが見たのは、すっかり鉄クズの山と化した周囲一帯だった。
「何事だ。命拾いしたが」
 さすがのサウンドの声にも、動揺の色が垣間見える。彼は起き上がろうとして、顔をしかめた。左腕が曲がった鉄板と金網と鉄棒の中に埋まっていた。
「おばあちゃんが、主砲を……」
 ネイダが上ずった声でそう言い、ソロとサウンドの視線を集めた。ネイダはマネキンのように生気を失って、呆然と立ち尽くしていた。
 第五ワンダーランドが、主砲を使った。このタイミングで。
 ――孫を助けるためか。
 ソロには、不思議なくらいの確信があった。
「でもあれは、20時間くらい充電しなきゃならないんじゃなかったか。俺が町を出たときは、まだ展開もしてなかった」
「3時間くらいの充電でも一応撃てるの。で、でも……絶対町が停電しちゃう。身体にも主砲にも無理がかかるし。――ぅああ、おばあちゃん!」
「しっかりしろ。たぶん俺たちを助けてくれたんだ」
「わっ、わたしがたすけてって()ったからだぁ!」
「なんだ、テレパシーでもできるのか?」
 とにかく彼女を落ち着かせたくて、ソロはすこし冗談めかしたのだが、それがかえって裏目に出てしまった。
「できるよ!」
「うっ」
 ――そりゃないだろ。
 ソロはが頭を抱えたくなったところへ、ネイダがたたみかける。
「おばあちゃんとならだけど、できるの。でも、今は聞こえないよ。なんにも。どうしよう、おばあちゃん何かあったのかな? や、やっぱり、無理したから――」
「落ち着け!」
 ぴしっ、と軽くネイダの頬を打つと、彼女の泣き言がぴたりとやんだ。
 本当に軽い平手打ちだったけれど、よく考えてみればわかることだった。ソロはすこし反省した。このお姫様は、28年生きてきて、たぶん、ぶたれたことなど一度もなかっただろうから。
 ひどく驚いた顔で、大きな碧い目を見開いて、ネイダはソロを見つめてくる。
 怒っている様子ではなかった。ショックは……受けているかもしれない。
 しかし、こうして毅然と平手打ちを見舞った手前、ソロまでうろたえるわけにはいかなかった。
 この町に来てから、たびたび意識が妙な方向に飛んでいる自分が、偉そうな態度を取るのもおかしな話だ。
 けれど、わかっているけれど、ソロは大きな碧眼を覗き込むようにして見つめ返し、年上の男として、威厳を示した。
「助けてくれたんだから、その気持ちには応えないと。だろ?」
「……、……うん」
「よし。ハートまで急ごう」
 お互いの気持ちの整理がついたところで、妙な音が足元から聞こえた。ソロはそちらに目を向ける。
 サウンドが、瓦礫の中から力任せに左腕を引き抜こうとしていた。
「おい、よせ! ケガしちま……」
 ソロはそこで、言葉に詰まった。ばきばきぶちぶちと、人体には似つかわしくない音を立てて、サウンドの左腕が鉄クズの中から引き抜かれた。火花が散った。
 サウンドはうめき声ひとつ上げず、ただ眉をひそめていただけ。引き抜いたあと、方言でちいさく悪態をつき、左腕を押さえた。
 服も手袋も破れて、彼の左腕の本当の姿があらわになっていた。
 サウンドの左腕は、義手だった。真鍮色と鉄色の、歯車やシャフトや蛇腹でできていた。
「……負傷といえば負傷だな。まともに動かなくなった。まったく……」
 ネジどめされた中指が、ぴくりと動く。ちいさな火花が散った。
 肘から先のシャフトの中で、白刃が光る。刃物を仕込んでいるらしい。
 ネイダが不意に、サウンドのそばにひざまずいた。
「これ、わたし、直せるよ」
「なに?」
「わたしたちの知識で造られてるね。第二ワンダーランドの女王様にもらったんでしょ」
「……そうだ」
「やっぱり。右足も、だよね」
 ネイダの手が、いたわるように、サウンドの右足の膝から下をさすった。そこはブーツも服も無傷だったので、義足であることなどうかがえない。
 それで、左腕と右足を負傷した様子でも、彼はまるで顔色を変えなかったのか。
 ヴォーパルとして生きていれば怪我はつきものだ。腕や足を失うこともけっして珍しくはないが、それにしても、サウンドが過去に負った傷は半端ではなさそうだ。ソロも頭が下がる思いだった。
「ちょっと待ってね……」
 ネイダが、すこし汚れた細い手で、サウンドの義手に触れた。
 異様な、しかしちいさな音がした。
 その光景を見守るソロは、固唾を呑む。
 ネイダの白い皮膚を突き破り、手の中から、何本もの金属製のコードが伸びる。それは触手のように義手に巻きつき、シャフトと歯車の隙間に入り込んだ。
 スナッチの迅速すぎる進化よりも、それは、禍々しい異常ではないが。
『異常』にはちがいなかった。不可思議で、不合理な光景だ。
 ちらとソロが周囲をうかがえば、ガスマスクたちも言葉をなくして、ネイダが織り成す非日常をじっと見守っている。
 うっ、とサウンドが短い苦鳴を上げた。青と白の火花が散った。
「がまんして」
「そうしよう」
 彼の義手の原理も仕組みもソロの知るところではないが、どうやら、生身の神経とつながっている箇所もあるようだ。
 しかし、サウンドがうめいたのはさっきの一瞬だけだった。あとはしかめっ面で、耐えていた。
「普通これだけ怪我したら、引退するだろ」
 ソロは屈んで、サウンドに話しかけた。気が紛れれば、と思ったのだ。
 サウンドは仏頂面で返してきた。
「だが逆に、スナッチを許すわけにはいかなくなった。――どの傷も、一日でつけられたものだ」
「そんな話、今しなくたっていいじゃないですか」
 ビデオがたまりかねたように口を挟んだが、サウンドは彼にかぶりを振る。
「聞きたくないなら、周囲の警戒にあたってくれ。ビデオ」
「……了解」
 ビデオはアサルトライフルを構え、そばにいたガスマスクに声をかけて、ソロたちから離れた。
 サウンドは副隊長の背をしばらく見つめ、静かに話を続けた。
「奴らはヴォーパルを憎んでいる。奴らは、ただの獣ではない。我々人間と同じような感情を持っているのだ。私は13の頃から狩りを始めた。奴らを殺しすぎた。7年前、十数匹のスナッチに捕らわれた」
「……捕まった……? すぐには喰わなかったってだけの話じゃないのか?」
「見てのとおりだ。生かさず殺さず、10時間痛めつけられた。最後に胴体か頭を喰うつもりだったのだろう。或いは芋虫にして、しばらく生かすつもりだったか。左腕を喰われて、右足を半分喰われた。そこで運良く救出された」
 サウンドは遠い目をして、ため息をついた。
「身体を引き裂かれているうちに、私にはだんだん、奴らの思考が読めるようになってきた。奴らが私を、ヴォーパルを憎んでいることがはっきりわかった。特に同族を何千も殺した私など、殺しても殺し足りなかったのだろう。ありとあらゆる苦痛を与えてから殺そうとしていた。これが何を意味しているかわかるか?」
 ソロの答えを待たずに、サウンドは続けた。
「奴らは、私によって何千もの同族が殺されているという情報を共有していたのだ。普段は単独で行動しているようだが、どこかで、何らかの方法で、やつらは情報を交換しているということになる。それこそ、お嬢さんとクイーン・アリスのように、テレパシーでも使えるのかもしれん。だが、そう、方法など問題ではないのだ」
 サウンドは声と視線を落とし、ささやくように、うめくように、結論を言った。
「種族間でコミュニケーションを取り、憎い相手に憂さ晴らしをするなど――まるで人間と同じではないか」
 ソロは、ぎり、と歯を食いしばった。
 とほうもなく、恐ろしい話だ。それを聞けば、ソロも、ますますスナッチの存在を許すわけにはいかなくなった。
 やつらと、共存はできそうにない。
 人間同士でさえ争うのに、人間よりも凶暴で貪欲なスナッチが、人間と同等の動物であるのなら――。
 ――俺はそんなやつらをほっといて、自分だけ楽に生きようとしてたのか。
 自分が情けないと思った。
 ――べつに俺だけがヴォーパルじゃねえだろ? それとも、俺さえいればやつらをどうにかできると思ってるのか? どっちも傲慢だ。大した英雄様だよ。
 しかし、自分は自分を嘲笑ったりもしている。
 ただ、自分は、今、知ってしまった。もしかしたら過去にも誰かから似たようなことを聞いたのに、戦いから離れたいばかりに、きれいさっぱり忘れてしまったのかもしれないが。
 でも、今は、知ってしまったから。
 スナッチを気兼ねなく殺せるヴォーパルが、スナッチから目をそむけて生きるのは、ひととして……間違っているような気がする。
 本当は、責任があるのではないか。サウンドのように傷だらけになっても、戦いつづけなくてはならないのでは。
 戦う力を持っている者なら。
 ――俺にそんな度胸、ねえだろ?
 ソロは、ソロを嘲笑いつづける。
 ――なにせ、都合の悪いことはぜんぶ忘れて生きてきたんだからな!
「お前のこと尊敬するよ」
 真顔でソロが言うと、
「よせ。照れるだろう」
 無表情でサウンドが言い返してきた。本当に照れているのかどうかはなはだ疑問だ。
 すると、そばにいたガスマスクのひとりが、軽く声を上げて笑った。さっき、仲間の死体のそばでべそをかいていたセラードアだ。
「隊長、今日はよく照れる日ですね。出撃前にビデオにも言ってたでしょう」
「そうだな」
 サウンドは無表情のまま、ちらと哨戒中のビデオを一瞥する。
「――ビデオも7年前の作戦で、隊長といっしょだったんだ」
 セラードアは、暗い小声でソロに耳打ちした。
「あいつは命からがら逃げ出してさ。あんな状況じゃ仕方なかった。あいつだって大怪我したし、誰も責めちゃいないんだけど、気に病んでるんだ。あのとき隊長を見捨てた、ってな」
「なるほど。聞きたくない話ってわけだ」
「ときどき言い方ムカツクけどけっこうナイーブなんだよ、あいつ」
「お前もわりと繊細だと思うぞ。さっき――」
「うるせーな、泣いちゃダメなのかよ。フラミンゴはいいやつだったんだ」
「じゃ、お前もいいやつだな」
「……うるせーな……」
 セラードアはいらいらした人間のようにゆるくかぶりを振り、ソロのそばから離れる素振りを見せた。
 彼はいいやつだし、話し好きらしい。ソロはすかさずセラードアをつかまえて尋ねてみた。
「なあ、待て。お前らってずいぶん仲いいけど、どういう関係なんだ?」
「な、なんだよおれらをホモみてーに」
「誰もそんなふうに思ってねえよ。ただ、サウンドとビデオは7年以上前からの付き合いってことになるだろ? そんなに長続きするか、パーティーって? バンドだって3年おきには解散の危機に陥るもんだ」
「えー、そんなもんか? 他のパーティーってずいぶん殺伐としてるんだな」
 セラードアは首を傾げる。それから、サウンドの顔を見た。
「おれだってビデオと同じだ。隊長とは7年以上いっしょだよ。つーか全員5年以上の付き合いじゃねーかな」
「……なんつー仲良し集団だ……」
「華はねーけど、居心地サイコーだぞ。あんたもどうだい?」
「いや、俺は、うーん」
「互いに信頼できていなければパーティーは成り立たない。確かにそうだ」
 サウンドが口元をゆるめた、ように見えた。
「我々は全員、第二ワンダーランドの正規軍に在籍していた」
「あ。言っちゃっていいんですか、隊長」
「かまわんだろう」
 意外そうなセラードアに言ったあと、サウンドは己の仲間たちをぐるりと見回した。
「5年前に町を出たときは、総勢28名だった。ずいぶん減ったものだ」
 ソロはいろいろと納得した。昆虫のように整然とした動き、サウンドの命令への絶対服従、手足のように駆る重火器。MTPの優れた戦闘能力には、れっきとした基盤があったのだ。
「なんでまた辞めちまったんだ……? 給料はいいし、壁際で銃を撃ってりゃすむ仕事だろ?」
「女王の白騎士に選任された者の仕事がどうなるかは、貴様も知っているだろう。城のバルコニーで手を振るだけになる」
「ああ、さっき現場のほうが好きだって言ってたな、お前は。でも、コイツらは……?」
「隊長についてくことにしたんだよ。そんなにおかしいか?」
 心外だと言わんばかりの語調で、ソロの背中に答えを投げつけてきたのは、ビデオだった。
 ソロが振り返ると、ビデオだけではなく、MTPメンバーの全員に見つめられていた。
 昆虫めいたガスマスクの黒い丸目が、揃って、こちらを見ていた。無機質に、無表情に見えてしかるべきなのに、彼らがビデオ同様、不愉快に思っていることがありありと伝わってくる。
「フン、お前が気の毒だよ。命懸けでもついていきたい上官や仲間に出会えなかったんだろ? 隊長は英雄だし、オレたちは戦士だ。あちこち逃げまわったり、デカい町に引きこもったりする、ひとりぼっちの腰抜けとはちがうんだよ」
 ビデオに、指と辛辣な台詞を突きつけられた。
 しかしソロは、腹も立てられない。
「……悪かったな。逃げまわったり、引きこもったりして」
 鸚鵡返しのような、苦しい減らず口しか叩けなかった。
「でも、俺にだって、呑気に暮らす権利があってもいいはずだろ」
「そんなものはない」
 サウンドの静かな断言が、ソロの胸に、ぐさりと突き刺さった。
「いちど武器を取り、人間に似た生命を殺した以上は、責任を取れ。憎まれていることを、自分には力があることを忘れるな。戦えない人間がいるということも」
 こんなふうに、手厳しく、重たく、年長者から指摘された過去は、自分にあったのだろうか。
 きっと、いやなことはすべて忘れてきた。
 この、息が詰まるような感覚。怒りと恐怖ときまり悪さがせめぎ合う、この胸中。たまらなく不愉快だけれど、相手が正論を言っていることは理解できる。
 この経験を、きっと、忘れてきた。だから、子供じみているとはわかっていても、ソロは悔しかった。
「俺は、そんなに深く考えたことねえよ」
「ソロ。貴様は何から逃げているのだ?」
「逃げてなんか――」
「いる」
「……。何かから逃げてるんだとしたら、俺は、その『何か』を覚えてない。たぶん忘れたんだよ」
 いつもの受け答えをしてから、ソロは考え直した。結局この返答も、サウンドの言うとおり、ただの言い逃れではないか。
 今度は、自分が身の上話をする番ではないのか。
 しかし、覚悟が決まったところで、ネイダが口を開いた。
「はい、終わり。足も調整しなおしてみたんだけど、どう?」
 言いながら、ネイダは真剣な面持ちで、ゆっくり手を離した。
 鉄色のコードが、するすると彼女の手の中に戻っていく。見た目に反して、ネイダには痛みも不快感もないようだ。
 コードが完全に彼女の手の中に消えると、どこからコードが飛び出していたのかもわからなくなった。
 サウンドは左腕に目を落とした。関節と指が動いた。思ったより大きな機械音が聞こえたが、動作はなめらかだ。
「問題ない。音がすこし大きくなったようだが」
「ちょっと油を使っちゃったから。注しなおせば大丈夫だと思う」
「そうか。ありがとう。助かった」
「どういたしまして」
 ネイダはちょっと得意げに笑った。
「でも、年に1回はメンテしなきゃだめだよ。3年くらいほっといてたでしょ?」
「……魔法使いにはお見通しか。わかった、注意しよう」
 渋面で立ち上がったサウンドに、ソロは微笑を投げかける。
「ビデオがお前は不死身だって言ってたけど、理由がわかったよ」
「運が良いだけだ。今もこうして、偶然居合わせた次期女王のおかげで腕が直った」
 サウンドは、微笑を返してきた。
「そのうえ、私よりも正確にハートを見抜ける男まで、偶然居合わせている。――見えるか、ソロ」
「ああ。もう近い」
「さっきから動きも止まってます。今のうちに行っちまいましょう」
 セラードアが顎をしゃくる。
 ソロは頷き、ネイダと手をつないだ。
 ネイダはすぐには歩み出さなかった。後ろを振り返り、じっと遠いところを見つめていた。
「町が気になるか?」
 弾かれたように、ネイダが振り向く。女王の孫は目を伏せたあと、頷いた。
「じゃ、とっとと俺たちの仕事を終わらせて、早く帰ろう」
「――うん!」
 今度の相槌は、頼りがいがあるくらいしっかりしたものだった。
 光が走る。気絶したように静まり返る空間を、急ぎ足で彼らは進んだ。
 やがて――。
 赤黒い、歪んだ肉と鉄屑の世界に、突然ありふれた両開きの扉が現れた。
 他に道らしき道もない。そして、ハートは扉の向こうにある。ソロは知らず、まぶしさに目をすがめていた。扉の向こうの光を、感じ取れるのだ。
「この奥だ」
「ハッ! デカブツが、大事なものしまう部屋作って、わざわざ扉つけたってのか?」
 ビデオが言う。明らかにあきれていたし、嘲っていた。
「どう考えても罠だろ! アホか!」
「ひとをバカにしたって仕方ねえだろ、事実なんだから! 俺にはちゃんとこいつのハートが見えてるんだ」
 ソロはビデオを睨みつけた。彼のガスマスクの、黒く大きな丸い目に、自分の双眸が映り込んでいた。
 ガスマスクのレンズが汚れているのに、映り込む赤錆色がはっきり見えるのは、ソロの目が煌々と光っているからだ。赤い信号よりも毒々しく。
「サウンド、お前にも見えてるだろ?」
「なんとか道筋はな。この化物は大きすぎるせいか、私の目にはかなりハートが見えづらい」
 サウンドはにべもなくそう言ったが、
「だが、間違いなく貴様と同じ道が見えている。ハートはこの奥だ。罠だとしても、行くしかあるまい」
 ソロと考えはいっしょのようだ。ビデオも、サウンドには逆らわない。いらいらした様子ではあったが、ため息をついただけで口答えはなかった。
 ビデオのため息の彼方から、スナッチの声に似た怪音が聞こえてくる。
 ビデオも、マーチも、ガスマスクは全員銃を構えて振り向いた。気配は、ざわざわと近づく。
 ソロの目には、無数の星と宝石のかがやきが、波浪のごとく押し寄せてくるのが見えた。
 ここですべてを迎え撃つほどの余力はない。
 ソロとサウンドは頷き、扉に手をかけた。錆びついた鉄製の扉はひどく重く、ふたりがかりの仕事だった――が。
「!」
 突然、扉が軽くなった。
 というのも、内側から力がかかったからだ。赤い触手、人間の手、ゴリラのように毛の生えた手、サウンドの義手のような機械仕掛けの腕が、中の暗闇から伸びてきた。
 抵抗する間もなく、ソロは中に引きずり込まれた。
 ネイダとサウンドもいっしょのようだ。
 あっ、と叫んでガスマスクたちが振り返るのが一瞬だけ見えた。
 割れ鐘を割るような轟音を立て、扉はすみやかに閉まった――。



〈第5章 了〉
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