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Clump,Clump 作者:モロクっち

第4章 11月20日、未明

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〔2〕




 胸が、背中が痛い。ぱっくり開いた赤い傷口に、焼けた鉄を押し当てられているかのようだ。
 身体じゅうが、身体の中身が、頭の中が、何もかもが痛い。真っ赤に焼けた鉄の鉤爪が、心臓を鷲掴みにしている。
 その痛みがすべて、怒りに変わる。
 彼は、9割の怒りと、1割の使命感で動いていた。



「こんな町、ほっとけばいいんですよ。こんなギリギリになるまで動かなかったんだから、自業自得です」
「急に何を言い出す?」
「急になんか言ってませんよ。オレ、一昨日あたりからずっと言ってます。……ま、隊長は聞く耳持ってませんから、初耳なんでしょうけど」
 背後のビデオは、ぶつぶつとぼやき続けている。
 サウンドはべつに聞く耳を持たないわけではない。ただ、都合の悪いことや興味のないことや仕事に関係ないことは聞き流すようにしているだけだ。
 MTPのメンバーは全員掛け替えのない仲間だし、信頼している。こうして今はビデオに背中を預けている。
 だが、全員頭のどこかしらがイカレているのだ。マーチなどはかなりひどいし、シンパシーは二言目には「ブッ殺しましょう!」だし、ビデオもたまにおかしなことを言う。彼らの言葉をすべて鵜呑みにしていたらきりがないうえ、大変なことになる。
 サウンドはいつからか、仲間の言葉のどれが重要か、声色や語り口でわかるようになってしまった。
 仲間は盲目的と言っていいほどの信頼を自分に寄せている。それがわかっているので、たまにサウンドは仲間に対する罪悪感をおぼえた。
 自分は、彼らのすべての言葉に耳を傾けていないのだ。それに……彼らが思っているほど、精強ではない。
「女王庁から連絡はあったはずです」
「ならば、何か理由があったのだろう。こうなることがわかっていても、何もできなかった理由がな」
「だからって、隊長が出張る必要ないでしょう」
「そうだな。では、誰があれを止める?」
 地響き。
 怪物の足音。
 ビデオは顔を上げる。
「もし、あれが第五ワンダーランドをも喰ったなら……。もはや誰にも止められなくなる。我々はこうして、手遅れになる前に手を打てる環境にいるのだ。この機会を逃せば、必ず後悔するだろう。――私は、後悔は、したくない」
「……。隊長」
 ビデオの声色が変わった。これは、聞き逃してはならない言葉が、次に来る。
「隊長が死ぬわけはありませんけど、隊長が死ぬところは、オレ、見たくありませんから。だから言っとくんですよ。オレだって、後悔したくない。オレ、今回の作戦、始める前に一応止めたってことにしてください」
「わかった。だが、そう心配するな。死ぬつもりはない」
「よかった」
 ビデオが笑ったのが、サウンドにはわかった。仲間がかぶるガスマスクは、サウンドにとって、有って無いようなものだ。
 トレーラーが引くコンテナの壁は合金製だ。今もスナッチがぶつかり、爪や牙を立てようとしている。その音は、雹がコンテナに降り注ぐ音にも似ている。
 サウンドは雨音が好きだ。だが、似て非なるこの音はいただけない。虫唾が走る。
 その音に混じって壁を貫いてくるのは、誰かの悲鳴だ。何かの咆哮だ。そして、地響き。
 サウンドはキーを回し、グリフォンのエンジンに火を入れる。
「貴様の気持ちもわかるが、ビデオ。貴様は私の気持ちを理解していないようだ」
「え? そんな、まさか。オレ、隊長のことよくわかってるつもりですよ」
「本当か?」
「もちろん。でなきゃ、副隊長なんて」
「――私は、第五ワンダーランドを救うために、これから出撃するわけではない。あんな町など、どうでもいい。第二ワンダーランドと、人類がたったひと組でも無事であれば、それでいい。私はあんな町のために命をかけるわけではない。やつを一刻も早く殺したいだけだ。わかったか?」
「――はい!」
 思っていたよりも、2秒ほど返事が遅かった。
 サウンドは口の端をわずかに吊り上げ、短くなった煙草を投げ捨てる。
 頭の上に押し上げていたガスマスクを引き下ろす。
 すこし錆びついた声を張り上げる。
 出撃前の、恒例の儀式だ。
「『ジャバウォックに心せよ』!」
 アクセルを回して空ぶかし。
「「「『斃れし敵をば捨て置きて』!」」」
 仲間たちが声を揃えて、古い詩の一節を諳んじた。
「『首を執りてぞ誇らく戻らん』!」
「「「『おお麗しき、フラジャス・デイ』!」」」
 ばくん、とコンテナの屋根が開いた。
 ペダルで鉱石エンジンのパワーを解放。ばムッ、と後部の大きな排気ノズルから青緑の煙が噴き出す。星屑のような光の粒子が舞う。
 MTPの10人が、五台のグリフォンで飛び立った。疾走する武装トレーラーのコンテナから。
「Whoooo! でェェッけェェェェ!」
「Hoooo! マァジででェェッけェェェ!」
 スペクトルとシンパシーが乗ったグリフォンが、大人げない歓声を引きずりながら、サウンドとビデオのグリフォンを追い抜いた。
「うむ」
 サウンドは『町』を見上げて呟く。
「確かにデカいな、これは」
 その後ろで、ビデオが前に身を乗り出し、ものすごい大声を上げた。無線が繋がっているのだから、そこまで怒鳴る必要はないのに。
「おいィイ! お前らが隊長より前に出てどうすんだよアホかァア!」
「いや、いい、ビデオ。士気が高くて何よりだ。それより蚊トンボどもに注意しろ」
「了解」
 ビデオが突撃銃のチャージングハンドルを引いた。スペクトルとシンパシーのグリフォンはかなり飛ばしている。見失ってはことなので、サウンドもアクセルをさらに回した。
 高度30アダー。やっと町の膝の高さに到達しているくらいだ。
「――大きすぎる。よく見えない」
 サウンドはガスマスクの中で目をこらしたが、ハートがよく見えなかった。
 横から、鳥によく似たスナッチが迫り来る。かなり高度に進化したようだ。飛び方はほとんど猛禽と変わらない。じたばたとみっともなく飛ぶ他のスナッチとは大違いだ。
 蚊トンボと呼ぶのは少々失礼だったか。
 MTPのグリフォンはそれなりに改造してある。まず、二人乗りが容易にできた。
 命綱をつけ、足を固定しているので、後ろの乗り手は立って銃撃ができる。もちろん、それなりに訓練されていれば。
 ビデオがすかさず立ち上がり、鳥じみたスナッチの頭を、翼を、胴体からちぎり飛ばした。たった一秒半の銃撃だったが、おびただしい数の薬莢が、風に飛ばされ宙に散らばる。
 サウンドはいちいち褒めない。ビデオもいちいち喜ばない。
 クラッチペダルを、蹴りつけるように強く踏む。
 ばフッ、とノズルから鉱石エネルギーの残渣が噴き出す。きらめく青緑の光をあとに残して、サウンドとビデオのグリフォンは高度80アダーへ駆けのぼった。
 舌打ち。
「一時撤退か。よく見えん」
 サウンドの判断はいつも早い。その判断が誤っていたことは一度もない。
 弾丸も燃料も、無限ではないのだ。
「隊長!」
 しかし、グリフォンが1台横につき、並走を始めた。運転手はダイアリー、射手はメタファー。メタファーが斜め上を指さしている。サウンドは黙ってその指の先を見た。
 青緑の光と星屑が、スナッチの群れを切り裂くように、空中で尾を引いている。グリフォンだ。
 MTPのグリフォンは、さっき暴走しかけていたスペクトル機も、今はおとなしくサウンドの後ろについている。
 誰か他に、第二ウェンガンに突入しようとしている者がいるのか。
 ――〈歩く断頭台〉と言ったか、あの男は。
 インパクトが強かったので二つ名のほうしか覚えていないが、サウンドの脳裏に、数時間前会ったヴォーパルの姿が浮かび上がった。
 平和な町ならば、どこでも見かける出で立ちだった。髪もぼさぼさで、顎にはぱらぱらと無精髭があった。年の頃は、30歳前後か。
 そこそこの男前だったが、どこか風采の上がらない見てくれだった。
 しかし、目の青さと強さはやけに印象に残っている。ラピスラズリを砕いた顔料にも勝る、あの蒼(マーチのおかげで天然石に詳しくなってしまった)。
 ビデオに向けた銃はほとんどオモチャのようなものだったが、構え方にも視線にも迷いはなかった。
 昨日から非常事態が続く中、わざわざMTPに近づいてきたヴォーパルは、彼だけだ。
 ビデオの話によれば、彼は、スナッチのハートを正確に撃ち抜けるという。
 それに……。
 あの男は……。
 ――恐らく(・・・)私と(・・)同じだ(・・・)
 サウンドは無線に呼びかけた。
「サウンドより、全機に告ぐ。高度100アダー、1時の方向に全速前進。誰かは知らんが先駆者がいる。その軌跡を追え」
了解(ヤー)!』
 メンバーは、サウンドの命令に疑問を持たない。持っていたとしても、それを口にするのが許されるのはビデオだけだ。そのビデオさえ、質問をするだけで逆らいはしない。
 サウンド自身はそこまで強い権限を求めていないが、なぜなのかMTPメンバーは彼に絶対の忠誠と服従を誓っている。
 確かめたくはないが、自分が「死ね」と命じれば、全員すぐに頭を吹き飛ばすかもしれない。
 ときどきサウンドは、仲間の従順さを危うく思う。
 だからこそ、命令には絶対の自信と、責任を持たねばならない。
「隊長。あいつですかね」
「貴様もそう思うか」
「あいつにハートが見えるんでしょうか。それも、隊長以上に」
「この感覚を持つ者が、世界で私ひとりだけだと思うのは、傲慢だ。そのうち、まったく特別な存在ではなくなるだろう。人類は可能性を秘めている」
「いや、あなたは、特別ですよ。隊長」
「よせ。照れるだろう」
 サウンドの台詞は棒読みだった。
 エンジンをふかす。真正面にスナッチ。ぐん、と両腕に力を込める。夜闇に青緑の螺旋を描き、サウンドとビデオを乗せたグリフォンは、スナッチを回避した。
 高度100アダー、1時の方向へ。
「ああ、こいつ、マジで大きいな……」
 ビデオが呆れた声で呟いた。それから、黙ってフルオートで銃撃を始めた。10時の方向から急接近してきたスナッチが、赤黒いパーツになってバラバラと散らばる。落ちていく。
 サウンドの中の血が、肉が、傷痕が疼いた。
 第二ウェンガン。この怪物を、殺せるか。
 伝説の〈ヴォーパルの剣〉がほしい。いと恐ろしきジャバウォック、かの魔獣をも一撃で屠る清らかな剣。
 いかに経験を積もうとも、どれだけ訓練を重ねても。自分は本当に、あまりに、ちっぽけだ。世界と比べてしまったら。
「突入するぞ」
 ビデオが座席に腰を下ろした。
 かすかに青緑と白の粒子が舞っている。これが道標。5台のグリフォンは、瓦礫とビルの谷間に飛び込んだ。


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