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Clump,Clump 作者:モロクっち

第0章 10月19日

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〔1〕

挿絵(By みてみん)




"Jabberwocky"

'Twas brillig, and the slithy toves
Did gyre and gimble in the wabe;
All mimsy were the borogoves,
And the mome raths outgrabe.

"Beware the Jabberwock, my son!
The jaws that bite, the claws that catch!
Beware the Jubjub bird, and shun
The frumious Bandersnatch!"

He took his vorpal sword in hand:
Long time the manxome foe he sought--
So rested he by the Tumtum tree,
And stood awhile in thought.

And as in uffish thought he stood,
The Jabberwock, with eyes of flame,
Came whiffling through the tulgey wood,
And burbled as it came!

One, two! One, two! and through and through
The vorpal blade went snicker-snack!
He left it dead, and with its head
He went galumphing back.

"And hast thou slain the Jabberwock?
Come to my arms, my beamish boy!
O frabjous day! Callooh! Callay!"
He chortled in his joy.

'Twas brillig, and the slithy toves
Did gyre and gimble in the wabe;
All mimsy were the borogoves,
And the mome raths outgrabe.


 ジャバウォックに心せよ
 斃れし敵をば捨て置きて
 首を執りてぞ誇らく戻らん
 おお麗しき、フラジャス・デイ!



 

 
 赤銅色に染まった海でも、寄せては返す波頭は白い。
 男の子と女の子が、はしゃぎながら白い波を蹴散らしていた。
 ふたりの子供は、兄妹であるようだ。男の子は細い鉄の棒で、海水や砂をはね飛ばしていた。
 港町〈第二ウェンガン〉では、ありふれた光景だった。
 町のシンボルである海辺の時計塔からは、午後2時を報せる鐘の音が響いた。同時に、午後2時を報せるラジオ電波が放たれた。
 時計塔は水位観測所やラジオ塔も兼ねているのだ。
 海は元来無色透明で無臭なのだと、子供たちは父親から聞いたばかりだった。
 しかし、ヴォード大陸を囲む海は、いつの頃からか、赤錆や乾いた血を融かしたような色で染まっている。
 そして、海沿いで息を吸い込めば、濃厚な鉄の匂いを味わうはめになる。たったのひと息で、鼻腔も肺も責め立てられる。焼けつくような、不快な匂いだ。
 獣はこの匂いを嫌って寄りつかない。あの凶暴な〈スナッチ〉どもさえ近づかない。わざわざ海沿いに住みかを築くのは、人間くらいのものだ。
 しかしヴォード大陸は、海沿いのみならず、どこもかしこも鉄くさい。
 人びとは、鉄と銅しか取り柄のない大地を切り開き、何千年もの時間をかけて、危なっかしい国や町や塔を築き上げた。
 肥沃な土地は稀少であったので、人びとはやせて錆びた土地を、努力と根性とあやしい〈錬土術〉で畑に変えた。
 金属粉から有機質培地を生み出す術は、現在では失われてしまった。農地として使える土は、今あるだけだ。
 人も豚も、鉄や銅は食えぬ。多くの町が工業で生計を立てている。
 それでもヴォード大陸で、人間は不思議とそれなりにやっていけている。子供たちが、赤錆びた浜辺で歓声を上げる程度には。
「あれ、なんだろう」
 不意に男の子が足をとめ、波打ちぎわを指さした。
 そこには、真っ赤に錆びたドラム缶が転がっていた。
「昨日はあんなのなかった」
「きっとしたいだよ」
 女の子はもじもじしながら言ったが、口元にはにやにや笑いが浮かんでいた。
「したい?」
「はまべにころがってるドラムかんのなかみはしたいなんだって。だからちかづいちゃいけないのよ。とーちゃん ()ってた」
 物騒な話を、男の子は鼻で笑った。
「おまえ、そんなのマにうけてんの? とーちゃんのじょうだんにきまってるだろ。アイツ、バカみたいなことばっか()うもん」
「とーちゃんのこと、バカってゆった!」
「なんだよ。つげ口したけりゃすれば?」
 男の子は、駆けだした。
 ああっ、と取り残された女の子が声を上げる。
「にーちゃんてば! ほんとのほんとにいいつけるからねっ!」
 兄は妹の甲高い声にはまるで耳を貸さず、屈み込んで、大きなドラム缶の口を覗き込んだ。
「うぇっ、なんだ、このにおい」
 それは、海が放つ金属臭ではなかった。その場から頑として動かない女の子には、兄が顔をしかめる理由がわからない。
「おい、こっちきてみろよ」
 兄はにやにやしながら妹を呼んだ。妹は――ぶんぶんと激しく首を横に振る。兄は妹を待たず、黒ずんだドラム缶の口に片目を押し当てた。
「え゛ッ」
 男の子の口から、へんな声が飛び出した。
 彼は手にした鉄の棒を振り回した。
 かあんかあんと、ドラム缶に鉄の棒がぶつかった。
 男の子はじたばたもがいていた。のどと鼻が詰まったような声を上げながら。
 だが、やがてそのうめき声も、
「ぎゃあああああッ」
 悲鳴に変わった。
「きぃぃぃぃいいいいいッ!?」
 つられて女の子の悲鳴を上げた。
 彼女の足は、いまだにその場に根を下ろしたまま。ドラム缶の口を覗いたままもがいている兄を、とんでもなく黄色い声を上げて見つめているだけだ。
 ずビょッ、と奇妙な湿った音がした。
 男の子の口から、獣が上げるような絶叫がほとばしった。
 男の子の顔の皮と頭髪が引きむしられていた。一瞬の早業だ。子供の顔の皮と頭髪をむしり取ったものは、ドラム缶の中にいるようだ。若い皮も髪も、ドラム缶の中に吸い込まれていった。
 ほんの一瞬、ぬめっとしたピンク色と白の肉を晒していた男の子の顔。
 ぷつぷつと無数の血の玉が、ありとあらゆるところから現れて――次の一瞬で、血は男の子の頭部のすべてを覆い尽くした。
 ぎゃああああああああきゃあああああああぎゃああああああわあああああ。
 悲鳴はすでに、兄と妹、どちらのものともつかない。それでも潮騒はあたりに響いている。子供たちの声を、海は静かに受け流している。
「あ゛あああああ。あ゛あ゛ぁぁぁああああ!」

 めり、っ。

 その、音は。

 めギり、っ。

 ドラム缶の口に吸いつかれた、男の子の右の眼窩から聞こえてくるのだった。

「ぁば!」
 男の子の頭部が変形した。
 血がしぶいた。
 今度は顔の肉がドラム缶の中に吸い込まれていく。
 男の子はかすかに、あげっ、あげっ、かっ、と短くえずくような声を上げていたが、一分も経たないうちに静かになった。
 手は鉄の棒を握りしめたままだった。顔はドラム缶の口を覗いたまま、四肢と胴体は砂浜にのびていた――びくびく痙攣しながら。
 しかし、それでもなお、彼の頭部の変形は続く。めきめきと頭蓋骨は砕け、亀裂から脳味噌と脳漿がでろでろとひり出されていく。
 そして、ゆっくりゆっくり、男の子の身体はドラム缶に引き寄せられていった。
 ドラム缶は、その小さな注ぎ口から、人間の子供を喰っているのだった。
 残された妹はというと、相変わらず同じ場所に立っていた。こぼれ落ちそうなくらいに目を見開いて、涎を垂らし、悲鳴を上げ、失禁しながら。
 骨を砕き、肉を潰し、血をすすって、錆びたドラム缶は、ものの五分で男の子をひとり喰ってしまった。服も、靴も、握りしめていた棒も、喰ってしまった。
 その頃には、女の子も、ただ口を開けてドラム缶を凝視するだけで、悲鳴を上げるのはやめていた。
 彼女は悲鳴を上げているつもりだったのかもしれない。だが実際は、彼女は目をまんまるにして、口を絶叫のかたちに開けた、肉製のオブジェにすぎなかった。
「……、……」
 静かな波打ち際で、転がったドラム缶が、口からたらたらと黒い液体を垂れ流していた。
 海は第二ウェンガンの浜辺で何が起きたか、見て見ぬふりをしている。
 潮騒は、かえって静けさを呼び寄せる。

 ごぉん。

「ヒ!」
 女の子が跳び上がった。
 うろんな音が、……ドラム缶の中で起きたから。
 また、似たような音。
 女の子は立っていられなかった。湿った砂の上に尻餅をつく。
 ドラム缶が、音を立てて動いた。
 その胴体が、音と同時に膨らんでいた。
 また膨らんだ。
 そして、ばあんと破裂音が響いた。
 ドラム缶の側面を突き破って、黒い腕が、飛び出したのだ。
 腕は、男の子の腕の皮と、魚の骨と、鉄の棒と、ウミウシの頭部、鳥の頭を、たくさんのネジやボルトで適当に繋ぎ止めたものだった。だから果たして、それを腕と言ってよいものか。
 腕は砂浜を掻き、異様なうめき声を上げた。
 腕だというのに! のども舌も持っていないはずなのに! それは声を上げていた!
 ばあん、とドラム缶の底からも、似たような腕が飛び出した。
 ばあん。ばあんばあん。
 次から次へと、何本も何本も、ネジどめされた腕が現れる。
『ギチギチヲヲヲッオートーセヨオウトウセギヂキチウェッ、ナンダ、コギヂヂノニオイヂヂヂギギ、ガッガガガデルタガィィギギチッ』
 それは、鳴き声を、上げた。
『ギッヂヂヂゴコッチギギヂキデミロミロミロヨヨヂヂガガガガオートーセヨデルタツーギギギザーッザザザーッァバアアアアアギヂヂヂゴッヂニオイオートーセヨガガガガ!』
 三本の腕がドラム缶を持ち上げたかと思うと、五本の腕が長く伸び、ドラム缶をよたよた前に歩かせた。
 二本の腕が、海岸線の鉄屑とゴミをかき集めては、ドラム缶の口に押し込んでいた。ドラム缶はものを食べながら、ふらふら不器用に歩いていた。
 一本の腕が、あの細い鉄の棒を振り回していた。白い波しぶきと、汚れた砂をかき回そうとしているかのようだった。
 濡れた砂浜の上にへたりこむ女の子に、よろめき歩くドラム缶が迫った。
『ギヂヂヂギチギチナンダナンダナンンンダコッチデルタザーッザザザーッザーッ・ギ』
「へっ」
 ネジどめされた腕が振り下ろされ、女の子の頭部右半分を叩き潰した。鉄の棒は右目をも潰し、壊れた眼窩に引っかかって、やっと止まった。
 女の子の左目はくるっと裏返り、その小さな身体は瀕死のゴキブリのように痙攣した。
 鉄の棒を持った腕が、女の子の身体を持ち上げる。ドラム缶から生えた腕が、がちゃがちゃと女の子の身体に近づき――骨から、服と皮膚と肉をむしり取っていく。
 そしてそれを、ドラム缶のちいさな口へ持っていき、押し込んでいくのだ。さながら、カニやサソリの食事であった。
 赤銅色に染まった海の、白い波頭までもが、赤く染まっていた。
 泡立つ波打ち際の砂の上に、ぼとっ、と子供の下顎が落ちた。

 

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