《逃げなきゃ……》
解ってはいるが、足が地面に張り付いているかのように動かない。
無造作に心の中に広がっては消えていく、焦り、恐怖、嫌悪感。
全ての負の感情が身体を凍り付かせていた。
「お願い……。
許して……。
止めて……。
助けて……」
自分の知る限りの命を乞う言葉を、狂ったように投げ掛ける。
女は満面の笑みをたたえ、あたしを見つめている。
《逃げる!》
気力を振り絞って一歩目を踏み出そうとした刹那、重苦しい空気とともに極度の痺と息苦しさが襲ってくる。
ざくっ……、ザクッ……。ざくっ……、ザクッ……。
女は無言で穴を掘る。
《なん……
ざくっ……、
なのよ……》
ザクッ……。
広がっていく穴。
【もうすぐ掘れるからね】
不意に意識に直に飛込んで来たかのような女の声。
エフェクターを通したかのような現実離れした女の声。
それは目の前で楽しそうに地面を掘り返している娘から発せられていることは明らかだった。
ざくざくザクザクザくざクザクざくざクザく………………………………………。
《あの穴何なの……、あたしをどうしようっていうの……?》
掘り上がっていく穴。
もうすぐ自分が入ってし……、
《!》
今まで経験したことの無い特大の震え。
《まさか!》
下腹の奥であらゆる筋肉が自分の意志とは無関係に収縮していくのが自分にも解る。
ザクザクッ……。
《殺さないで止めて怖いよ助けて嫌だ死ぬもうだめヤメテシニタクナイイヤダタスケテシヌ……………………、コロサレル》
あらゆる負の感情が一緒くたになり爆弾と化してあたしに炸裂する。
その瞬間、猛烈な胸の痛みと共に意識が飛んだ……。
わたしの体を動かしているのはわたしの意思では無かった。
一心不乱に穴を掘るわたし。
その姿を見て必死に命を乞う親友。
《駄目!
止めなきゃ!》
奴がわたしを使ってしようとしていることは解っていた。
《生き埋め》
一心不乱に穴を掘るわたし。
《止めてお願い!
止まってお願い!》
親友の口からはもはやなんの言葉も出てこない。
ただ押し黙って、小刻に震えながら自分の墓穴が掘られていくのを見つめていることしかできないようだ。
《止めろ止めろ止めろ止めろ………ヤメロ》
わたしの思いはわたしの中で消え失せる。
それは決してわたしの脳内で電波に形を変え、神経を伝ってわたしを止めることは無い。
一心不乱に穴を掘るわたし。
それを止めようと必死の抵抗を試みるわたし。
一心不乱に穴を掘るわたし。
もうだめだと諦めてしまったわたし。
もうすぐ穴を掘り終えそうなわたし。
《親友を埋めるわたしの手を……、ただ………、黙って見ていることしか…………、デキナイ……………、ワタシ…………………。》
親友は激しく震えた。
黒目が上へ上へと移動していき、しまいにはわたしの視界から消え失せてしまった。
口から泡を吹きながら顔中の穴から黄色みがかった体液を出し始める親友。
《死んだ……???》
震えが収まり動かなくなった親友。
《死んだの……???》
股間から顔とは別の黄色みがかった体液を出し始める親友。
《死んだ!!!!!》
親友の死を確信したわたし。
【この女の代わりに貴様をいたぶってやる】
不意に響いてきた女の声。
様々な体液を垂れ流した親友の死体。
場違いな軽やかさの足取りでそれに近付くわたし。
ようやくこの世で最後の放尿を終えた親友。
その親友の腕を力任せに鷲掴みにするわたし。
《何をする気なの!?》
そして……。
がぶぅ!……、ぐちゃっ、ぶちっ、くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ…………………、
ごくんっ………………………………………。
《た……………!
食べ食べ……………!
食べた…………!!!
食べたたべたタベタ食べタタべたたべたタベタ………………お……い……し……………い》
あはははははうははへへへへへひひひびひひ
食べたい食べたい。
美味しいおんなのこ、タベタイ。
《もっといたぶってやるつもりだったのに……》
あたしは舌打ちした。
悔しかった。
この女達に何の罪も無いのは解っている。
解ってはいるが800年間に及ぶ積もり積もった怨みは、どこかにぶつけなければどうにもならない爆弾と化していた。
人柱。
街が
あたしを
拝みながら
埋める
「ゴメンね、ゴメンね」
《謝るぐらいなら埋めるな!!!!》
「 !。…、?〇※%♀〆」
《何言ってんのか解んねえよ神主!!!!》
全てが気に入らない。
神主の祈吐が終わった。
それは……、あたしの生命活動の終わりも示していた。
震えながら見上げる上方から、冷たい土が降り注ぐ。
「止めて……」
積もる土。
「何であたしが……」
降り注ぐ土。
「助けて!!」
無視する街人。
首まで埋まったあたし。
「おねばっ……!
げほげほげほ!
ばはぁ!」
遂にあたしの気管を侵し始めた土。
「おばべば!
びぶぶ!
ぼぼぶべばぶぅ!!!」
《おまえらみんな、呪ってやる!》
という言葉の代わりに訳の解らない喚き声をあげるあたし。
そして、それを今、実行に移している…………、あたし。
あたしは後は見つめるだけ……。
後はこの女が……。
ふふふ、さよなら《朝比奈町》
門倉麻里愛はテレビを見ている。
今日は、一月ぶりの完全オフだった。
テレビでは、面白ビデオ特集をやっている。それを見ながら時折含み笑い、時折爆笑しつつ
《平和だなぁ》
と和んでいた。
そこに……、
『臨時ニュースです。
昨夜未明、〇〇県朝比奈町で、町民全員が惨殺される事件が発生しました。
県警の調べによると、犯人は《朝比奈蛍子》容疑者23歳。
朝比奈神社の巫で、取り調べに対して
「タベタイ、タベタイ、ニンゲン、タベタイ」
と繰り返しており、時折、高笑いをあげるなどの奇行も有ることから、精神鑑定の必要があるものとみて……』
麻里愛は、嫌気がさしてテレビを消した。 |