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聖杯の女怪盗
作:カズト



ナイトメア・ブラック 前編


「時計台の上だ、照らせ!!」

 この街のシンボルといわれる時計台。
 数多の大観衆と、幾多の警察の方々が見つめる中。数台の投光器によってその一角がピンポイントで照射される。
 古びた時計台。その天辺に浮かび上がるのは純白の怪盗。
 彼女の姿を認めてわっと歓声が上がる。

「今宵の獲物。涙の雫は確かに頂いた」

 そう不敵に笑う彼女の掌には『涙の雫』が握られていた。

「くぉらぁ。降りてこんかい!!」

 けたたましく怒鳴り散らすのは橘警部。髪に少し白髪が交じり始め、いかつい顔でこちらを睨み付けている。カリスは不敵に笑うと、

「警部、降りてこいと言われて『はいそうですか』と返すヤツはいませんから」
「やかましいわ!」
「そんなに怒鳴ると喉が痛みますよ。じゃあね♪」

 最後に彼女は警部を小ばかにすると、ポンという軽快な音と共に煙幕を放つ。

 もうもうと時計台を包み込む煙。観衆も固唾を呑んで見守った。
 そして、煙が消えるとその場から一斉に飛び出したのは。

「鳩?」

 誰からともなく呟き、それは次第に歓声、賞賛へと変わっていく。
 時計台には彼女の姿は無く。まるで彼女の化身のように真っ白な鳩が大空へ羽ばたいた。
 呆然とする橘警部。その頭上にひらひらと舞い降りたのは。

 ”お体、お大事に” by怪盗カリス

 橘はプルプルと小刻みに震えて、

「ふざけやがって。あのクソアマーーーー!!」


 ナイトメア・ブラック 前編


 黒い学生服の少年。黒井湊は手元の新聞紙を見てにんまりと笑っていた。
 色彩豊かに彩られた一面。それが湊の上機嫌な理由だ。
 掲載された写真には金髪の髪と紫紺の瞳、純白の衣をまとう女性。タイトルは、

「怪盗カリス。昨夜も『涙の雫』を鮮やかに奪取。警部の悔しがるさまが目に浮かぶようだぜぇ。ケケケ」

 湊は鼻を伸ばして上機嫌で鼻歌を歌う。

(いやあ、さすが俺。ふふん♪)

 世間一般に”怪盗カリス”とは宝石専門の泥棒のことを意味する。
 俊敏な身のこなしと、医師・外交官・弁護士と様々な変装で姿を現す神出鬼没さ。加えて強固な警備網も、厳重なセキュリティもやすやすと破ってしまう鮮やかな手口。
 そのドラマチックなまでに洗練された盗み、卓越したカリスマ性。彼女のファンなど数知れず。ちょっとしたアイドルだ。
 そんな彼女を人は畏敬と畏怖をこめて”聖杯の女怪盗”と呼ぶ。
 
「たく、やっぱ同等のライバルがいねーと。張り合いがねーなぁ」
「ライバル?」
「そうそう、この俺、かいと―――……うぎゃあっ!」

 独り言に問いかけられ、思わず口を滑らせかけた。湊は素っ頓狂な奇声を上げてザザザとあとじさる。

「よう」

 突然の乱入者はさして悪びれることなく、片手を上げて挨拶する。
 
「独り言をブツブツ言ってたからさ。少しからかってやろうと思って」
「テメェ。こっちは心臓が止まるかと」
「それは残念」

 冗談めかして肩をすくめる彼女、橘香里は笑う。

 十代後半の若々しく真っ白な肌と、すっきりととがったあご、ちょっときついけど綺麗な切れ長の瞳。ひきしまった鼻のライン。プロポーションは本人は女性的魅力はないというけどそんなことはない。シェイプアップされた肢体は適度に筋肉質で湊は好きだった。そう、好きなのだ。
 まあ、当の本人は自分と友達感覚で付き合ってるし。湊も今の関係から今一歩踏み出せないでいる。

 毎日、登校途中で会うこともしばしば。そのたびに友達以上のステップアップは不可能だなと痛感する。何故なら。

「今日もカリスの記事か。毎日毎日好きだね」
「へいへい。どうせ、俺はカリスが好きだよ」

(俺よ。何故にそう可愛くない反応を返す!)

 自分の中ではそういうつもりはないんだが。自分はもしや天邪鬼なのだろうか。
 学校に向かう道中、そんなことを本気で悩む。かなり深刻に。

「どうした。元気ないけど」

(テメェが原因だよ)

 そういうかわりに「ケッ」と拗ねたクソガキのようにプイと顔をそむけた。ち、致命的だ。

「今日は機嫌悪いね」

 ここはフォローしないと真剣に嫌われてしまう。冷静に冷静に。

「これは生まれつきだ」

 完璧だ。高校生の日常会話をかなり高い水準でクリアしている。顔をそむけたままなのがちと痛いが。

「あんた、熱でもあるんじゃないの?」

 そんなに本気で心配されると複雑な気分だ。つーか「これは生まれつきだ」をどんな顔で言ってしまったのか。

 しかし、それよりも。

「か、顔近いぞ」
「気にするなって。私とあんたの仲でしょ」

(ど、どんな仲だ!? ←男子高校生の脳内をご想像ください)

 俺の顔色を見ようと香里が大接近。頬が真っ赤に紅潮するのが自分でも分かる。

(顔が接近中、顔が接近中、顔が接近中。危険、危険。意外にぽってりとした唇だな、オイ)

「ん、熱は大丈夫だな」
「ハ! ば、バカ離せ」

 額に乗せた右手を反射的に払いのける。

「さては、エロい想像でもしてたな」
「ハハ、ンナワケネーダロ」

(大正解!)

 カリスの時のポーカーフェイスなど宇宙の果てに置き忘れた。

「あ、もうそろそろ行かないと。こんなところで油を売ってるとお互い遅刻するし」
「アア、本当ダ。急ガナイト」

 壊れたブリキ人形みたいに奇妙な口調を操る湊。
 その後はなんだか一杯一杯の登校風景だった。

 †

 木漏れ日が差し込む教室。
 窓の外から樹齢百年何年の巨木の枝が風にざわめき、登校中の生徒が真下をちらつく。なるほど、たまには窓の外に目を向けるのもいいものだ。
 ――ああ、やっぱり現実逃避はよくない。
 湊は嫌々ながら教室に視線を戻す。すると何人かと目が合い、すぐに目をそらされた。

「いったい何なんだよ」

 異様な雰囲気だ。動物園のパンダにでもなった気分。そんなの泥棒家業だけで十分だ。

(なんかしたか、俺)

 少なくとも日常生活においては品性方向なほうだ。裏で泥棒やってちゃ世話ないが。

「多分な。大勢の男子の嫉妬や。彼女、美系でレベル高いし」
「オイ、いきなり背後を取んな」
「おはようさん。今日も天気がええね」

 無理やり話題をさわやかに。彼が見た目、茶髪で眼光鋭い不良男だが中身は馬鹿、丹下准だ。
 ……なんちゅう紹介だろう。

「今日は天気もええしな。絶好の質問日和や。さて、おじちゃんに話してみ。何で彼女と登校したん?」
「あのなぁ。それは道でたまたま会っただけだ。他にはなんもねぇ」
「ホントにそうかぁ」

 准はニヤニヤしながら湊の耳元にささやく。どうでもいいが容姿が不良っぽいだけに妙な威圧感がある。

「だってお前」
「あ?」
「橘が好きなんやろ」
「ブッ!!」

 吹いた。むっちゃ吹いた。

「うわ、汚っ」

 准にも散ったらしい。見るも無残だが、それは遥かにどうでもいい。

「お前、エスパーかよ」
「お前が分かりやすいだけ。実はな。俺はずっとお前らやきもきしながら見とった。それがやっと告白を」
「告白なんかしてねーよ。あと大声出すな」
「告白してない? 嘘やろ」
「……文句あっか」
「ヘタレ」

 グサリ

「あ、すまん。ついつい口が滑った」
「気ニスンナ」
「うわ、片言モードに入った。じゃあ、話題を変えてと」
「わざとらしい話題転換すんな」
「まあまあ。これでも見て」

 差し出されたのはありふれた、例えば駅のプラットホーム等で販売されている、そんな大衆新聞だった。
 裏面にめぼしい物はないので湊は表にひっくり返してみる。現れたのはでかでかと一面を飾る女怪盗の姿。

「えーと?」
 
 それは登校時に湊が読んだあの一面に他ならない。
 湊は嫌な予感に襲われる。たいていこの展開になると。

「彼女、昨日も獲物を盗ったみたいでな。俺も行きたかったけどバイトで無理やった。ファン倶楽部会員として一生の不覚やと思う」

(やっぱこれだよ)

「お前な。まだあのくっだらねぇファン倶楽部にいるのかよ」
「当たり前や。そうだ、失恋を癒すならお前も入らん?」
「誰が入るか。それに失恋してない!」

 始まる前に終わってどうする。すべては玉砕精神だ。玉砕?

「相変わらずつれないなぁ。正体を明かさないミステリアスな魅力。何より美人。ファンになって損はないぞ?」

(つーか本人だし)

「まあ、カリスは今日も予告状を出したみたいやから、お前もファンになるって。ええと予告された宝石は」
「町田美術館で展示されてるブラックオパールだろ。たしか名前は」
「何やったっけ?」

「ナイトメア・ブラックじゃなかった?」

(こ、この声は)

「橘? 珍しいな、アンタが俺らに話しかけるなんて」
「たまにはそんな日もあるよ。あ、これ。教室に入るときハンカチ落としてた」
「お、おう。サンキューな」

 ぎこちなくハンカチを受け取る湊。香里は「じゃあ」と簡潔に去る。
 みんなの注目を一心に集めた気が。特に野郎の視線。

「う〜ん。いつ見てもいい女や。中身ずぼらやけど」
「そ、そうかぁ?」
「なら、お前は彼女のどこが好きなん? 容姿だけ? おじちゃんに話してみ」
「実はさ。あれで意外と気立てがいい。って、誰が話すかよ!」
「お前はホントに面白いヤツやな」

 准は面白そうにきゃらきゃら笑う。他のヤツなら右フックのひとつでも入れるところだが何故か准の笑顔は憎めなかった。

「じゃあ、それはまた今度。あと、ひとつだけ忠告や」
「忠告?」
「彼女、実は性別を超えておモテになる。特に女は怖いで、彼女をお姉さまと慕う連中がいるとか聞いたし」
「――ありうる」

 バレンタインで学年一位の獲得数を得たあいつだ。生徒のみならず、新任の先生からも頂戴したらしい。
(余談だが、彼女からチョコGETを企んでいた湊は何者かにボロ雑巾にされた)
 そういえば今日は朝から妙な気配を感じる。いや、これはむしろ殺気のような。

「よ! 羨ましいね、この色男」
「――ありえねぇ」

 湊は平穏な下校風景、もう戻らないが、を思いそっと涙を流した。


<後編・予告>
 怪盗カリスこと黒井湊は予告どおり町田美術館へと向かった。
 しかし、彼を待ち構えるのは無数の警備に堅牢なショーケース。そして、カリス専任の橘警部。果たして湊はナイトメア・ブラックを盗めるのか!?
 キーワードは【偽者】です。見てね♪











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