第十四話 ご主人様はチート(今更)
猪「明日って今日さ!今度って今さ!」
※別固体です。
「あー、ちょっと寝過ぎたわね」
食後のお昼寝から目を覚ましたオフィーリアは体を伸ばし、凝ってしまった筋を解す。
その間に俺は収納空間からカップを出し、魔法で水を注ぐ。寝起きは喉が渇くからな。
「ご主人様、お水をどうぞ」
「あら、ありがとう」
オフィーリアはカップの水を一気に飲み干す。
「美味しかったわ。さぁ、出発しましょう」
「はい」
俺はカップを収納空間に収めて立ち上がる。それなりの時間膝枕していたのだが、人形は足が痺れたりしない。
森の散策を再開し、遭遇する魔物を片端から倒す。
ゴブリン、オーク、コボルトなど、ファンタジーの代表的なモンスターに出会えたのは嬉しかったが、正直言って下級モンスターのそいつらは弱過ぎて実戦訓練にならない。だいたい出会い頭の先制攻撃でそのまま戦闘終了の流れになるからだ。
物足り無さを感じているのはオフィーリアも同じで、さっきから難しい顔をしている。
俺はなんとなく嫌な予感がしたが、それを回避するのは不可能だった。
「よし、こうしましょう」
オフィーリアはそう言うと俺が止める暇も無く、杖を地面に突いた。同時に紫の魔法陣が地面に現れ、一瞬で霧散した。
発動に失敗?
そんなわけがない。
一瞬で魔法陣を描いて詠唱無しで発動させたんだろう。
問題はその効果だ。
「あの、ご主人様、何の魔法を使われたのですか?」
正直聞きたくないが、どうせ何か起こるなら先に心の準備をしておいた方がマシだろう。
「周囲5km圏内でも一定のランクに相当する魔物を引き寄せる魔法よ。元々は特定の種族を狩りたいときの為に開発した魔法なんだけど」
ふ、ふーん。嫌な予感しかしない。
「ギュァオ」
「あら、早速お出ましよ」
茂みを掻き分けて現れたのは、一匹のゴブリンだった。しかしさっきまで戦ったゴブリンが申し訳程度のボロ布を体に巻いて木の棍棒を持っていたのに対し、こいつは明らかに人の手で作られた鎧と剣を装備し、背格好も一回り大きい。
ターン
先手必勝。
「ゴブリンの進化種のハイゴブリンなんだけど、貴女もう少し空気読みなさいよ。可哀想じゃない」
そう言われても、倒す事を優先するなら何かされる前に急所を撃ち抜いた方が早いし安全だ。だから即座にヘッドショットを決めた俺は何も間違ってない。
「戦闘経験を積むのが目的なんだから、同じパターンばかり繰り返しても仕方ないでしょ」
それは言われてみれば確かに。ゲームみたいにひたすら倒すだけのレベリングというわけじゃないのだから、俺自身が経験して学習しなきゃいけない。
あんまり自信無いが、頭と心臓はなるべく狙わない方向で戦ってみよう。
次に現れたのはさっき狼から逃げるときに見た、背中に角の生えた猪だ。
二本の角と二本の牙が、まるで獣の顎のように見える。
「クランプボアよ。見ての通り、力は強いから十分に注意してね」
そりゃそうだろうさ。猪でパワー型じゃなかったら軽く詐欺だぜ。
クランプボアは俺に狙いを定めたのか、前足で地面を蹴りながら力を溜めている。
オフィーリアはいつの間にか杖に乗って空中に退避している。ちゃっかりぶりに呆れるべきやら、巻き込む心配が無い事に安心するべきやら。
俺はクランプボアから視線は外さず、少しずつ移動する。突進してくる相手への対処の仕方なんて、前世のゲームで散々経験したもんだ。
予想通り、クランプボアは真正面から突っ込んで来た。そんな直線的な動きじゃ、避けるのは簡単だ。
身を翻した俺の横をクランプボアは通り過ぎ、そのまま木に激突した。
「ブォン!」
角と牙が木に突き刺さった。そのまま動けなくなるかと思ったが、クランプボアは頭を上げ、角と牙で木の幹を抉り取ってしまった。それこそさながら巨大な顎で食い千切ったかのようだ。
角と牙の間で木が粉々に砕ける。なるほど、突進だけじゃなく挟まれてもただじゃ済まないな。
でもまぁ。
「当たらなければどうという事は無い」
某赤い人の台詞を呟きながら銃弾を撃ち込む。猪の四肢は体の大きさに反して小さい。そこを攻撃されれば立ってはいられない。
崩れ落ちるクランプボアに炸裂弾でとどめを刺す。
「そつ無さ過ぎて可愛げも無いナタリアにお知らせよ」
何で扱き下ろされてるの?
「囲まれてるわ」
言われて、周囲の気配に気付く。見渡せばゴブリンやオークの大きい固体が無数にいた。
「ハイゴブリン、ハイオーク、ハイコボルド、下級の進化種ばっかりね」
森の中で美少女が下級魔物に囲まれるって、薄い本の定番シチュエーションだな。俺の体は人形だし、こいつらが実際にそういう事するかは知らんが、生憎と俺はそっち系が大嫌いだ。
周囲を警戒しつつ、空になったマガジンを新しいものに交換する。
「それでは」
半ば言い掛かりだが、俺自身の貞操と尊厳の為に。
「ぶっ殺させて頂きますわ」
囲まれてるからって慌てる事は無い。まだ距離があると思って油断しているところを一気に攻める。
一匹のハイオークに向けて引き金を引く。照準に忠実な魔力弾が腹に風穴を空ける。
「ブギャアァァァ!」
悲鳴を上げてのた打ち回るハイオークに更に数発撃ち込み、即座にその場を飛び退く。
「ギュアアッ!」
攻撃の隙を突いて後ろからハイゴブリンが斬り掛って来たが、予想通りその剣を躱せた。がら空きの背中から撃ち抜くと、ハイゴブリンは数歩進んで倒れた。
こいつらの身に着けている革や薄い金属の鎧程度では、ブラックホークの弾に耐えられはしない。
「グアァァ!」
「ギュギュゥ!」
ハイコボルドとハイゴブリンが迫って来るが、連携の取れていないのでこっちが適当に避けているだけ互いに邪魔し合い、勝手に体勢を崩している。
「ギュアアウ!」
「グルウゥ!」
とうとう二匹だけで争い始めた。
ここに炸裂弾を撃ち込んでやろう。
「!」
目端に見えた燐光に咄嗟に飛び退くと、真っ赤な炎が二匹を貫いた。
発生源を見ると、杖を持ったハイオークが立っていた。
「ブオオオ、ブブゥ」
再び杖の先から炎が翔ける。下級炎魔法のファイヤーアローだ。
木の後ろに隠れて様子を伺うと、ハイオークは再び詠唱を始めた。
他の魔物達は先の二匹のように巻き込まれるのを警戒してか、攻めて来る様子は無い。
くそ、俺だってまだまともに使えない魔法をバカスカ撃ちやがって。だんだん腹立ってきたぞ。
いや、焦るな。これはむしろチャンスだ。
背にしている木にファイヤーアローが当たって弾ける。
今だ。
木から身を出して銃を撃つ。弾はハイオークには当たらなかった。
「ブオオオ、ブブゥ」
再びファイヤーアローが飛んできたので木に身を隠す。そして詠唱の合間に攻撃する。またもハイオークには当たらなかった。
あまりここに留まってるとこの木もいつか限界を迎えるので、隙間を縫って他の木に移り、ファイヤーアローと魔力弾の応酬を繰り返す。だが俺もハイオークも、互いには当たらずにいた。
「ブオオォ?」
魔法が止んだ。やっと気付いたか。
「間抜けめ」
ターン
最後の一匹になったハイオークの眉間を魔力弾が穿つ。
こいつが魔法を乱射していたせいで他の魔物が動きづらくなり、お陰でそいつらを丁寧に仕留める事が出来た。久しぶりにGSTしてる気分を味わえたし、このハイオークには礼を言いたいくらいだ。
「まだ油断しちゃだめよ。もう一匹いるわ」
上から聞こえた声に慌てて周囲を見渡すと、一匹のハイゴブリンが立っていた。
こいつ一匹なら楽勝だ。
銃弾を撃ち込むとあっさり倒れた。
「お」
終わりましたよ、ご主人様。そう言おうとしたが、視界の端に映った陰がそれを許さなかった。
「え!?」
ハイオークとハイゴブリン。それだけならいい。しかしこの二匹は頭や腹に弾痕があり、そこから真っ赤な血を流している。間違いなく俺が撃った痕だ。
腹はともかく頭を撃ち抜かれては即死の筈だ。にも関わらずこいつらは立ち上がった。しかもこの二匹だけではない。他の魔物達も続々立ち上がり始めた。
「ゴオォォ」
「ギュゥゥ」
魔物達は光の無い瞳を俺に向け、手に持った武器を振り上げた。
何だ、こいつら、動きがぜんぜん違う。悪い意味でだ。動きに全然キレが無い。
さっきまではまだ稚拙でも意思があった、生きた動きだった。今のこいつらはまるで人形だ。武器を振り下ろすのも、まるで腕を糸で吊り上げて、その糸を切っただけのようだ。
あれだけ魔法を撃っていたハイオークが杖で殴りかかってくるもの解せない。
いや、今はとにかく倒そう。
動きが単調なんだから、さっきまでの戦法を用いる必要は無い。目に付く攻撃から避け、目に付く敵を撃てばいい。
って思ったんだけどなぁ。
「こいつら、きりが無い」
魔物達は頭を撃たれようが心臓を撃たれようが、何事も無かったかのように立ち上がってくる。
くそ、どうすればいい?
「ナタリア、ギブアップしても良いわよ」
上空のオフィーリアが言う。何で少し嬉しそうなんだよ。
「いえ、もう少しやってみます!」
強がりと言えば強がりだが、俺自身はまだ一度も攻撃を受けちゃいない。ならまだやれるだろう。
とはいえキリが無い事に変わりは無い。十数匹の魔物が延々と蘇り続ける。どうしたものか。
「ん?」
いや、蘇ってない魔物がいた。俺に同じ事は出来ないが、代用品で再現なら出来るかもしれない。
「ブアァァ」
「ふん」
斬り掛って来たハイオークに撃ち込んだ炸裂弾が青白く爆ぜた。
真っ黒に焦げたハイオークが煙を上げながら倒れる。今度は起き上がる事は無かった。
やっぱりか。さっきハイオークの炎魔法で倒された魔物は蘇っていなかった。熱か単純に肉体の損壊の程度かはわからないが、この方法なら完全に殺せるようだ。
炸裂弾は射程が短いからさっきまでみたいな一方的な攻撃は出来ないが、逆襲開始だ。
ドーン
ドーン
注:二時五十分ではありません。
「これで全部片付きましたね」
全ての魔物を真っ黒にしたところで漸く俺は銃を下ろした。
「まだ残ってるわよ」
「ブオオォォン」
帰ってきた。戦士達が帰ってきた。
いかん、思わず現実逃避してた。でもさ、クランプボアまで起き上がるのは反則じゃね?
でも対処法はもうわかってるんだし、後はルーチンワークだ。
ブラックホークをリロードしようとマガジンに伸ばした手が空を切った。
「………」
「ブオォォォォ!」
「おおっと!」
単純な突進なのに思わず声を出してしまった。
「あら、どうしたの?さっきまでと同じように炸裂弾を使わないの?」
上から響くオフィーリアの声は相変わらず少し嬉しそうだ。
だからなんでだよ。
「弾が切れたんですよ! うわぁ!」
クランプボアも動きが鈍っているとはいえ、流石に当たるわけにはいかない。オフィーリアに返事しながらも常に視界に捕らえ続ける。
「魔法でやればいいじゃない」
「私が攻撃魔法下手なの知ってますよね!?」
言いながら笑ってるじゃねーかっ!
うわ、危ねぇ!
回避を続けるのは可能だが、攻撃手段が無い。
「ふふ、取り乱した貴女って何だか新鮮ね。今日は外に出て正解だったわ」
人事だと思ってこのご主人様は!
「もう少しやってみる?」
「ギブ、ギブアップします!だから助けてください!」
俺が叫ぶと、オフィーリアは尚更嬉しそうに笑った。
「はいはい、じゃあご主人様が助けてあげるわ」
そう言うと同時に、視界を塞ぐほどの雷光がクランプボアの巨体を引き裂いた。
「中級雷魔法サンダーストームなんだけど、少し張り切りすぎちゃったわね」
真っ黒の消し炭になったクランプボアの死骸に、俺は言葉が上手く出なかった。
「それとナタリア、貴女から右六十度の先を見てみなさい」
何の事か不思議に思いながら目を向けると、その先の木の上でトサカの生えた猿が氷漬けになっていた。メテオウルフから逃げるときにも見たやつだ。
「あれはシャーマンエイプね。死霊魔法で死体を操る魔物よ」
魔物が蘇ってたのはこいつの仕業だったのか。
「ではあと一匹と言っていたのはもしかして」
「そのシャーマンエイプの事よ。こいつさえ倒せば死霊魔法は解けていたのにね」
うわぁぁぁ、気付かなかったあぁぁ!
無駄弾消費した上に醜態晒したあぁぁ!
「気にする事無いわよ。生態の解らない魔物相手に良く戦ったわ」
「……はい」
下りてきたオフィーリアが励ましてくれるが、自分としてはやはり喜べる結果じゃない。
未知の相手と戦うなんて、この世界で生きるならきっと珍しくないだろう。初見殺しにそのまま殺されていては、命が幾つあっても足らない。残弾を考えずに撃って弾切れなんて素人染みたミスを犯したのも度し難い。オフィーリアがいてくれなきゃ死んでた。
「ナタリア」
つい俯いていた俺の頭に、オフィーリアの手が触れる。
「真面目なのは貴女のいいところだけど、少し真面目すぎるわ。今回は訓練だと言ったでしょ。このミスを糧にしてくれたらそれでいいのよ」
優しく髪を梳くように撫でられ、蟠っていた心が解れていくような気がした。
「ご主人様」
「自信を持ちなさい。貴女は私の最高傑作なんだから。それとも私が信用出来ない?」
「いいえ」
俺は首を横に振った。
当たり前だ。今日まで一緒に過ごしてきて、オフィーリアの魔法技術も、自分がどれだけ期待されてるかも知っている。
いつまでも沈んでいたら、オフィーリアの気持ちを裏切る事になる。
「さぁ、そろそろ帰りましょうか」
「はい、ご主人様」
「明日はブラックホークに自分の魔力を込める方法を教えるわね」
「本当ですか?助かります」
空が朱に染まりかけた時刻、帰路に着いた俺の足取りは軽かった。
オフィーリアは当然のように中級魔法の詠唱破棄に加えて別の魔法を並列起動させました。