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Luna
作:繰言 無為



序夜〜第一幕『狂月の道化』


 月が出ていた。
 墨を流したような真っ黒な、高層ビルに切り取られた空に、唯一つ煌々と、冴え冴えと其の月は出ていた。
 ――『もののあわれ』からは程遠いよな。
 俺はそんな感想を抱きながら一人、深夜の街を歩いていた。
 カラン、とかすかに手に提げたビニール袋に入ったコーヒーの缶が音を立てた。
 コンビニからの帰り道。
 歩きなれた街の歩道。
 吐き出した息が白く染まって流れていく。白く、白く、白く―――。
 路は次第に細くなっていった。歩道と車道の区別はなくなり、通りを彩る現代的なビルは使い込まれた民家の玄関へと変わっていく。
 ――良いな、この空気。
 俺はこの空気が好きだった。真夜中の住宅街、その緩やかにして重厚な静寂の空気が。
 ふ、と笑う。
 面白い、と思ったわけではない。ただ、笑っただけ。意味もなく笑う。其れが俺と言う人間だ。よく笑い、泣きはしない。
 其れが俺の存在定義。
 原初にして最初の定義。
 俺は泣かない。嘆かない。怒らない。悲しまない。唯、笑うだけだ。
 ――白い道化。
 滑稽なる存在にして、身分の外社会の外に存在する者。
 俺は歩く。
 笑いながら、足音を響かせて。
 風が吹いた。外套の裾が風に靡く。
 空を仰げば月。
 漆黒の空に浮かんだ月はただ滔々とその存在を夜空に浮かべていた。
 俺は地上へと視線を戻した。
 何時の間に来たのか、其処には二人の人間がたっていた。
 男性と、女性。男性はスーツの上から使い古した外套を羽織っていて、その太い顔に笑みを浮かべていた。それなりに年配で髪には既に白い物が混じりだしている。女性のほうはと言うと、同じくスーツ姿の上から外套を羽織っているのだが、こちらの外套は男性の其れとは違って明らかに高級そうな其れ。ファッションに気を配っているのがありありと伺える。因みにこの人は男性のほうとは違ってかなり若い。三十台前半か、ともすれば二十台にも見えなくはない。
 「こんばんは」
 俺は笑って挨拶をする。
 あいも変わらず風が吹いている。
 三人分の外套が翻って、外套の光に影を作る。
 「刑事さんが俺に何か御用でも?それとも補導しに来たとか?」
 「てめぇなんざ補導するかよ。まどろっこしい」
 俺の軽口に男性のほうの刑事がぼそっと答えた。
 不機嫌なのではない、いつもこんな感じの口調なのだ。
 「では、依頼?」
 「そっちはもっとありえないだろうが。警察がそんなことするわけないだろうが」
 そのやり取りを聞いて、女性のほうの刑事がクスッと笑いを漏らした。
 おそらくは相棒があっさり口を利いたのが面白かったのだろう。この男性の刑事は滅多に口を利かないのだ。
 「ま、わかってるとは思うけど先週から起こっている事件のことよ。」
 「と、云うと例の暴走族の連続逮捕劇?」
 俺はおどけるように両肩を上げる。
 「成功してるのに何で話聞かなきゃなんねぇんだ」
 「さあ?其れは俺には測りかねます」
 ちっ、と舌打ちする男性刑事。女性のほうは未だあいまいに微笑んだままだ。
 「分かってますよ。例の連続通り魔事件のことでしょう?」
 「ええ、何か知らないかしら?」
 「知りません」
 轟、と一際強く北風が吹く。
 「そもそも、俺の近くの人間は誰一人殺されていませんからね。なら俺の出る幕はありません」
 「よく言うぜ、白い道化が」
 男性刑事は吐き捨てるように言ったが、眼は笑っている。まぁ、これは親しさ故のと言うところだろう。
 「ま、そういうわけですからもう言ってもかまわないでしょう?コーヒーも冷めてしまったことだし」
 「もともとアイスじゃねぇか」
 僕のボケに律儀に突っ込んでくれた刑事とその相棒に笑いながら会釈して僕は通り過ぎた。
 ――さて、どうしようか?
 見上げた空には煌々として、曖昧な月が唯一人地上を見下ろしていた。


おそらくは始めまして。
序夜の第一幕、『狂月の道化』はいかがだったでしょうか?未だ序章に過ぎない場所ではありますが楽しんでいただければ幸いです。
次幕、『茨の魔女』へ続く。











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