獅子は谷底に…
一瞬の視界のずれ。
次の瞬間、メントスは空中に投げ出されていた。
視界には一杯の青空。
そして、眼下には鬱蒼と茂る木々を認めた瞬間、
「うおっ!」
思いっ切り木に突っ込んだ。
ばきっ
がっ、さささ!!
「ぐっ…がっ……!」
細かな枝が万有引力によって落ちて行くメントスの体に当たり、折れて行く。
その細い先がメントスの腕や顔など肌の露出した部分を傷つけていく。
そして。
「!げっ!」
十分に落下速度を殺し切れないまま木々の間を突っ切り、今度こそ地面に向かって落ちて行く。
「…くそっ!」
あわや激突の瞬間、メントスは゛飛んだ゛。
飛翔術で移動した先は数瞬前に通り過ぎた上空の太い枝の上。
そしてそのまま枝にしがみ付いた。
枝は突然掛かったメントスの体重と落下の衝撃で大きく軋み、まだ若い葉が衝撃で何枚も地上に落下する。
だが、それでも何とか持ちこたえ、メントスの体を支えた。
「あ、あぶなあぁ〜…」
揺れが収まり、力いっぱい木の枝にしがみ付きいていた手を少し緩める。
冷や汗に背中が伝うのを感じる。
一体どれだけの高さから投げ出されたのか。
上を見ても検討もつかないが、少なくとも分かることは、あのまま落ちていたら確実に死んでいたことだ。
メントスは、周囲をぐるりと見渡した。
見渡す限り、木、木、木の鬱蒼とした森があった。
見下ろすと、昼間なのに木々の密度が濃すぎて薄暗い地面が見える。
唯一光がさしている部分は、メントスが先ほど突っ切ったため、枝が折れ、穴のようになった部分だけだ。
「一体ここは…?」
ほんの数瞬前まで寮の自室のベットの上にいたのを覚えている。
決して、それは幻ではなく、こんな薄暗い森に来たりした覚えはない。
来たいと思ったこともない。
「何が起こっている…?」
ともかくわけがわからず混乱する。
自室からこんな森の中に突然投げ出されるなど、決して自分が望んだことではないことだけはわかる。
ならば、誰かがメントスをここに強制的に移動させたと言うことだ。
誰が、何の目的で?
そこまで考えたときだった。
『おい!聞こえるか!五年Zクラスの豚ども!』
頭に直接響くような声が聞こえ、ぎょっとする。
周りを見るが、人の姿はない。
『……一応言っておくが、この念話だから、そこをどれだけ探しても私はいないぞ。』
考えを見透かされたようで、羞恥で頬に朱が挿す。
念話とは声を使わず、精神に直接語りかける魔法だと聞いた覚えがある。どれだけ離れていても、会話できるという利点があるが、それなりに高位の魔法使い同士が、呪具を使い成立させることが出来る高位魔法で、通常こんな相手の意思を無視して、一方的に送りつけることが出来るものではないとかなんとか。
何代前だったかわからないが、担任教諭が話していたのをおぼろげながらメントスは思い出した。
それをこんなに一方的に、しかも非常識に行使できる人間はメントスは一人しか知らなかった。
「てめぇの仕業か!馬鹿ガキ賢…!」
びっしゃあああああん!
突然轟音が鳴り響き、メントスのいる木の隣の木に雷が落ちた。
かなりの太い幹の大樹だったが、一瞬の雷で真っ二つにされ、轟音を立てながら倒れるのを目の当たりにメントスは硬直した。
メントスがこわばった体で、上空を見るが、雷を出すような雲は見つからない。
『…くくく、口の利き方にせいぜい気をつけるんだな。豚ども。』
悪意に満ちた子供の口調が、頭に直接響く。
メントスは背筋が凍るのを感じた。
『…まあ、だがいい。海より広いこの大賢者様の心はそんなお前らの暴言も流してやろう。大人だからな。』
大人は悪口言われたからといって魔法で脅したりしないし、生徒達の中に混ぜても最も子供に見える外見で説得力はないとは思ったが、さっきの今でそれを口に出すほどメントスも愚かではなかった。
「それより、どうして僕達をこんなところに落としたんです?」
突然、さっきまで一緒にいた男の声が聞こえた。
驚いて下を見るといつの間にかカールがいた。
「カール!」
呼ぶと、枝の上にいるメントスに相変わらず、驚いた様子もなく余裕の笑顔を向けた。
「やあ、メントス。そんな木の上で何をやっているんだ?」
そこまで聞いてメントスは自分が木の枝にしがみ付いたままだと言うことを思い出した。
妙に恥ずかしくなって、早々に枝を伝って地上に降りる。
「お前こそどうしたんだよ。何でこんな森に…。」
近づきながら訪ねると、カールは苦笑しながら肩を竦めた。
「…多分、君と同じ理由だと思うよ。」
『まるでそこがどこで、何のためにそこにいるのかがわかっているような口ぶりだな?』
二人の会話に突然大賢者の念話が割り込む。
その内容にメントスは驚いてカールを見た。
「ほんとうか!?」
「そうですね。なんのためかは自信はないけど、大体の場所の見当は付いているかな?」
顎に手を当て、腕組するカールが空中を睨みつけるような仕草をする。
多分どこかでこの場のことを見ているだろう大賢者を睨みつけるように視線を上向ける。
『…………ふん。』
挑発的な視線に、何かを考えるような間のあと、大賢者はそれだけ言う。
と、その時メントスの左に位置する茂みが音を立てた。
「それなら私達にも教えてほしいですわね。」
甘やかな声と共にシンプルだが質のよい落ち着いた色合いのワンピース姿のサシャが現れた。
そしてその後ろには。
「サシャ!…と、マーブル、アポロも!?」
「やっほ〜!メントスぅ!」
こちらもおそらく部屋で寛いでいた時に飛ばされたのだろう花柄のワンピース姿のマーブルが手を振りながら近づいてくる。
「…………。」
その横にはきっちり制服を着込んだアポロが無言のまま、姉の後ろに付き従っていた。
「なんだよ。お前らも飛ばされてきたのか?」
「え?」
普段つるむ機会の多い級友の姿を見て、驚くメントスに一同が疑惑の目を向ける。
「…メントスぅ〜。多分あたし達だけじゃないよぉ〜。」
「聞いてませんでしたの?」
サシャとマーブルに困った顔で視線を送られ、渋面になる。
サシャはともかくマーブルに『困った子』扱いされるのは少し納得できない。
そして何を諭されようとしているのかがわからない。
「?なにがだよ。」
憮然と口を尖らせるとアポロが近づいてきて、細切れの台詞を言った。
「…多分。五年Zクラス全員。飛ばされてる。」
「なんだって?」
その言葉に驚くメントスに苦笑気味のカールが補足を入れる。
「他のみんながどこにいるかまではわかんないけどね。最初にかの『大賢者』様が言ってたじゃない?五年Zクラスのって。…なんで豚呼ばわりされなきゃなのかわかんないけど。」
流石に普段からあまり怒りをあらわにしないカールでも『豚』呼ばわりは頭にきているらしい。
口調は柔らかいが、顔には少し苛立ちが見て取れた。
そんな生徒の小さな感情変化を盛大に無視して、大賢者がまた偉そうにわざわざ律儀に答えた。
『お前らが、馬鹿じゃ飽き足らないからだ。大歩危が!身の丈も弁えんお前らが馬鹿じゃ、馬や鹿に失礼だからな。豚呼ばわりでも豚に失礼だと思え!』
「…なっ!聞き捨てなりませんわね!」
あまりの暴言にサシャもその美しい顔に怒りを露にしている。
その横のマーブルもその甘ったるい舌足らずの声で抗議の声を上げる。
「そうだよぉ!豚なんてあんまり!これでも体重には結構気を使っているのにぃ〜〜!」
「…姉さん、論点、ずれてる。」
「ええ〜!だぁって〜!」
「…そんなことより、今の状況確認のほうが先じゃない?」
話の筋から離れようとする会話に、流石に苦笑いのカールに一同は漸く今の状態を思い出した。
「そうだ!カール、ここはどこなんだよ!」
慌てて、カールに詰め寄るメントスにカールはゆっくりと答えた。
「…おそらく、学園の北、オームの森。」
カールの答えにメントスやサシャが驚愕の表情を表す。
「オームの森ですって?」
「立ち入り禁止区域じゃねえか!?」
メントスやサシャが驚くのも無理はない。
学園は大きく迫り出した崖の上に立っており、その崖の下に広がる森がオームの森と呼ばれている。
学園から見渡せる大きな森で、その中心には樹齢千年を超えると言われる原生林があり、そこを中心に悪行を行っていた魔族を迷わせるために、原生林の周囲に迷いの魔法をかけたところ不思議な形の木々が伸び、現在の広大な森になったと伝えられている。
もちろんその魔法をかけたのは大賢者本人だ。
だが、オームの森はその迷いやすさから、一度入ったものは二度と出てこれないとされている森で、なおかつ古に封印された魔物たちが今だ生きているかもしれないとされている場所でもある。
そのような危険な場所なため、学園は厳しく、生徒達の森への立ち入りを禁止していた。
カールもこの森に入るのは初めてだ。見たことはなかったが、文献などで読んだ森の特徴と一致したため、場所の特定が出来ていた。
そんな危険な場所に生徒を放り込んだ張本人は、まったく悪びれた様子はなくえらそうに言い放つ。
『ふん!流石に一人くらいはわかる者がいるか。』
「お褒め頂光栄。」
カールは皮肉げな口調でおどけて見せるが、大賢者は意に返さない。
『褒めてない。わかることが当たり前だと思え。これが敵の罠なら地理を知らないだけで命取りになることだぞ。』
冷たく切り捨てるような大賢者の言葉にカールは傷ついた様子もなく肩をすくめる。
「だけど、なんでそんなところに俺達を飛ばしたんだ?」
「それは…。多分、僕達を鍛えるためとか?」
不思議そうに首を捻ったメントスの質問に、カールは少し歯切れの悪い答えを返す。
そこが、少しカールにもわからないところだった。
ここがオームの森だとは飛ばされた瞬間、わかったが、だからといってなぜ飛ばされたかという点については不可解な点が多い。
授業を受けさせたいなら、こんなクラス全員を空間移動できるだけの力があるのであれば、教室に移動させればいい話だ。
なぜ、立ち入り禁止区域の森の中なのか皆目見当も付かなかった。
なにか普通では考えられない、大賢者ならではの深い理由があるのかと思うばかりだった。
だが、大賢者はそんなカールの予想を遥かに超えた理由を答えてみせた。
『理由?それはな…。『いやがらせ』だ!』
「「「いやがらせかよ!」」」
めったに一致団結しないZクラスの面々の口がハモった。
『む、何だよ。お前ら。ん?…なんだ、モーリス。…なんだと?もう少し言い方を考えろ?…ふむ、じゃあ、仕置きとでも言い換えるか。』
言い換えたところで、最早フォローにすらならない。
それにどうやら理事長のそばで念話しているらしい。
心ひそかに同情が理事長に寄せられる。
所詮、大賢者の共犯なので、心の底からの同情など出来はしないが。
『大体な、せっかくこの稀代の『大賢者』様がわざわざ教鞭をとってやろうと言うのに、一週間もボイコットとか、しやがって。コッカローチに『生きててごめんなさい』と千回、逆立ちしながら土下座しても、救われないくらい罪深いことだぞ!』
コッカローチとは台所に良く出る小型の黒光りするモンスターのことだ。
小さく、攻撃力もないが、姿が凶悪で、大概の女性、一部の男性は恐怖心を持っており、サシャとマーブルが嫌そうな顔をした。
『そんなわけだ。せいぜい足掻いて、その森を脱出して学園に戻るんだな。ちなみにそこから二日以内で戻れない奴らは退学だ。』
「はあ!」
「流石にそれは横暴じゃ!」
「ここが森のどこかもわかりませんのに!?」
流石にざわめく生徒達。
悲鳴に近い声が上がる。
魔法学園は魔法戦士を育成する学校でかつては授業についていけず落第者をよく出していたが、近年の学力低下を受けて進級試験の内容を落としたため、ほとんどの人間が落とされない学校になっていた。そのため、魔法学園を卒業できない人間は社会に戻ってからも一生落第者の汚名を着ることになってしまうのだった。
『くくく、せいぜい、わめけ!豚どもが!…とはいえ、私もそこまで慈悲がないわけじゃない。』
そう言ってこほんと、大賢者が一息ついてから一気に言った。
『今すぐ『神様仏様大賢者様、後生ですからこの豚めにご慈悲をくださいませ。今後逆らわず、決して授業もサボりません。許してください。ごめんなさい。」と言いながら土下座しろ!そうしたら、そのまま、元の学生寮に戻してやるわ!』
「…なんだか、口調がだんだん小悪党になってきてませんこと?」
サシャの突っ込みは全ての人間の心の声である。
さらにアポロが細切れの台詞で首を傾げてみせる。
「…仏様って…なに?」
ほとんどただ一人つぶやいて見せただけの言葉だったが、大賢者は大賢者所以たる律儀さで答えなくてもいいのに答える。
『気にするな!ノリだ!』
「えー。」
どうでもいいことに律儀に答える大賢者だが、あまりにもばかばかしいその嫌がらせの内容を変更する気はないようである。
不敵に微笑み、人を見下す視線が念話ごしに見えるようだ。
『さあ、お前ら。どうする?もうすでに何人かは私の軍門に下ったぞ。』
「軍門って…。」
突っ込みどころの多い大賢者である。
『お前達はどうする?』
悪意に満ちたその質問に、メントスたちは唇をかんだ。
だんだん、いろいろいたい子に拍車の掛かってきた大賢者ですが、メントスたちに答えはいかに!?
普通に考えたらNOですけどね。物語的には(
^^;
さてさてどうなる、どうする、また次回。
特設頁

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