寮にて
「納得いかねえ!」
ベットの上で枕を殴りながら、メントスは声を上げた。
ここは学園に隣接する学生寮の一室。
学園の生徒は一部例外を除き、全て入寮が求められる。
そしてその際、王族だろうが、平民だろうが特別扱いしないと言う理由の元、各部屋二人ずつの入居制となっている。
「なんだよ。いきなり。」
同じ部屋で机に向かっていたカールが、驚いたふうも無くこちらを見る。
調べ物をしていたらしくその顔にはメガネがある。
カールはメントスのルームメイトだった。
「なにもかにもない!あの馬鹿担任のことだ!なんであんなのが教師だ!くっそお!今思い出してもむかつく!」
あの出会いのホームルームから一週間が経っていた。
あの日、大賢者を名乗る少年から受けた傷は結局、リンディアナの姉弟が欠席したおかげで誰にも回復魔法をかけてもらえることなく、数日の休養をメントスに強制したが、今ではその傷のほとんどがふさがっている。
生来頑丈な体質なのであの程度の乱闘くらいで受けた傷など本来回復魔法など必要としない。
その前に受けた魔法の傷は別格だったが。
「ああ、あの『大賢者』さま。一応、理事長公認なんだし馬鹿はまずいんじゃない?」
ただの思い出し怒りだとわかると速攻机に目を戻しこちらも見ずに、気のない諭しを入れるルームメイトの言葉にメントスはさらにいきり立った。
「あんな、引き戸が押して開かないからって、魔法でぶっ壊すようなガキは馬鹿で十分だ!」
大賢者は隠しているようでもすでに、あの日の顛末は学園中に知れ渡っていた。
扉を押して開けようとしていたのを見ていた生徒がいたのだ。
「まあ、『大賢者』にしてはちょっと抜けてるよねぇ。」
「…ところでカール。お前さっきからなにやってんだ?」
「ん。一応敵の情報集めかな。」
カールが向かっている机にはさまざまな文献が積み上げられていた。
見るとそのほとんどが、五百年前の六英雄戦争のものだと知れた。
「敵?あのくそガキ賢者のことか?」
「そ。敵を知っておけば、後々の対処の仕方もわかるからね。」
頬杖を付きながらページをぺらりとめくる。
「情報収集ね。…だが、カール。」
「ん〜。」
「お前、本当にあのガキが伝説の大賢者だと思うか?」
「どうだろ?僕にも判断付かないな。」
あくまでも本から目を離さずに答える。
「今の情報だと、そうだともいえるし、そうじゃないとも言えるかな。」
疲れたのか本から目を離し、瞼を閉じて目頭を指で押す。
「言動はともかく魔力の高さは直に見たから間違いなく、最強クラスだ。準呪文をすっ飛ばして魔法を発言させるなんて芸当、見たこと無い。僕の国の宮廷魔術師すらあれじゃあ足元にも及ばないんじゃないかな。」
準呪文とは本来魔法を発動させる際に手順として唱えなければならない呪文のことだ。
あの少年はそれをすっ飛ばし、発動呪文と呼ばれる魔法を発動させる呪文のみで魔法を発現させていた。
本来ならあり得ない非常識っぷりである。
「だったら、やっぱり大賢者なのか?」
「でも文献を見る限り、大賢者は白ひげの爺さんと伝わっているし、今の彼の姿を見て絶対なんて言い切れない。何より大賢者自身あんまりにも謎が多すぎる。」
カールは積み上げた文献を見ながら溜息を付いた。
少年が本物か偽者か。
どちらにしても大賢者について調べるのは悪いことにはならないと思い、図書館から借りてきた資料だ。
中には館内閲覧のみの禁書もあったが、司書が女性であったのをいいことに、口先三寸で貸し出してもらった。
「調べれば調べるほどわけわかんない。本当に人間かって疑いたくなる。」
古の六英雄戦争における大賢者の行った奇跡の数は調べるだけ、骨が折れるほどの数がある。
千体ものゴブリンを魔法一撃で蒸発させただとかいう大きなものから、毒の入った井戸水を一瞬のうちに浄化したとか小さいものを数えて言ったら限がない。
そしてどれもこれもとても人間業とは思えないような奇跡ばかりである。
「大体、地水火風の四大精霊魔法と光と闇の魔法全ての属性を使える魔法使いなんて人間業じゃないよ。歴史的に見ても彼くらい。」
やや投げやりに言うと、なにかわからないことがあったのかメントスがきょとんとこちらを見た。
「…全属性ってすごいのか?」
その質問に凍りつく。
「………メントス。」
「なんだよ。」
なんで凍りつかれるのかわからないといった風情のメントスに、驚愕の表情でカールは恐る恐る聞く。
「…属性の話って、一年のときに授業でみっちりやってるはずだけど?」
「そうだったか?覚えてねぇ。」
あっけらかんと言われて脱力する。
これが万年Zクラスの人間の実力か。
カールは冷たい汗が背中に伝うのを感じる。
低学年のころはそれなりに優秀だったカールと違い、メントスは学園に入ったときからZクラスの人間だった。
カールは溜息を付いた。
「まあ、いいや。説明してあげるよ。僕も復習にもなるしね。」
そう言って、カールは属性の説明を始めた。
「万物は魔力から構成されて、ありとあらゆるものには属性があると言うのは流石に知っているよな?」
「ああ、流石にそれはガキのころに読んだ絵本にもあったからな。」
万物に魔力が宿るとされているこの世界では地水火風に大別される精霊系の魔力と光と闇といった精霊魔法に属さない魔力とが存在する。
通常、どんなものにも属性と言うものがあり、その属性はこの世に誕生したときに決まり、そして一生変わらないとされている。
「人間は根源的に光と闇の部分を持っているから、基本的に白魔法と黒魔法は修練すれば必ず使えるようになるって言われている。まあ、それがどこまで強くなるか、本人の才能によるところになるけど。でも精霊魔法は違う。」
精霊魔法は生まれたときに決まる属性によって使える種別が変わる。
つまり逆に言えば決まった属性のもの以外、どんなに修練したところで使えるようにはならない。
ちなみにメントスの属性は風、カールは火だ。
「光、闇はともかく、精霊魔法を全属性使えると言うのは普通に考えたらあり得ない。そんなことが出来るのはこの世の理から外れた存在以外には…。」
そこまで言ってカールは口を噤んだ。
それまでの仮定にある一つの仮説が浮上したからだ。
しかし、その仮説は口にするに、あまりの内容だった。
「…まさかな。」
「?カール、どうした?」
頭を振って悪い考えを振り切る。
不思議そうに枕を抱えてこちらを見るルームメイトになんでもないと手を振る。
「まあ、そんなことで古くからパールディに関する研究ってのは色々なされているようだけど、未だに良くわかんないってのが現実みたい。なんで僕にも彼が本物かどうかなんて本当にわかんない。以上。調査おしまい。」
思いついた恐るべき仮説を頭から追い出すように勤めて明るく答える。
「…お前でもわかんないことあるんだな?」
何気ないメントスの言葉にカールは苦笑する。
「随分、過大評価してくれてるみたいだけど、僕にだってわかんないことくらいあるよ。伊達にZクラスじゃないしね。」
「ま、そうかもな。」
あっさり頷かれ、苦笑する。
普通ならこういったときフォローを入れる人間は結構多いがメントスはそれをしない。
それが良いのかわからないが、カールはそういった言動は嫌いではなかった。
「奴が本物だろうと偽者だろうと気に食わないのは確かだしな。」
そう言ってメントスはごろんとベットに仰向けになる。
あれから一週間、実は学校へ行っていない。
大賢者によって破壊された教室は使えなくなったが、直に変わりの教室が用意されているため、おそらく授業は次の日には再開されている。
だが、初日の担当教師であるあの少年の所業を盾にメントスたち、Zクラス全員が授業をボイコットしていた。
あんな教師に教わりたくないという実力行使だ。
今までだって担当の教諭が気に入ったことなどなかった。
Zクラスを担当する教師は全部が全部、最低の学力しかもたないこのクラスに対し、上から目線でしか物をを語ろうとしない奴らばかりだった。
勉強の出来ない哀れな生徒。
そんな視線を常に受けて授業など聞いてやる気など沸くはずもない。
だが、そんな教師達の中でも今回の教師は最悪だった。
アリトス=パールディー。古の大賢者と名乗った少年だ。
最初から全開の上から目線。
今までの担任は少なからず、そういった視線をしないようにする気遣いが見られたが、そんなものは微塵もない。
完全にこちらを馬鹿扱い、馬鹿呼ばわりだ。
それを、明らかに自分より年若そうな少年の口から発せられるのだ。
苛立たないほうがおかしい。
「ああ!なんか思い出したら腹立ってきた〜〜!!…て、え!?」
「!メントス!?」
突然、視界がぶれた。
カールの驚いた声が聞こえた。
さらに背中に感じていたベットの感覚が消える。
それから。
メントスの体は宙に放りだされた。
はてさてメントスはどこに飛ばされたのか。
いよいよ次からようやく賢者の教育がスタートする予定です。
文章を書くのが遅いので気長にお付き合いください。
特設頁

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