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密談ってほどでもないけど
その日、モーリスは珍しい客を迎えていた。
学園の理事長であるモーリスにはもちろん執務室が与えられている。
その執務室で溜まった書類に追われている中にその人物は現れた。

「…これは、わざわざお出でいただかなくても、言われましたらこちらからお伺いしましたものを。」

椅子に座って書類を片付けていた最中、突然空中から現れたその人物は、立ち上がろうとしたモーリスを手だけで制した。

「いや、すまない。執務中だろう?そのままで構わない。」
「ですが…。」
「構わない。ちょっとした報告だけし、突然押しかけたのはこちらだからな。」

学園長室とは違い、機能重視のシンプルなデスクには書類が積みあがり、いかにも忙しそうな様子の理事長を制したのは五年Zクラスで『大賢者』と名乗った少年だった。

モーリスがこの少年に会ったのは三年前。
理事長としてこの学園に着任したときだった。
そのときはこうした直の対面ではなく現在は理事長室に飾られた古めかしい鏡ごしだった。
その鏡は学園の理事にのみ伝えられる秘密の倉庫にあった鏡だ。
そこには大賢者の遺産、本人が生きているのにその言い方はなんだが、と言えるべき魔道具が数多く収められていた。
モーリスが学生時代から研究している対象は魔道具であり、学園の理事を引き受けた理由もその倉庫に入れるからと言う理由だった。
理事長に就任し、前任からの引継ぎの最中に鏡の前に立たされた。
そのときに驚くモーリスの前に写ったのがこの少年だった。
少年はアリトス=パールディーと名乗った。
五百年前に六英雄として魔王を屠った大賢者であると。
六英雄は伝説の人物だけあって、よく絵姿が絵画で残っているが、大賢者の姿はいつも長い口ひげの老人として描かれている。
五百年前、他の英雄達と魔王を倒しに行き、そのまま行方知れずとなったと言われており、魔王を倒す最中で亡くなったとも、森の隠者として余生を送ったとも言われている。
本来なら状況からも姿からもとても大賢者だと信じがたい少年だったが、モーリスにはこの少年が大賢者であるという確信があった。
もちろん、古くから伝わる魔道具の鏡を使い、今の人間では到底及ばない魔法の強さや知識を持っているという点からもそうであると言えるかもしれない。
だが、モーリスが少年を大賢者本人であると言う確信を得た最大の理由は他にあった。
また、それは大賢者が現在ここにいることに深く関わっていた。

「座ったままでいいぞ。」
「では、お言葉に甘えさせていただきます。」

言われたとおり立ち上がるのはやめにして、椅子に座りなおす。
あまり身の回りの家具などに興味の無いモーリスだが、椅子だけは特注のものを使用していてる。
理事長の執務はともすれ何時間も座りっぱなしで書類と格闘することがある。そして、モーリスは生来あまり体が丈夫でないため、座る椅子が質の悪いものであると場合によっては疲れが溜まり寝込んでしまいかねない。

「うむ。苦しゅうないぞ。」

明らかに姿でははるかに年上のモーリスに対して胸をそらす少年の姿は一種滑稽に見える。
だが実際にはモーリスは彼の足元にも及ばない年で、それを考えると一種畏怖に似た感情を覚え、居住まいを正した。

「…してどうでした?五年Zクラスは。」

前置き無く、尋ねる。
この少年がここを訪ねる理由は限られている。
今現在大賢者がここを訪ねる理由はこの用件以外は無い。

「さすがは話が早いな。」

少年がにやりと笑う。
その笑いは少年とも思えぬ老獪さを秘め、目の前の少年がやはりただの年若い魔法使いでないことを思わせる。

「あなたがここを訪れる理由など他に無いでしょう?で、どうだったんでしょうか?我が学園の生徒の力量は。」
「どうもこうもないな。予想以上だ。」
「…念のために聞きますが、それはよい意味ですか?それとも…。」
「もちろん悪い意味でた。最悪だな、あれは。」

顔をしかめた大賢者に、モーリスは苦笑する。

「一応現在大陸にある最高レベルの魔法教育を自負しているつもりなのですがね。」
「馬鹿を言うな。あれのどこが最高だ!五百年前ならあんなものは子供にすら及ばないぞ!」

憮然としたパールディがさらに続ける。

「まず、魔法のレベルがまったくなっちゃいない。回復魔法をほとんどの生徒が使えないなんて…あれで五年生というから驚きだな。っていうか、私の作成した教育要綱は破棄されたのか?」

パールディ魔法学園の教育要綱は創始者であるパールディが製作し、以降五百年間変わらず、授業の虎の巻として使われている。その前提を離した上で、モーリスは説明した。

「平和な時代が続いたせいなのか、年々生徒の魔力自体が落ちているのです。それに現在、魔族との戦闘など無いに等しい中で魔法の重要性が薄れ始めている。その上で、世の中に必要とされる水準における最高の形の学習を提供している状況で…」
「…平和…か。」

妙にしんみりとした声で呟きがもれる。突然の変化にモーリスは驚いた。

「…?どうかされましたか。なにかお気に触ることでも言いましたでしょうか?」
「いや、世界は平和なのだな、と。」
「…?はい。あなた方六英雄のおかげです。現在、大陸には魔族と呼ばれるのは低級な魔物ばかりで、時々小さな集落を襲いはしても、普通の人間にも対抗できる程度。いまや魔族との小競り合いより、人間同士で争うことのほうが多いくらいで…。」
「…そうか。」

それまで饒舌だった少年が言葉少なに俯く。
その姿にモーリスはふと思った。
モーリスには考えなど及ばないほど長い時間を生きてきたこの大賢者は、この現在の平和な世界を創造した最大の功労者の一人だ。
平和であることへの思いは計り知れない何かがあるのかもしれない。
しばらく無言だった少年は、感傷を振り払うように首を左右に振った。

「…まあ、いい。それより例の五人についてだが。」
「ああ、『選ばれた五子孫』(パールセレディアン)たちですか?」
「…まだ、候補だ。」

『選ばれた五子孫』(パールセレディアン)とは数十年に一度、魔王を封じたとされる封印を強化するため、大賢者が選定する人間のことだ。
長い年月の間に魔族を封じた封印が弱ることがあり、その度に封印を施した六英雄の子孫達から大賢者を除いた英雄分、五人を選定し、封印強化のための儀式を行うことになっている。
『選ばれた五子孫』(パールセレディアン)は必要なときに大賢者自身がその年の学園の生徒達から選ぶことになっている。
ある意味この選定作業のために学園が存在しているといってもよいかもしれない。
代々の理事の長にのみ、大賢者の遺産部屋の存在と共にその存在が伝えられてきた。
そして、これらの情報の伝達方法こそモーリスが少年を大賢者だと認める最大の理由だった。
パールセレディアンの選定の様子は、代々の理事長に“記憶”として引き継がれている。
どのような仕組みかはわからないが、過去の理事達の記憶、しかも選定の様子のみが事細かに記憶として流れ込んできて、その頭の中の記憶でどの過去においてもこの少年が指揮を執り、選定と封印を行っている。
このような高度な魔法を見せられては彼を信じるより他に仕方が無い。

「候補とはいえ、彼らほど『選ばれた五子孫』(パールセレディアン)の条件を満たす人間もおりませんよ。」

学園内で最低のさらにその中でも最高に問題児の五人だが、一応フォローは入れておく。
だが、大賢者の眉間に寄せた皺は解けなかった。

「条件だけを言えばそうだが、もっとも魔力の高いはずのリンティの子孫ですら、私の白魔法の域に達しないというのは、いくらなんでもないぞ。」
「…あなたを基準に考えては流石に生徒が可愛そうです。」
「なにがかわいそうなものか。選ばれたとして、魔力が低くて危険にさらされるのはあいつらのほうだぞ。」

封印を行う際、最も魔族の住む領域に近い場所に行くため、封印からもれ出た低級魔物たちがうようよいるような場所に行くことになる。
その際、命の危険すらあるので、『選ばれた五子孫』(パールセレディアン)にはある程度の強さが求められていた。
そのため、大賢者が自らその資質を認め、封印儀式前に鍛え上げるということが代々繰り返されてきたのだった。

「聖女リンティは白魔法の腕だけは私より遥かに上だった。魂返し、死んだ人間すら生き返らせるんだ。その子孫が白魔法で私に劣っているほうがかわいそうだぞ。…まあ、まだ実物を見ていないから、確定するわけにもいかんがな。」
「実物を見ていない?欠席だったのですか?」
「万年遅刻魔だそうだぞ。その上、今日はサボりだ。」
「…それはそれは。」

流石のモーリスも呆れた顔になった。
学園長からはたいそう問題児の集団だと聞いていたが、これほどとは。
学生時代から優等生だったモーリスには考えすら及ばない世界だ。

「他の連中も大概だぞ。無断欠席、遅刻当たり前。教師を舐め切って、授業にならないわ。
大体、初対面の私に向かって剣を振り回してきた輩もいたからな。」
「…それは、あなたが最初に魔法を生徒に向かって放ったからでは……。」
「ん?なぜ知っている。」
「まあ、一応理事長ですからね。」

五年Zクラスの教室が使い物にならないくらい破壊された理由について学園長から自分に責任は無いことを延々と聞かされたからとは言いたくなかった。

「あれは、事故だぞ。扉の立て付けが悪かったから。押してもひいてもびくともしないし。老朽化してるんじゃないか。」
「…教室の扉は全て引き戸ですが…。」
「……わかっていたわ。引いてもだめだったわ!」
「………。」

モーリスは少しこの少年が大賢者であるという確信が揺れるのを感じた。
それを感じ取ったのか大賢者は慌てたように話題転換を図った。

「だ、だが、驚いたぞ!」
「…?なにがです。」
「私にクラスの担当教諭になれ、など。選定の手伝いをしてくれた理事は今までいたが、逆に手伝いを頼まれたのは初めてだ。」

パールセレディアンの選定の手伝いは学園の理事に課せられた義務である。
選定に関するあらゆることのバックアップをすることをモーリスは課せられている。

「お手伝いは義務としても、依頼をしてはいけない規定はありませんでしたので。」
「……それはそうだな。」
「それに、候補者が生徒である以上、一番近い位置に立てる地位が担当教諭と言う立場です。信頼関係を築くために、良かったのではないかと思ったので。それに生徒達も古の大賢者に教わるなどこれ以上ない幸運ですし。」

実際は、なり手のいなかった担当教諭をたまたまタイミングよく現れた大賢者に押し付けただけなのだが、それは言わぬが花である。

「…ふん、そういうことにしておいてやるわ。」

流石に見抜かれているか。
だが特に嫌そうな雰囲気も無いのでモーリスもそれ以上は何も言わなかった。

「まあ、実際鍛えやすい立場にあることは確かだしな。」
「鍛え…一応指導としておいてください。仮にも教師なのですから。」
「ふむ、大して変わらんと思うが…。まあ、今後の連中の教育指導方針なんだが…。」
「…あまり、無茶はしないでください。一応彼らも我が校の大事な生徒なんですから。昔の諺に『獅子は千尋の谷に我が子を突き落とし、這い上がった子を我が跡継ぎにする』とあるように厳しい指導は強い生徒を育てることが出来るかもしれませんが、下手をすれば潰しかねない危険も孕んでいることも忘れないでくださ…。」

モーリスはそこまで言って口を噤んだ。
なぜか、考えるようにパールディが顎に手を当てている。
その姿にとてつもなく嫌な予感がした。

「獅子は千尋の谷に我が子を突き落としか…。うん。それがいいかもしれん。」
「…はい?」

少年がこちらに顔を向ける。
その顔は不吉なほど晴れ晴れとしていた。

「いや、あいつらが予想以上に軟弱だったから、教育方針をどうするか悩んでいたんだが、たった今教育方針が決まった。」
「…差し支えなければ、教えてほしいのですが。」

恐る恐る聞くと、大賢者は満面の笑みで言い切った。

「後悔するぞ。」
「…聞かなかったことにします。」
「ふん、素直なことはいいことだぞ。」

意気揚々と何かを考え始めた少年を横目に学園の理事長は盛大な溜息を吐いたのだった。
文章を書くのって難しいです。
どうして他の方はあんなに早いんでしょう?
見習いたいです。
では。また次回。
特設頁

大賢者の教室入り口





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