精霊の愛し児
「…仕方ない。」
「え?」
サシャが何事かと見ていると、アポロが人差し指でスライムを指差し、ポツリとつぶやいた。
「火の精霊。手をかして。」
それは呪文ではなかった。それ以上にアポロの属性は火ではない。自分の属性以外の精霊魔法は使えない。だから、彼の行為に何の効果もあるわけはなかった。だが。
ぼっ!
言葉とともに突然スライムが炎上した。
明るい炎がスライムを包み、次第にその姿を溶かし込んでいく。
サシャは唖然とその光景を見つめた。一体何をしたのか。
だが、どう見ても魔法の効果だ。だがそれにしては少々効果が小規模だ。
カールの火の魔法を思い出す。
最弱呪文と称される魔法とて野球ボールくらいの大きさの火の玉を作る。
だが、アポロの出した火はそれよりはるかに小さく、それこそ蝋燭の火程度。
そんな火属性の魔法をサシャは見たことがなかった。
呆然としていると、スライムはその間に完全に燃え尽き、後を残さずいなくなった。地面に少しだけ黒いものが残った程度。臭い匂いもなく実に良い倒し方だったといえる。
だが、倒し方よりも、どうやって倒したのかがサシャには気になった。
「…アポロ。何をしましたの?」
「ん、火の精霊に、頼んだ。」
なんでもないことのように言うが、サシャにはそれがとんでもないことに思えた。
「…もしかして、アポロは精霊使いですの!?」
精霊使いとはその名の通り万物に宿るといわれる精霊を自在に操る天賦の才の持ち主である。魔法の形式とは異なり、精霊を呪文で拘束してその力を動かす魔法とは異なり、純粋に精霊に愛される気質の彼らはその願いで精霊を操るという。
そのため、彼らの行う奇跡は非常に柔軟性に富み、先ほどアポロが出したような魔法では出しえない小さな火から、全てを一瞬で焼き尽くす炎など、火力調節がかなりの範囲で自由に出来る。もちろん他の属性も同様である。
通常、自身の属性の精霊にのみ愛されることが多いため、一つの属性しか使えないが、中には複数の精霊に愛される人間も非常に稀有だがいないことはないらしい。そういう人間を特別に精霊の愛し児という。
だが、ただでさえ精霊使いというのは稀な存在である。世界にそう何人といない存在だ。そしてその中でも稀有な存在が精霊の愛し児である。
アポロの属性は確か風である。その彼が火の精霊に恵みを乞えるというのは彼が精霊の愛し児である可能性が高い。
だが、精霊使いはその身柄は見つけ次第、大陸連合に登録され、英才教育をされるという。もし彼が精霊使いであり愛し児であるのなら、いくら王族とはいえパールディー魔法学園になどいるはずがないのだが。
サシャの疑問に、アポロが少しの間だけ逡巡したが、静かに口を開いた。
「…違う。」
「え?でもその力は。」
サシャは戸惑った。
精霊使い以外にあれほど鮮やかに精霊の力を使える人間がいつとは思えない。
だが、アポロは首を横に振った。
「…この力は、むしろその対極にあるものだから。」
「?…対極?どういうことですの。」
サシャの質問にアポロは少しの間答えなかった。
だが、その間はアポロが答える機会を失わせるには十分な間になった。
ごっ!
突然、部屋の隅においてあったベットがものすごい勢いで宙に浮いた。いや、吹き飛ばされた。
「っきゃああああああああああああ!」
その吹き飛ばしたものを見てサシャが今度こそ絶叫を上げた。
大量のスライムが噴水のようにベットの下に空いた亀裂から噴出していた。
サシャの立っていた場所にも噴出したスライムが降ってきたので慌ててそこから離れるが、尋常じゃない勢いに部屋の隅に避難する。だがスライムの勢いは止まることなく、どんどん部屋を埋め尽くしていく。その様子をサシャはアポロにしがみ付いて震えていた。
「あああああ、アポロ!またこいつらさっきみたいに火で消し…。」
だがアポロは彼にしては厳しい顔で眉根を寄せた。
「無理。今、この空間、ううん、塾自体、精霊少ない。それに、ここでこの量を燃やしたら俺たちまで丸焦げ。」
「そ、そんな!」
話している間もどんどんスライムは増殖してくる。
だが扉が閉められている以上逃げ場はない。
絶望感からか涙が浮かんでくる。
スライムに押されて圧死なんて末代までの恥、というより、どんな死により最低だ。
サシャは運命の神を盛大に呪ったときだった。
ばんっ!
突然鉄製の扉が内側に向かって吹き飛んだ。そのままの勢いでスライムの噴水出口まで飛んだかと思うと重たい音を立ててそこを塞いだ。重たい鉄製の扉だ。それまで勢いよく噴出していたスライムたちも流石にその重さには負けたようで、何度か鉄の扉がゆれたが、やがてスライムの噴出は収まった。サシャは呆気にとられた。
「た、助かった?」
それでも部屋には噴出した後のスライムもたくさんいて身動きは取れないが、これ以上増えて圧死というのは避けられた。だが、
「…いや、もっと悪い、かも。」
アポロの声にぎくりとする。
「ぐるるるるるる…。」
つい今しがた開いた扉の奥から獣の唸り声が聞こえた。獰猛そうな声に背中に汗が伝うのを感じる。
魔物の声だ。
扉のすぐそばの壁に張り付いているのでその姿は見えない。
だが鉄製のあの思い扉を吹き飛ばすほどの力の持ち主である。強い魔物に違いない。
サシャは自分の身体を見下ろした。当たり前だが武器などない。
あったとしてこの魔物に対抗できるとも思えなかった。
(どうやら神様はどこまでも今日という日に私を殺したいみたいですわね。)
最早自棄気味に思う。横をちらりと見る。
同じように壁に張り付いたアポロの姿が目に入る。
それから同じ顔をした親友の姿を思い出す。
(…せめて彼だけでも逃がしませんと。)
彼には泣くだろう家族がいる。対して自分は親からも疎まれている。
天秤にかければどちらが生き残るべきかは歴然だ。
不幸中の幸いというべきか、扉から感じる気配は複数はいない。そんなに気配などに敏感な方ではないがそれくらいはわかる。捨て身でかかれば、一人を逃がすことくらいできるかもしれない。
「…アポロ。」
「…?」
名を呼ぶと無表情な顔が目に入る。
考えていることを悟られ、とめられないように少し微笑んでみせる。
「…三秒数えたら、あの扉からまっすぐ逃げてくださいましね。」
言い終えるや否や、サシャは扉に向かって飛び出した。
「…っサシャ!」
後ろからアポロの声が聞こえたが、無視する。
果たして目の前には黒い獣の魔物。いかにも高位の魔物らしく美しいビロードのような毛並みの美しい魔物だ。
武器があってもとても敵いはしないだろうことはわかった。
だが。
「死ぬ気になった乙女に敵うなんて思わないことですわよ?」
サシャは不敵に笑って、獣に飛び掛った。
ほい!ほいほい更新終わり!
とりあえず、これで書き溜め分終わりです。
精霊使い。魔法と精霊使いの差。
いろいろ説明が難しいです。
さて、次もできるだけ早く出すようにします。
が、どうなることやら。
つづく〜。
特設頁

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