乙女の力
「だから!何の話かわからないっていっているでしょ!?」
ひときわ大きな声が聞こえた。チェルシーの声だ。その声に苛立ちのようなものを感じて沈んでいた意識が少しだけそちらに向いた。
扉の前のチェルシーを見ると、まだ相手と話をしているようだ。
「…だが、お前…考え…い。お…の組織のメンバーな…う?…な辺鄙な時…んて…いでは…?」
声を上げたチェルシーにつられてか相手の声が少しだけ聞こえた。
言っている内容はぽつぽつとしか聞き取れないが、どこかで聞いたことのあるような声だ。
だが思い出せない。声のトーンから男だというのはわかるのだが。
だが、それを思い出そうとするほど頭が働かなかった。
言われた言葉がショックだった。下手に望みをかけた分だけ落胆がひどい。
チェルシーがくれたのはサシャが求めていた具体的な魔法を使える方法などではなかった。
その言葉が、まるで大賢者自身が言ったみたいに頭の中で再生される。
『自分の無力を知ること。』
何もかもを知っているくせに、何も知らないような子供の姿で一番大事なことを教えてくれない大賢者の意地悪な笑い声が聞こえてくるようだ。
無力でいたくないという自分に無力を思い知れという。
これほどタイムリーに絶望のどん底へ落とされるような言葉を伝えられるとは。
大賢者の陰謀を感じてしまう。
一体なんなのだろうと思う。それほど意地悪されるほど自分は彼に何かひどいことをしたのか。
確かにいつも口答えをしたり、授業中騒いだりしたけど、それは他のZクラスの生徒達全てがやっていることだ。
考えている間もチェルシーと男の会話は続く。
「そんな組織って知らないわよ!それにそれを言うならあんたじゃないの?」
「…組…ない。もっと別の…。そう、異端…魔法のような…。本…禁忌…ないの…な。」
「くどいわ!知らないっていってんでしょ?」
「だが、本…しか…。ま…。言わない…い。来い。…聞ける…してやる。」
「っ!やだって言ってんでしょ!」
突然扉の隙間から伸びてきた腕が、チェルシーの腕を掴むと力任せにチェルシーを連れて行く。チェルシーは抵抗しているけれど、だが力の差があるみたいで、最後には引き摺られるように扉の隙間から外に出されて、扉が閉まると同時にその姿が見えなくなる。
サシャはその光景を呆然と見ていた。
「…サシャ。」
アポロが自分を呼ぶ声が聞こえた。
「…なんですの?アポロ?」
何もかも億劫になって、投げやりに答えを返す。そのときになってアポロが口を塞いでいた手をどけて自分を拘束していないことに漸く気がついた。
「…チェルシー、連れて行かれた。」
「…それがどうしたんですの?」
自分でも驚いたが、そんな冷たい言葉しか出てこなかった。
「…?サシャ?」
怪訝そうなアポロの視線を受けるが、サシャは気にせず、膝を立ててうずくまった。
もう何もかもが嫌になっていた。無力な自分も。それを知らしめようとする回りも。
どれほどもがいても何も出来ない。存在が否定されたようで絶望する。
「連れて行かれたからって、なんですのよ。それで私たちに何ができるって言うんですの?なにをやっても変わらない。」
どうせ何もをやっても何も変わらないのなら、何もしないほうがいい。これ以上傷が広がる前に。
「私は無力なんですわ。」
そんなサシャを後ろから何も言わずに見ていた、アポロだが、すっと腕を持ち上げた。
「っ!だっ!」
突然後ろから後頭部にチョップをかまされ、あまりの激痛に涙が浮いたが、こんなことをされて、黙っているわけにはいかない。
「なっ!アポロ!何すんですのよ!」
振り返りざま、裏拳で返す。だが、反撃を読まれていたのか、それは既に構えていたアポロの腕に捕らえられ反撃は阻止される。
「っ!」
いつもどおり平然とした様子のアポロに恨みがましい視線を向ける。
「まったく!なんてことをするんですか!レディの頭を殴るなんて。」
「…殴ってない。チョップ。」
「っ!…同じことです!」
怒ると、珍しく困ったように眉を下げた表情を作る。無表情の彼には珍しい。
その姿に毒気を抜かれて、サシャは溜息を付いた。
「…貴方らしくないですわよ。」
メントスならわかる。あれはバカだから男とか女とか気にせず、叩いたり殴ったりを平気でする。…その分、倍返しは必須だが。
だがアポロは、決して女性に手を上げたりする男ではなかったはずだ。
いや、女性に限らず、男性にも。
手をあげたといってもまあ、軽い小突きぐらいかもしれないが。
それでも誰かに対してそういった行動をすることを見たことがなかった。
殴ったり叩いたり。時々男子同士でのじゃれあい程度のそういった光景すら見たことがなかった。
「…でも、サシャは、らしい。」
その言葉に目を見開く。
アポロは今は直っているが先ほどまで傷のあった頬を指差す。
「サシャ、椅子投げた。ここに傷、あった。」
その言葉に流石にさっと血の気が引いた。非難されているように聞こえて肩をすぼめて俯いた。
だがアポロはそんな様子のサシャに構わず更に続けた。
「赤くなった。血が出た。変わった。」
「…?」
何を言いたいのかわからず、眉をひそめる。
だが、珍しくアポロは言葉を続けた。
「サシャがしたこと。投げてあたった。痛かった。…変わらない、嘘。」
「…っ!」
漸く。そこでアポロの言いたいことを理解して、更に目を開く。
「サシャ、悲しい。俺も悲しい。心も変わる。変わらないなんて、ない。…サシャは無力なんかじゃない。」
サシャはアポロの言葉に顔を落としたまま動かなかった。
その肩が震えているのに気がついてアポロがその肩に手をやろうとしたときだった。
突然、サシャの拳が唸り、アッパーカットが飛んでくる。
すっかりの不意打ちにアポロの顎にヒットして、ひっくり返る。
目の前に星が舞った気がした。
倒れたアポロを見下ろしながら、地獄から響くような低い声でサシャがつぶやく。
「…そのために殴ったりしたんですの?レディの頭を。」
「……。」
「アポロもわかっているはずですわよね。私は殴られたらただで起きる女じゃございませんのよ?殴られたら、やり返すし。倍返しは当然ですわ。それはわかって殴ったんですわよねえ?」
目元を暗くし、口元にだけ笑顔を貼り付けたサシャの様子に、流石のアポロも無表情ながら、少し顔を白くした。そんなアポロにサシャは暫く無言で見下ろしたが、暫くして溜息をついた。
「…と、メントスが相手ならそう言うのですけど。アポロならさっきのだけで免除しましょう。」
そう言ってアポロから視線を外すと、アポロはその視線の重圧からを介抱されてこっそり息をついた。
そんなアポロをサシャは横目で見た。
「まったくそんなことを言うためだけに、レディに手を上げるなんて。万死に値しますわよ?」
「…やっぱり無力じゃない。」
「何か言いまして?」
「…ごめん。」
アポロが素直に謝る。身を縮めてしおらしい姿に毒気を抜かれる。
こういったところがメントスとの違いだ。
「…まあ、いいですわ。さて。そんなことより、チェルシーを追わなくてはね。」
「…!サシャ。」
「…何を驚いてますの?」
アポロの言いたいことは伝わった。
こんな無力な自分の力でも何かしらすれば何かが変わる。
それは、白魔法が使えようが使えまいが関係ないのだ。今までは白魔法が使えないというだけで何もかもが出来なくなっているような気がしていたがそうではない。
サシャは改めて拳を握り締めた。
「無力な乙女の力でもなんとかなることもあるってことを大賢者とあの黒魔術バカに思い知らせてあげませんとね。」
くくく、と腹のそこから笑いが込み上げるのを押さえられない。
自分を貶めたアッセ。
それに散々自分を惑わしてくれた大賢者の言葉。
まあ、惑わす意図があって言われた言葉なのかはわからないけれど。
とりあえず復讐の相手はその二人に決めたほうが何かと考えやすい。
ともかく何かをやらなければ、なにも始まらない。
復讐は乙女の原動力だ。サシャはいまだかつてないほど力がみなぎってくるのを感じた。
とりあえず連続アップ!
出来るときにしておきます。
さあ!加速度アップ!
乙女度もアップ!…若干乙女の定義を間違えているような気がしないでもない今日この頃。
つぬく!
特設頁

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