治療者
「っ!何でこんなところにい…。」
思いがけない再会に驚いて、思わず大声を上げようとするが、突然チェルシーの小さいが鋭い声が飛んできた。
「しーっ!あんまり大声出さないで。見つかるとやばいよ。」
「っ!…。」
チェルシーの声が、緊張感に満ちていて、サシャは黙った。
じっとしているとチェルシーが横を向いて聞き耳を立てている。
一体何に警戒しているのかわからずに、チェルシーの視線を追う。
だが、ここからは壁があり、死角になっているので少し身を乗り出して驚いた。
落ちてすぐにはわからなかったが、暗さに慣れたきたせいでぼんやりと周囲の風景が見えるようになっていた。
そこには鉄製の格子が嵌った扉が合った。
石造りの窓のない空間。それはまるで。
「牢屋…?」
隣でアポロがポツリとつぶやく。
周囲に目を向けると、そこは存外手狭な空間だった。石造りの空間には簡単なベットがすえられ、それ以外に家具はない。
サシャたちが落ちたのはその部屋の壁面の一部窪んだ箇所だ。
チェルシーは地べたに座っており、聞き耳を立てていたが、漸く安心したのかこちらを向き直った。
「…ふう。ま、気付かれてないみたいだね。…改めてお久しぶりかな?二人とも。」
片手を挙げて、場所に似つかわしくない挨拶をされて困惑する。
チェルシーを最後に見たのは一昨日だ。
「久しぶりって…まだ、そう日は経っていませんわよ?」
「そうなの?…こんな日の差さないところにいると時間間隔狂ってきいてるかもね。」
チェルシーが顔を顰める。その顔が存外疲れている様子なのが、サシャは気になった。
そう言えば、先日話をした時に、チェルシーが『七番目の英雄』の話をしていたのを思い出す。チェルシーはこの塾に入塾する予定であったはずだ。
だが、それにしてもなぜこんな牢屋みたいな場所にいるのか気になった。
「チェルシーはどうして…。」
だがそれを言い切る前にチェルシーに遮られる。
「ちょい待ち。…アポロ。君、怪我してる?」
「え?」
チェルシーがアポロの顔を見ているのを見て、サシャはぎくりとした。
それはサシャがつけた傷だ。そして直すことも出来なかった傷。罪悪感が胸に重くのしかかった。だが、そんなことをまったく知らないチェルシーはアポロに近づくと頬の近くに手を翳した。
「ちょっとじっとしてて。」
「っ!」
二人がチェルシーの様子を見守っていると、チェルシーは何事かもごもごと何かつぶやいたかと思うと、魔法を発動した。
「治療」
サシャが驚いてみている前で、チェルシーの手からかすかな光が湧き上がり、アポロの傷口付近を包む。柔らかく暖かな光が収束する頃にはアポロの傷口はなくなっていた。
「はい。もういいよ。」
治療を終えると同時に離れるチェルシーに、サシャは呆然とした。
「チェ、チェルシー、貴女。白魔法が使えましたの!?」
驚いているサシャに、一瞬きょとんとしたが、チェルシーは得意げに笑った。
「そうだよ。すごいでしょ?」
「じゃあ!貴女の過去をアポロが知っているということですの?!」
勢い込んでサシャが聞くと、チェルシーの顔にクエッションマークが浮かんだ。
「は?どういうこと?」
「だって!貴女の魔法がアポロに利くということはそう言うことなのでしょう!?」
サシャは自分の白魔法に対する検証を一気に話す。
「ぶっ!」
話し終わるなり、盛大に拭かれる。
「何で笑いますの?」
一応こっちは真剣に悩んでいるのだ。
それを笑うとは何事だ。
だが、チェルシーは笑い止む気配がない。
「あははははは!だって。サシャ。そんなの明らかにおかしいじゃない?気付かないの?」
「だって、それしか白魔法を使えない理由が思いつかないんですもの。」
「その理屈で言ったら、白魔法を使う人はいつも自分の過去を話さなきゃいけないことになるわよ。サシャはマーブルに白魔法かけてもらったことあるんでしょ?マーブルの過去全部知っているの?」
チェルシーの言い分の正しさにサシャは言葉に詰まって赤くなる。
本当になんであんなふうに思ったのかわからないが、だがそれ以外に白魔法が使えない理由が思いつかなかったのだから仕方がないではないか。
「それは…。じゃあ、大賢者の言いたかったことってなんだったのですの?白魔法が使えるために私に必要なことって。」
「それは…。でも流石に過去を話さなきゃいけないという思考は飛躍しすぎでしょ?」
「それはそうかもしれませんが。」
「…サシャは白魔法使いたいの?」
「当たり前ですわ!」
Zクラスで授業を習っていたときにこんな風に魔法が使いたいなんて思うことはなかった。
あの教室にはマーブルがいて、白魔法を使うのも自分よりうまい人間がやったほうが合理的だなんて思っていた。
もともと、サシャは魔力の強いほうではない。使えても精霊魔法は初級程度。白魔法もおそらくこれからどれだけ特訓しても初級か頑張って中級が使えるかどうかだろう。
だから、必要以上に魔法を覚えることに熱心ではなった。非効率的だという理屈をつけて。
だが、今はその思考が恨めしい。
今更ながらマーブルに甘えすぎていたことを痛感する。
「私は私が傷つけてしまった人を治すことも出来ないんですから。」
「…それって、アポロの怪我ってサシャが原因なわけ?」
チェルシーの言葉にサシャははっとする。
だが、間違いでない言葉に、そして横で心配そうに見るアポロの視線に気付いて覚悟を決めて、頷いた。
「そうですわ。」
「で、それを治そうとしたけど白魔法が使えなかったから、放置していた。それを私が治しちゃったってわけね。」
「そうですわね。」
サシャは迷いなく頷いた。耳に痛い言葉だけど嘘ではない以上聞くのが義務だと思った。
「何があったのか気になるところだけど、それより意外感のほうが強いかな。」
「なにがですの?」
「サシャってもっと大人だと思ってたからさ。いつも余裕を持っていろいろ見てそうだった。それが、すごい突飛な発想で突っ走って、がむしゃらに一生懸命になってるところって想像つかなかったから。」
「っ!…そりゃ、私だって、」
一生懸命になることはあると言おうとしたが、ある思いに行き当たって口を噤む。
本当にそうだろうか。
かつて夢中になって一生懸命に追ったあの男の背中。
周りも見えずに夢中になった。だがそれが裏切られてから無意識にセーブしていた気がする。懸命に努力することを。
だって。
(…だって?)
そこでなぜか思考が途切れた。
その先に何か言おうとしたような気がするが、なぜか思い出せない。
確かになにか考えたはずだ。だっての先はなんだったか本気で思い出せない。
まさか。サシャは自分のおかしさにとある可能性を感じて、血の気が引くのを感じた。
(若年健忘症!?)
まだ十代半ばなのに!とチェルシーたちを無視して勝手に混乱していると、チェルシーがポンと肩を叩いてきた。
ちょろちょろ間が空いてすみません。
もう一個かいているので
そちらが一段落するまで、更新ちょい不定期っぽいです。
一週間以上はあけないようにします。
よろしくお願いします。
特設頁

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