復讐してやるぅ!
「…………。」
「…もう、いいですわ。この話はやめましょう。それより、動けるのならメントスたちと合流…はっ!」
そこまで言って思い出した。
そう言えば、自分がアポロに怪我をさせて、ベットなどで寝込む羽目に陥らせたのではなかったか。
思わず、さっきまでの険悪な空気を忘れて、立ち上がって、アポロに向かう。
「アポロ!」
「…なに?」
「痛いところはない!?」
「………。」
アポロがぽかんとした顔をした。
だが今度はそんなこと気にならならず、サシャはアポロの頭を鷲掴みに外傷を探った。
「ごめんなさい。私、見境なく椅子なんか投げて、貴方にそれが当たってしまって。目が覚めただけで私ったら安心して。どこかいたいところは?打ったところは無くて?」
わさわさと、綿雨みたいにふわふわのシルバーブロンドをサシャはいじった。
外傷は、特になさそうだが、打ったところが頭なだけに油断は禁物だ。
「…頭、痛い。」
「え!やっぱり。椅子があたって…。」
半分涙目で見ると首を振られた。
「違う。サシャが頭、つかんでいるから。」
「きゃあ!ごめんなさい!」
慌てて手を離すと、さらに驚いたような顔をされた後。
「……………。」
「…今、笑いましたわね。」
「…何のこと?」
しれっと、無表情チックな顔をしてもサシャは騙されない。自分の必死さが笑われたと思って、アポロを睨んだ。
「まったく貴方ときたら嘘ばかり。からかったのでしょう?ええ、そうでしょうとも。馬鹿にして!心配したのに!」
「…なんで…?」
「え?」
「なんで、サシャは俺の表情が読めるんだ?」
心底不思議そうな様子に思わずぽかんとなった。
「…当たり前でしょう。何年一緒にいると思っているんです?」
「でも、他の人たちは俺のことよく無表情とか言う。」
「…まあ、それは否定できないのでなくて?」
「そう?」
「でも、わかりますわよ。友達ですもの。多少変化は乏しいけど、少し表情くらい読めますわ。」
少し臭い台詞に照れたが、そう請け負ってやると、なにか考えるようにアポロがつぶやく。
「…友達…俺、の。」
「…アポロ?」
そのまま、アポロは口を噤んでしまう。その表情は既にいつもの無表情に見えたが、なぜか何かに耐えているような気がするのは気のせいか。苦しそうな様子に顔を覗き込む。
「…………。」
「ねえ、アポロ。やっぱりどこか痛い…。」
「サシャ。」
次の瞬間、するりと表情を消してこちらを見たアポロのどきりとする。
意図的に消された表情に思わずたじろぐ。
「な、何ですの?」
「もし、俺に怪我をさせてのが悪いと思っているのなら、一つだけ教えて。」
「え?」
突然、そんなことを言い出すアポロに驚いていると、アポロがポツリポツリと言う。
「さっき、話していた、あの男。してた黒魔法。それは、なに?」
突然、のことに驚いて一瞬何のことだかわからないが、それがルーディ、アッセのことだとわかり、一瞬かっとなる。
「あの男のことなど!どうして!」
「…答えて。」
なぜか有無を言わせないその言葉の響きに戸惑いながらも、逆らえず記憶を引き出す。
「…確か、肉体強化の術でしたわ。しかも、自分の体に他の動物の細胞を埋め込んで結合し、新たな力を得るとかいう。」
いつも顔色の悪かったスーディ=ノルン。
彼はやはり生来身体が弱く、普通の人間では軽い風邪で終わるような病状でもいつも死に掛けたりしていたらしい。あまり内臓も強くないらしく、そう長くは生きられないとずっと医者に宣告されて生きてきたのだとあの事件の後知った。
そのため、自分の身体を強化して生き延びようと黒魔術に頼った。
黒魔術は全てがとは言わないが、そのほとんどが大陸連合から禁呪扱いされている。
理由は簡単だ。黒魔術はその威力は絶大だが、その術式のほとんどが動物の血や命を必要とする。大量の動物、時には人を犠牲にされる。
魔族という強大な敵がいた時代にはそれでも必要と研究されて発展してきた分野だったが、そんなものはこの平和な時代に必要ない上に人道的にも見て不必要として、禁止されたのだ。
「確か術の名は…。」
「……合成魔法。」
「っ!そう。そうですわ!…なぜ、アポロが知っていますの?」
アポロから聞こえた単語に驚くけれど、アポロは首を軽く振っただけで答えなかった。
「…ん。ちょっと。…それより、スーディ、どうなったの。」
いぶかしみながらも記憶を辿って答える。
「…あまり良くは覚えていませんけど。確か街の裁判にかけられて追放されたはずですわ。もちろん教員免許も剥奪された上で。」
大陸で教鞭をとるためには大陸連合の管轄する教育委員会が全大陸一律で使用できる教員免許が必要である。
それが剥奪されれば通常、大陸で教職に付くのは不可能だ。
もちろん塾は私営のものなので教員免許は必要ないのだが、ほとんどの塾は学校に準じる機関として、自ら進んで、講師は教員免許取得者に限っている。
「だから、こんなところであの男と再会するなど思いもよりませんでしたわ。…でも、これは一種のチャンスだと思うのですわ。」
「チャンス?」
「復讐ですわ。私、今思えばあの時あの男に対して何の弾劾もせずにいました。それが今でも少し心残りだったんです。ですが、ここであったが百年目。あの男がこんなところにいて何も悪事を働かないわけが無い。ここで奴の悪事を暴いて、一気にあいつを社会的に抹殺してやりますわ。二度と再起できなくらい。」
ふふ、と邪悪に笑うサシャに思わず、アポロが気持ち身を引く。
だが、サシャは気にせず、アポロに笑いかけた。
「アポロはあいつの悪事を暴くの、絶対協力してくださいますわよね。」
最早疑問系ですらない、断定口調は絶対的なアポロへの信頼だ。
Zクラスは、頭は馬鹿だろうと、クラス間の絆は強い。サシャのこういった大人への復讐をアポロが断ることはないと思っていた。だが、アポロがつぶやいた次の言葉に固まった。
「………でも、サシャ。あの人、アッセ、本当に、スーディ?」
一瞬何を言われたかわからなくてきょとんとする。だが問われた意味がわかると、サシャは激怒した。
「あいつは、あいつを、私が見間違えるとでも!?いくら名前を変えても、姿が少し変わっていても忘れはしませんわ!私にはわかる!あの男はスーディ!あの人を馬鹿にした笑みは忘れませんわ。貴方は私を疑いますの?」
だが、アポロは、首を振る。
「サシャ、疑っているわけじゃない。ただ。」
だが頭に血が上ったサシャはアポロの声を遮った。
「嘘!どうせ貴方も私を馬鹿にしているんでしょ!?人も見分けられない馬鹿だって。」
「そうじゃない。」
「もう、いいですわ!だったら私一人でやりますわ!みてらっしゃい!」
サシャはそのまま踵を返して保健室を出ようとする。
その背中にアポロが声を掛けた。
「あ、サシャ。」
「…なんですの!今更止めても…って、きゃあ!」
足元に合ったスツールの存在に気付かず派手に躓く。
がしゃんとスツールが倒れる。
そのまま右にバランスを崩し、だが、身体を支えるために壁に手をついたときだった。
「え?わっ!」
手を着いたとたん壁はサシャの身体を支えるどころかぐるりと回って壁の向こうにサシャを飲み込んだ。
「サシャ!?」
慌ててアポロが、手を伸ばすが、わずかに手が届くものの、勢いのついたサシャの身体を支えるにはアポロの体制も悪すぎた。
「っ!」
そのまま二人とも壁の裏に吸い込まれるようにして消え、回転扉も何事も無かったかのように閉じる。
最後に誰もいない保健室だけが取り残されていた。
特設頁

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