…っていうか、ちょっと待て。
…っていうか、ちょっと待て。
ひとしきり泣いて、少しだけ現実に意識が戻り、ふと考えた。
一体いつアポロは目を覚ましていた?
サシャは背中に大量の汗が伝うのを感じながら、聞いた。
「…アポロ。貴方、一体いつから起きていましたの?」
「…ん。…『……アポロ。…私はね…。』くらい。」
それではほぼ最初からではないか!
サシャは羞恥心に顔を真っ赤にして怒鳴った。
「どうして、起きていることを知らせてくれなかったんですの!?」
「サシャ、勝手に話し出した。」
「そういわれると、確かにそうですけど!でも!」
顔から火が出そうだ。
恥ずかしすぎる。自分の過去のことなど語るなど、本当に誰か殺して欲しい。
寝ていると思っていたから、話していたというのに。
思わず八つ当たりする。
「話してても、反応するとか、話しかけるとか!最後まで寝た振りなんて!悪趣味ですわ!!」
「…ごめん。」
アポロが素直に謝る。
その素直さに思わずぐっと黙る。
アポロの見た目は子供っぽい。
姉も年相応に見えないが、この弟も同じ顔をしているので、ともすれ、本当に下級生と混じらせても違和感なさそうだ。ただ、姉と違い表情に乏しい彼が、姉ほど子供のように見える場合が少ないと言うだけだ。
なんだか年下をいじめているみたいで思わず罪悪感を抱かせる。
「う…。」
「サシャ、なかなか自分のことを話したがらない。だからちょっと聞いていたかった。サシャのこと知りたかったから。」
多少表情が読みにくいが、なんだか子犬が耳を垂れてしょげているようなイメージがダブり、詰る言葉が急速に詰まる。
だが、それでも言わなければならなかった。
「そんな顔してもだめですわ!話のこともあるけど、こっちは心配したんですからね!起きているなら起きているとすぐに言って欲しいものですわ!」
「…っち。」
「…なにか舌打ちが聞こえた気がしたんですけど。」
「気のせい。」
絶対嘘だ。
騙されなくて良かった。この見た目子供っぽい姉弟は甘い見かけによらず、結構中は黒い。
外見で騙される人は多いが、サシャもそれなりに付き合いが長いので、多少は見抜ける。
「ともかく、忘れてくださいまし!さっきの話は夢。幻、蜃気楼!何も見てない聞いてない!よろしいですね!」
「やだ。」
「なぜですの!?」
乏しい表情の中に駄々子のような不機嫌そうな色を見つけ、サシャはいらいらした。
聞かれたくなかったことを知られて、そりゃこっちが勝手に話しただけだけど、猛烈に恥ずかしくてそれが不機嫌に拍車をかける。
サシャの話したことはアポロにはそんなに重要なことではないはずだ。
たかだか、クラスメイトの過去だ。それがどれだけ滑稽で恥ずかしい過去であろうが。
言った本人が忘れろと言っているのだ。それに従えばいいのに。
「ともかく忘れなさい!わかりました!?」
もう一度、念押しのように言う。するとアポロがまっすぐこちらを見た。
きらきらのビー玉のような瞳だ。どこか全てを見透かされているような気がして思わずどきりとする。アポロが静かに言葉をつむぐ。
「…サシャ。いつも無理してた。」
「…してませんわよ。」
学校はいりたての頃は意識して使っていた言葉遣いも今では既に自分の特徴の一つになっている。元どういった言葉を使っていたかも忘れてしまった。
「大人ぶっていつも俺や姉さんを子ども扱い。」
「…それは実際に貴方達がこどもっぽいからでしょう。」
「そうじゃない。サシャはいつも俺達から、一歩引いたところにいた。」
どきりとする。
「それが寂しかった。」
「…アポロ。」
どこか憂いを含んだような無表情にサシャは少し胸が熱くなった。
アポロがこんな風にサシャを見ていてくれているとは思わなかったからだ。
自分の至らなさで友達に心配をかけていたという罪悪感を感じる。
それと同時に自分を気にかけていてくれた人間がいることへの嬉しさに何か良くわからない感情に胸がきゅうっと暖かくなる。
が、次の言葉で全て吹き飛んだ。
「…て、姉さんが言っていた。」
なぜかむかっとした。
「なんで、そこでマーブルがでてきますのよ?」
「…だって、姉さんが、いつも心配してた。」
「いま、ここにいて話をしているのは私と貴方でしょう?」
「でも、サシャは姉さんの親友だから。」
「…貴方にとって、私は友達ではありませんの?!」
「…っ!」
珍しくアポロの表情が動いた。ひどく驚いたような表情。
なぜだろう。なぜこんな当たり前のことの驚くのか。
そしてなぜそんな顔をされなくてはならないのかわからない。
ひどく苛苛した。なぜ、こんな似非臭い友達ごっこみたいな台詞を吐かなければならないのか。なぜそんな当たり前のことを言わなければならないのかわからなかった。
今更ながら、サシャは気付いた。
「先ほど貴方は私が一歩引いたところにいると言いましたが、むしろそれは貴方がではないんですの?」
「……………。」
既にアポロの表情は元通りに戻っていた。だが、その表情がよりサシャのイライラを増大させる。
「…いつも貴方はマーブルの近くにいて、彼女の影に隠れるようにしている。そしていつも彼女ごしにしか話をしない。」
「…そんなことは、ない。」
「ありますわよ。さっきの言葉が証拠。貴方はどうして私達に近づこうとしないの?どうして、マーブルだけに…。」
「それは、サシャ、関係ない。」
「…っ!」
短い、だからこそ絶対の拒絶の言葉に思わず、身を引く。
アポロが珍しく睨んでいるように見えた。いつもはどこを見ているのかわからない力ない相貌が、睨んでいる。
だが、その様子がどこか怯えた小動物が追い詰められる寸前の敵を見るように見えて、サシャはなぜかそれ以上言えなくなってしまった。
特設頁

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