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愚かな少女は思いました。
それからのことは実はあまりよく覚えていなかった。あえて忘れようとしていたと言うのもある。だが、全てが夢うつつのような出来事のようで記憶が曖昧だ。
ただ、後で聞いた話によるとサシャは男の子を担いだまま、近くの大人に助けを求めたらしい。その後、男は近所の人や国の兵士に捕まり、事件は解決した。
だが、サシャにはそれで終わりでなかった。

「私は死にたかった。あんな男に騙されて友達を危険に晒しました。子供の虚栄心、特別だと思っていた自分。あのおぞましい男にずっと愚かだと思われていた自分。何もかもが嫌で、生きていたくなくて、たまらなかった。」

サシャはベットに顔を押し付けてぎゅっと目を閉じた。
思い出したくない記憶が競りあがって、頭の奥がずんとした。
愚か過ぎて忘れたい自分、子供の頃の記憶など無くなってしまえばいいのに。

「私はそのまま逃げるように学園にきましたわ。学校も卒業間近でしたし。誰もなにも言いませんでしたわ。」

ともかくあの愚かな子供だった私を知る人間の大勢いる町にいたくなかった。
逃げて何の解決にもならないとわかってはいたが、逃れられるのであればどこでも良かった。
そして、誰も以前の自分を知ること無い場所で、サシャは生まれ変わろうとした。

「それまでずっと短かった髪を伸ばして、服装も女らしく改めましたわ。それまで敬遠していた女友達とも出来るだけ付き合うようにしたし、言葉遣いも。」

少し敬語気味の言葉。それはサシャが育った街で一番そりが会わなかった少女が使っていた言葉遣いだ。ともかく、それまでの自分と正反対であれば、それがどんなことでも構わなかった。
それを続けることで、やがて、誰もがサシャの性格を作るままのものだと思うようになった。いつも少し斜に構えて、冷静で年の割には大人びた少女。決して感情のままに突っ走り、誰かを傷つけたりしない。

「それはうまくいっていたと私も思っていましたわ。自分は変われたのだと。今日の今日まで疑いもしなかった。でも…。」

それ以上は言葉にならなかった。
久しぶりに見た男の笑顔に、再びあざ笑われた気がした。
お前は本当に変われたのか。変われるのか。愚かしい馬鹿な子供が。
込み上げる激情を収めることは出来なかった。
変われない自分が嫌だ。過去の感情に囚われる自分が嫌だった。
変わりたくて語っているはずなのに、感情で身動きが取れない。どうしたらいいのかわからず、サシャは子供のように蹲る。
不意に、頭に何か置かれる感触がする。
驚いたが、無性に暖かいそれにサシャのささくれ立った心に染みて心地がいい。
撫でるように動くその体温に思わず、身を委ねる様にサシャは力を抜いてされるがままになった。
声が聞こえた。

「変わらなくいい。」
「……なぜ?」
「サシャ、最初から、悪くない。ちっとも愚かなじゃない、だから、変わらなくていい。」
「…うそ。」

だって、皆見てた。いつまで子供のままでいるんだって。
あの街角で。知らない叔父さんも、よく知った友達も皆。
いつまで特別のつもりだって。怖い目で、情けないものでも見る目で。

「うそじゃない。愚かなんて誰が決める?」

誰が?周りが決める。私をそんな目で見る。
古い町並み、幼いままの友人。怒って殴った大人。
全ては過去の風景。セピア色の記憶の中の相貌。
雁字搦めで動けなかった過去。
でも過去だ。終わったことなのだ。既に私はあの町にいない。

「サシャは変わらなくいい。」
「…でも、アポロに私はひどいことをしたわ。」

そうだ。また男への感情で友人を傷つけてしまった。
感情のまま、突っ走って変わらない自分はまた、ひどいことをした。
こんな自分が本当に変わらなくていいのか。
でも声は優しく撫でるようにささやく。

「あれは、俺が勝手に間に入っただけ。サシャは悪くない。俺達の友達の今のサシャのまんまでいい。」

さらりと髪を撫でられる。
この手は、現在。触れられている自分も現在。珍しく饒舌に、サシャを認めてくれる声は今のものだ。

そっと顔を上げる。
思わず潤んだ瞳にいつも無表情なはずのアポロの少し照れたようなかすかな笑みが写る。
それはいつものアポロよりすこし大人びているけれど、サシャの知っているアポロの、ずっと一緒にいた友人のアポロの顔だ。
なぜかその顔に涙腺が緩む。良かった。目覚めて。良かった。
サシャは顔をくしゃりとゆがめた。

「ごめんねぇ。アポロ。」
「…うん。」

その言葉に安心してさらに突っ伏して泣いた。
ここまでで漸く過去回想おわり!
いい加減話を進めたいがまだ、うごかない。
何も解決はしていない。
続く。
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