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愚かな娘がいました。
「あの男は私の初等学校の教師でしたの。担任教師でしたわ。」

サシャは溜息とともに吐き出す。
あの日、あの衝撃な出来事の後、サシャは学校に行くのが怖くて、暫く部屋に引きこもった。あの視線にもう一度晒されるのが怖かったのだ。
そこに訪ねてきたのが、あの男だった。
スーディ=ノルンという。今はアッセと名乗っているあの男だ。

「最初はまったく印象に残るような男ではありませんでしたわ。初めて会ったときのことすら覚えていませんもの。ただ、今と違っていつも顔色がよくなかったくらいしか覚えてません。」

スーディ=ノルン。
少し猫背気味で、いつもへつらった笑い方をする初等学校の教師を勤める青年だった。
生来、内臓があまり強くないらしく、いつも顔色が黒かった。
ひ弱で暗い印象で、教えることも特にうまいと言うわけでなく、授業内容は普通だった。
サシャにとっては担任だったが、残る印象は初等学校にいた他の教師と代わりなかった。
あの日までは。
あの日のことは今でも鮮明に覚えている。
学校を休んだ生徒を心配するように訪ねてきた担任を両親は快く向かえ、その言葉のまま娘の部屋まで通した。
だが、誰にも会いたくなかったサシャは扉を開けなかった。
だから、スーディはサシャの部屋の前の廊下で、人払いをした上で、そっとこちらにささやいた。

『私はわかっている。君は特別な人間だと。』

それはそのときのサシャにとっては最もほしかった理解の言葉だった。
それまで自分を全て支えてきたはずの『特別』。
それが崩壊しそうで恐ろしくて震えていたときに投げかけられた光のような言葉だ。
だが、それは決して聞いてはいけなかった悪魔の言葉でもあった。

「私は、その言葉であの男を部屋に招き入れましたわ。それから今まで不満に思っていたことを思わず話してしまった。それをあの男は全て肯定するんです。
私は悪くない。悪いのは私を理解できない周りだと。
私はすっかり男の巧みな言葉に夢中になってしまったんです。」

それからのサシャはほとんど男の言いなりに動いた。
あの男がほしいものがあれば、親にねだってなんでも買ってあげた。頼みごとをしてきたときも、深く理由も追求せずに聞き入れ出来るだけのことをした。

「思えば、あれが私の初恋だったのかもしれませんわね。」

初恋。それは普通なら甘酸っぱいような清清しささえ漂う言葉だ。
だが、サシャにとってはおぞましいことでしかなかった。
あの男とのことは全て。

「あの男の欲しがるものはいつも変わっていましたわ。火蜥蜴の干物だとか、雉蝙蝠の卵とか。おおよそ何に使うかわからないものでした。だけど、あの男は私をそれらを扱う怪しい店に連れて行ってささやいたんです。ここを教えるのは君が特別だからだ、と。…今ならその言葉の本当の意味がわかります。」

『君が特別おろかだからだよ。』
きっとあの男はいつもあのどす黒い顔色で自分をあざ笑っていたに違いない。
それでもサシャはあの男に夢中で、あの男の言葉がほしくて本当に何でもした。
男の要求はさらにエスカレートし、いくら貴族とはいえ、とても子供が買えるものではないものまで要求してきた。だが、それでもサシャは何とか親に教材を買うためだとか言ってお金を出させた。

「思えば、私はあの男の金蔓に利用されたわけですわね。あの男にとって、私ほど金があって扱いやすい人間はいなかった。」

しかしそんなことは長く続くわけが無い。
サシャの行動がおかしいことに気付いた両親がサシャにお金を渡さなくなった。
そうなると、サシャはお金を調達するために勝手に両親の金庫からお金を持ち出すようになった。その行動がばれて親との関係も悪くなった。
だが、そのときのサシャにはそんなことはどうでもよかった。ただ欲しかったのはあの男の関心だけだ。あの男がくれる甘い砂糖のような言葉だけだ。
そうしてさらにそのうち、奇妙なお願いもされるようになった。

「男友達の一人を、男の家まで連れてくるようにということでしたわ。私も流石にそのころには男のことを心の奥底では疑い始めていました。でも、どっぷりと男を信じていたいおろかな私は、そう疑うことすら罪悪を感じてしまい男の要求に逆らえなかった。」

男の指定した男友達はサシャの友達の中でも飛び切り顔のいい子で、小柄で天使のような愛らしい顔立ちの少年だった。小柄な彼はよくその顔立ちとともにいじめにあっていたので、見るに見かねたサシャがそれを助けてかばって以来、仲良くなった。
その子を利用することに罪悪を感じたが、男の要求にどうしても応えたかったサシャはその子を騙すような形で、男の下に連れて行った。
その子を連れて行くと、男は喜んで彼女に欲しい言葉をくれた。
満足したが、男がその子に用事があると言って、その子だけを家にいれ、サシャだけを追い返した。

「いつもそうでしたわ。男は絶対に私を家に入れなかった。いつもやんわりだけど絶対に拒否される。不満だったけれど、嫌われるのが怖くていえなかった。だけど、その日は、私の連れてきた男の子を入れた。それが私には許せなかった。」

それでも一度は男の言われるまま引き下がった。だが、その帰りの道中にどうしようもない黒い感情がサシャを襲った。嫉妬だった。
その醜い嫉妬が、サシャを男に嫌われてしまうかも、という思いを凌駕し、サシャは男の家に無断で入った。

「もちろん、鍵は締まっていましたけど、空いていた窓がありました。一応その頃身軽さでは学校の友達の誰にも負けない自負がありましたから、難なくそこから入って、私は二人を探しました。そして、見てしまった。」

男の家は暗かった。昼間だったのに窓を締め切り、分厚いカーテンで部屋中を覆い尽くしていたため、真夜中のような暗さで二人を探し、不意に悲鳴が聞こえた。
その声を頼りに進むと一つの扉があり、サシャは扉の隙間からそこを覗いた。
そこには信じられないことが起こっていた。
真っ黒の布が幾重にもかけられた室内はわずかなろうそくの光で照らされており、その床にはわずかな光を放つ複雑な形の魔方陣が書かれている。
その真正面にはサシャには読めない文字がびっしりと書かれたなかにおぞましい異形の怪物の描かれたタペストリーがかかり、その前にはサシャが男に買い与えたさまざまな奇妙なアイテムが供え物のように並べてあった。そしてその祭壇の中央付近には猫のような獣が首を切られておかれており、その血の滴り落ちる光景から、先ほどの悲鳴はその獣のものであると予想が付く。その中央に何かに対して拝むように黒いローブを来た男がタペストリーに向かって何か呪文のようなものを唱えている。
黒魔術の儀式のように見えた。それもおそらく国が禁止している類の禁呪だ。サシャは魔法に詳しくは無かったが、それでも雰囲気でそれが良くないものであるということはわかった。
やがて、男は立ち上がり何かを取りに行く。そのときサシャは部屋の中央に男の他に何か大きなものが置かれているのが見えた。それは黒い布がかぶされており、その大きさはちょうど少年一人が横たわっているような大きさだ。
そう言えば、一緒に中に入った男の子はどこだろう。もう帰ったのだろうか。
それにしては早い。今思えば、それほど接点の無いあの男の子にどんな用事だったのだろうか。
サシャはそれを見ながら心臓がうるさいくらい鳴るのを感じた。
男が戻ってくるその手には大降りの斧が握られている。サシャは嫌な予感に汗が噴出す。
そのときサシャは自分が弓を身につけていたのを思い出した。

「私、その日、男の用事が終わったら、一緒に狩り行こうと思っていましたのよ。男は動物を狩ることが好きで、でも今思えば黒魔術への生贄だったのでしょう。ですが、そんな狩りに私を連れて行ってくれて、私に狩りを教えてくれましたわ。動くものの先を見越して射抜く。そのことだけが男が私に教えてくれた唯一のことです。」

サシャの予感どおりの行動で男が斧を少年大のふくらみに振りかぶった。

「私はわけがわからなくなって。ともかくとめさせなくてはと思い、弓に矢を番えると、扉を力任せに蹴破り、男に向かって放ちました。」

聞いたことも無いすごい叫びが聞こえた。
サシャはそのとき初めて人に向かって矢を放った。
矢は男の左目に突き刺さり血がぼたぼたと落ちて血の海を作る。
サシャは怖くなった。ともかく、怖かった。
矢の刺さった左の目を叫びながら男が抑えてうずくまる。
ともかく、ここを離れなくてはと思った。
でも、殺されかけた少年をこの男と一緒において置けない。
サシャは勇気を振り絞って少年だろうふくらみに近づいて、布をめくった。
案の定そこには少年がのんきな顔をして眠りこけている。
外傷がなくて安心して、布に包んだまま背負う。少年は小柄でサシャでも何とか背負えた。
ともかく人を呼ぼうと黒い部屋を出ようとしたとき、とっさに足首をつかまれた。
みると、血を流しうずくまったままだった男が血にまみれた顔の間からぎろりとこちらを睨みながらサシャの足首をつかんでいた。
サシャはそのおぞましさにあわ立った。
『なぜお前が邪魔をする?』
男が憎憎しげに呻いた。
『お前の欲しい言葉をくれてやっただろう。おろかなお前の虚栄心を満足してやれるだけの言葉を。何の価値も無いお前を誉めそやした。なのになぜお前は私の邪魔をする。』
男の言葉が信じられなかった。ずっと欲しい言葉をくれた口が自分を詰る。
『おろかな娘。自分が特別だと思い込んで、そうでない現実を受け入れられない。愚かしい人間でしかないお前なのになぜ私の邪魔を…。』
それ以上は聞きたくなかった。
サシャは蹴り飛ばすように男の手を足で振り払う。
かすかな悲鳴とともに男がサシャの足を話した隙に少年を抱えてサシャはその場から逃げ出した。
ちょとだけグロ表現?
まあ、差ほどでもなく?
さてサシャの独白はモスこし続きます。では次回。
もずく。
特設頁

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