昔々。
「私はずっと自分を特別な人間だ思っていたの。」
頬をアポロが眠るベットに落としたまま、サシャはそっと吐き出した。
ずっと誰にも言えなかった、親にも友達にも、親友だと思っているマーブルにさえも言えなかった過去のこと。
まだ、パールディー魔法学園に入る前の初等学校でのことだ。
アポロは眠ったままだ。
サシャの体制だとアポロの顔は見えない。だが規則正しい胸の上下が見えて眠っていることを確認しながら、サシャは続けた。
「根拠なんて無いわ。考えたことも無かったもの。だって、特別だと思うことが特別だったから。」
サシャはそっと目を閉じた。
それはほとんどの子供が必ず思うことだろう。
何の根拠も無く、自分が特別だと信じている。
そして、普通は年を追うごとに大人になるごとに、そうではないことに気付く。
周りに合わせることを学び、自分の特別だということは幻想だと思い知り、やがて平凡な人間へ変わっていく。
だが、サシャは違っていた。
そのまま信じていた。自分は特別な人間だと。
「今思えば、やはり英雄の子孫ということが影響していたのかもしれませんわね。私はあの伝説の弓匠の血を引いている。分家筋ではありますけれど、王族ですもの。そんな環境の優越感がずっと心の中にあったのかもしれません。」
サシャは今でもそうだが幼いころから女子としては割りと大きな方だった。
活発で下手な同級生の男子より強かった。そのころは男の子みたいに髪が短くて、いつも喧嘩をしては顔に怪我を作っては、母親に叱られもしていた。
「…お母様は私を女らしく育てたかったみたいだけど、他の女の子みたいなおとなしい遊びは嫌いだったのよ。だって人形遊びとかちっとも面白くなかった。戦争ごっこやチャンバラとか、男の子に混ざって遊ぶのが好きだったわ。毎日毎日飽きもせず。怪我ももちろん耐えまかったけど。」
いつも、ただ楽しくて、ずっとこのときが続くものだと信じていた。
だが、子供の時代はやがて終わりを告げる。
どれだけ時間を留め置きたくても、時は容赦なく子供を大人に作り変える。
「年を追うごとに遊び仲間が減っていったわ。やれ、勉強だ。習い事だ。働き口への研修だと。一人また一人一緒に遊んでいた男の子達は私の周りから消えていった。」
初等学校の終わりに近づけば、貴族である彼女はパールディー魔法学園への入学が既に決まっていたが、初等学校に通うものは貴族でない人間もたくさんいる。義務教育を終えてそのまま働く子供も決して少なくはない。そして、悲しいことに彼女の活発な遊びについてこれるのは軟弱な貴族の子弟ではなく、たくましい平民の男の子達ばかりだった。
「…わかっていましたのよ。一応。私の遊び友達が全員が必ずしもまだ、学生を続けられる立場に無いことを。遊んでいたときだって、時々就職先の親方とかが連れ戻しに来たりしましたもの。でも、だんだん減っていくのは悲しかった。」
寂しかった。
こうしてどんどん大人になる周りに、置いていかれる気分になる。
だが、彼女には『自身が特別』であるという思い込みがあった。
それは決して自分は人とは違うという思い込み。
親や大人の言うことを子どもは聞かなくてはならない。だが私は違う。
誰も自分には逆らえない。
貴族であり、王族である彼女には周りの大人は甘かった。
サシャは彼女の親の教育方針により、平民が多い初等学校に通っていた。
だが、そこで彼女は自分の身分を隠したりしなかったし、周りの本家筋からは遠いものの王族の彼女を周りは『王族の姫君』として扱っていた。
担任はわざと簡単な問題を彼女に解かせて大業に驚き褒めたし、大抵の我侭は叶った。
同級生や学校の人間も決して彼女に逆らったりしなかった。
また、体が大きくて力も強かった彼女がけんかをして勝てない相手はいなかった。その性で誰も自分を止められないのは自分が強いからであると思い込んでしまった。
「今思えば、なんて馬鹿な考えだと思うのですけど、当時は本当にこの世には自分の思い通りにならないものはないと思っていましたの。…だから、あんな事件を起してしまった。」
一人一人と遊び仲間が消えていく中で、それでも遊べる時間があれば、サシャと仲間は一緒に遊んだ。その中の一人が、どうやら見習いの仕事中に我慢が出来なくなって、勝手に工場を抜け出していたらしく、サシャたちの遊び場にその彼を連れ戻しに来た大人の男がやってきた。サシャ以外の仲間達はその姿を見ただけでおおよそのことの事情がわかったらしく、無理やりその子を連れて行こうとする男に悔しそうに睨みこそすれ、誰も止めようとはしなかった。
だが、サシャは違った。
連れて行かれるのを、思わずだったのだろうけど、拒んだそこ子を見た瞬間、後先も考えずに、男に殴りかかったのだ。
だが、いくら同年代では体格が大きいといっても子供で、女であるサシャの一撃は男には何のダメージも与えられなかった。
むしろ、殴った拳のほうが痛くて、思わず涙が滲んだ。
それから男はサシャをじろりと睨むと、驚きで思わず固まってしまったサシャを男は激昂とともに容赦なく殴った。
自分にダメージが無かろうと、殴りかかった子供の行為自体に怒り、躾としてサシャを殴ったのだ。
それは平民の間ではごく普通の光景だった。
親ではないが、大人が子供の間違った考えをただすのに、必要な行動。声だけで怒るのだけでなく、体にも覚えこませる。生きていくために必要な我慢の成長を促すための手段だ。
決して行き過ぎることなく一発だけ。だが、決して容赦はしないその一撃にサシャは心底驚いた。
「だって、私、親にも殴られたこと無かったんだもの。それは衝撃的な事件だったの。でもそのときは殴られた以上に衝撃的だったのは、そんな私を見る周りの目だった。」
サシャは仲間達はきっとその男に怒ってくれると思っていた。仲間である自分は同じ仲間が無理やり連れて行かれそうになったのを止めようと殴りかかっただけ。あくまで自分は悪くないと信じていた。
だから仲間達もその大人の仕打ちに、怒って皆で助けてくれると思った。
「だけど、頬を腫らした私を見ている皆の目にあったは哀れみだけだった。」
なんでこんな視線を受けるのか心底わからなかった。
ただ、殴られた頬は痛いし、何も出来なくて転がっている自分が情けなくて思わず目の奥が熱くなる。でもなんだかこんなことで、人前で泣くのはサシャのプライドが許さなかった。
だから、そんな視線の集中に耐えられなくて逃げ帰った。
だが、その夜は大変だった。頬を腫らして今にも泣きそうな顔で帰ってきた娘を見て家人は仰天して大騒ぎになったのだ。
とにかく、サシャは一人になりたくて夕飯も取らずに、自室に鍵をかけて引きこもった。
自分を心配する親や召使達がかわるがわるサシャの様子を見にきたが、それでもサシャは誰にも会わずにただベットの中でじっとしていた。
サシャはそっと目を開いた。
目の下にはベットのシーツの皺が見えた。
サシャの当時のもぐっていたベットよりもっと簡素なものだ。
あの頃よりずっと大人びた瞳で頬を突いたシーツの皺を追いながら、溜息を吐く。
「私はあの夜。その日に会ったことを考えましたわ。
どうしても自分が悪かったとは思えなかったから。
自分が絶対に悪いわけは無い。だって自分は特別なんだから、と。」
でも、周りの反応はサシャが望むものとは違った。理不尽に殴られた頬。哀れみを含んだ友達の視線。どうしてそんな反応をされなければならないのだろう。
まるでサシャのしたことが間違いだったように。
一人になったことでサシャはその晩は泣いた。泣きはらした。
そんなに泣いたのは生まれて初めてだった。
「思い出しても恥ずかしい。なんとおろかなことだと思いますわ。
自分が哀れで、世界で私は一番不幸だと思って泣いてましたわ。」
自分のやったことが認められなかっただけなのに。
そんなことは割りとざらにあることなのに。
そのときのサシャには世界全てがひっくり返ったような衝撃だった。
それまで支えられてきたなんの根拠もない自信が揺らいで、立っていられないくらい不安になってしまった。
不安で不安で堪らなくなってしまった。
そして。
「そして、そんなときに私はあの男に出会ったのですわ。」
サシャは痛みをこらえるように唇を噛んだ。
ちょっと間が空きました。
すみません。
ちょっとシリアス気味。
笑いが無い=w=;
でも暫くはこのままなので少しだけシリアスお付き合いください。
次回はもう少し早く更新します。
ではつずく。
特設頁

☆小説冊子化します。
イベント配布予定。
詳細は
こちら。
ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
ネット小説ランキング>異世界FTコミカル部門>「大賢者の教室」に投票
アルファポリスにはコンテンツ登録しています。
よろしければ下のタグをぽちっと投票お願いします。。