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おかしな授業風景
教室に入るなり、メントスたちはその異様な雰囲気に思わず固まった。
案内された教室はメントスたちが普段学園で使っているものより広く、教室と言うより講堂と言ったほうがいいような広さだった。
一番扉に近い位置にある黒板を中心に半円を描くように階段状に配置された備え付けの机と椅子にびっしりと同じ服を着た生徒達が皆、無表情に座ってこちらにその全ての視線が向かっている。
先ほどのマンナが着ていた服と同じような服で、短いマントにドレスシャツ、紺のベストと女子がキュロットで、男子がズボンだ。
そう言えばパンフレットに制服があると書いてあったのを思い出す。
メントスたちは体験なので、学園の制服のままだ。鮮やかな藍色に金のラインの入った制服はこの同じ制服の群れの中で浮きまくっているように見えた。
メントスたちと同年代くらいの少年達だが、担任と一緒に見知らぬ生徒がいるのに一言も無駄口を叩くものはいない。
これが学園なら、全員とは言わずとも何人かは顔を見合わせてひそひそと話したりしてもおかしくないのにも関わらず、誰一人として微動だにしなかった。
まるで等身大の人形がびっしりと教室に居座って、こちらを見ているようで、異様であると同時に恐ろしささえ感じた。

「…これは、これは。」

横で難しい顔でカールがつぶやく。
流石にその異様な光景に飲まれたのか、顔色が少し悪い。
誰かに洋服の裾を引っ張られた気がして目線だけで追うと、マーブルが恐怖に引きつった顔でメントスとカールの裾をそれぞれ握って隠れるようにしている。
だが、こちらの様子に構うことなくアッセが手を打った。

「はい、注目!」

別に言わなくてもこちらに注目していたと思うのだが、そこを突っ込むものは誰一人としていない。
ただ、一斉にメントスたちに向けていた視線がアッセに集中しただけだ。
不気味な視線の集中攻撃を受けているにも関わらずアッセはなんでもないように説明に入った。
図太いのかあるいは鈍いのか。
ともあれあの視線に長く晒され続ける自信はない。
それてくれたのでそっと心の中で安堵の溜息を吐くと、背中につめたい汗が伝うのを感じる。

「前に話したと思うけど、今日から、一週間。塾の体験に来た生徒を紹介する。本来五人なんだが、二人は体調不良で保健室にいる。後ほど紹介することにして、それぞれ名前を。」

促されて三人が名前を言う。
その度に教室中の無機質な視線が自己紹介するメントスたちに集中して、その不気味さに嫌な汗が噴出する。
マーブルなどあまりの恐怖に名前を小さく言っただけで固まってしまった。

「…私は…う、う。」

半分涙目のマーブルが言葉に詰まってしまう。

「どうやら緊張してるみたいだね。彼女はマーブル君。皆仲良くしてやるようにな。」

無機質かつ無表情の視線の中で、朗らかに言うアッセ。
一人にこやかな反応の彼に逆に違和感が募る。

(……一体何を考えてんだ?この男?)

メントスは彼を凝視したが、彼の態度はいたって普通、普通であることがこの場合不自然なのだが、でメントスには何も読み取れなかった。

「さて、自己紹介も終わったし、時間ももったいないから、すぐに授業に入ろう。」

アッセの言葉に一斉にメントスたちに集中していた視線がそれて、机に固定される。
一糸乱れぬその光景にただただ圧倒された。
メントスたちはどこでも好きな場所に座るようにとだけ、アッセに伝えられ、それならば、と一番後ろの机に三人並んで座った。
前のほうはほとんど他の生徒で埋まっていたし、もともと真面目に授業を聞く気などない。
四人掛けの机の端に一人だけ他の生徒がいたが、その横は三席空いていたのでそこに腰を下ろす。
メントスたちが席に着くと同時に授業が始まる。

****

(……ねむい。)

開始早々、メントスは眠気に襲われていた。
先ほどの視線攻撃は強烈だったが、それ以外、授業はまったく学園のものと変わらなかった。
段差で下方に見えるアッセが黒板に板書しながら、それを生徒達が一心不乱に写し取っていく。
無駄口は一切なく、ただ鉛筆の音だけが、カリカリと響く。
塾の授業は大抵学園で教わるものより高度で難解だ。
言っている内容はおそらく学園のものより高等なのだろうが、学園の授業にも着いていけてないメントスにしてみれば学園の授業もこの塾の授業もわからないという点で大差はない。
隣を見ると先ほどまで怯えていたマーブルも眠そうに目を擦っている。
さらにその奥にいるカールに視線を向けると、信じられないことに借りた教科書を見ながら、他の生徒達と同じようにノートになにか書き写している。
メントスがそのノートを覗き込むと、黒板と同じおかしな記号の羅列とそれ以上にみっちりとかかれた文字が見えて、思わず目がちかちかした。

「…ふーん、なるほどね。そこは、・・・そうか…。」

メントスに見られていることも知らず、アッセの板書の合間に挿入される補足すらもカールは写し取っていく。
つぶやく言葉に彼がこの授業内容を完全に把握していることが知れる。
まったくどんな頭をしているのか知りたいくらいだが、それ以上にメントスは前々からの疑問がもたげてくるのを感じた。
(なんでカールはZクラスにいるんだ?)
普段の言動から考えても彼はかなり頭のいい部類の人間だ。
いつだって物知りに、薀蓄を語ってみせる。Zクラスにおいて彼は辞書と影で呼ばれている。
彼に聞いてわからないことはあまりない。
メントスは寮でも同室だから、彼が暇を見つけては分厚い本を読んでいるのを知っている。
その知識は時に普通クラスすら凌駕する。
その彼がなぜ馬鹿の掃き溜めであるZクラスにいるのだろうか。
先ほど、マンナも言っていたことを思い出す。
彼は元Aクラスの人間だったことをメントスは知っていた。
彼はそれを隠したがっている節があり、その隠し方が巧妙なのでZクラスの大半が知らない事実だ。
おそらくそれを以前から知っているのは、いつも一緒にいる五人の仲ではメントスだけだろう。
なぜ、彼はZクラスに落ちたのか。
以前何気なく聞いたことがあったが、彼は話したくなさそうにしていたので、すぐにその話題は打ち切った。
人には聞かれたくないことはある。
メントスも知られたくないことを根掘り葉掘り聞かれるのは、嫌いだ。
だから、それを決して他人にはしないようにしている。
馬鹿だが、それだけは絶対に守ることを誓っている。
なので、こうして疑問に思っても聞いたりしない。
話したくなったら言えばいいと思うし、一生口にしたくないならそれでいい。
それで無理に聞いてメントスとカールの関係が変わるくらいなら聞かないほうがましだ。
大事なのは今、ここにカールがいて、一緒にいて不快でないむしろ楽しい関係であるという事実があるということなのだとメントスは思っている。
目をきらきらさせて授業を受けているカールを邪魔するのもなんだと思い、今度は反対側の人間に目線を移す。
そこにはメントスと同い年くらいの男子生徒がいた。
少し長めの黒髪に丸めがね、少しふくよかな頬のどちらかと言えば童顔の部類に属する少年だ。塾の制服を着ており、他の生徒と同様に授業を受けている。
一心不乱にノートに向かう姿に、メントスは違和感を感じて眉根をひそめた。
なぜか息遣いが荒い。
目は血走り、顔色は土気色。鉛筆を握る手は力を入れすぎているのか白くなっている。
他の生徒も同様なのかと思い、見回すがそんな様子なのは彼だけだ。
もしかして、体調が悪いのか?
そう思い声を掛けようとした瞬間だった。

「なあ、どこか具合が・・・。」
「うああああああああああああああああああ。いやだああああああああああ!!」

突然立ち上がり、少年が叫び声をあげる。
その異様な行動にメントスは面食らって固まった。
少年は立ち上がり様叫びながら、メントスが見る前であろうことか机に頭を打ちつけ始める。

「もういやだ、もういやだああああああああぁぁぁぁ!!」

意味不明なことを叫びながら何度も何度も打ち付ける。

がんがんがんっぶしっ!

やがてその頭から血が噴出し、机を赤く染め上げる。
そこまで来てメントスは漸く我に返った。

「おい!ちょっ、やめろ!」

慌てて少年を押さえ込もうとするが、錯乱した少年の力はすさまじく一人では抑えきれない。
その時、声が聞こえた。

「ラージ、ショート。取り押さえてくれ。」

次の瞬間、メントスは少年の体から弾き飛ばされた。

「うわっ」

思わず床にしりもちをつく。見ると、少年はわめきながら、二人の少年達に取り押さえられていた。
同じ制服のその少年達はそっくりな顔をしていた。
二人がかりとはいえ、メントスすらもはじき飛ばし、錯乱する少年を完全に押さえ込んでいる。すごい腕力だ。
再び声がした。

「オーケー。ラージ、ショート。そのまま彼をメディカルルームへ。」
「「はい。」」

見るとアッセが何でもないことのように、相変わらず笑顔のまま少年達に命令している。
同時に抑揚のない声で従う彼らをみるといつの間にかぐったりとした先ほどの少年を間に担いでいる。
その顔色の悪さと血にまみれた頭にまさか殺したのかとも思ったが、よく見ると少年は浅い呼吸を繰り返している。
異様な光景に身動きが出来ないでいると、ラージとショートと呼ばれた少年達はそのまま何事もなかったかのような足取りで、教室を去っていった。
再び静かになる教室。

「さて、授業を再開しようか。ページは百六十一ページから…。」
「!っちょっと待てよ。」

アッセが再び何事もなかったかのように授業を始めようとしたので思わず声を上げた。

「なんだい?メントス君。」
「さっきのはなんなんだよ。」
「良くあることだよ。」
「良くあること?」
「塾は勉強するための場所だからね。皆、寝る間を惜しんで勉強している。だけど、それがある日突然嫌になる時だってある。一種のノイローゼだね。でも大丈夫。この塾には優秀なカウンセラーがいるから。」

アッセが言うにはそのカウンセラーに話を聞いてもらえれば一発で精神が安定するらしい。
あれほど錯乱していた人間が一発でなんて信じられない話だが、アッセは絶対だとして譲らない。

「だから、大丈夫。明日には彼も良くなって教室に出てこれるから。それよりいいかな?授業を再開して。君のせいで遅れちゃ、周りの塾生に問題が生じるからね。」

そのときになって初めて、メントスは他の生徒が先ほどの騒ぎに何一つ騒いでおらず、黙々と机に向かっていることに気がついた。
あまりの光景に呆気に取られて黙ってしまう。
横を見ると、いつの間にか起きて、一連の様子を見ていたのだろう。マーブルが異様な空気に身震いしている。
カールは難しい顔で何事か考え事をしていた。

「…さて、もう質問はないかな?それじゃあ、再開しよう。ページは…。」

黙ってしまったメントスにそれで話は終了したと思ったのか、アッセが話を打ち切り授業が再開される。
再び、鉛筆の音とアッセの声だけが響く。

(なんなんだよ!この塾は!)

メントスは心の中で悪態づいて、前方を憤懣やるかたなく睨みつけた。
特設頁

大賢者の教室入り口





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