一方そのころ廊下では。
「あんたさ、本当にサシャのこと知らないわけ?」
メントスがそう聞くと、アッセは少しむっとした顔をした。
「知らないよ!本当に。記憶にないし、今日始めてあったばかりだと思うんだけど…。」
あの後、事務の仕事があるとモントン夫人と別れて、アッセとともに教室に向かっていた。
サシャとアポロは気になったが、保健室の場所も知らないので見舞いにもいけず、とりあえず教室に向かっていた。
「だったら何でサシャは怒ったの?そんなに怒りっぽいほうでもないとおもうんだけどね。」
カールが重ねて聞くと、不機嫌な顔をくしゃりとゆがめた。
「こっちが聞きたいくらいだ。なんで初対面の女の子に椅子を投げつけられなければならないんだろう。」
憤慨するアッセを観察するようにカールは目を細めた。
何かを考える雰囲気のカールにメントスが話しかける。
「…カール、どう思う?」
「ま、嘘は言ってないように見えるけどね。ただ忘れているって可能性も残るけど。」
なんせサシャがあれほど激怒するということは珍しい。
珍しいと言うより初めて見たと言ってもいいかもしれない。
いつも大人びた彼女は常に冷静で、いや、冷静であろうとしていた。
その彼女を動転させる何かがこの気の弱そうな塾の講師にあるとは思えないが実際に怒らせているのだから仕方がない。
「人違いって可能性が濃厚?」
「人違いだよ。本当に!何度も言うけど、会ったことないんだってば。」
カールの言葉を聞いていたのか、アッセが心外だとばかりに反論する。
余裕のないその様子にカールは肩を竦めた。
「ま、これを当事者が揃っていないところで話していても水掛け論になるだけでしょ?この話はここまでにしたほうがいいんじゃない。
「まあ、そうだな。」
「…君達が聞いたんじゃないか。」
勝手に完結してしまったカールとメントスにアッセが不機嫌に睨む。
「まったく、最近の子は、…あ。そういえば。」
ぶつぶつ言いながら窓の外を不意に見たアッセが何かに気付いたように声を上げた。
「君達、あの塔についてモントン夫人に説明受けた?」
そう言って窓の外をアッセが指差す。
そこには塾に来るときに見た尖塔がそびえていた。
「あの塔がどうかしたのか?」
塔というものにあまり言い思い出のないメントスが嫌そうに聞く。
アッセが指を立てた。
「あそこへの出入りは絶対に禁止だから。他の子にも伝えてね。」
「…あそこに何かあるの?」
きょとんとしてマーブルが聞くと、アッセは歯切れの悪い答えを返す。
「塾長からの厳命なんだよ。まあ、あそこはこの建物が建った当時からあったもので改修もしてないから危険だからだろう。」
「ふーん。兵霊がでるとか?」
メントスの言葉に一瞬わけのわからないと言う色を浮かべたアッセはすぐになにか合点が行ったと言わんばかりに苦笑いする。
「兵霊って。そういえば君達マンナ君と話をしていたね。知り合いなのか?」
友達かと問われればすぐに反論するが、知り合いと言われてしまうと一応知っている身として反論しにくい。
「ええ、まあ。同じ学校ですし…。」
カールが肯定すると、アッセは少し困ったように曖昧な笑みを浮かべる。
「彼女は、その…学校でもあんな感じなのかい?」
「あんな感じとは?」
彼女が変態だと言うことなら肯定するが、そんな感じでもなかったので聞き返す。
するとアッセは聞きにくそうに、視線をそらせた。
「…なんというか、その彼女には虚言癖があるみたいだから。」
虚言癖。マンナに?
カールの記憶にある彼女はいつでも変態ではあるが嘘は言った覚えはない。
「…マンナがなにか嘘を言っているとでも?」
「だって、兵霊なんて。まったく、いるわけないのに。」
ねえ、と同意を求められて困る。
確かに信憑性の部分では信じられないのはカールも同意するところだが、だからと言ってこの塾講師に同意をくれてやるのはなんとなく抵抗があった。
「…でも、塾生がいなくなっているんですよね?実際。」
「そんなことあるわけないじゃないか。まあ、確かに一晩だけいなくなってしまった子は何人かいたけどみんな翌朝には授業にでてきていたんだから。」
「…一晩だけ失踪してたんですか?」
「失踪って言うのも大げさだけど。ああ、だから幽霊に殺されたなんてのは真っ赤な嘘。彼女も寂しいのかな、そんな嘘まで吐いて注目されたいなんて…。」
「そんな風には見えなかったけど…。」
マーブルが先ほどのマンナを思い出してつぶやく。
マンナはいきなりでてきてサシャの胸をもむような変態だが、常に自信に満ちた行動をしていたし、寂しそうな雰囲気などなかった。
人の気をわざわざ引くようなことをしなくても、いるだけで人の注目を集めるような人間だ。
嘘を吐いてまで人の気を引く必要はなさそうに思うのだが。
そんなふうに考えたマーブルをいつの間にかアッセが哀れむような視線を送ってくる。
「…マーブル君だったかな?人は見かけによらないものだよ。そういったこのケアも教師には求められるスキルだからね。マンナ君のことは僕に任せてくれ。」
まるで自分がマンナを改善できるような口ぶりに偽善的な印象を受けてマーブルはいやな気分になった。
自分を信じて疑わず、子供は全て嘘つきと思っている大人の姿だ。
「まあ、ともかく。おしゃべりはここまでだ。そこが教室だよ。」
視線で示された先には鉄製の扉がある。
ぴたりと閉められた頑丈そうな扉で、おそらくこの建物にあったものをそのまま使っているのだろう。随分と古びた印象を受けた。
まるで牢獄の扉のような雰囲気に思わずたじろぐ。
パールディー魔法学園の教室前で聞こえるような生徒達の活気にあふれた声は聞こえず、薄暗い廊下にただ沈黙だけが横たわっている。
「?どうしたんだい?早く入らないと授業に遅れるよ。」
なんでもないことのように、実際彼にとっては日常的なことなのだろう。
なかなか入ろうとしないメントスたちを怪訝そうに見やって、扉に手をかけ開いた。
開いた先からも生徒がいる気配はするが、やはり声は聞こえない。
「さあ、どうぞ。」
促されて、メントスたちは意を決して、歩を進めた。
扉をくぐる瞬間、アッセが口を開く。
「ようこそ。七番目の英雄へ。僕らは君達を歓迎しよう。」
そして、鉄製の扉はメントスたちを飲み込んでその口を閉じた。
特設頁

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