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探検は秒針つき先導と。
「…塾長。」

話をしている途中で先ほど案内をしてくれた女性が塾長に近づくと何事かを耳打ちする。
するとそれまで穏やかだった塾長の眉間に皺が寄った。
何事かあったのかと思い、耳をそばだてるが、二人の声が小さくて聞き取れない。
女性職員と塾長はなお、二、三言、ひそひそと深刻そうに会話したかと思うと、最後に女性が深く頷いたかと思うと、塾長がこちらを向き直った。

「すみませんな。どうやら新たな予定が入ったようだ。私はこれで失礼させていただくよ。」
「いえ、無理を言って入れてもらった上、お手間を取らせて申し訳ありませんでした。」

相変わらず猫をかぶったマーブルが頭を下げた。
本当は塾長の話など最初からどうでもよかったので、さっさと言ってもらっても何の問題もなかったのだが、その辺は言わないでおくのが花である。

「その代わりといっては何だが、君たちの相手はこのモントン夫人にお願いしたから、これから彼女に塾内を案内してもらいなさい。」

モントン夫人、彼らを頼むよ、と言い置いて塾長がこちらの返事も待たずに塾長室を出て行った。
本当に急ぎの用事なのだろう。
塾長が去った後、横の案内をしてくれた女性がこちらに向き直る。

「改めましてモントンと申します。これから皆様のお世話を一週間させていただくことになります。」

モントン夫人が実に簡単な自己紹介をすると、お辞儀をする。
姿勢がよいのはよいのだが、なぜか動きが角ばって、人形のように見える。
メントスは少しこの女性が苦手だった。
どこか表情の抜け落ちた冷たい印象の女性だ。年齢は詳しくはわからないが、かなり年配にも若い風にも見える。
黒いストレートの髪を一部の隙もなく結い上げ、ややきつい印象を与える赤いフレームのメガネ、シンプルな白いブラウスと真っ黒なロングスカートはタイトなデザインで、いかにも事務職な雰囲気だ。
すらりとしているといえば聞こえがいいが、ただ細いだけの体躯でその棒のような手足がより人形めいて見える。

「それでは皆様。早速ですが、寮にご案内します。先に荷物をそちらに置かれてから、すぐに授業となります。十三時の授業には出ていただきたいので、あまり時間はありませんが、すばやくよろしくお願いします。」

そう言ってモントン夫人がスカートのポケットの中から何かを取り出す。
かちりと金色に輝く開いたものは小さな懐中時計だった。
真剣に秒針を追っているモントン夫人に皆なんと声をかけたらいいのかわからない。

「…は、はあぁ〜。わかりましたぁ〜。」

今までの精悍な外見を裏切らないエネルギッシュな塾長の話を聞いた後で、淡々とまるで感情の混じらない平坦な声で説明されて、調子が狂ったのかマーブルがいつもの調子で気の抜けた声を出して答えた。
時計から顔を上げたモントン夫人はそんなことに気にした様子もなくカクカクと動き出した。

「では、参りましょう。後、一時間三十九分四十五秒で授業が始まりますわ。」
「びょ、秒って。」

秒単位で追い立てられ思わず突っ込んでしまう。
だが、それに一切気にした様子もなく一言そういって、モントン夫人はすたすたと扉に向かって歩き出した。
こちらの返事を待たない様子に、慌てて五人は付いていく。
先ほどの大歓迎気味の塾長とは大違いだ。
モントン夫人に案内、というより勝手に歩く彼女についていくうちにメントスたちは塾の内部の雰囲気が変わっていくのを感じた。
それまでのいっそモダンでおしゃれな雰囲気さえあった内装が、奥に進むにつれて建物の内壁がむき出しの無骨なものになっていった。
壁やキャビネットなどに飾られていた飾りつぼなどの内装もなくなり、外観通りの無骨なものへと変化する。
シャンデリアさえも見られた照明もただ傘をかぶっただけの魔術灯になり、元要塞らしく窓の少ない内部は薄暗いため昼でもそれが付いていた。
モントン夫人の説明ではここから先は生徒たちの生活スペースであるらしい。
食堂と共同浴場、自習室と続き、さらに奥に各塾生用の部屋がある。
その部分になると完全に内装はないに等しく、石壁がむき出し、床の絨毯も消えて、建物自体の土台が見えている。もちろん装飾となる絵やなにやらはまったく見られない。
どうやら、この塾では来客がよく来るだろう門から塾長室までの間だけ内装を整え、生徒たちが生活する場所にはお金をかけないようだ。

「意外にケチだな?」

こっそり隣を歩くカールにだけ聞こえる声でメントスはつぶやいた。
かすかに聞こえた愚痴にカールが苦笑いを返す。

「メントス。あのねえ…。」
「別にケチではありません。」

突然、前を歩きながらただ簡単に「ここは食堂」「ここはトイレ」としか説明していなかったモントン夫人が振り返る。

「ただ、余計なものが勉強するスペースにあっては生徒の集中の妨げになるからとの塾長の処置です。その代わり、これから案内する共同リラクゼーションルームはそれなりに調度品を取り揃えております。」

そういって指差す方向を見ると確かに他の部屋とは明らかに違う部屋が見えた。
学園の教室くらいの大きさのその部屋は確かに絨毯が引かれ、塾長室と同じような内装にテーブルセットがいくつか置かれている。
今は使われていないらしく魔術灯も消され、室内は暗く、廊下の魔術灯の光でかろうじて内装が見て取れるくらいだ。
それらも他の部屋に見られないような、装飾のあるもので、なるほど、ここを見ればモントン夫人の言葉も信じられる。
だが。不思議な違和感を感じた。
それがなんだかわからずにいると、室内にサシャがそっと入っていくのが見えた。
室内に入り、テーブルにそっと手を付く。
綺麗に掃除が行き届いているらしく、そこには誇りひとつない鏡面のような美しい木目が広がっている。
さらりと撫でた指先を眺めながらサシャがそっとつぶやくのが聞こえた。

「なんだか、あんまり使われている様子がありませんわね?」

サシャが整然とした様子のそこに怪訝そうな顔を向けた。
室内の調度品は磨かれており美しく手入れが行き届いている。
いすや机も同様で綺麗にととのってそこに存在していた。
だが、メントスたちぐらいの生徒たちがよく使うにはあまりに整然としすぎていた。
頻繁に使われているのなら、もう少し椅子などが雑然となっていてもおかしくないはずなのに。

「確かにこの部屋を使う塾生の方はあまりいらっしゃいませんね。」
「…なぜ?」

無感情なアポロの声にまた無感情な声でモントン夫人が答える。

「皆様ほとんど、授業以外には自室で勉学に励んでおられるので食事以外に出てこられる方はいません。」
「ええ?!」

メントスたちは驚く。
メントスたちは自室で勉強することはなく、自室には教科書すら置いていなかった。
彼らからしてみれば自室で勉強することだけでも、わけのわからない世界なのに、さらに勉強をして自室から出てこないなど、まったく未知数の世界の話だった。
だが、やはりというかそんなメントスたちの反応を完全に無視して再びあの金時計を取り出し秒針をしつこく追うモントン夫人は淡々とした声でメントスたちに告げた。

「…それより、もうよろしいですか?すでに予定時間を六分四十七秒過ぎているので。」
「え、あ。そ、そうですわね。ごめんなさい。」

モントン夫人の時計に急き立てられ、サシャが入っていたリラクゼーションルームを出ようとしたときだった。
突然誰もいないと思われたリラクゼーションルームの光の届かない暗闇から影が飛び出してくる。
あまりの突然さに驚いてサシャはとっさに反応できない。
そのまま、影はサシャに襲い掛かり、そして。

「きゃああああああああああああああああ!」

サシャの悲鳴が塾の内部に木霊した。
分刻みの行動など取れません。
基本日単位でしか動けないだめ人間なんで。
それが秒単位なんて!。

さて、なんだか微妙な終わり方。
ではでは次回。
特設頁

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