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ぴっかり密談の横で
「なんなんだよ!あの陰険教師は!」
「まあ、まあ。メントス。落ち着いてよ。」

ここは保健室である。
あの後追試を行った後、念のためメントスをつれてきたのだ。
ついでにいつもの五人が揃っている。
ついでにカールの頬にもシップが張られている。
それを見て、流石のメントスもしおらしくなる。

「…ごめん。カール。殴って悪かった。」
「え!?」
「…なに驚いてんだよ。」
「だって、メントスが謝罪するなんて。ねえ。」
「明日焼豚が降るかも。」
「降るか!てかうまそうだ!」
「でも珍しいことには変わりありませんものね。」
「う、うるさい!たまには俺だってちゃんと謝ったりするんだよ!」
「まあ、極稀に、本当に極小の確立だけどねぇ〜。」
「マーブル、お前な。」
「まあまあ、いいよ。メントス。気にするな。元はと言えば全てあの教師が悪いんだしね。」

幻術使い。
どうやら彼はメントスに動くものを全て化け物に見えるような幻術を施したようだ。
その結果、混乱したメントスは近づく周りに攻撃を仕掛けるようなことになった。
幻術自体はそうレベルの高い魔法とは言えないが、ほとんど呪文を唱えたように見えなかったところから魔法の面でも大賢者には遠く及ばないものの彼がかなりの使い手であると言うことは疑いないだろう。
本当に教師のやるべきことだとは思えないが、だからと言って他人に言ったところで彼の言ったとおり誰も問題児の集団であるZクラスの言葉になど耳を傾けないだろう。
実際、クラッツがあんなことをやるような教師だとはカール自身も思わなかった。
彼との関わりなどほとんどない。
ただ学期の初めの始業式で舞台上にいたのだけは覚えているが、それ以降に学校ですれ違ったことはない。
Zクラスは他のクラスの邪魔にならないように特別棟に教室を構えているため、本当に他のクラスとの交流がないのだ。

結局あの後最後まで追試を終わらせたクラッツは最後に渋い顔をして出て行ったのを思い出す。
Zクラスのほとんどの生徒が追試に合格しなかったからだ。

「あのひと、また明日も来るのかなぁ?」

不安げな顔でマーブルがつぶやく。

「あれなら、大賢者のほうがいくらかましだ。」

完全に馬鹿に仕切った冷たい目。
大賢者も馬鹿にした態度をとるが、何かが違う気がした。
まったくこちらを見ない態度。物を見るような冷たい無機質な視線。
だが、大賢者はどれだけこちらを馬鹿にしようとまっすぐに彼らを見てくれた。
馬鹿だ豚だと罵りながらも、こちらにあわせた授業をしていてくれたことに初めて気づく。

「一体いつ帰ってくるんだ。あの大賢者は。」
「長期休暇とか言ってたよね。」

自然と場の雰囲気が暗くなる。
以前なら嫌な教師に対して授業をボイコットすれば事足りたが、結局それをして大賢者に森に放りこまれた経験があるのでそれも危うい気がする。
もちろんクラッツに大賢者のような魔力があるとは到底思われないが、彼の魔力の資質が未知数だけに安易な態度は取れなかった。
なんせあのAクラスの担任を任されるような人間である。
大賢者のように魔物の潜む森に放り込むという実際的な嫌がらせでなくとも、今日メントスにかけたような幻術をZクラスにかけてお互いに殴り合いをさせるくらいのことはやりかねない。
そうなったとしても、ただの集団喧嘩としかとられないのがZクラスの信用のなさである。

「まったく、自分から追試だとか言い出しておいて無責任…うお!まぶし!」

突然、窓の方から入ってきた光にメントスは驚いた。
光源を探して窓から外を覗くと下のほうで人が話しているのが見えた。

「あ、ピッカリーズ!」
「学園長と教頭でしょうが…。」

指を刺しながら言うマーブルにカールが突っ込む。
だが、下でなにやら深刻そうな顔で頭を光らせている二人は頭上の会話に気付くことなく話をしている。

「まったく、大賢者にも困ったものですな。」

学園長が愚痴ると同意するように何度も教頭の頭が光を振りまきながら上下運動する。

「まったくまったく。突然長期休暇をとるなど。担任を持っている自覚はないのですかね。」
「しかも、理由が『ここより優秀な生徒があつまる塾があるそうだからそっちを暫く見てくる』だなんて。」
「自身が設立した学園でしょうに。やはり英雄も人の子。同類を好むものなのでしょうかね。」
「優秀な人材のほうが良いというのでしょうか?まったく無責任すぎですな。」

二人してうんうん頷くたびに光が頭に反射して眩しいことこの上ない。

「まあ、今回は代理にストアヘブン先生が入ってくれたから良かったものの…。」
「だが、教頭。ストアヘブン先生はもともとAクラスの担任だ。真逆の生徒を長く受け持たせては悪影響がありませんかね。」
「ですが、Zクラスの授業など他の先生は誰も受け持ってくれませんぞ。短い時間ならともかく大賢者がいつ帰ってくるのかわからない状況ではZクラスの授業が滞ってしまう。」

そうなれば、我々の代で大量の留年生を出すことになるのですぞ、と教頭は力説する。

「うむむむ。確かに。だがストアヘブン先生とてこのまま黙ってZクラスの授業をしてくれるかどうか。」
「給料を通常の三倍にしてやっと引き受けてくださったんですからね。すぐにやめるとは言い出さないと思いますが。」

今回の代理劇のうらには裏取引があったようだ。
脂汗の浮かぶ光る額を輝かせながら、その下の顔は難しい学園長と教頭だ。

「だが、その前の担任の先生には五倍を約束していましたし、安いものです。ははは。」
「いや、まったく。ですが、教頭それは秘密ですぞ。それにしても教頭は悪ですな。」
「いえいえ、学園長ほどでは…。」
「はははは。」
「ふはははは。」

一話完結のヒーローものだったら、最後にあっと今にやられそうな悪役の台詞を言いつつ学園長と教頭が笑っている。
それを聞くと少なからず、あの陰険教師を哀れに思いそうだが、あの陰険教師なのでちっとも心は痛まなかった。
その後も教頭と学園長が話を始めようとしたときだった。

「ならば、私は十倍いただきましょうか。」

突然思わず背筋がぞっとするような冷たい声が響く。
驚いて彼らが声のほうへ視線を向けると、件のAクラスの担任が立っていた。

「ス、ストアヘブン先生!?」
「いつからそこに!?」

色めき立つ二人を他所にクラッツは冷ややかな視線を二人に向けている。

「そう言う話をこんなところでするのは感心しませんね。一体どこで悪い生徒が聞いているかもわかりません。」

ちらりとこちらに視線が向いた気がして思わず、窓から顔を離してしゃがみ込む。
だが、そんなクラッツの視線に気付いた様子もなく学園長と教頭の乾いた声が聞こえた。

「…そ、そうですな。ははは。」
「いや、まったく。ならば、我々はこれで。」

給与の件をうやむやに、そそくさとその場から去ろうとする二人にクラッツの冷たい声が追撃する。

「ええ、気をつけて。明日の私の給与の査定如何によっては明日からのZクラスの授業の行方がわからなくなりますので、それだけお心にとめておかれますよう。」
「……っ!」
「!!!!し、失礼します!」

教頭と学園長の気配が遠のいていく。
その場に何本かの儚い髪がはらはらと舞った気配と共に。

「ふ。腐った生徒に腐った教師。類は友を呼ぶと言うが、腐った学校だ。」

クラッツの独り言が聞こえる。
だが、これは自分達に聞かせるために言っている言葉だと言うことがわかった。
壁に隠れているためクラッツの姿は見えないが、きっとこちらを見上げながら言っているだろうことも。
腹が立ったが、盗み聞きをしていた手前、窓から言い返すわけにも行かない。

「腐った果実は腐ったまま他のまともな果実の迷惑にならないようせいぜい気をつけることだな。」
「…っ!」

流石に怒ったメントスが立ち上がろうとするのをカールとアポロが押さえ込む。
それから、クラッツがその場から去っていくまでされも身動きせずに待った。

そのくらいたったのか、ともかく窓の外から人の気配が消えるまで待ってメントスは二人から解放された。

「!!なんなんだよ!俺達に何の恨みがあるんだ!あの教師は!」

メントスが憤慨して怒鳴った。
怒り狂うメントスに珍しく難しい顔をして、カールがなだめる。

「メントス、落ち着けって。それより、今はなるだけ早く大賢者の行方を捜すことが優先じゃない?」
「なんでだよ!」
「もちろん、早々に帰ってきてもらうためだよ。まだ、あのストアヘブンの授業受けたいって言うの?」
「う…。」
「僕らの授業なんてきっとこの大陸じゃ、大賢者以外ならあいつくらいしか受け持とうとしないよ。僕らも有名になりすぎているからね。学園長や教頭は自分の名誉を守ることしか考えてないし、きっと十倍の給料を払っても明日からの授業をあいつに頼むよ。」
「やだぁ。あんなのの授業なんて。もう!」
「まったくですわ!あんなこちらを人扱いしない輩になど、教えを乞いたくないですわ!」
「…俺も。やだ。」
「それは僕も同じだよ。だから大賢者には早く戻ってもらわないと。」
「でもどうやって?」
「直接直談判だよ。」
「でも、どこに言ったのかなんてわかんないよぉ〜?」
「さっき、学園長たちが話をしていたじゃない。」
「『ここより優秀な生徒があつまる塾』ですの?でも大陸にある塾なんてそれこそ大量ですわよ?しかもその塾の生徒は全てここより優秀ですわ。」
「おしいな。その後だ。」
「あと?」
「学園長たちは言ってただろう?英雄は同類を好むって。」

カールの言葉に四人が首をひねる。
だが、カールは自信に満ちた顔で言った。

「じゃ、とっとと行って大賢者を連れ戻さないとね。」

人差し指で口に触れ、微笑む騎士の顔に皆は困惑の表情を向けたのだった。
密談にいつもならないぴかぴかの彼ら。
眩しいですね。

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