追試会場、いたの奴でした。
追試の試験会場に行くと、すでにほとんどのZクラスの人間が集まっていた。
試験会場の多目的ホールは教室と広さは一緒だが、生徒用のロッカーなどはなく、視聴覚用の機材と備え付けの横に長い机と椅子が前のホワイトボードから五列ほど並んでいる。
特別教室は通常の教室がある階より上にあるため、西側に広がった窓からの景色は遠くまで見渡せるが、基本周囲に森しかない学園の外の景色など変わりようがなかった。
しかし、教室との違いなどほとんどないその教室には決定的に教室と違う点があった。
それは、普段なら大賢者が現れるまで雑談の耐えない教室が、皆一様に席に着き静まり返っていたことだ。
異様な雰囲気に、驚いていると黒板前にいるスーツ姿の男性が目に入る。
アッシュブロンドにすらりとした長身のメガネをかけた男性だ。
高級そうなスーツを一部の隙もなく着こなし、なかなかの美男子だが、冷ややかな視線をこちらに向けている。
見慣れないその姿を本来大賢者がいるべき場所に見つけ、怪訝な顔をしたメントスたちにその男性は感情の篭らない声で開口一番に言った。
「遅い。減点10点だ。」
めがね男の冷ややかな視線に驚くも、さらに理不尽な台詞に呆気にとられる。
「遅いって、時間ぴったりじゃない!?」
カールが慌てたように時計を指差す。
時計は追試に指定された時間と同じ時刻を指していた。
だが、めがね男はまったく取り合わなかった。
「普通は授業でも五分前には席について教師を待つものだ。それも今回は追試の試験だと言うのに。」
時間ぎりぎりに来ている時点でやる気のない証拠だと、言い放たれる。
「失格になっても文句が言えんところを譲歩してやっているのだ。ありがたがられても文句を言われる筋合いはない。」
あまりの言葉にふつふつと怒りがわいてくるのを感じるが、メントスはすぐには怒鳴らず睨むに留める。
それはほんの一月前の彼からは想像もつかないほどの進歩なのだが、自身では気付かない。
理不尽かつむちゃくちゃな大賢者と一月付き合ってきた成果といえる。
「…なんだよ。それ。つーか、お前、誰だよ。大賢者は?」
だが、そんな成長も知らないものが見てもわかるはずもない。
年上に対する態度としては成っていないので、めがね男の片眉が不快そうにピクリと動いた。
「口の利き方からしてなってないな。一体、大賢者はどんな教育をしているのだ?」
「だから誰なんだよ!」
メントスは怒鳴った。
成長したと言っても本来、気が短い彼は切れるのも早い。
だが、そんなメントスの怒鳴り声にもめがね男は驚きも怯えもなくあくまで冷ややかな視線を据えるだけだ。
「…同じ学園内にいると言うのに、私を知らないとは…。」
「だから誰だっつってんだろ!?」
一向に質問に答えないめがね男に苛立って、メントスは彼につかみかかろうと手を伸ばした。
と。
ばしっ
手を払われた。
「気安く触れるな。汚らわしい。馬鹿が移る。」
「なっ…!」
「まったく、学期が始まって大分立つと言うのに、今更名を名乗らんといかんとは…。」
これだから馬鹿は嫌いなのだ、と吐き捨てられる。
「っ………。」
あまりの言われように頭に血が上りすぎて、言葉も出てこない。
「私は…。」
「クラッツ=ストアヘブン。」
「カール!?知っているのか?」
「ふ、少しはわかる者もいるか。」
めがね男、クラッツはメガネの中央の金具を指で押し上げる。
「…まあ、ね。…てか、皆も一応、始業式とか眼にしていると思うんだけど。」
「知らんわ。あんなの。」
「知りませんわね。」
「しらな〜〜い!」
完結な知らないコールに少なからず、カールは彼に同情してしまう。
だが、そんなこと当人はまったくなにも感じていないのか、冷ややかな表情に一片の変化も見られない。
「……。さすが、カール。」
珍しくアポロが声を上げた。
普段は三点リーダーすらも台詞のない彼には本当に珍しい上に、カールを褒めている。
嬉しいというより、明日世界が滅亡するんじゃないかという心配をしてしまうほど稀有な状況にカールは複雑な顔をしてしまう。
だが、次の台詞でそんな心配も吹き飛んだ。
「男の情報、早い。」
「ちょっ、ちょっと!なにそれ!なんか誤解招きそうな表現なんですけど!」
「じゃ、男の情報、チェック済み。」
「いや!返って問題だから!そう言い方は!」
「やっぱり、"ホ…。」
「だよねぇ…、やっぱ…モ”…。」
「そこ!なに軽蔑した目でひそひそ話してんの!てか、なんなのその中途半端に聞こえる単語は!」
「…………。」
「メントスも!なんだよ!無言で離れてんじゃねえ!ってか、何度同じネタ振る気だよ!!」
「まあ、ネタはとりあえず置いておいて。で?何モンなんだよ。奴は。」
ネタって!
メントスに軽くスルーされてカールは半泣きになる。
だが、律儀にも投げやりだが質問されたことに答えた。
「………パールディー魔法学園の教師で、五年Aクラスの担任だよ!」
「Aクラス!?」
Zクラスの面々がざわめいた。
それもそのはずである。
落ち零れ集団のZクラスの対極にいる学園で最も輝かしい学力を誇るクラス、それがAクラスだ。
「で?おエライAクラスの先生が、こんな汚らわしいZクラスの面々にどう言った用件ですの?」
サシャが腰に手を当て、睨みつける。
きつめの美貌の持ち主だけあって、睨まれると迫力があるのだが、クラッツはまったく意に介した様子はない。
「ふん。私だとて好きでこんなところにいるのではない。学園長に頼まれたのだ。」
「学園長?」
Zクラスの全員が色めき立つ。
「大賢者が突然、理由も言わずに『長期休暇をとる』とか言い出したから、変わりに追試を行ってほしいと。」
まったくいい迷惑だ。
心底嫌そうに首を振る仕草に殺気が膨れ上がる。
「さあ、さっさと席に着け。私の貴重な時間を割いてやっているのだ。さっさと追試を終わらせて…。」
なんなんだ。この男は。
メントスは苛立ちがピークになるのを感じた。
大賢者にも今まで散々馬鹿だのなんだの言われてきたが、なんだか種類が違う。
どう違うかなど、はっきりとは言えないが、何か違うのだ。
大賢者に同じことを言われても腹は立つが、ここまで苛立つことはない。
そう思った瞬間、メントスはきっぱりと言い放った。
「嫌だ。」
「…なんだと?」
「俺…は、"大賢者の"追試を受けに来たんだ。お前のじゃない。」
「…どちらでも同じだ。聞き分けのない。」
それでも五年生か?といやみを言われるが構いはしなかった。
こんな奴の授業など追試だとしても受けてやるものか。
「大賢者がいないのなら、受ける追試なんてない。俺は帰る!」
「っちょ、メントス!?」
後ろから驚いたようなサシャの声が聞こえたが、無視して教室から出ようとしたときだった。
「…〜〜〜…〜。」
なにかクラッツがつぶやく声がしたかと思うと、突然目の前の扉が消えた。
魔法だ、思った瞬間周囲が暗闇に包まれた。
音が聞こえなくなり、気付くと深い森の中にいた。
また転移されたのかと思い、周囲を見回す。
不気味なほどに暗い木々に覆われた場所である。
枯れて朽ちた不気味な形の枝が空があるべき場所を覆いつくしている。
その上にあるはずの空も不気味に赤黒く、不吉さに胸がどきどきする。
以前大賢者にオームの森に飛ばされたのを思い出す。
だが、あの時は昼間だったし、それにすぐ近くに仲間がいた。
(…一体ここはどこだ?)
今度はどこに飛ばされたのか。
飛ばされる直前に聞こえた声からおそらくあのいけ好かないめがね教師の仕業だろう。
転移の魔法は上級に位置する魔法であり、他人をその意思に反して飛ばすのはかなりの魔力がなければ成しえないことだ。
魔法学校の教師とはいえ、あの大賢者以外にそれが出来る人間がいたことにメントスは純粋に驚いていた。
ざざっと近くの茂みが鳴る音にぎくりとして、そちらに顔を向け凍りついた。
黒っぽい何かが見えた。
それはおそらく魔物と呼ばれるものだ。
おそらくと言うのはそれがなんであるのかメントスにはわからなかったからだ。
体調は十歳くらいの子供くらいか。
黒っぽい全身をぬめぬめとてからせている。
無数に伸びる触手が天へ地へと這い回り、マグマのようにぬらぬらした表面から生えては消えている。
恐ろしい姿に本能的な恐怖が競りあがる。
逃げようと後ろを振り向くが、その先にも同じ魔物が見えてぎくりとする。
周囲を見回すといつの間にかその魔物たちに囲まれていた。
メントスは恐怖に目を見開いた。
周りは魔物らしきものに囲まれて逃げられる要素はない。
しかし、オームの森のときのように仲間はおらず、自身も完全な丸腰だ。
勝てない。
殺される。
「あ…あ…!」
絶望感と恐怖にメントスが恐慌をきたす。
と、そのうちの魔物の一匹が突然メントスに襲い掛かる。
「うああああぁぁぁ!」
メントスは有りっ丈の力でその一匹に腕を振り回して攻撃を仕掛けた。
しかし、あと少しで当たるときに横合いから別の一匹が襲い掛かり、メントスはそいつに押さえ込まれてしまう。
ぬるぬるとした感覚に怖気が走る。
顔の近くで触手が蠢き、気持ちが悪い。
何とか逃れようと手足をばたつかせて、上に乗っかる魔物を排除しようとした。
しかし、意外なほど重いそれに苦戦している間に、もう一匹に飛び掛られいよいよ身動きが取れなくなる。
「わあああああぁぁぁ。」
ともかくむちゃくちゃに暴れた。
そのうち、振り回した腕が後から飛び掛ってきた魔物に当たり、魔物が一体離れる。
チャンスだと思い、もう一匹を振り払うべく、力任せに暴れようとしたときだった。
突然鳩尾に鋭い痛みが走り、急速に意識が遠のいていった。
****
「……っく…あ……ぁ…!!」
「メントスぅ!?」
「…っ!」
突然苦しみ始めたメントスに驚いて、一番近いマーブルがかけよろうとすると、拳が込んでくる。
「わっ!」
「…っ!」
突然のことによけようがなかったが、とっさにアポロが飛び掛り押さえ込む。
「ぐっ…がっ…ああ!!」
だが、暴れるメントスの力は尋常ではなく、あわやアポロも弾き飛ばされそうになる。
「ぐっ!」
「アポロ!メントス!?」
慌ててアポロに加勢してメントスを押さえ込む。
顔を覗き込むと目の焦点が合ってない。
驚いて力が緩んだ隙にカールがメントスのむちゃくちゃに振り回される腕に殴られ吹っ飛ぶ。
「っ!」
「っっ!!」
弾かれたが、すぐにカールは立ち上がった。
見るとアポロがしがみ付いて体を止めているが、元々メントスより小柄なアポロでは抑え切れない。
数秒も持たないと思った瞬間、カールは仕方なく構えた。
「ごめん!メントス!」
押さえ込むアポロの体を押しのけ立ち上がる寸前、メントスの鳩尾に正拳付きを叩き込む。
「がっ…。」
メントスの暴れていた体から力が抜ける。
アポロがその体を支えた。
そのまま、苦しそうな表情のままメントスを床に横たえた。
その様子を見ながらカールは心臓が早鐘のように鳴るのを止められなかった。
殴られた頬がずきずきと痛い。
口内を切ったのかかすかに鉄の味がした。
一体何が起こったのかわからなかった。
突然メントスが暴れだしたようにしか見えなかった。
一体なぜ、と思っていると後ろで声がした。
「ふ、弱いな。」
その言葉にメントスに何かをしたのはこのいけ好かない教師だと言うことがわかる。
「メントスに何をしたの?」
「軽い幻術だ。命に別状はなかろう?」
なんでもないことのように言うクラッツにカールの怒りが燃え上がる。
「学園の教師が生徒にこんなことしてただで済むと思ってんの?!」
カールが睨みつけるが、クラッツは涼しい顔だ。
それが余計にムカついた。
「言いたければ言うがいい。…だがな。」
初めてクラッツの表情が動いた。
口角がかすかに上がり、笑みの形にを作る。
しかしそこには絶対的なまでの冷たさしかない、思わず背筋が寒くなるような笑みだ。
「Aクラスの担任の言うことと、Zクラスの生徒が言うことを果たしてどちらを他人は信じるかな?」
「っ…!」
「…下種っ。」
「・・・ふ、なんとでも言うがいい。もう、座らずともいい。ともかくさっさと終わらせる。出席番号順に順番に来い。そこに転がっている馬鹿の二の舞になりたくなければな。」
誰もが、反感を持った。
大賢者の理不尽さになれていたZクラスがである。
しかし、先ほどのメントスの姿を見て反抗できるほど皆も強くはなかった。
一人、また一人と立ち上がる。
その様子に満足そうに最後にクラッツが、もう一度だけ冷たい顔で笑った。
「大賢者がどのような授業をしていたかわからないが、私は彼ほど甘くはないぞ。」
クラッツ再登場。
いえい!陰険教師万歳!
不穏な空気のまま、続きます。
特設頁

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