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噂話は食堂で。
「七番目の英雄?」

聴きなれない言葉をメントスは、鸚鵡返しに口にする。
ここはパールディー魔法学園の食堂だ。
学園は寮制度になっているので、こうした食堂がいくつかあり、専属の料理人が常駐している。
そこで生徒達は自由にいつでも食事を取れることになっていた。
午後の授業も終わった放課後である。
大賢者に追試を言い渡されたが、午後の最後の授業の後、追試に指定された時間には少し間がありメントスが腹ごしらえに食堂に行くと、なぜかカール、マーブル、サシャ、アポロの四人が揃っており、追試前にいつもの面々で腹ごしらえをしているのである。
追試前なので一応テストに不安を抱えているが、あえて追試の話をしない。
考えても仕方がないので別の話をしようと皆が一致してカールがまったく違う話を振ったのだ。
一種の現実逃避だが、皆でやれば怖くないと言うことである。

「英雄は六人ではありませんの?」

サシャが不思議そうに話を出してきたカールに質問する。
昼間にマーブルとコイバナについて激論を交わしていた彼女も流石に今は落ち着いているのか、普段と変わらない様子だ。
メントスたちの先祖に当たる五人と大賢者。
後に聖戦とも称される英雄戦争の英雄とは六人だけだ。
彼らの魔物との戦いは数年続き、その中で協力者のような人間は大勢いたらしいが、あくまで英雄と言われるのは彼らだけである。

「うん、そうなんだけどね。この場合、あの英雄を指す言葉じゃなくて、ただの固有名詞なんだ。」
「どういう意味ぃ〜?」

クリーム山盛りのパフェを突っつき、口の周りをべたべたにしているマーブルがスプーンを銜えたまま聞いて来る。
その横ではアポロが無言でジュースを飲んでいる。
その手元にはハンカチが常備してあり、それですでに何度か姉の口周りが拭かれておりクリームでべたべたになっている。
自分で自分の口ぐらい拭けよ。とメントスが言ってもまったく取り合わなかった。

「それって塾の名前でしょ?」

突然、会話に入ってきた声に皆の視線が行く。
そこには赤毛をショートカットにした女子生徒がデザートの乗っかったお盆を抱えて立っていた。
見知った同じクラスの顔にマーブルが嬉しそうに声を掛けた。

「チェルシーちゃん。」
「ちわ。お邪魔していい?」
「うん。どうぞどうぞ。」

勝手にカールが椅子を勧めてチェルシーが席に着く。

「ところで、なんで『七番目の英雄(じゅく)』の話なんてしてたの?」
「ん〜、ちょっとさっき小耳に挟んでね。結構、人気のある塾だから皆知ってるかな、って?」
「塾…。」

メントスは単語を聞いただけでゲンナリした。
ただでさえ学校での勉強ですら嫌なのに、さらに学校外で勉強しようとする人間の気が知れなかった。
それはZクラスの人間なら感じていることなので、メントスほど露骨ではなかったが、カールとチェルシー以外の面々は少し表情が難しくなっていた。

「あはは。まあ、君達に塾なんて関係ないから、知らないかもねえ。」

チェルシーが笑うと、流石に馬鹿にされたような気がしてメントスはむっとした。

「そういうお前だって、関係ないじゃないか。Zクラスなんだから。」

本来塾は学校の補完のための学習施設だが、パールディー魔法学園は近年学力低下が進んでいるので、わざわざ塾に行かなくても進級出来てしまう。
むしろ、そんな学校では対応できない高度な学習に対応しているのが、現在の大陸における塾の位置だ。
なので、すでに学校の授業についていけていないZクラスの面々にまったく塾は必要どころか、追いつける位置にいない。

「ま、本来そうなんだけどねえ。」
「まあまあ、でもチェルシー、よく『七番目の英雄』のことなんて知ってたね。」

一応Zクラスの人間にいろいろ聞いてみても知っている人間はいなかったんだ、とカールは言う。
それよりメントスはクラス中に聞いて回ってんのかい、と突っ込みを入れたかったが、言わないで置く。
話が脱線しそうだし。

「…まあ、私その塾に明日行くからね。」
「え?」

チェルシーの言葉に皆が絶句する。

「チェルシーが、塾にぃ〜?」

ただでさえ大きな目をさらに見開いてマーブルが声を上げると、その様子がおかしかったのかチェルシーが笑う。

「あはは。まあ、自分でもおかしいなぁとは思うけどね。」
「何でまた?」

カールが理由を聞くと、少しチェルシーは口ごもり、言った。

「親の都合、かな。」

なんでも、チェルシーの親はアルパカの富豪で娘を経済学者にしたがっているらしい。
チェルシーには男兄弟がいるので、跡継ぎにはならないが、娘は彼女一人だけなので出来れば、ずっと家にいて商売を手伝ってもらえる位置にいてもらいたいらしい。
だが、親の期待を他所に娘は学校で最下位に近い成績だ。
経済などまったく興味もなく、学者など何かの間違いかと思われるほど遠い位置にある。
しかし彼女の両親は娘の学校での成績を見ても、『何かの間違い。学校が悪い。』としか言わず、ならば塾に入れればきっとまともな学力が身につくと信じて疑っていないらしい。

「ほんと、娘の話なんて聞かないんだよね。あの人たちは。」

さばさばした性格の彼女にしては珍しい皮肉めいた苦笑が顔に出る。

「チェルシーは塾に通って経済学者になるのですの?」

サシャが聞くとチェルシーはうなり声を上げる。

「う〜ん。なるというよりなれないの間違いのような気がするんだけどね。でもなる気はないし塾にも通いたくない。」
「まあ、塾についていけるとも思えないしね。」
「あ、でも別に勉強することは嫌じゃないんだよ。」

でも、今はパディ先生の授業に集中したいんだよね、とチェルシーが言うと一同が目を向いた。

「大賢者の?!」
「なんで?」
「なんの冗談?」
「私、パディ先生の授業、好きなんだよ。」

さも、当然のようにチェルシーは笑顔で語った。

「…あの大賢者の授業がすきなんて変わっているな?」

メントスは呆れ顔だ。
チェルシーも先ほどのあのめちゃくちゃな授業を受けていたはずだ。
抜き打ち上等のテストに、授業を聞いていなければ魔法かチョークが高速で飛んでくる。
一日に何人かが犠牲になり、その度に回復魔法はかけてもらえるのだが、生傷の耐えない授業と言うのはどうだろうかと思う。
それなのにこんなことをいう彼女をメントスは信じられなかった。

「ま、まあ、今日の授業は特別だったけど。」

流石に今日の顛末を思い出したのかチェルシーの言葉が苦しくなる。

「…でもパディ先生の授業ってわかりやすくない?」
「まあ、基礎論をみっちりって感じだからね。」

大賢者の授業は五年生で習う科目を完全に無視して、各教科の基礎を徹底的にやるスタイルをとっている。
曰く、『基礎のまったく出来てない馬鹿に応用を教えても時間の無駄』らしい。
だが、そのおかげか、メントスたちも何とか授業の内容がわかるようになってきた。
あくまで基礎の知識をだが。
それでも、ちんぷんかんぷんだった授業が理解できると言うのは存外楽しいものだ。
時々今日のように恐ろしげな目に合うこともあるが、概ね大賢者の授業は今まで受けてきた授業のどれよりも興味深い。
非常に不本意だが、それは認めなくてはならない。

「ほら、私って馬鹿じゃない?」
「そんなことは…。」

答えにくい台詞に相槌を戸惑っていると、チェルシーはさばさばした声で苦笑した。

「いいっていいって。ほんと私馬鹿なのはわかってるんだから。」

いじけてるとかそんなんじゃないから、と。
本当になんとも思ってなさそうな、笑顔だ。

「でもさ、そんな馬鹿な私の質問にパディ先生だけはきちんと聞いてくれるんだよ。」
「……………。」
「馬鹿だから質問の仕方もへんな方向に行きがちなの。聞きたいことを聞いているはずなのに、いつの間にか頓珍漢なこと言っているみたいで…。」

昔から教師にはおかしな奴呼ばわりされてきてた、とチェルシーは相変わらず清清しく笑う。

「そういう教師ってね。訳わかんない質問だと答えるどころか、聞く耳もなくてね。何かこじつけて話を切り上げちゃうんだよ。」

だから、結局私の疑問にまともに答えてくれた教師はいなかったんだ、とチェルシーが少し寂しそうに笑う。
その気持ちは少なからず、メントスにはわかった。
馬鹿だから、人の何倍も説明しないと相手に言いたいことが伝わらない。
要領が悪いため、うまく一言で説明できないのだ。
そうなるとどうしても伝えたい場合は、言葉を尽くす。その分話が長くなる。
だけど、世の中の人間はあまり人の話を根気よく聞きたがらない。
必然的に説明の長くなる癖に要領の悪くて理解しにくい馬鹿の話を誰も聞きたがらない。

「でもねパディ先生はちゃんと聞いてくれるんだよ。そうとう要領の悪い質問の仕方してると自分でも思うんだけど、最後まで聞いてくれる。」

少し興奮したようにパールディーの話をするチェルシーの言葉にメントスたちはなんだかもやもやした。

「でも、大賢者って結構人の話を最後まで聞かないことってなくない?」

カールがそう質問すると、チェルシーは苦笑した。
なぜかその仕草が大人びていて、メントスは少しムカついた。

「それはねえ。多分…。」
「チェルシーさん。五年Zクラスのチェルシー=カームさんいらっしゃいませんか?」

突然、食堂の入り口から名前を呼ばれてチェルシーが振り返ると、そこには学園の事務員の制服を着た女性が声を上げていた。

「チェルシー=カームは私ですけど。」

名前を言いながら席を立ち、女性に近づくチェルシーを見送る。
少しの間、何か女性と話をしていたチェルシーが、一度戻ってくる。
その顔が思いのほか暗い。

「チェルシー。どうしましたの?」

サシャが不安げに聞くと、

「…ごめん。親から通信入って。」

学園には外部との連絡手段として魔導ネットを経由した通信システムがある。
それは生徒達は自由に使えるものではないが、都市にいる親やその他職員などへの連絡に使われるものが、教職員棟や事務室などには設置されている。
なので時々生徒たちの親から子供への連絡がはいるとこうして事務員から声を掛けられるのだ。

「追試までには行くから。」

そう言い置いてチェルシーが、自分の分の食器を持って去っていく。
なんとなく会話が尻切れトンボに終わって、皆黙り込んでしまう。

「…そろそろ、行く。」

最初の言葉を発したのは、相変わらず無言で会話に参加していなかったアポロだ。
見るとジュースの入っていたコップが殻になって六個ほどテーブルに並んでいる。
皆が、しゃべっている間に延々と飲み続けていたようだ。
こんなに飲んで合間にトイレに行きたくならなかったんだろうか?と皆、考えるが誰も何も言わなかった。

「そうだねぇ〜。行こうか?」

マーブルが立ち上がる。
ともあれ、アポロの言葉に特に反論はなかったので、皆が動き始める。

「追試の試験ってどこであるんだっけか?」
「教養棟の五階の多目的ホールだったよ。」

メントスの質問にカールが答える。
本来なら五年Zクラスの教室が使われるところだが、先ほどの雷の攻撃で教室は焦げ跡の残る悲惨な状態になっており、またしても使えなくなっていた。
それを見た学園長の髪の毛がまたしてもはらはらと下に舞っていたのを思い出す。彼の頭髪がまったくなくなる日は近い。

「はあ、追試なんて憂鬱ですわ。」

溜息を吐きながらサシャも立ち上がる。
それは誰の本音でもあったが、だからといって追試をサボればまた大賢者に何をされるかわかったものではないので、命のために行かなくてはならない。

「まったくぅ〜!いくら授業中に騒いだからって、問答無用で全員追試なんてあんまりだよねぇ〜。」

騒いだ張本人のマーブルが言ってもなあ、と思ったがカールは肩を竦めただけで何も言わなかった。

「まあ、な。あの大賢者は話し聞かないからな。」

メントスが応じると何か言いたそうにアポロが口を動かした。

「ん?なに?アポロ?」
「さっき、チェルシー、言いかけた。」

どうやら先ほど呼び出しで中途半端になったチェルシーとの会話のことを言っているらしい。

「ああ、そう言えば、なんだったのかな。」
「チェルシー、知ってたぽい。大賢者、話し聞かせる方法。」
「ええ!?ほんとうかよ!」

もしそうなら、是非教えてほしいものだと皆が思う。
そう言えば、大賢者は彼女の話を聞くみたいなことを言っていた気がする。

「あ、そろそろ本当に出ないとやばいよ?」

カールが時計を指しながら声を掛ける。

「ともかく、チェルシー。追試には出てくるのでしょう?その時聞けばよろしいんじゃなくて?」
「そうだねぇ〜。」
「ま、そうだな。とっと行こうぜ!」

メントスの言葉に皆が動き出す。
追試は面倒だが、チェルシーに大賢者攻略法を聞ける場と思えば少しは気が軽くなる。
皆が連れ立って食堂を後にし、追試会場に向かった。
だが、チェルシーは結局その日の追試に姿を現すことはなかった。
どうでもいいんですが、アポロがいるのか居ないのかわかんないですね。
無口きゃらは扱いが難しい。取り扱い注意。
ほっとくといるのか居ないのかわからなくなりますな。
特設頁

大賢者の教室入り口





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