テストの合間に何話してんでしょこの人たち。
「珍しいじゃない。」
「…なにがだよ?」
カールは後ろの席で静かにしていたメントスに声を掛けた。
メントスは声と共にぼんやりとした視線を見ていた窓からこちらに向けてくる。
カールたちの席は教室の窓際の一番後ろ付近で、居眠りするのも内職するのも打って付けの場所だった。
前のほうでは大賢者が、順番にテストを行っているようで呪文とぼんっ、だの、ぷシューっ、だの魔法が失敗する音が聞こえてくる。
だが、そんな音も気にならない様子で、メントスがぼんやりとした視線をこちらに送ってくる。
カールは最近感じていた不可解さがさらにましていくのを感じる。
「メントスは抜き打ちテストに文句言わないの。」
抜き打ちテストの話をしている際に普段なら一番最初に食ってかかるのはいつもならメントスの役目だった。
それが、今日は最初どころか一言も発していない。
馬鹿で、まっすぐで直情的で我侭なこのクラスメイトは自分がいやと思ったことは徹底的に反抗してみせる。
それは今の担任である大賢者であっても変わらないはずだ。
実際に少し前までの彼は、相手が誰であろうとすぐに反抗して見せた。
だが、現在はあまり反抗しなくなっている。いや、反抗しないのではなく、すぐに反抗することがなくなっているのだ。
後で自分が嫌だと思うことだと認識すれば反抗する。結局、反抗する。
なので、馴れてきたからという理由ではないように思う。
メントスは学習しない生き物だとカールは認識している。
だから、そんな生き物が反抗もせずに、こうしてぼおっとしながら話を聞き流している。
ふしぎだ。不思議でたまらない。
だが、メントスはさらに不可解な言葉を発した。
「文句言っても変わんないだろ?あの大賢者は。」
メントスがなんとなくまともなことを言っている。
カールは驚いて目を向いた。
あんまり驚きすぎて、メントスに、なんだよ、と不機嫌そうな顔をされた。
「まあ…ね。でも本当にどうしたのあの日から変だよ?」
あの日。
大賢者からオームの森に飛ばされ、キラートスの大群と戦った日だ。
メントスはその後、大賢者からの指令で普通一日掛かる距離を半日で走りきり、何とか退学の危機を乗り越えた。
驚いたことにZクラスで大賢者に反抗して、森を踏破したのはどうやらメントスたちだけだったらしく、なんとかたどり着いた教室には珍しくZクラスの全員が揃っていた。
そのまま部屋で倒れこみたいほど疲れていたが、大賢者はまったく彼らに容赦することなく午後の授業を敢行した。
居眠りすると、電撃が飛んでくるぴりぴりした緊張感の漂う授業が終わった後くらいから、メントスはよくぼうっとしながら窓を眺めることが多くなっていた。
今までのメントスを知るカールからは予想できないような事態だった。
それまでの彼はまともに一時間、椅子に座ってじっとしていることなど出来た試しが、カールの記憶の中では一度もなかったのだ。
それが、放っておくと一時間でも二時間でもどこへともなく遠い目をして外を眺めているのである。
授業中もきちんと座って、内容を聞いていないまでも、教室の中でじっとしている。
気持ち悪いことこの上ない。
「メントスが、授業を一時間きっちり座っているところを見るなんて、世界崩壊の前兆かと思うじゃない。」
そう言うと、むっとしたように眉間に皺がよる。
気に食わないことを言われるとすぐに顔に出るところは変わっていない。
「うるさいな。ほっと…。いや、ちょうど良いや。カール、ちょっと質問があるんだが。」
「ん?なに?メントスから質問なんて。」
明日槍が降るかもね、と茶化すが、まったく無視された。
メントスが、見たことも無い真剣な表情で聞いてくる。
「名前も知らない、どこに住んでいるのかもわからない相手を探すのはどうしたらいい?」
意外な質問にカールは驚く。
「…なにそれ?メントス、誰かを探しているの?」
「…いや、知り合いが。」
そう言われて、『ああ、友達の話ね。』と本気で思う人間がいると思っているのか。
だが、ここでそれを指摘すると、その先の話が聞けなくなりそうだったので、あえてそこを突っ込むのはやめにする。
「うん、その知り合いさんは人探ししているんだね。どこで会ったって?」
「ああ、どうやら森の泉で偶然出会ったらしい。でも、名前を聞くこともなく別れてしまったからどこの誰だが知ることが出来なくなってしまったらしいんだ。」
ふ〜ん、と相槌を打つ。
おそらくあの疲れ果てて眠っていたあの夜にメントスは森で誰かに会ったんだ。
森の中ということだから、村の人間ではなさそうだが。
あの村の人間はあの夜に森に入るほど、暇ではなかったはずだから。
しかも、おそらく相手は女性だとカールは当たりをつけた。
男相手にメントスがこんな状態になるというのはおかしな話だ。
「で、どんな人?その知り合いの出会った人って。」
好奇心を押し殺して、あくまで落ち着いた声で先を促す。
あくまで知り合いの話だということを強調して話しやすい環境を作ってやる。
だが、なぜかメントスは口ごもる。
「…それは、」
「それは?」
「…詳しく聞いていない。」
「はあ?」
ここまで話してそれはないんじゃない、と思う。
何で容姿を話さないんだ?
なんで隠す必要があるのだろう?
他人にアドバイスをもらいたいくらい、もう一度会いたい人間なのに。
「メントス。それじゃあ、探せないよ。相手のことまったくわかんないの。」
「……なにも。言っただろ?名前も住んでるとこもわからん。」
「出会った場所は?そこにいけば会えるんじゃないの?」
「それが、迷った先の泉で、溺れているのを助けてもらったまでは覚えているんだが、いつの間にか森の外に出ていたから出会った場所もわからない、らしい。」
「なにそれ?探しようないじゃん。」
「だからいい方法がないか聞いているんじゃないか!」
「何、話してんのぉ〜?」
「うおっ!」
突然、会話に高い甘めの声が加わる。
プラチナブロンドのふわふわヘアがメントスの机の横にあった。
「突然、なんだよ。脅かすな。マーブル。」
「え〜。何度か声掛けたけど聞いてなかったじゃないぃ〜二人とも。」
「ん?そうだったかな?」
「うっそ〜にゃ〜ん。」
「……このくそチビっ…。」
青筋を浮かべるメントスを完全に無視して、マーブルがきらきらした目で身を乗り出してきた。
「そんなことより、コイバナ?KB?」
「略語をさらに略すな。つか、聞いてたのかよ!?」
「誰の?誰のコイバナ?カール?まさかメントス!?」
「聞いてねえな…。」
勝手に盛り上がろうとするマーブルにメントスがゲンナリしかけたとき、声がした。
「くっだらない!」
声のほうに目を向けるとサシャがこちらを睨んでいた。
「なに?サシャ。」
カールがきょとんとする。
なぜ彼女が睨んでくるのかわからない。
「それはこちらの台詞ですわ。今授業中なんですのよ?少しは静かになさったら?」
もっともらしい言葉だが、変だ。
サシャから、いやZクラスに在籍する人間の言葉とは思えない。
メントスに続いてサシャもおかしくなったかなとカールは少し心配する。
なにかおかしなウイルスでも発生しているのか。
「え〜、サシャちゃん。コイバナだよ?KBだよ?楽しいよ〜。」
だが、マーブルがサシャの機嫌など、お構いなしに話を続けようとする。
「マーブル。貴女までなんなんですの?大体恋なんて一種の気の迷い。思い込みの感情ですわ。」
言い切った。
一応思春期の女子の言葉とは思えない。
流石にそれはないんじゃないかなと思うが、サシャは止まらない。
「自分以外の相手を、身内でもないのに好きだ、惚れただなんだの。くだらなさ過ぎて笑えてしまいますわ。」
「…どうしたの?サシャ。君らしくない。」
珍しく声を荒げて、力説するサシャの様子を流石に怪訝に思って聞くが、サシャはそっぽを向いてしまう。
「別に。くだらないと思ったからくだらないといっているんです。それより、『君らしくない』なんていわないでもらえます?何にも私のこと知らないと言うのに不愉快ですわ!」
「…………。」
まったく。
カールは嘆息を吐いた。
メントスといい、サシャといいなんとも様子のおかしい日だと思う。
すると、今度はマーブルが珍しく深いそうな顔で腰に手を当てている。
「サシャちゃん。それってちょっと言いすぎじゃない?」
「何がですの?本当のことではありませんか。カールに私の何が…。」
「そうじゃなくて!恋が気の迷いなんて!」
あ、怒るポイントそこなんだ。
カールは脱力する。
だが、マーブルはそんなカールを無視して続ける。
「コイバナはくだらなくないよ!人の恋は聞いても邪魔しても面白いものなんだよ!ナノにくだらないなんて!取り消して!」
「…なんだか、一部道徳的に引っかかる言い方されているような気がしないでもないのですけど。」
「そんなことどうでもいいよ!取り消して!」
「何を取り消すんだ?あぁん?」
ぞくり。
怒気をはらんだ子供の声に背中に悪寒が走る。
見るとマーブルとサシャの顔色が青くなっている。
「ぱ…パディせんせ…。」
「だ、大賢者…。」
いつの間にかカールたちの隣の机に大賢者が座っていた。
姿は子供なのに、この威圧感はなんだか反則だとカールは思う。
「私もな、そろそろお前達の特性ってものがわかってきているんだ。」
大賢者が微笑んだ。
それは一見穏やかな笑顔のようでいて、まったく目が笑っていなかった。
ゴロっ…
どこかで不穏な音が聞こえる。
「お前達は少しもじっと静かにしていることがない。まあ、馬鹿だから仕方がないかと。ある程度はテスト中に騒がしくしていても仕方がないと思って黙っていたんだ。」
すごい譲歩だよな、とにっとさらに口角を笑みの形に吊り上げるが、最早笑っているのか引きつっているのかわからない笑顔だ。
ゴロゴロっ…
さらに近くなった不穏な音に嫌な予感は強くなる一方だ。
「だがな?」
カッ…
光が閃く。
ここ室内なんだけどと、全身汗だくでカールは思った。
大賢者は鼻で軽い息を吐いて目を閉じる。それから徐に杖を床に水平に構えてみせる。
カールたちだけでなく教室中の空気が凍りつく。
再び、目を開いたとき。
大賢者はいっそ清清しいほどの穏やかな笑顔を作って見せていた。
だが、それはもしオーラが見える能力があれば、どす黒いものが見えるだろう類のものだった。
「だがな、テスト中にテストそっちのけで別の騒ぎを起こされて黙っていられるほど私は甘くはないわーーーーー!」
ピッシャーーーーーーーん!!
大賢者の絶叫とともに、教室中に大小さまざまな雷が落ち、生徒達を襲う。
悲鳴を上げながら逃げ惑う生徒達。
たまたま雷が当たった不運な生徒もいて、教室の床で軽くこげながら痙攣している。
阿鼻叫喚地獄絵図。
だが、そんな生徒達の姿を気にすることもなく、合いわからずの理不尽さで大賢者はZクラス全員にテストの追試を言い渡したのだった。
コイバナ=KB。
女子高生っぽい?のか?
と頑張ってみせても、最後はいつもどおり。
特設頁

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