前回までのあらすじ。
ある日大賢者はかつての仲間達の子孫のだらけっぷりに怒って、彼らを教育しなおそうとしました。
しかしそれを拒んだ彼らに怒って、腹いせに魔物のいる森に放り込みました。
すったもんだで森から脱出した子孫達。
大賢者との間に何か芽生えたのかなんなのか?
その後のお話です。
なんかいろいろたくらんでそうなのが現れました。
生徒の最終下校時刻もとっくに過ぎた時間。
森深い場所にあるこのパールディー魔法学園は日が落ちるととたん周囲に光が消え、暗闇に包まれる。
本来であれば、教員の姿もめったに見られないこの時間にある教室で珍しくかすかな光が窓から漏れていた。
職員室である。
だが、部屋を本来照らす灯りはともされず、その室内にいくつか置かれた小さな薄い箱から青白い光がその前で座る人物の顔とわずかな周囲を照らしていた。
カタカタとキーボードを打つ音が他に動くものの無い室内に木霊している。
ディスプレイに表示されている内容はこうだ。
名前: パールディー
職業: 大賢者(パールディー魔法学園創始者)
略歴:
500年前の魔族を封じた大戦、英雄戦争の六英雄の一人。
絶大の魔力を誇り、精霊魔法、黒魔法、白魔法を全て使いこなす、全ての魔術体系の始祖。
魔族との攻防が激しくなる中、神が使わした援軍とも、神代の時代から生きてきた賢者が当時の英雄に感化されて人々の助けとなったなど参戦の理由はいずれもあるが不明。
魔王を封じた最後の大戦後、いずこともなく去り、死んだとも今生きているともされている。
常に黒いフードの薄汚れたローブを羽織り、ねじくれた形の杖を付く老人とされているが、フードの中身を見たものはいない。
性別:男性(女性であるとも言われる場合もある)
年齢: 不明
生年月日:不明
出身地: 不明
住所: 不明
・
・
・
その後も不明とばかり現れる大賢者の経歴にディスプレイの前の人物は深く溜息を付いた。
先ほどからさまざま方法で情報の収集を行うが、めぼしい情報が見つからない。
最も、大賢者関連の資料が揃うといわれたこの学園の図書館ですら、これ以上のことがわからなかった。
なにせ相手は伝説上の人物である。
それも、あれは本当は存在しない作り話と言われても信じてしまいそうな類の伝説に語られてしまうくらいの。
彼は指の当たるキーボードの表面を撫でた。
彼の前にある光を放つ箱はいまや、世界中に張られた魔力により構築された思導線につながれ、さまざま情報を目の前の画面に表示する。
その大陸規模のネットの情報ですらかの賢者の情報はこの程度しか載っていない。
これはいよいよお手上げかと思っていたときだった。
「…!」
突然暗い部屋に明かりが付いた。
画面に集中していた彼は驚いて、魔力灯のスイッチの方向を見ると同僚の女性がスイッチに手をかけたまま立っていた。
彼女はいかにも驚いた顔をしてこちらに声を掛けてきた。
「まあ、ストアヘブン先生!まだ、いらしたのね?」
名前を呼ばれた彼、クラッツ=ストアヘブンはこちらに、近づいてくる彼女を見て、メガネをかけながら、そのディスプレイのスイッチを切る。
「ええ、ベラブ先生。まだ、少し調べものがありましてね。」
緩やかに微笑むと同僚の女性、べラブが息を呑んだような顔をした。
クラッツは年のころなら二十代後半の美しい容姿を持つ男性だった。
アッシュブロンドの髪にアイスブルーの瞳。
白い肌はきめが細かく、鼻筋はすっと通り、切れ長の瞳は女性がうらやむほどの長い睫が縁取っている。
細身のメガネをかけており痩身だが、弱さを感じさせないしなやかな獣のような肉体と長身。
常に隙のない仕立てのいいスーツに紳士的ではあるが、いかにも切れ者といった雰囲気が学園内の女性に絶大な人気を誇っている。
そんな彼の美貌に見惚れているのか、反応が遅れているべラブに声を掛けた。
「べラブ先生?どうされました?」
「え、あ。いえ…。…こんな時間まで大変だな、と。流石にAクラスの担任は違いますわね。」
おほほ、とごまかすように笑い、そうですかと軽く応じる。
クラッツは五年Aクラスの担任をしていた。担当教科は経済全般だ。
大してべラブは五年二組の担任で担当教科は歴史だ。
パールディー魔法学園では基本的に一組から各学年に応じて数字で組が分かれる。
普通クラスと呼ばれるクラスである。
それらの中で特に優秀な生徒が集められるのが、Aクラス。
問題児ばかりが集められるのが、Zクラスということになる。
べラブはその普通クラスの一担任だった。
クラッツは座っていた回転椅子を回しべラブに向き直り足を組んだ。
「いえ、仕事ですからね。それより、べラブ先生は職員室に何を?忘れ物ですか?」
「え?ああ、そうですわね。明日の授業に使うプリントを。」
これが嘘であることはクラッツにはわかっていた。
ぺラブの授業は学園指定の教科書と自分の著書だけを使うわかりにくい授業だと言うことはすでに学園内で知らないものはいない。
職員室でもべラブがプリントなど作っているところなど見たことはなかった。
べラブはクラッツの軽い付きまといをしている。
不快に感じてはいたが、度が過ぎているわけではないし、何より同じ職場に働く人間とトラブルを起こすことはあまりクラッツの経歴としてはよいことではなかった。
なので知らない振りをしたままでいた。
おそらく今回のことも、クラッツを待ち伏せしていたが、なかなか出てこない彼に業を煮やして様子を見に来たといったところか。
「そうですか。先生も大変ですね。どうぞ、私など気にせず、プリントを持って帰ってください。」
だが、そんな思考はおくびにも出さずに、にこやかに応対する。
しかし、べラブはすぐには動こうとはせず、何かを考えるようにそわそわしている。
「え?ええ。そうさせてもらいます。…ええと、ストアヘブン先生は?まだいらっしゃるんですか?」
「ええ。まだ、仕事が終わっていませんから。」
「…なら、私もお手伝いしましょうか?」
仕事を手伝えばこちらの好感度でも上がると思っているのか、下心が見え見えの提案をする。
はっきり言ってうっとおしいと思ったが、あくまでソフトに断る。
「いえ、お言葉は嬉しいのですが、生徒の個人データの整理なので、他の方には頼めないんですよ。」
「え、…そうですか。」
あからさまにがっかりした顔に、内心苛苛する。
早くどこかに言ってほしいと切に願いながら、表面上の笑顔は絶やさぬようにする。
「では、…あっ!そう言えば、少しストアヘブン先生に聞きたいことがあったのでしたわ。」
一体なんなのか。
あからさまに二人きりの空間にいることを少しでも長引かせたいことがわかったので、いっそさっさと会話を打ち切って追い出そうと思ったが、次の彼女の言葉にそれを止めた。
「あの大賢者のおちびさんは本物だと思いますか?」
一瞬ぎくりとした。
あくまで目線は動かさず、ディスプレイを意識する。
急いで画面を消したが、先ほど大賢者の資料を魔導ネットで調べていたことを見られていたのかと思ったが、彼女の様子を見る限りそうではなさそうである。
「私はどうしてもあの子供が大賢者だとは思えなくて。」
パールディー。
あの少年の姿をした大賢者を名乗る人物をクラッツは頭の中で思い描く。
つい一月前に突然学園に現れた大賢者である。
先ほど調べていたデータは彼のものであの資料以上の彼の個人データはクラッツにはない。
彼はその傍若無人たる態度で一気に教育現場を混乱の坩堝に陥れた。
学園の最もお荷物である五年Zクラスの担任に就任するや否や、その前まで就任していた担任たちの教育計画を全て破棄するとともに、新たな教育計画を立ち上げた。
だが、それだけにとどまらず、全学年の教育基準の見直しと授業内容の再設定を全教員に通知した。
当然、教員各所からは猛抗議だ。
ただでさえ日々の授業だけですら、忙しいのにその上のすでに年度初めに提出してある教育計画の再提出を求められているのである。
すでに合格を受けているからこその、現在のその計画に沿って授業をしているというのに。
それも、理事長の信任を受けているとはいえ、自分と同じ立場のはずの一教員からの通達とあれば、誰も従うはずはない。
それは、Aクラスの担任をしていたクラッツの身の上にも振りかかり、かなり神経を使って作成した教育計画を勝手にだめ呼ばわりされてむっとしたのを覚えている。
たしか目の前にいるべラブはさらにひどいことを言われていた気がする。
何年も同じ教育計画しか出されていないことを挙げ連ねらねられて、無能呼ばわりすら他の教員たちの前でされていた。
これで、大賢者に対して好感を持つほうがおかしい。
やれと一方的に押し付ける大賢者とすでに合格を受けていると反発する教員陣で学園はここ暫く、一発触発の状況が続いていた。
無理やり押し付けるのであれば学校を辞めるとまで言う教師まで現れた事態を見て青くなり、ただでさえ少ない頭髪をさらに一部散らした校長と教頭が慌てて、大賢者に嘆願し、漸くある条件をつけることで折り合いをつけた。
曰く『五年Z組の成績を今期末の実力テストで誰か一人でも学年の十位以内につけること。』
そうすれば、全ての教員は辞めるなど言わず、文句なく教育内容を見直す。
それが、全教員が出した条件だった。
通常考えれば、無茶な話である。
期末の実力テストは全生徒が強制的に受けることになる試験であり、学年の十位以内など、通常Aクラスだけで埋まってしまう。
それを全校レベルで最低と言われたZクラスの人間からそれを出せと言うのだ。
つまり、押し付けるのなら自分の教育計画がいかに素晴らしいかを実際に示して見せろと言うことだ。
誰もが、授業をすることすら投げ出す生徒達を相手にどんな教育をしていくのか見ものだったが、最初から授業をボイコットされており、皆がそれ見たことかと嘲った一週間後、誰もが予想し得なかった行動に大賢者は出た。
真に疑わしそうな目をするべラブに、あくまで冷静にクラッツは言葉を選びながら答えた。
「…そうですね。彼が、本物であれどうであれすさまじい魔力と破天荒な教育の力を秘めているのは疑いようはないように思えます。」
そうですか?と不満そうに口を尖らせるべラブを無視して、そろりと目線だけ動かしディスプレイを見た。
そこに少し前まで表示されていた情報とは異なるまるで最低学年の少年かと思われる小さな体の彼に本当に古の英雄であるかは誰もが疑問に思うところではあったが、理事長の後ろ立てがある手前、誰もが偽者疑惑を持ちながら、それが指摘されることはなかった。
彼が本物であれ、何であれ、就任一週間目で授業ボイコットしていた生徒達を魔物の出ると言われている森に全員を問答無用で放り込むというとんでもない荒行を成し遂げたことから、その魔力は絶大であると言うことは証明されている。
「そうですよ。なんにせよ、あのZクラスでちゃんと授業が出来ているようなのですから。」
驚いたことに森から帰ってきたZクラスの生徒達が大賢者に怯えながらも授業を受けるようになったのである。
大賢者に森に送られ、泣いて謝り、賢者の魔法で学園に戻った生徒もいたらしいが、大賢者に反発して、森を抜けて学園まで自力で戻ってきたものもいた。
が、どの生徒も現在では授業をボイコットすることなく普通に現在では授業が出来ているらしい。
「でも、生徒を大層脅したと聞いていますけど。そんなんで今後も授業が長く続けられるのかわかりませんわよ。」
あくまで大賢者をかばうようなクラッツの言葉に「先生はお優しいから」と首を振るべラブに、内心嘲笑を浮かべる。
べラブも担任の不在時代にZクラスで何度か授業を受け持ったが、そのことごとくが授業にならなかったと聞いたことがある。
自分には出来ないことなのに、手段はどうあれそれを成し遂げた人間に対して随分えらそうな見解が出来たものである。
「それでも大した進歩ですよ。あのZクラスをなのですから。」
内心の嘲りを見事に封じ、クラッツはあくまで微笑を浮かべる。
本当に大したことなのだ。誰もが見放した生徒達を教室の机にきちんとつけさせることが出来たのだから。
そのクラッツの表情にどこか嫉妬のようなものを滲ませ、べラブが言った。
「…。でもそれだけですわ。授業を受けさせるだけではあの条件は満たせない。」
べラブの顔に嘲笑の色が現れる。
その表情にクラッツは素直に醜いと感じる。
思わずかすかに眉間に皺を寄せてしまう。だが本のわずか過ぎてべラブが気付いた様子はない。
「…ええ、そうですね。確かにこのままというだけではあの条件は満たすには程遠い。」
あくまで机に向かって授業を受けると言うのは基本中の基本だ。
学力が上がるとかそれ以前の問題だった。
さてはて、それをどうやって乗り越えると言うのか。
「さて、古の大賢者様は一体これからどうやって奇跡を起こしてくれるのか。」
クラッツは手元にあったキーボードを撫でた。
魔導ネットを通じた情報通信機器など、触媒を利用し誰にでも修行することなく魔法のような効果を得られるこの魔導技術はかつて基礎理論をパールディーが構築し、それを後世の人間が発展させたものだと言われている。
当時の人間には考えも付かなかったその理論をもたらした大賢者は一体今度はどんな奇跡的な理論を目の前に示してくれると言うのか。
思わず、楽しみになって口を綻ばせたときだった。
「ああ、いたいた。べラブ。探したぞ。」
突然廊下につながる扉が開き、話の中心人物が現れた。
「っ!」
「っ!…だっ大賢者様!?」
あまりにも突然だったためクラッツは息を呑み、べラブはさらに盛大にうろたえた。
「…っと。クラッツも一緒だったか?…もしかして邪魔したか?」
まったく気まずそうな雰囲気もなくいけしゃあしゃあとそんなことをのたまう大賢者にべラブが何かいらぬことを言う前にクラッツは先に口を開いた。
「まさか。冗談がお上手だ。ただ単に私は残業、彼女は忘れ物を取りに来たついでに世間話をしていただけですよ。」
そのクラッツの言い分に何か言いたげにべラブが口を何度か開いたり閉じたりしたが、結局悪口を言っていた相手の出現にうろたえていたのかそれ以上は何もしなかった。
「そうか?ならよいのだが。だが、こんな時間まで残業とはクラッツ、なかなかお前も大変だな。クラッツ。」
「そんなことはありませんよ。仕事ですしね。」
「いやいや、クラッツ。最近のここの教師はあまり残業をしたがらないからな。こんなに遅くまで何をしていたかはわからんが、クラッツほど熱心ではない教師はそうはいない。なあ、クラッツ。」
「…あはは。それはどうも。」
おそらく嫌がらせだろう。
何度も大賢者はわざとらしく褒めながら自分の名前を呼ぶ。
その度に横で殺気が膨れ上がっていくのを感じる。
べラブだ。
べラブは最初クラッツのことを苗字ではなく名前で呼びたいという申し出をしたことがあったが、職場仲間であることを理由にクラッツは断った経緯がある。
なので、必然的に学園の教職員は彼を苗字で呼ぶのだが、わざとなのか、話を聞かないのかこの大賢者は最初から名前を呼び捨てだった。
それが、相当気に入らないらしくべラブは必要以上にこの大賢者を毛嫌いするようになっていた。
その気に入らない理由を連発されれば嫉妬か殺意が膨れ上がるのも当然である。
「それより大賢者様。べラブ先生に何か御用時ではなかったのですか?」
「む、そう言えば、そうだな。」
引きつりそうな顔を必死で抑えながら、クラッツはどうにか話題転換を図る。
それにあっさり頷き、いつもの黒いローブの少しだけ余裕のある構造の袖からを分厚い本を取り出した。
一体どんな構造になっているのやら、大賢者の袖口はまったくその厚みも形も変えなかった。
「べラブ。お前に頼まれていたことをやっておいたぞ。」
「…はあ?…な、何のことでしょう?」
嫉妬心を押さえるのに必死なのか、顔を赤くしたべラブが引きつった笑いで応じるとその手に持った本を差し出した。
べラブは思わず、その本を差し出されるまま受け取る。
本は付箋がびっしりと張られ、不自然なほど分厚くなっている。
その本の題名を覗き込んだべラブの表情が一気に凍りついた。
「はは。忘れたのか?だめだなぁ。べラブ。」
大賢者の声は台詞棒読みのように平坦だが、顔には薄ら寒い笑いを浮かべている。
目が笑っていない。
下手に子供の顔だけにその顔は不気味に見える。
べラブの顔がさらに引きつった。
「前にこの私に言っただろう?Zクラスの全ての授業を私が受け持つと言ったとき、お前は専門家である自分を差し置いてと。
どうしても歴史の授業を私がするというのなら、有名な歴史家であるお前を退けて、授業を出来るだけの証拠を持って来いと。」
だから、お前の書いた本とやらに赤をつけさせてもらった。と表情を変えずに半眼で笑って見せた。
はっきり言って怖い。
クラッツは室内なのに氷点下にまで周囲の気温が下がったような気がした。
パールディーはZクラスの担任を引き受ける際に、全ての教科を自分が受け持つと言った。
通常、学園は専門教諭制をとっており、各教科には専門の教師が教えることになっており、担任は教科以外のことを統括する仕組みになっている。
なので本来であるならば、創始者であるが教師ではないパールディーが教鞭をとれる教科はない。
取れるとすれば魔導学や魔法に関する実技だが、それ以外の教科についてまで本来教鞭を取れる権限はなかった。
しかし、Zクラスはほとんどの教諭に見捨てられたクラスだったので、誰もあのクラスで教鞭をとりたいと思うものはなかった。
その言い分はさほどの抵抗もなく受け入れられたのであるが、べラブだけが反対したのだ。
曰く、専門でもない教諭に生徒の勉強を任せることは出来ないと。
Zクラスの担任が決まるまでは、近寄ることすら嫌がっていたというのにどういう風の吹き回しかとも思ったが、ようは唯の大賢者への嫉妬から来る反発心だったようだ。
だが、その後、理事長や校長のとりなしもあって、全ての教科の担当が大賢者になり、その後はべラブもその言葉に従ったのでこの件は完全に忘れ去られたと思われたのだが。
大賢者はどうやらべラブの子供の反抗めいた言葉を根に持っていたようである。
大人気ないとクラッツは思った。見た目は子供だが。
「一応興味深く読ませてもらったが、いろいろ間違いも多かったぞ。
四百年前のミルトレートの王が生涯独身を貫いたのは神との契約じゃなくて、ただ単に奴が男色だっただけの話しだし、千年前にあった王朝の首都はレディストの南の遺跡じゃなくて、西のトレイスレイスの町がある辺りだ。
他にもあるが、まあ、詳しい話はここに書いておいたから読んでくれ。」
「そんなのっ!何でわかって・・・!」
べラブの顔が引きつらせながら、顔を赤くして反論しようとした。
べラブの書いた本は彼女の歴史家としての全ての力を集めて書いた本で大陸の歴史博物協会からは高い評価を受けている。
そのことがべラブの一番の自慢だったし、またそのことが彼女の高いプライドを支えもしていた。
だから、彼女は授業でもその本を使ったし、自分のかいた歴史の説が真実であることを疑いもしなかったのである。
だが、そんな彼女の激怒をまったく意に介さず、大賢者を名乗るべラブより遥かに低い身長の少年は、十人の人間を殺した凶悪犯より凶悪に笑って見せた。
「私を誰だと思っているんだ?」
べラブの顔が完全に凍りつく。
見た目は子供だ。だが、目の前に立つ少年は大賢者を名乗っている。
古の時代より、真実なら五百年以上のときを生きる少年。
彼は生きてきたのだ。べラブが想像しながらでしか書けなかった時代を実際に見てきたのだ。
その目で。想像などではない真実を。
「あ、あ…。」
最早声も出ず、べラブは畏怖にがたがたと震えだした。
最早彼が大賢者だかどうかなど、関係がなかった。
ひたすら自分より小柄な少年が怖くて仕方がなかった。
「わ、私、急用を思い出しましたのでこれで!」
べラブが逃げるように職員室を飛び出していく。
「おーい。忘れ物はいいのか〜?」
大賢者が気のない声でべラブの出て行った扉に声を掛ける。
だが聞こえた様子もなくべラブが帰ってくる様子もない。
クラッツは苦笑めいた顔で溜息を付いた。
「…大人気ないですね。あの言葉は彼女のほんの小さな反抗心だったんでしょうに。」
「ふん。だからといって、舐められて放って置けるか。『やられたらやり返す。やられた分は千倍返し、相手が動かなくなるまで叩きのめす。』それが私の座右の銘なんだよ。」
怖い座右の銘だとクラッツは冷や汗を流す。
普通であれば千倍返しなど笑い話にもなりそうな言葉だが、この大賢者なら本気でやりかねない。
「だが、そんな言葉、こんな薄暗い室内で私の悪口を言っていた男に言われる筋合いはない。」
背中がひやりとするのは何年ぶりだろうか。
だが、あくまでもクラッツの表情は崩れない。
「それは失礼しました。別に悪口のつもりはなかったのですが。」
「…ふん、どうだかな。」
大賢者は疑わしそうな目を向けたが、それ以上は言及するつもりはないらしい。
直に興味を失ったように出口に向かって歩き出す。
「…どちらへ?」
「帰る。もう用事は済んだしな。夜に大した知り合いでもない男と一緒にいる趣味はないんでね。」
大賢者が帰るというのは学園の敷地内にある小さな離れのことだ。
生徒はもちろん教職員にもこの学園では敷地内での生活が義務付けられている。
それはいくら大賢者といえども逃れられるものではなった。
生徒用の寮と教職員用の寮は校舎を挟んで両側に別棟で存在している。
が、大賢者だけはその教職員用の寮は使わず、オームの森に近い学園の隅にひっそりと立てられた一軒家に住んでいた。
一軒家と言っても簡素なレンガ造りの小さな小屋のようなもので、クラッツはその建物が一体いつからそこに存在していたのか知らない。
使い魔を持っている大賢者には常に魔物が一緒にいるような状況なので、一緒の建物に住むことを他の教職員が拒んだのだ。
だが、それを特に大賢者は気にもせず、ならばとその一軒家に住まいを勝手に決めて住み始めてしまったのだ。
理事長も校長もそんなところに住まなくてもと思ったが、他に妙案があったわけでもなかったので、そのままそこが大賢者の住処となってしまったのだ。
「大賢者。」
扉を出ようとしたところを呼び止める。
小さな体が反応して振り返る。
「なんだ?」
少し不機嫌そうな顔に、せいぜい人畜無害っぽい顔をして微笑んだ。
「ひとつ提案があるのですが……。」
というわけで、新キャラさらに登場です。
登場人物多いよ!この話!
とか思うかもしれませんが、おそらくさらに増えます。
ご了承ください。
特設頁

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