翌日の朝
「…ふあああぁぁぁ〜。」
メントスは盛大な欠伸をした。
「まだ、ねむい…。」
「何、言ってんの。最後まで寝てたくせに。」
不機嫌そうにカールがメントスを睨む。
なかなか起きないメントスに業を煮やして、ベットから蹴り飛ばしたら漸く起きた。
それでも眠そうにぼんやりする彼に呆れとともに
「そろそろ、出る。」
すでに身支度を整えているアポロがドアを指す。
窓の外はまだ薄暗く、まだ日が上って間もない頃だろうが、もうすでに扉の向こうで物音が聞こえている。
すでに家人が起きているのだ。
押しかけて泊めてもらっている手前あまりぐずぐずするわけにはいかない。
カールは頷いて、扉を開いた。
「あ、三人ともおっはよ〜。」
「漸く起きたんですの?寝ぼすけですこと。」
居間に続くドアを開けると、すでに女子二人は身支度を整えて中央にある少し大きめのテーブルについていた。
「おはよう。でも、言わせてもらうけどね。僕達はとっくに起きてたよ。寝坊はメントスだけ。」
「…Zzzz。」
カールがメントスを指差しながらじろりと睨むと、半分意識を飛ばしたままのメントスが壁にもたれて立ったまま寝ている。
そんな様子の男子組にサシャは冷たい視線だ。
「皆遅れて部屋から出てきたんですもの。関係ないですわよ。」
「同罪だよねぇ〜。」
「まあ、皆さん。昨日は大変でしたものね。仕方が無いわ。」
突然割って入った第三者の声に目を向けると居間と同じ空間にある小さなキッチンの入り口に小柄なメントスたちとそう年の変わらない少女が立っていた。
濃い茶色の髪をお下げに結って、質素な足首までのワンピースを纏っている。地味だが愛嬌のある少女だ。
「おはようございます。皆さん。」
にっこり笑って挨拶する見覚えの無い少女に男子陣がわからない顔をすると、また別の場所から声が聞こえた。
「私の妻だよ。」
外に通じる扉から、今帰ってきたばかりらしいセルバが立っていた。
「あなた。」
妻と紹介された少女が嬉しそうに駆け寄っていく。
どう見ても、親子ほどに年の離れて見える二人は、仲むつまじそうにお互いの頬に口付けした。
それを見ていた五人はなんとも言えない視線をセルバに向ける。
「…ロリコ…。」
「馬鹿!」
何か言いかけたアポロにサシャがすかさず、頭を叩く。
だが、遅かったのか、微妙な顔のセルバと目が合った。
彼は気まずそうにこほんと咳払いをする。
「…一応、言っておくが、妻は、イリーシャは私と同い年だからね。」
「え?!」
皆が目を向いてセルバの前に立つ、にこやかな少女に注目する。
「ナダ村代表セルバの妻のイリーシャです。こう見えても皆様とは多分一回り以上は違いますよ?ふふ。」
皆様よろしくお願いしますね、と少し茶目っ気をだし、穏やかに微笑む姿はどうみても少女のそれだ。
だが、その中に年長者特有の包み込むような穏やかさが見えて、少し納得する。
だが、やっぱりロリコンではないかと思ったが、泊めてもらっている恩義ゆえ誰も突っ込まなかった。
「だが、結構起きるのが早かったね。昨日は大変だったし、もっと寝ていてもよかったんだが。」
「…そんな、セルバ代表こそ一晩中起きていらしたんでしょう?」
休ませてもらった上で、そこまで図々しくはなれないと、図々しくも未だに半分眠っているメントスをサシャは睨みつける。
だが、セルバは気にした様子もなく、むしろ困った様子になった。
「いやいや。気にしないでくれ。自分の村のことだ。むしろ部外者である君達を巻き込んですまなかったと思うよ。」
そこまで言って、セルバはやにわに表情を引き締めた。
「…いや、むしろ改めて御礼を申し上げよう。パールディー魔法学園の方々。我がナダ村を救ってくれて感謝している。」
深々と頭を下げるセルバ夫妻に驚く五人。
「そんな、顔を上げてください!」
慌てて、カールが言うとサシャが続ける。
「そうですわ!私たちはなにも出来てませんわ。キラートスはほとんどあの大賢者が一人で倒したんですから。」
「私達は一匹きりだよ?」
「しかも、五人がかり、やっと。」
それぞれが言い募れば募るほど、なんだが情けないような心苦しいような落ち込みが、押し寄せてくる。
だんだんテンションが下がる面々を気にせず、イリーシャが明るい声を出した。
「それでも、バナスさんのところの奥さんを助けていただきましたよ。」
バナス?と首を傾げると、最初に彼らが倒したキラートスに襲われていた女性のことだと説明される。
「いかに賢者様がすごくても、あのタイミングに現れては彼女を助けられませんでしたわ。彼女は感謝していましたよ。」
あなた方に、というイリーシャの言葉にカールたちは微妙な表情になった。
お互い顔を合わせて、なんだかむず痒いような照れくさいような気分を味わう。
Zクラスというところにいる人間である彼らは基本あまり誰かに感謝されたりしたことがない。
誰もが罵倒し、屑だと避けずさむばかりだ。
それが、人の命を助けたと、感謝されたのだ。
なんだか背中の辺りがむず痒いのはきっと慣れない感情に触れたからなのだろう。
「…こほん。でも、だからといっていつまでも甘えてはいられませんわ。」
照れ隠しに咳払いでごまかす。
イリーシャが笑った。
「だったら、せめて朝食はご馳走させてください。もう準備は整っているんですよ。」
「でも…。」
さらに言い募ろうとしたときだった。
ぐ〜。
タイミングを計ったように誰かの腹の虫が鳴く。
誰の音かと音の根に目を向けると、漸く起きたらしいメントスがお腹を押さえて立っていた。
「…腹減った。」
他にいうことないんかいっ!と殺気立つ四人。だが、
ぐ〜。
一斉に皆のお腹から鳴き声が聞こえた。
そう言えば、昨日の朝から何も食べていない上に、あれほどの大立ち回りをやった翌朝なのだったと思い出す。
恥ずかしさに固まる生徒達に、セルバは苦笑し、あくまでイリーシャは朗らかに笑った。
「では、決まりですね。すぐに用意しますので、皆様は席についていてください。」
誰も反論せず、顔を赤くしながらすごすご席に着く。
それをにこやかに見守ると、イリーシャはそのままキッチンに入っていく。
「あ、なら、せめて手伝いますわ。」
サシャが慌てて席を立とうとすると、セルバがやんわりとどめた。
「いや、君はここに座っていなさい。」
「でも・・・。」
「君達に話がある。」
そこまで言われては座らないわけにはいかず、サシャは仕方なく椅子に座りなおした。
「すまないね。でも、手伝いは本当に不要だ。彼女は手際がよいし、手伝うと返って遅くなってしまったりするから。」
「…それより、話とはなんですか?」
「ふむ、そうだったね。話というよりお願いなんだ。」
「お願い?」
「この村がキラートスに襲われたことを他言しないでほしいんだ。」
「え!?」
メントスたちは驚いた。
「でも、それでは復興に国の援助が受けられないんじゃ…。」
村が何らかの災害に見舞われたときに、その属する国に願い出れば、ある程度兵士を斡旋したり、食料の供給を受けたり出来る。
だが、それはあくまでその村の村長か代表が国家に願い出ればの話だ。
昨日見た村の惨状を思い出し、そしてもともと貧しいこの村の経済状態では自力で復興ははっきり言って難しいように思われた。
カールの言葉に、セルバは難しい顔をした。
「そうなんだが、村の現状が現状だ。万一、復興に王国の兵士が入りメビウスがあったことがばれれば…。」
復興どころか村を殲滅されかねない。
セルバがあえて言わなかったその言葉に五人は背中につめたい汗が伝うのを感じる。
そんな五人の硬い表情に気付いたセルバは無理やり明るい顔を作った。
「文字通り、自分達が撒いた種だ。こればっかりは仕方がない。それに、幸いというかなんと言うか、人的被害はほとんど無かったしね。」
今回のキラートス襲撃事件では幸いなことに、殺された村長を除いて、村人に死人がいなかった。
「でも、またキラートスに襲われることはないんですか。」
カールが神妙な顔で聞いた。
一番気になるところだ。
だが、セルバは意外なほどあっさりとした様子で答えた。
「大丈夫だ、と賢者様が請け負ってくださった。」
「は?」
驚く一同。
「そう言えばあの大賢者は?」
メントスが聞くと、一時間ほど前にすでに立たれたよ、セルバが答える。
「それより。なぜ大賢者は大丈夫だと?」
先が気になるのかカールが先を促す。
セルバはうむっと頷き、目を閉じた。
「賢者様が言うには、どうやら原因はあのメビウスらしい。」
もともとメビウスには魔力の保存効果があって、それは魔力を帯びるものを誘う効果ももたらす。
それが、魔力の強い魔物を呼び寄せる結果につながったのだと大賢者はこの代表に答えていたらしい。
「メビウスがご禁制の花になったのも、麻薬の材料というよりそちらの効果が問題になったかららしい。知らなかったとはいえ、とんでもないものを作らされていたと改めてぞっとするよ。」
「燃やしたから、大丈夫だと?でもキラートスが村への道を覚えていてもう一度襲ってきたら?」
カールの重ねての質問にセルバは後ろから何かを取り出しながら答えた。
「その場合にと賢者様がこれを下さった。」
そういっておかれたのは細長い筒状の容器に入った液体だった。
「これは?」
「キラートスよけの薬品だそうだ。村の周辺に撒いておけば一月は近づきもしないらしい。」
キラートスの嫌いな匂いらしいよ、としきりに感心するセルバ。
「一月もたてば、キラートスが道を覚えているなんてことは確実になくなるし、嫌いな匂いの残る場所には近づかなくなるだろうと。君達は本当に偉大な方に教えてもらっているんだね。うらやましいよ。」
「……………。」
本当にうらやましそうに溜息をつかれて、メントスたちは微妙な顔をした。
扉が開かなかったら扉を吹き飛ばし、授業をボイコットしたら見せしめに魔物のいるかもしれない森に嫌がらせとして転送したり。
真実を知らないということはなんと幸せなことなのか。
思わず涙が出そうになるのをこらえた。
「それに、君達も随分賢者様に見込まれているようだしね。」
「は?」
どんな勘違いだそれは。
という前に爆弾発言を投げ込まれる。
「賢者様からの伝言だよ。『全員、午後の授業までに教室にいること。条件は昨日と同じ。』だそうだよ。」
五人の間に戦慄が走った。
ナダ村はオームの森の北に位置し、西側に位置する学園までは大体大人が歩き詰めでも一日がかりの距離がある。
それを半日で歩いて到達しなければ、退学と言われている事と同義語だった。
五人は一斉に立ち上がる。
「いや、大人の足でも無理なのに、それが可能だって思われているんだろ?それがどうして見込まれて・・・あれ?どこに行くんだい?」
のんきに話すセルバが驚いていたが、構ってはいられない。
五人は玄関に駆け出す。カールが頭だけ振り返った。
「帰ります!」
「どうもお邪魔しましたぁ〜。」
ばたばたと走る生徒達を呆気に取られて見ているセルバの横をすり抜け外に飛び出す。
「もう!昨日の無茶な戦闘の後にこの仕打ちですの!」
サシャが走りながら憤慨した。
走る足にはシップや絆創膏などが張られ、まだまだ昨日のダメージは完全に回復し切れていない。
しかも、若さゆえの早く来る筋肉痛で体はぼろぼろだが、走らないわけにはいかなかった。
朝一番の村は朝日に照らされ、昨日の惨状を余計にむごったらしく晒していた。
建物は所々壊れ、道にはガラスや瓦礫が散っている。
一晩中燃やしていたのだろうメビウスやキラートスの死体のおかげで焼け焦げた匂いが充満している。
なんとも焦げ臭い朝だった。
一晩中働きづめだった村人も流石に明け方には自分の家に戻って休んでいるらしく、辺りに人の姿は見られない。
その中を五人は必死で走りぬけていく。
「午後の授業の開始まで後どれくらいあるんだ!?」
一番最後まで眠そうにしていたメントスだが、体力的には一番あるので皆の先頭を走る。
「今が、日が昇って間もないとしてあと、三刻(六時間)くらい?」
そのすぐ後を走るカールの言葉に全員の絶望が走る。
「お腹減った。」
アポロがポロリと言葉をこぼす。
それと共に皆のスピードが落ちる。
セルバ宅で食べるはずだった朝食は結局お預けを食らい、若い体はエネルギーを欲して止まず、力が入らない。
せめて食べてくればよかったかと思ったが、今更引き返して食べるほどに時間はない。
「もう、無理かなぁ〜。」
一行の中で一番、体力の無いマーブルが弱音を漏らしたときだった。
「皆さま〜〜!」
突然、後ろからイリーシャの声が聞こえ、立ち止まる。
息を切らして走ってくる幼妻を驚いて、思わず待っていると追いついてきた彼女はメントスに大きなバスケットを渡してきた。
「お弁当にしましたから、よろしければ、持っていらして。」
息を整えながら、笑うイリーシャに皆驚く。
「そのために走ってきてくれたんですの?」
「ごめんなさいね。主人ったら。大事な伝言をこんなに遅くまで伝えないなんて。」
いくらなんでも半日は無茶よね。そう言って笑う。
受け取ったバスケットからはなんとも美味しそうな匂いがした。
こんな村の現状だ。食料だって決して満足いくほどあるはずが無かった。
だが、こうして持たせてくれようとしている。
その気持ちが嬉しかった。
「ありがとうございます。」
メントスは素直にお礼を言った。
それに倣うように他の四人も次々礼を言う。
「ふふ、噂は当てにならないものね?」
お礼を言われてくすぐったそうなイリーシャがそんなことを言う。
わからず、首を傾げる。
「パールディー魔法学園の生徒は問題児ばかりだって、噂。皆様を見ているとちっともそうは思えないわ?」
問題児の筆頭に数えられる彼らとしては少し複雑な思いがする。
だが、まったく彼らの様子に気付かないイリーシャは最後まで笑顔で言った。
「さあ、もういって?間に合わなくなるわ。皆様ありがとう。さようなら。」
瓦礫の山と化した村を背に少女めいた容姿の女性が笑う。
その顔には純粋な感謝が見えた。
今まで生きてきた中でこれほどの感謝を受けたことがあっただろうか。
皆が、彼らを邪魔者扱いした。
彼らを見る前に彼らの持つ肩書きを見て態度を決めてかかる。
Zクラスというだけで馬鹿にする連中も大勢いた。
誰も、彼ら自身を見ようとはしてくれなかった。
だが、目の前にいる女性は自分達の肩書きなんか知らない。
ただ、学園の生徒だとしか知らない中で、彼女や彼女の夫は彼らに感謝を送ってくれた。
ただ、昨日の戦いは夢中だった。
キラートスを目の前にして殺されそうな人を見て思わず、戦っただけだ。
勝算もなにもあったものではない、言われればおろかとしか言われない行為だ。
だが、こうして喜んでくれた人がいる。
純粋にこの人たちが生きていることが嬉しかった。
「ええ、ありがとうございます。」
「お元気で。」
「さようなら。」
口々にイリーシャに言葉を置いてメントスたちは、学園に戻るべく歩き始めた。
心にほんのりとした暖かさを持ちながら。
む〜、なかなかきりのいいところまでかけないものです。
つぎこそ!
本の小説でいうところの1巻完をめざしまっす!
でも小説自体はまだまだ終わらないですよ?
特設頁

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