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大賢者の秘密その2
「さて、お仕置きもすんだが…。」

大賢者たる少女は地面に伸びた獣の背に腰掛けた。
獣は時々痙攣したようにぴくぴく動くが、されるがままだ。

『ご主人様って・・・、最早グラナダの護衛なんて要らないんじゃないんですか〜?』

涙声で訴える使い魔にむっとして答える。

「馬鹿を言え。お前みたいに抵抗してこない相手ならともかく、押さえ込まれたらたとえ生徒達でも今の私には抵抗できんぞ。」
『う〜。でもそれだけ関節技が使えたら問題ないんじゃ・・・。』

さめざめと泣きだした獣を放っておいて、パールディーは空を見た。
星が輝いていたが、月はなく普段の月夜に比べれば格段に暗い。
森に視線を転じれば、水蛍が舞う泉の周辺はともかくほんの数歩分先の森の中は闇に包まれ得もいわれぬ不気味さを漂わせている。
オームの森、かつて自分が植えた木々が増殖し大きな森の形となったものだ。
一体何百年ぶりだろうか。ここにくるのは。
少なくとも最後に来たときにはまだパールディーは独りではなかった。
だから最低でも五百年は放置していた場所だったが、あの植えた木たちは植えた本人の無関心さとは裏腹に、ずっとその存在意義を全うし続けていたようである。
そんなことを思いながら、パールディーはかすかに唸った。
そもそもここに来るような予定は朝の時点ではなかったのだ。
朝の予定では今頃いつも新月の夜を過ごす洞窟で、今は使い魔を引退したグラナダの母親と一緒にゆっくりお茶でも飲みながら過ごすはずだった。
なんだったら、その時点では行方不明だったグラナダをその予定の中に入れてもいい。
だが、断じてこんな薄暗い森の泉で水浴びをするような予定ではなかったはずだった。
ケチが付き始めたのは一体いつだったか。
新月の晩を控えた朝に、生徒達を転送魔法で森へと放ち、謝って帰ってきたものにはそのまま教室に来るように伝え、授業をその日の分行った。
パールディーにあくまで反発するものはそのまま森へと残したが、彼らの身をそんなに案じはしなかった。
見せしめとお仕置きをかねた森からの脱出課題は、メントスたちが考えていたほど危険なものではなかった。
新月の夜を控えた日中は、魔物たちもその日に篭る場所の支度に掛かりきりになるため、非常に魔物への遭遇率が低くなる。
また、その日のオームの森も魔力自体が薄くなる日なので魔力に依存する迷いの効果も薄くなり、外側に近い森の中なら基本まっすぐ歩いてしまえば実はさほど迷うことも無く出れてしまうのである。
一応それなりの安全対策は考えていたつもりだ。
パールディーの予定ではすんなり森を出た生徒達は一晩野宿するなりの体験を経て、学園に戻ってくるというだけの話だったのである。
だから、彼らの行動を気にしたりはしなかったし、帰っていた生徒達の授業のこともあり、いっそ完全に彼らのことを忘れていた。
とんでもない教師である。
だが、事態はパールディーの予想を完全に裏切った。
彼らは魔物に襲われる村に足を踏み入れ、そして戦闘になっている。
場合によっては、新月篭り準備中の魔物と運悪く出会ってしまうこともあるかもと、一応武器を渡していた。
キラートス程度の弱い魔物であれば、それで威嚇すれば、準備のほうが重要である彼らはそれですんなり退散する。
それで無くともキラートス程度は倒してほしいところであるとは思っていたが。
だから、ほんの気まぐれで念話した先で彼らが戦闘になっていることに驚きはしたが、手を貸そうとは思わなかった。
だが、なぜだが胸騒ぎがして、彼らのいる周辺を遠見の魔法で見て驚いた。
キラートスが集団で村を襲う事態をパールディーは何百年かの生の中で初めて見た。
あまり頭のよろしくないキラートスは基本的に群れを作らないし、協力してどこかを襲うなどという高等なことは出来ないと思っていたし、それは確かに過去間違っていたことは無かった。
だが、それは実際に起きて、遠見の映像の中にある。
大賢者の自分でも予想し得ないことである。
だが、集団とはいえ所詮はキラートスだ。
場合によってはそこにいた魔法学園の生徒達にその退治を任せもよいかとも考えたが、彼らは五人がかりで一匹を倒しただけで、動けなくなっており、仕方なくパールディーはナダ村に飛んだ。
元々来たくは無かった。人間から見ればそうは見えないかもしれないが、パールディー自身も新月の影響を受けていたので、昼の時点でもかなり魔力を失っていた。
そこに遠出をすれば、帰るころには魔力切れだ。
真に危険な新月の夜を安全な洞窟で過ごすことは出来なくなる。

(人間にはわからないだろうけど…)

新月の晩というのは本当に魔族にとって命取りになる時間なのだ。
その日に決めていた安全な隠れ家にいないことは正直恐怖でしかない。
だが、それによって彼らを死なせるわけにはいかなかったし、もう一つ気になることがあったのでここにいる。
パールディーは眉間に皺を寄せながら使い魔の名を呼んだ。

「…グラナダ。お前本当にメビウスの入手ルートを知らないのだな?」

グラナダはきょとんとした。

『え?さっきも言いましたけど、私は村長が得意げにメビウスの効能を教えてくれたのを聞いただけです。』
「…そうか。」

パールディーは爪を噛んだ。
もう一つの気になることとはメビウスのことだった。
村に広がる白い花を見たとき、目を見開いた。
先ほど村ではメビウスのことを麻薬を作る植物としか表現しなかったが、実はもっと大きな利用方法がある。
メビウスから作られる解放の星(カタルシス・スター)は魔術の触媒として使われる。
元々はこのために作られたドラッグであり、麻薬としての作用は後付と言えた。
パールディーも時々術式に使用するが、とても貴重なものである。
花を見た瞬間、解放の星も作っていることは見受けられたし、村を助けたのは少なからずこれを手に入れたいと言う打算が無かったわけではなかった。
だから、メントスの剣幕にも一応反論はしなかった。
だが、その後に疑問もわいた。
一体誰がなんの目的でメビウスを寂れた村で作らせているのか。
最初は麻薬目的だと思った。
特産も無く貧しい村では、手っ取り早くお金の稼げる麻薬を作ることは、かなりの魅力的産業だ。
一応魔術の触媒用という線も考えたが、解放の星を使った術などすでに世界では廃れていて、パールディー以外に使える人間はおそらくいないだろうと思っていたため、すぐにその理由を否定した。
だが、ここにきてメビウス作りを村で始めた村長が死霊術で操られたキラートスに殺された。
明らかな口封じである。
もちろん、麻薬を作るため、ご禁制の植物を斡旋した業者が口封じの為にしたことだと考えられなくも無い。
だが、そのために魔物の死体を操って人を殺す死霊術を使うなどおかしなことだった。
死霊術は魔術の中でも特に扱いが難しい術であり、生半可な魔法使いでは使うことすら出来ない。
それをあれほど鮮やかに、しかも自分に悟られることなく目的を達成させたのだ。
おそらく現在の魔法を使うものの中でもトップレベルの人間が動いている。
麻薬作りは重罪だが、そんなことの口封じに現在では稀な死霊使いがわざわざ術を使ったりすることは考えられなかった。
何かが、動いている。そう感じた。
今思えば村長に付き従っていた連中を逃がしてしまったのが悔やまれる。
おそらく今残っている村人からではそう詳しい話は聞けまい。
村長を殺したキラートスは村長だけを殺して、パールディーが放った魔法に焼かれて炭になった。
だが、あの音もなく忍び寄り一瞬で村長だけ殺してのけた手腕。
あれほどの力があれば、事情を知る村人すらも全て殺すことは出来ただろう。
だが、それでもあの死体のキラートスは村長を殺した後はでくの坊のように突っ立ったまま動かなかった。
おそらく、術者がそれ以上の口封じは必要ないと判断したからだ。
翌日村長の話を聞くことにしていたが、無駄足に終わりそうだと思うと溜息が出る。
一体誰が、何の目的で大量のメビウスを必要とするのか。
大賢者にすらわからないことだらけだ。

「ああ、もう!」

パールディーは頭を掻いた。
元々考え事をする為にここに来たのにまったく頭がまとまらない。
水辺が好きでよく滝に行っては打たれながら考えをまとめていくことに没頭するのが目的だったのにいろいろな不足な事態が起きて達成できていない。
パールディーはちらりとメントスに目を走らせた。
相変わらず健やかな寝顔である。
さて、いくら教え子とはいえ、この姿を見られたのだ。
どうせ、子供のパールディーと同一人物など考えも付かないだろうが、一応何かの拍子にこの場所で魔族の女を見たなどと言われたら何が起きるかわからない。
魔族はあくまでも英雄が封じた結界の中で、現在には一人も大陸に残っていないというのが定説である。
そこにパールディーの姿が確認されると世間に混乱を招きかねない。
なんとかして、メントスが言いふらす前に、彼には白い髪に紅目の少女がいたことを忘れてもらわなければならない。

さて、と思ったときだった。
一陣の風が吹いた。
特設頁

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