熊さん!お逃げなさい!
その後は一方的な殺戮だった。
大賢者がなにか言葉を発するたびにキラートスは複数単位で地に転がり、火達磨と化し、チリも残さず消滅していく。
「ふはははは!愚か者!」
「ぐおおぉぉぉ!!」
顔には凶悪な笑みを貼り付けたまま、少年は楽しそうに杖を振りかざす。
その度に村を襲っていたキラートスは逃げ惑い、そして火柱となって倒れていく。
その光景をメントスたち五人は呆気にとられて見つめていた。
まったく人間業ではない。
「業火炎極柱!」
賢者の一声でさらに数対のキラートスが灰塵に化す。
だが。
「あ!」
大賢者の攻撃を仲間の体を盾に防いだキラートスが一体だけ、猛スピードで少年へと襲い掛かる。
そのスピードたるやすさまじくメントスたちは目で追うことが精一杯だった。
もちろんその攻撃も高速かつ凶悪でキラートスの振り下ろしの一撃だけで小柄な少年は一瞬で肉塊に変じるだろうと誰もが思った。
それが普通の少年なら。
「ふっ、猪口才な。」
大賢者たる少年はまったくあせることなく杖を横に振った。
「風の守り」
「え?」
カールは驚いて目を見開いた。
今、賢者が唱えたのは風の精霊魔法でも最下級に属する魔法だ。
しかも、攻撃魔法などではなく敵のスピードをそぐための補助魔法だ。
だが、それは通常体の比較的軽いものに対して風の抵抗で体の動きを封じる術なのでキラートスのような巨体の魔物には効果はないとされていた。
だが、元々の魔力の容量が違うのか大賢者の起こす風はとても最下級の術とは思えないほど強烈で、キラートスのスピードは目に見えて遅くなる。
だが、やはり最低呪文は最低呪文。
完全には押さえきれず、少しずつキラートスは大賢者に近づいていく。
そしてその爪が小さな体に掛かろうとするとき、大賢者の子供らしい短い指がぱちんと鳴る。
「ループ」
声と共に突然キラートスを押さえていただけの風が収縮し、キラートスを包んで渦巻き始める。
高濃度の風の勢いにとうとうキラートスはその動きを封じられ、動くことさえ適わなくなる。
だが、それだけだ。風はキラートスを傷つけるようなことはなくただ、中心にキラートスを取り込んで回っているだけだ。
一体何をしようとしていうるのかメントスにはわからなかった。
「…えげつなぁ。」
珍しく眉根を寄せて不快を表した表情のカールの声を聞き、振り返る。
「何だよ。ただ動きを封じているだけじゃないのか?」
「…メントス、お前ね。」
呆れたような顔が帰ってくる。だがこちらのまったく理解していない顔を見ると溜息を吐いた。
なんだか言っても無駄って雰囲気が伝わって少しむっとする。
「まあ、いいや。説明すると、風の守りの術って言うのは空気を動かして、相手にぶつける術だよ。普通は風の力をまっすぐぶつけて動きを奪うだけだけど、あの自称大賢者はそれをアレンジしてキラートスを中心に渦を巻くように空気を動かしているんだ。」
「だから?それで動きを奪うだけだろ?何がえげつないんだよ?」
「……。中心に生物を巻き込んでその周囲で空気を動かす。つまりあの中の空気を全て奪いながらあの竜巻は回っているんだよ。あの中心は無酸素。真空状態だからあの中に生き物がいたらじわじわと窒息する。」
「……。陰湿だな。」
「まあ、…でも、なんで風属性のお前がそんなこともわかんないわけ?」
「むっ。しょうがないだろう?魔法なんて使えなんだから。」
二人がそんな会話をしている間も大賢者の行動は終わらない。
竜巻の中で声も無くもがき苦しむキラートスに、絶好調に
「くくく、苦しかろう?だがそう長くは苦しまんぞ。私は慈悲深いからな。」
本当に慈悲深い人間が聞いたら神に祈りながら殉教しそうな暴言を吐いて、さらに発現呪文を放つ。
「炎業球」
またしても、火系の最弱呪文である。
それも火力を抑えているのか、先ほどカールが放ったものよりもさらに小さな火球だった。
それをなんの躊躇いも無く、窒息死寸前のキラートス入りの竜巻へ放り投げる。
その火が竜巻の風に触れた瞬間だった。
ごおぉ!
「ぐぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!」
大きな爆発音と共に竜巻は炎の柱となり無酸素状態から開放されたはずのキラートスを襲う。
真空状態を作り出した竜巻そのものは高濃度酸素の塊となっていたため、そこに火が引火したのだ。
火柱は爆発を伴って、キラートスを一気に炭化した。
獣の肉の焦げるいやな匂いが当たりに漂う。
「…うう。」
隣でサシャが口を押さえて、必死に吐き気をこらえている。
それはそれは凄惨な光景だ。
一体どんな恨みがあったら、こんな殺戮が行えるのか。
メントスは背中につめたい汗が伝うのを感じる。
炭化したキラートスの体はやがてバランスを失って仰向けに倒れたようだった。
炭化が激しすぎて最早どちらが正面だったのかすらわからない状態だった。
炭化したてのキラートスの体はぴくぴくと筋肉の収縮が収まっておらず、直視に耐えないグロテスクさだ。
だが、そんなことはお構いなしに、大賢者はその頭の部分に足を乗せ、じりじりと踏みにじった。
「ふん。キラートスごときがこの大賢者様に指一本でも触れられると思うなよ!」
そう言い置いてその足に力を込め、炭化したキラートスの頭を踏み抜く。
もろい音と共に形が失われ、後には黒っぽい粉のようなものが残っただけだ。
メントスたちは背筋が凍るのを感じた。
それから数分の後、事態は完全に収縮した。
まだ、村からは煙が上がっているが、見える範囲でキラートスの姿は無い。
村人の声は今だざわついているが、襲われていたときの悲鳴とは違い、どちらかというと未来を案じる不安の声がそこかしこから聞いて取れた。
「……お、終わった。」
顔を紙より白くしてメントスが言葉を発するが、誰も答えるものは誰一人としていない。
皆それぞれ、俯いて吐き気をこらえている。
そうしているうちに一仕事終えたような顔でパールディーがこちらに歩いてきた。
「なんだなんだ。お前ら。なさけない。このくらいで。」
「このくらいって…。」
一見体に不相応な大きな棒切れを担いで胸を張る少年。それがすさまじい火力で一瞬にして数十対というキラートスを倒したと言うのは誰が信じるだろうか。
村は無残に破壊されており、その壁や道に赤い飛まつや、炭化してもとがなになのかわからない肉片がごろごろと転がっている。
特に村の中央に位置するだろう大きな建物の被害は大きく、そのあたりにキラートスの死骸が集中しており、一種地獄絵図と化していた。
「まあ、貧弱な馬鹿どもには少し刺激が強すぎたか?」
酷薄に笑う大賢者に一同唖然とする。
「ともかく、これで一応は片付いたんだ。こんなところで寄り道しないでとっとと…。」
そこまで言ったときだった。
突然建物の影から大賢者に向かって影が飛び掛った。
それは。
「グラナダ!?」
サシャが驚いてその名を呼ぶ。
村に向かった時点で見失った、森でであった少女が一体なぜパールディーに飛び掛るのかわからない。
だが、一同の予想を遥かに超えることを少女は口走った。
「ご主人様ーーーー!」
「「「え?」」」
嬉々として大賢者に走り寄る少女に目を丸くする。
まるで飼い主に飛びつく犬のような勢いの少女に大賢者はさらに一同を唖然とする行動をとった。
「…グラナダ。こっんの、馬鹿使い魔がーーー!」
「ぎゃふーーーー!」
自身に向かって飛びつく勢いの少女に鋭いとび蹴りをかます。
勢い吹っ飛ぶ少女の体が地に転がる。
「マスター…。ひどい。久しぶりに会ったのに。」
さめざめと泣く少女に大賢者の態度は氷点下よりもさらに低い。
「散歩に行くと、勝手に一週間連絡途絶えさせてた奴にいえる言葉か!」
「使い魔…?」
完全に置いてけぼりになった外野のメントスがぽつりとつぶやく。
すると隣にいたカールがこちらを見ずに説明する。
「…一応、説明しておくけど、使い魔は高位の魔法使いが使役する魔物のことだよ。」
魔物の実力が魔法使いよりかなり低位でないということ聞かないの。
逆にあまりレベルが違わないと主人が殺されることもある。
魔物は総じて強力な力を持っているので、それを遥かに凌駕する人間などは少なく、通常見ることはあまり無い。
「ずっと昔の学園には何匹か使役していた人いたらしいけど。…メントス、一応これって二年生のときに習うことだよ?」
「…………それぐらい知ってたよ。馬鹿にすんな!」
メントスはふんと、そっぽを向く。
それならどうして返事を返すまでに数瞬の間が空くのか聞きたかったが、あえて口にしなかった。
こんな知識の人間が同学年と言うことにカールは頭を抑えた。
これでは大賢者に馬鹿呼ばわりされても仕方が無い。
かつては使い魔持ちの人間を輩出しながら、現在ではこんな知識のメントスを進学させていた学園の指導力の低下を改めて実感した。
カール自身もZクラスなので偉そうなことはいえないが。
だがカールがそんなことを考えている隣で大賢者主従はまったくこちらを無視して会話を続けている。
「だってぇ〜。学園広いし、迷っちゃって〜。マスターのところに帰ろうとしたけど、おなかすいて動けなくなってたところにここの村の人に助けてもらってぇ〜。」
「誰かに道を聞くとかなかったのか!」
「あ、そうか!」
「おい!お前達!そこで何をやっている!?」
突然居丈高な声が主従の会話に口を挟む。
「む?」
「あ、村長!」
グラナダが呼んだ先には体格のいい、と言うより恰幅のいい男性が数人の男達を背に立っていた。
後ろに控えているのは普通の村人とは違う雰囲気の男達で剣や槍を構えた男達でどれもあまり堅気の人間には見えない。
「グラナダ。あいつは?」
「ロゼル村長。このナダ村の村長さんだよ。グラナダが行き倒れてたら助けてくれてメザシをを二本もご馳走してくれたとっても気前のいいひとだよ!」
「メザシ二本で気前がいい…?」
一体普段は何を食べさせてもらっていうるのか聞くのが怖い一同である。
「おい、グラナダ!一体これはどういうことだ!」
高圧的な態度にグラナダの態度がだんだん小さくなる。
「え、…その。村に突然、キラートスの団体が押し寄せてきて…。」
「なんだと?!キラートスが?一体なぜ…?」
愕然とする村長とその周りのざわつく男達。
「だが、もうキラートスの姿はないようだが…。」
「…あれだけの、騒ぎに気付きませんでしたの?」
サシャが眉根を寄せてつぶやくと、初めてこちらの存在に気付いたような顔をした。
「村長会議で出払っていたからな。む、お前達。その制服は…はっ、わかったぞ。」
なにがわかったのか。突然、ロゼルが後ろに控えていた男達に命令した。
「お前らが、キラートスをこの村に呼んだんだな?奴らを捕らえろ!」
「なっ、なんでそんなことになるんだよ!」
メントスたちが驚く中、男達はぐるりと彼らを囲んでしまった。
そして、キラートスとの戦いでろくに動けない彼らを簡単に取り押さえてしまった。
「あの魔法学園の生徒は問題児ばかりだと言うのは有名だからな。大方、お前達がおろかにもキラートスの巣でもつついてここまで逃げてきたんだろう?だから、我が村は襲われた。どうだ!この推理は!!」
「そんなむちゃくちゃな推理があるか!」
カールが叫ぶが村長はまったく取り合わない。
虫でも見るように男達に取り押さえられるメントスたち五人を睥睨した。
「まったく、いるだけで周囲に害しか及ぼさないとは。害虫みたいな奴らだ。いいか、覚悟しろよ!お前ら、全員リビドーの兵士に突き出してやる。」
リビドーはこの辺りで一番大きな町だ。
そこにはオルフェシア王国の兵士の訓練所があり、そこは同時に国の治安を守っている。
オームの森や学園、その所有地はどこの国にも属さず中立国の立場をとっているが、ナダの村からは国が変わり、オルフェシアの領土となる。
この地で犯罪行為を起こせば、それはオルフィシアの兵士のお世話に成ることになる。
「メントス…。」
級友の心配の声にメントスは顔を白くたまま無言になった。
オルフェシアはメントスの生まれた国だ。
そして兵士に捕まるということは必ず王と王妃の耳に入るだろう。
王家の人間が国内の村に壊滅的な被害を及ぼしたなど無実の罪だったとしても、かかわりがあると知れた時点であまりに体裁が悪い。
あの日和見な両親はメントスをかばうようなことは無いだろう。
場合によってはメントスは追放されるかもしれなかった。
最早愛着など微塵も無い国だが、それでもあの国の王家の人間だったからこそメントスは魔法学園にいられた。
このまま捕まれば、メントスは学園にすらいられなくなる。
だが、逃げようにも男達に押さえ込まれている。
絶望的な状況だった。
だが。
「兵士に突き出す?」
子供の声がした。
それはメントスたちには聞きなれた、村長や男達は今はじめていることに気付いた子供の声だった。
小柄な姿は村長に命じられた男達も見落とし、取り押さえられることなくグラナダを隣に立っていた。
「…なんだ?お前。見ない顔だが、どこの子だ?」
訝しげな村長の言葉に、子供は笑いながら答えた。
「それはこちらの台詞じゃないかな。村長?」
まだほんの十歳くらいの少年だ。
だが、なぜかすさまじい威圧感のある笑顔だった。
特設頁

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