大賢者の言うことには。
『ふんっ!随分面白いことになっているんじゃないか?』
念話で開口一番そういわれて流石に苦労した身ではむっとする。
そこかしこで煙が上がり、人の悲鳴は耐えない。
仲間達は命がけでキラートスに向かっている。
これのどこが面白いのか。
「これが面白い?悪趣味なこと言ってないで、助けろよ。」
正直念話は苦手だった。
相手に姿がないのでどこに向かえばいいのかわからない。
だが、相手の姿がないのに相手がどんな表情をしているのかわかった。
口端を嫌な形に歪めて一言。
『やだね。』
「なっ!」
『大体なんで私がお前らなんぞを助けなくてはならない。馬鹿も休み休み言え。』
あ、豚だったか?と腹の立つことをさらに言う。
だが、そんなことは気にならなかった。
それどころではなかった。
「なんだと?!お前、教師だろう?生徒の俺達を見捨てるって言うのか!」
『生徒だからなんだ?教師には命がけでお前ら守れなんて規定あるのか?それこそ頭のおかしい奴の妄想だろう。』
「だけどお前、英雄だろ?大賢者だろ?困っている人を助けるのに見捨てるのかよ。」
メントスには信じられなかった。
口は悪すぎるし、教育方法もめちゃくちゃだが、パールディーはメントスの憧れである剣聖のかつての仲間で後世に長く語られる、六英雄の一人だ。
そんな人間が襲われていることが、わかっている村を見捨てるなどあることはないと思っていたのだ。
メントスたちのクラス全員を移動させることが出来るくらいだ。
一瞬でここにきて、村を救うことなど造作もないことだろうに。
だが、そんなメントスの英雄を信じる思いを大賢者は自ら残酷に壊して見せた。
『そんなこと私には関係ない。知り合いがいるわけでもない村をどうしてわざわざ助ける必要がある?何か得になることがあるのであれば別だが。』
信じていた何かが崩れ去る音が聞こえた気がした。
突然現れた憧れの存在と並ぶ大賢者。
あまりの傍若無人さに口では反抗していたが、どこかで勝手に期待していたのかもしれない。
この人に認められれば、憧れの英雄になることが出来るのかもしれないと。
英雄になれば、今メントスを馬鹿にしている連中を見返すことが出来るかもしれないと。
だが、蓋を開けてみれば、目の前に困った人がいたらその人から金品を強奪しそう勢いの悪党でしかなかった。
こんな人間の仲間であった剣聖という人物への疑念がわく。
本当に彼は正義なのか、彼は格好いいのか。
それは英雄への初めての疑念だった。
もちろんメントスの思い描く英雄像は自分勝手に想像したものに過ぎない。
だが、それは確実に今までメントスを支えになってきたものだ。
だが、崩れた。これ以上ないまでに粉々に。
メントスは唇をかみ締めた。
『それよりお前ら。私との約束は覚えているんだろうな?どんな理由があろうと二日以内に学園に戻らなければ退学だからな。例外は認めない。そんな村で油売ってる暇があるならさっさと帰って…。」
「…もういい。あんたには頼まない。」
『…ふん。漸くわかったか。だったらさっさとそんなところから離れて、帰って来い。そうすれば…。』
「帰ったりしない。」
『…なんだと?』
いぶかしげな声に対し睨みつけるようにメントスは答えた。
「逃げたりしない。あいつらも戦っているんだ。俺だって死んでも戦ってやる。」
もう英雄に憧れたりなんかしなかった。
損得で人助けするような剣聖になるより、今自分が欲している理想の自分になるための努力をしようと決めた。
だが、メントスの決意に大賢者は鼻先一つで笑い飛ばした。
『はっ!自分の身すら守れない奴が。身の程を知れといっただろう。』
「身の程なんて関係ない!俺の真価なんてお前に語られたくない。」
『ふん!分不相応な考えだな。豚は豚なりに考えたりするな。どれほど考えたところで豚でしかないんだからな。…って、おい。聞いているのか?』
メントスは最早大賢者の声を聞いていなかった。
頭に直接響く声は確かに聞こえてはいたけれど、無理やり遮断した。
目を閉じて、全ての音を遮断する。
確かに自分は馬鹿だ。賢者の言うとおり身の程知らずの豚並みの知能しかないのかもしれない。だが。
「…豚には豚のプライドってものがある。」
メントスは考えることをやめた。
元々頭脳労働は苦手で、頭を使うといつも失敗ばかりだった。
それよりも、自分の体の声に沿って動くのほうがずっと得意だ。
かつて城で剣の師をしてくれた老兵士の声が響く。
『メントス様。貴方は体の動かし方を自然に知っておられる方だ。」
メントスは静かに大剣の柄を握った。
『持つ武器の特性を事前と悟り、その武器のよさを最大に使える構えをいつの間にかとっていらっしゃる。』
ゆっくりと大剣を鞘から抜く。
先ほどまでは持って歩くことすら困難だった重さの剣だ。
だが今ほしいのはこの剣を操り、敵を屠る力。
それだけだ。
『自然体で構えてくだされ。なにかの教本を真似る必要はありませぬ。メントス様の場合、ただ一番持ちやすい体制をとればよいのです。』
剣の師の教えの通り、大剣を持ち、最も扱いやすい位置を探す。
大剣はその重さゆえ、剣といいながら、切るというより叩き潰すという攻撃方法になる。
刃は鋭いというより鈍く、そのままでは紙一枚すら切ることは出来ない。
だが、その横なぎの一閃は、ともすれ敵の横腹に当たれば、肋骨を折り、内臓をつぶし、体の上下を真っ二つにするくらいの威力となる。
ゆっくりと、だが確実に大剣がぶれない位置を探し、構えた。
それから深く息を吸う。
丹田に力を込め、周囲の気配をうかがう。
「きゃあ!」
サシャの悲鳴が聞こえた。
反射的に目を開けそうになるが、こらえた。
まだだ。まだ剣を振るときではない。
大剣はメントスの技量では扱うこと自体無理な域の武器だ。
筋力も経験もまったく足りない。
それを振るうのだ。
おそらく一度きりだ。それでも成功するかわからない、そんな分の悪い賭けだ。
だが、成功させなければならない。
おそらくこれが失敗に終われば死ぬことになるから。
慎重に機会を伺う。
「ぐおおおおぉぉぉぉぉ!」
「きゃ!」
キラートスの咆哮とマーブルの悲鳴。
「!ねえさ…くっ!」
がっ!
打撃音。アポロの苦しそうな声。
「アポロ!マーブル!くそっ!」
ガキン!
金属音。カールの舌打ち。
光が閃く。右。左。弾かれる。そして。
カーン!
「ぐうっ!」
高い弾かれるような金属音。
「ぐわああああああぁぁぁぁ!」
高らかな咆哮。振り上げる腕の風の音。そして。見えた。
『いまだ!』
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
頭の中で閃く声と共にメントスは大剣を横なぎに力いっぱい振り抜いた。
キラートスは今、まさにカールに襲い掛からんと腕を振り上げている。
巨体の脇は無防備にさらされている。
そこを目掛けてメントスの剣が唸りを上げる。
重たい大剣は瞬間の加速と共にメントスの腕に無理な重圧を課した。
まだ鍛え切れていない筋肉は悲鳴を上げて、腕の力を奪おうとする。
それをメントスは必死で押さえ、力のまま横なぎに凪いだ。
どおぉ!
「っっぐおおおおぉぉぉ!」
「ぐっ!」
キラートスの体を剣が捕らえたと同時に衝撃がメントスの腕を貫く。
だが、スピードを、力を弱めてはいけない。
筋肉がぎしりと悲鳴を上げる。
腱ははかつてない力により切れそうなまでに張り詰めている。
だが、チャンスは一度きりだ。
これを逃せば、二度目はない。
自身の重さを利用して、メントスの体中の筋肉をバネとし大剣がキラートスの横腹に食い込む。
何度かの抵抗。そして。
振りぬいた。
キラートスの胴が真一文字にに切り裂かれる。
「があああああぁぁぁぁ!」
キラートスの断末魔の悲鳴が木霊する。
それから何度か体を支えるように、二、三歩後退し、ずんっと煙を上げて仰向けに倒れこんだ。
その体は何度か痙攣したが、やがて動かなくなった。
「はあ、はあ…。」
メントスは肩で息をしながら、キラートスの姿を追っていた。
やがてその体が動かなくなるのを確認して、剣を下ろそうとする。
が。
ガランっ…
手から大剣が滑り落ちる。
慌てて、拾おうとするが、そこまで考えて腕が動かないことを知った。
そのことを漸く知ったからだろうか。
突然糸が切れた人形のようにメントスは引っ繰り返った。
「っでぇ!」
受身を取る力もなく、倒れこみ体をしたたかに打ち付ける。
体中が痛い。大の字に地面に転がる。
息を吐くとそれに体中の力も全て持っていかれるみたいに体中の力が抜ける。
心臓が早鐘のように鳴っている。
立ち上がることは出来ないが、やるべきことはやった。
勝ったのだ。
メントスは目をぎゅっと閉じて、それからすぐ見開いて天空に向かって叫んだ。
「っっしゃ!見てたか!馬鹿賢者!豚でもやるときゃやるモンなんだよ!」
「メントス。」
目線を少しずらすと、ぼろぼろの姿の四人のクラスメイトの姿が目に映る。
どれも、これも制服は擦り切れ、一部血が滲んでぼろぼろの有様だ。
だが生きている。
「なんだよ。お前ら、ぼろぼろだな。」
「…倒れたまま動けない貴方に言われたくはありませんわ。」
少し憮然とした表情で返すサシャ。
その美しい顔に擦過傷があったが、それでも彼女の美貌を損なってはいなかった。
「なんだよ。必死に戦ってやったのに。とどめさしたの俺だろう?」
「だけど、隙を作ってやったの僕らじゃないか。感謝してほしいね。」
カールが苦笑する。
見ると持っていた武器が半ばからへし折れている。
貧弱な武器ではあるが一応鉄製の武器だ。
まだもらったばかりのそれが、すでに折れていることで戦いの激しさが伝わってくる。
「勝手に止めを押し付けたのはお前だろう?」
「それは大博打。」
「そうだねぇ。メントスに止めを刺させるなんて、ほとんど自殺行為?」
リンディアナ姉弟が突っ込む。
二人ともお互いを支えあうようにして立っている。癖のある銀髪は煤けて白くなっている。
二人をメントスは半眼で睨んだ。
「…お前らなぁ。…………ふっ。」
不意に笑いが込み上げる。
いつもと同じような会話だ。
面白みも目新しさもない。
だが、それが無性に懐かしく、楽しいものに思えた。
見ると皆も口端が歪んでいる。
それを確認するともう止まらなかった。
皆してひとしきり笑ってしまう。
「ぷっははは。なんだよ。お前ら。おかしな奴らだな。」
「ふふ、それはメントスもでしょう?」
それはとても楽しいひと時。
だった。
「ぐおおおおおおおお!!」
「「「「!」」」」
キラートスの雄たけびに、全員の顔が凍りつく。
もしかして倒しきれていなかったのかと思い、死体のあった辺りを見てさらに凍りつく。
そこには確かにメントスたちが倒したキラートスの死骸があった。
だがその向こう。
メントスたちは信じられないものを見た。
「あれは…。」
「キラートスの大群…?」
そこには二十体は超えようかと言うキラートスが、村を襲っている姿があった。
あるものは建物を破壊し、あるものは逃げ惑う村人に容赦なくその爪を振るっている。
それだけ凄惨な光景に気付かなかったのだ。
たった一体のキラートスを倒すのに集中しすぎて。
あまりの現実に、微動だに出来ないでいると、村を襲うキラートスの中の何体かがこちらに気付いた。
そしてこちらに襲い掛かるべく向かってくる。
そのうちの一体は先ほど倒したキラートスよりさらに巨体で凶悪な顔つきだった。
だが、メントスは戦いの余波で動けず、他のメンバーも俊足で向かってくるキラートスから逃げられるような体力はすでになかった。
「があああぁぁぁぁぁぁ!!」
恐怖で体が竦み動けない。
五人はただキラートスが向かってくるのを見ていることしか出来ない。
そして、その一体が到着したとき、死を覚悟した。
その時だった。
「業火炎極柱!」
「ぐきゃあああ!」
発動呪文と共に激しい火柱が地中から天井へほど走り、メントスたちに向かっていたキラートスを一瞬で焼き尽くす。
驚いてみている五人の前でキラートスだったものは燃え尽き、灰塵に帰した。
言葉もないとはこのことだ。
あれほど命をかけて五人がかりで漸く仕留めた化け物のさらに大きな魔物を一瞬で焼き尽くし倒してしまった。
「ふん。なにが『豚でもやるときはやる』だ。馬鹿どもが。」
その声は頭でなく背後から耳で聞こえた。
声に驚き振り返る。
視線の先には相変わらずのだぶついた黒衣、身の丈の倍はある杖を肩に担いだ姿。
いつの間にかそこには見たことのある少年がいた。
「いいか。やるってのはな、こう殺るんだよ。」
まだあどけなさの残る少年の口端が持ち上がる。
古の英雄の邪悪な笑顔がそこにあった。
特設頁

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