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最初の前
 その時一瞬閃いた。

「…どうされました?」
 背後から恐る恐るといった感じで掛けられた声に自分がいつの間にか立ち上がっていることに気が付いた。
「…なんでもない。」
 勤めて平坦な声で答え、再び腰を下ろす。
 動悸が激しい。久々に無かった感覚に動揺する自分の心の弱さを見た気がして嫌気がする。
 静かに呼吸を深くし、何度か繰り返すうちに鼓動も収まってくる。
 何とはなしに目の前の部屋の様子を確認する。
 古いが高価な紗の布が至る所に垂れ下がった室内は白い色で統一され、薄暗い証明に照らされ、ほの明るく神秘的な雰囲気をかもし出している。
 随分と長い間この部屋で過ごしてきた。
 最初にこの部屋をあてがわれたとき、もうこの部屋を出ることは無く一生を終えるのだと思った。
 別に監禁されていたわけではない。それは自分が望んだことだ。
 外に出ず、そしてそれを望まないこと。
 それはこの身に刻まれた義務、誓いのようなものだ。
(…だが)
 どうやらその誓いも破らねばならないときがきたようである。
「…ま、…様?」
 気付くと遠巻きにしていた侍女がこちらに声を掛けている声が聞こえた。
 どうやら突然、黙り込んだこちらを気にしているようだが、ちょうどいい。
 こちらも良く使い込んだ繻子張りの椅子から立ち上がると一気に言った。
「外へ出る。」
「はい?」
 突然の命令に侍女は付いていけなかったようで妙な声が口から漏れた。
 そう言えば、侍女が最近代替わりしたことを思い出す。
 以前の侍女は長い付き合いだけあってこちらのやることにいちいち驚いたりせず、すぐに動いてくれたが、まだ日の浅いこの侍女にはまだこの主の動向に対し驚いてしまうことが多いのだろう。
 特段攻められることではないので咎めはしないが、早く慣れてもらう意味もこめて、いちいち理由を話したりせず、一気に命令した。
「外へ出る。モーリス、モーリス=フェストナー理事長に連絡を。それから服の用意を…」
「え?ええ?あ、ちょっ、め、メモ!!はい〜。」
 慌てたようにメモを取る侍女を尻目に次々と指示を飛ばす。
 一通り命令すると、一応先代の教育の賜物か素早く行動を起こすべく、扉の外へ侍女が出て行く。
 その後ろ姿を見送りながらつぶやく。
「…とうとう時が来たか。」
 もう一度ぐるりと暮らしなれた部屋を見回す。
 胸に去来するものなかったわけではないが、感慨に耽る余裕はあまり無い。
 断ち切るように、身を翻し、侍女の出て行った扉からもうどのくらいぶりになるのか知れない外へ足を向けた。

****


 リオドール大陸は今から五百年前まで人の住めない土地だった。
 その地に人が入植したのは約八百年前。
 そのころリオドールは魔族呼ばれる亜人やモンスターの跋扈する土地で人々はそれらの来襲に怯えながら大陸の片隅に身を縮めるように小さくなって生きていた。
 だが、それでも度重なる魔族の襲来に人々は恐怖し、疲弊しきって、人類の大陸の中での生存が危ぶまれる危機にまで直面していた。
 そこに五百年前、魔族に対して決起した人間があらわれた。
 その数はなんと六人。
 後に【六英雄】と呼ばれる血気盛んな若者達だった。
 剣聖オーリード、聖騎士ミルガ、弓匠アレフ、狂戦士ラーガ、聖母リンティ、そして大賢者パールディー。
 人々の間では当初むやみに魔族を刺激することは良策とは考えられず、彼らの行動は人々の間でもあまり受け入れられなかった。
 しかし、『ミノアの大虐殺』と呼ばれる人の町一つ分の人間の虐殺事件を皮切りに存続自体を本当に危ぶみだした人々の間で彼らを支持する気風が高まっていった。
 その結果、彼らは人々の希望の光となり、人の大陸での覇権と魔族討伐の中心としてその名を高めて言ったのである。
魔族との戦いは熾烈を極めたが、六英雄の活躍もあり、何とか魔王パンドラの封印に成功し、大陸には平和が訪れた。
「その後、六英雄はそれぞれ国を作りました。オーリードは剣の国オルフェシア、ミルガは騎士の国ミルトレート、アレフは森の国アントリン、ラーガとリンティは結婚して宗教国家リンディアラ。現在この五王国が大陸の強国として君臨しています。」
一向に治まる様子を見せない教室の騒ぎに我冠せずといった形で一度も後ろを振り向くことなく担任は黒板に向かって講義を続ける。
「大陸にはその他にも国家はありますが、この五王国に匹敵するほどの規模は無く、未開の北の永久凍土を除いた大陸の四分の三はこの五王国の国土で占められています。その王国の間つなぎのように六英雄の支援者だったアルパカが作った商業国家アルパカや六英雄の最後の功労者パールディーが作ったとされる我が魔術師養成の学園国家がありますが、一都市国家でありこの五王国に匹敵する力はありません。」
担任が皇かに周りを無視して抗議が進む中、教室の中では枕投げならぬ、教科書投げ大会が行われていた。だが宙に舞うものは教科書だけでなく、鉛筆、筆箱、そしておおよそ学校に関係ないぬいぐるみなどもなぜか宙を舞っている。
「おいおい!誰だよ!ぬいぐるみなんて。さっきルールで決めたのは教科書だけだって。」
叫んだのはぬいぐるみを受けた少し癖のある金髪の少年だ。十台半ばくらいの、まだ少年らしさを残した顔立ちだが、その顔は凛々しく整っており、着崩した制服を着ているが、どこか気品を感じさせた。
「そんなの決まっているだろう?メントス。マーブルだよ。この年になって、こんなの学校に持ってくるのなんて。」
「カール。」
カールと呼ばれた少年はメントスの隣に立って苦笑気味に彼の手の中にあるぬいぐるみの耳を軽く引っ張った。メントスとは違い、真っ黒でまっすぐな髪の少年で、知性を秘めた目をしている。そしてこちらもジャンルの違う整った顔をしており、教室内にいた女子が二人の姿をきゃあきゃあ言いながら眺めている。
しかしそんな視線に気付かず、メントスはカールの答えに噛み付いた。
「ばっか!そういうこと言ってじゃねえよ!ぬいぐるみなんて柔らかいもの投げても面白くないって言ってるんだ。」
「当たって痛いものでないと戦争ごっこの意味がないとでもおっしゃるつもり?それとも今あなたが抱えているものをよけそこなったことへの当てつけかしら。」
「サシャ。」
教室には中央で線のようなものが引かれ、その迎えの陣地に立つ少女は十台半ばとは思えないほど豊満なラインを持つ妖艶な少女だ。つやのあるダークブラウンの髪に魅力的なグリーンの瞳、ルージュをひかずとも赤い唇が挑発するように口端をゆがめる。
「当たったものは負けて、下がる。そんなルールも覚えて置けないなんて相変わらずキラートスの脳みそですわね。」
「あんだと!こら。」
サシャの言葉に反発したメントスが腕の中のぬいぐるみを投げようと構えた。
「うわぁぁん。それ以上、イチゴちゃんいじめないでよぉ。」
「わあ!マーブル!」
投げる瞬間、小柄な少女がぬいぐるみに飛びついてそれを阻止する。
サシャとは対照的に砂糖菓子のような外見の少女である。プラチナブロンドのふわふわの髪にビー玉みたいな大きな瞳いっぱいに涙を貯めている。
とても同じ年の少女とは思えない。
「っち。大事だったら投げんなよ。こんなもの。」
その姿に毒気を抜かれたメントスは抱え込むマーブルから奪われる形でぬいぐるみから手を離すと、マーブルは自分の体の半分以上もあるそのぬいぐるみを力いっぱい抱きしめた。
「だあって。いつのまにかいなくなったてたんだもん…。」
半べそになるマーブルはメントスは苦手としていた。
小さいものと弱いものはメントスにとってどう接していいのかわからない代物だからだ。
「だああ!誰だ!一体、投げたのは!」
「ああ、そう言えばさっきアポロが投げたの見えたけどね。」
フォローのつもりかカールが答える。面白そうに眺める顔が癪に障るが、今はともかくマーブルから離れる口実が出来たのでそっちに矛先を向ける。
「ア〜ポ〜ロ〜だ〜と〜?」
睨む先に我関せずといった形で本を読む少年の姿がある。マーブルと同じ色の髪と瞳をしている。誰が見ても双子だとわかる容姿が、雰囲気は随分と大人びている。
「アポロ、てめえ!」
少し離れたところにいるアポロにメントスは大股で近づくが、彼は気付いていないのかまったく本から目を離さない。
「確かこのゲームには干渉しないって言ってたよな。なのになんで勝手に物投げてんだよ。」
「……。」
メントスの剣幕に実際に怒られているわけではないマーブルがサシャの後ろの隠れる。
しかしそれを無視したアポロは本から目を離さない。
「なにシカとしてんだよ!」
その姿に苛立ちメントスは彼が読んでいた分厚い本を取り上げた。
すると流石に気に食わないのか、無表情に近い顔に不快を少しにじませた顔をこちらに向けた。
「うるさい。」
「あんだと。」
「読書中。迷惑。」
単語を切り出すようなしゃべり方でアポロは立ち上がる。あまり背は高くない。
座った位置から取れないように高く持ち上げられた本をメントスから奪い返す。
「だからって、人のぬいぐるみ投げんなよ。」
「手近にあった。」
「そっかぁ。近くにあったから投げちゃっただけなんだね。」
「うおっ!」
いつの間にか二人の間に入ったマーブルにメントスは驚いて数歩下がる。その間にマーブルはアポロに擦り寄るように抱きつくと自分より背のある弟の頭を撫でた。
「仕方ないね、アポロは。」
「ねえさん。」
驚くべきことにこの双子はマーブルの方が姉である。
「それでいいのかよ。」
「いいんだよ。アポロだから。」
いい子いい子で弟を撫で回す少女にメントスはややげんなりとする。
「…ブラコン。ああ、やってらんね!もうやめだ、やめ!教科書投げなんて。」
「ちょっと、勝手に。逃げますの?」
突然終了宣言をしようとするメントスに声を上げたのはサシャだ。
「うるせえ!そもそも教科書投げなんて幼稚なこと俺はやりたくなかったんだ。」
「…言い出したのあなたではなかったかしら。」
「うるさい!うるさい!ともかく俺はもう、やらねえからな!やりたきゃお前らだけでやれ。帰る!」
「あ、ちょっと。」
そのままメントスは止めるまもなく出て行ってしまう。
「…まったく。子供ですわね。」
メントスが出て行った扉に一人、溜息を吐いた。
「いやあ、まったくだね。十五にもなってあれではね。」
サシャの隣にいつの間にか移動していたカールが、困ったように首を振った。
「ところでカール。」
「なんだい。サシャ。」
「どうしてあなたの腕が私の腰に回っているのかしら。」
なぜか、カールの腕がサシャを抱き寄せるように腰を抱いていた。
「どうしてとはつれないね。こんな魅力的な人の隣にいるのに何もしないなんて騎士の名が廃れるじゃないか。」
熱っぽい視線を投げかけられる。後ろで教室内の女性とが崩れ落ちる音が聞こえる。きっとカールの熱視線にやられたのだろう。だが、サシャはあくまでも冷たい。
「そんなものはとっとと廃れたほうがよいと思うのですが。」
衆人環視のなかで迫られてもまったく動じず、さめた視線でカールを押し返す。
「冷たいなあ。でもそんなところが魅力的なんだけど。」
押し返され、苦笑気味に手を口元に持っていくカールにサシャはあくまで冷たい。
「言ってなさい。…て、あら?」
「どうかしたの?サシャちゃん。」
いつの間にか横に立っていたマーブルの見上げる、頭一つ分背が違う、視線に気付き、サシャが教卓を指差した。
「さっきまで教師がいたような気がしたんですが。」
「あれ?本当だ。いなくなってるぅ。」
二人が見る先の教卓には今まで講義をしていたはずの教師の姿は無く、歴史だったはずの授業の板書だけが綺麗に残っていた。そしてなぜか教卓の左端の床にいくつか水滴が散っているのが見えた。それで大体の事情がつかめたのだが。
「…でも、まあ。いっかぁ。」
「そうですわね。いつものことですし。」
二人は何事も無かったかのように向き直り、おしゃべりを始めた。
学級崩壊しております。
現状をどう打破するのか。
では次回。
特設頁

大賢者の教室入り口





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