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  幻影金魚 作者:takao
第30話 少女と金魚《完結》
 終わった後の清矢郎もまた、無口であるが優しいものであった。男性の中には事後に急に冷たくなる人もいると噂を聞き、それを恐れていたあさぎは、初めてを捧げたのが彼のような男でよかったと、心底思う。
 シーツを汚したことはかなり恥ずかしいが、彼に後始末をお願いすることになってしまった。少女はそれを見ないようにしながら、少しばかり彼の腕の中で休んだ後、服や髪を整え、家に帰る準備をする。
 互いに服を着て交わったばかりの彼の部屋を出れば、そこはもう「日常」の始まりであった。本当にこれから、「約束」は守ってもらえるのかと疑問に思うほど、あっさりと元の空間に戻ろうとしている。
 不安に思ったあさぎは玄関先でまた求めるように清矢郎のTシャツを引っ張ると、二人は軽く唇を重ねた。
 また会いたい、またメールすると約束を交わし、駅まで送ろうとしてくれた彼を、周囲に知られてしまうからと断り、あさぎは清矢郎の家を出たのであった。


 家に帰ったあさぎは、家族に知られることがとにかく恐ろしく、内心では冷や汗をかきながら懸命に、なんでもないように演技をしていた。
 しかし浴室でひとりになり、自らの状態を確認すれば――、脱いだ下着は粘液が固まった状態でこびりついており、それを見てはぞくりとし、彼に舐られ痕をつけられた裸を見ては、処女喪失の現実に恥ずかしくなり、全てを忘れ、洗い流そうと湯船に入る。
 だが表面的な汚れは洗い流せても、穢され、傷つけられた内部はもう元には戻せない。染みる陰部がそれをしっかりと証明している。
 少女は今までの自分と何も変わらないのに、今までの自分には戻れないというのが、不思議な気がしていた。

 風呂から上がり、あさぎは暗い部屋のベッドの上に倒れ込む。
 遂にしちゃったんだ……、とドキドキと胸が高鳴り眠れないことを、熱帯夜の所為にする。
 こんな暑い夜にも、赤い金魚は涼しげに闇を泳いでいる。それを見ながらあさぎはまた疑問に思う。

 ――彼とは結ばれたのに、私はまだ「何」が足りないと思っているのだろうか?


 ・・・・・・・・・・


 夏休みが始まった。あさぎは受験生の清矢郎の邪魔をしたくないと思うものの、つい彼女の方からメールを送り、会う約束もしてしまう。
 しかし彼曰く、会えなくて苛々しているのも精神衛生上よくないし、勉強に集中出来ないとのこと。いつの間にか、彼も自分を求め始めてくれたのかと思うと、あさぎはまた単純に嬉しくなる。
 初めてのセックスの次に会った時は、前にあった出来事や乱れた自分を思い出して、少女は恥ずかしさに顔が熱くなった。少し気まずい空気もあった。
 金魚がそんな二人の間を舞っていた。

 まだ高校生であるし、毎回セックスをするような付き合いではなく、何処かへ遊びに行くくらいの時は、キスがせいぜいでそれ以上のことはしなかった。
 あさぎとしては彼の家に入り浸る真似も、家族に知られてしまいそうで恐くて出来ない。
 それでも、何回かに一回は物陰で、少し抵抗があるけど公衆トイレで、時々は彼の家で――と、接合まではしなくても、局部を互いに弄り合い、覚えたての性を貪ってしまう。
 少女は自分に被さる男のその背後に、赤い金魚を見ていた。

 生理は順調に来ていたので、危険日には注意しながら、二人は夏休み中にもう一度最後まで結ばれた。
 それはまだあさぎに痛みを感じさせるものの、前よりは痛くないと思えた。体位を変えれば少し「いい」と思える瞬間もあった。
 それでも、金魚はまだ見えた。

 二人ははたから見れば仲のよい真面目な恋人同士に見えるだろう。
 順序は逆だが、実際、彼との関係が始まった日々は、時々思い通りにいかずあさぎが拗ねることもあるが、とても楽しいと思えるものだった。

 それなのに、何度結ばれても、何度絶頂を迎えても、拙い性の営みの際に、少女の視界に赤い金魚は現れ続ける――。


 ・・・・・・・・・・


 九月になり新学期が始まって早々、あさぎの高校では文化祭が行われた。文化祭では文芸部は部誌を印刷所に発注し、売り物として販売するのが恒例である。その原稿の締め切りは、夏休み中にあった。
 あさぎは夕映と二人で、当番の時間帯に販売係をしていた。販売場所は中庭を割り当てられている。
 部員たちも入稿の際に他人の原稿を少しは見ているが、やはり本になったものをしっかり読みたいと、今日初めて読んだという部員も大勢いた。
 あさぎや夕映も暇つぶしもあり、その部誌を捲っていたが――、
「おっつかれさん!」
と二年生の美人文芸部長がやってくると、クラスの出し物だとかいう大きなかき氷を二人の前にひとつ、どん、と置いた。

「すみませんー、ありがとうございますー」
 二本刺さっているストローのうちの一本を手に取ると、夕映がそう言って早速涼しげな音を立てて食べ始める。
 そこで部長の彼女は、「あ!」と気付いたようにあさぎの方を見ると、その綺麗な指であさぎの手をぎゅっと握り、突然こんなことを言ってきたのであった。
「今回の山本さんのやつ、すっごいよかったよ! なんかすごく、伝わってくるものがあった!」
 あさぎはぽかんとして、その美少女を見上げていた。
 なんのことか分からなかったが、やがて今回の部誌に載せた詩のような文章のことであると分かり、あさぎは、かあっと顔を赤くした。

「そう、ですか……?」
「うん、気に入った! また頑張って書いてねー!」
 あさぎが「ありがとうございます」と消え入りそうな声でお礼を言うと、賑やかな部長はぶんぶんとあさぎの手を振り、颯爽と消えていった。

「よかったじゃんー」
 夕映はあさぎにかき氷を渡すとにやにやと笑っている。その含みのある言い方に、あさぎは少し頬を膨らませて彼女を睨んだ。彼女にはあの初めて結ばれた日の事を少し話したのだ。身体のことで、相談したいこともあったから。
 その時の経験を言葉にした作品なのだと、事情を全て知っている人には読めば分かってしまうのかもしれなかった。
 心が震えたこと、身体が感じたこと、人と想いを重ね合わせたこと――その想いを言葉にしてみた。

 それは緋色の檸檬水に溺れた、一匹の金魚の話だった。


 夕映が男友達に呼ばれて席を立ったので、あさぎがまたひとりで座っていると今度は、
「暇そうだなあ」
誰かにもらったのか、水ヨーヨーをぱしゃぱしゃと叩いている荒芝が現れた。
 密かに清矢郎にメールでもしようかななどと思っていたあさぎは、「ええ暇です」と言いながら、携帯電話を隠すように閉じた。
「でもよかったじゃねえか、お前さんの、好評で」
 荒芝にも言われ、あさぎは驚いたように彼を見上げた。

「中村がえらく褒めてたぞー」
 中村とは先程の部長の苗字である。確かに自分が憧れている人に褒められることは、素直に嬉しいものだ。
 そして何よりも、自分の言葉が、想いが、人の心を少しでも動かしたというのは、何の力も無いあさぎには初めての経験であった。
 後から考えると、徐々にじわりじわりと嬉しくなってきて、ちっぽけな少女は少しだけ自分自身が好きになれそうな気がしていた。

 こんな発見は、今までの自分にはなかった。こうして彼と、時を一緒に積み重ねていくことで、何気ないことから世界は広がっていくのだろうか。
 こんな自分も変わっていけるだろうか――。そう思うと、あさぎの心が性欲とは全く別の心地よい期待に高まってくる。

「まあ、上手くやっとくれ。……でも、子供は作るなよー」
 荒芝はそう言うと、また水ヨーヨーを叩きながら笑って立ち去っていった。
「……」
 何の話よ!このセクハラ親父ー!!とあさぎは叫びたくなり、思わず机に手をついて立ち上がった。
 自分が過去、悶々と悩んでいたことと、その相手が清矢郎であることを荒芝は知っているから、もしかしたら彼もまた、あさぎの文章から「何か」を察したのだろうか。

 そこであさぎは、はあ、とため息をつく。
 自分の想いはそんなに人に分かるほど溢れ出しているのだろうかとふと悩んでしまう。それこそ、幻影を見るほどに、強く、強く――。
 どれほど彼と身体を重ねても、まだ金魚は見えるのは、何故だろうか。
 それはこの先にもっと、それこそ失神できるくらいの極上の快楽が存在するからだろうか。それを自分のこの淫らな身体は求めているのだろうか――。思わずそう想像し、あさぎはそんな自分に戦慄すら覚えそうになる。

 自分が求めているものは、一体何なのか? こんな自分は、おかしいのだろうか?

 こんなこと、やはり彼に言えるわけもない、と少女は切ない想いにひとりで首を振る。
 ――自分の秘めたる、激しく狂気的な情欲のことなど。

 その時、メールの受信メロディが鳴った。携帯電話を開けてみると、珍しくこんな時間に清矢郎から届いていた。
 脅迫のように告白して結ばれたという負い目や、大人っぽい彼への劣等感があさぎにはあるので、こうして彼から自分を気にしてくれるのは今でもやはり嬉しい。
 少女はメールを確認して顔を綻ばせ、水色の携帯電話を音を立てて閉じながら、秋の澄んだ色になった高い空を見上げた。

 綺麗な青空の下に、赤い金魚が今日もぷかぷかと浮かんでいた。
 それを見た少女の身体に、じんわりと熱い何かが灯った――。



   〜END〜

 
 
 この「幻影金魚」は春エロス2008(18禁にならないぎりぎりの官能競作祭り)という素敵な企画様に合わせて書きましたものです。
 文章につきましては問題点が多々あり、執筆途中に叱咤や苦情も頂戴しましたが、それでも途中悩んでいた自分にたくさんの読者様から勿体無いほどの、そして本当に温かいご声援を頂戴し、どうにか完成させることができました。全ての皆様に、改めて心より心より感謝申し上げます。
 また企画参加作者様や主催者様にも、大変お世話になりました。(特に主催者様には途中、何度も相談させていただきまして、暖かい叱咤激励のお言葉ありがとうございました!)重ねて深く御礼申し上げます。企画自体の投票結果についても拙作にも関わらずご投票くださった皆様へ、感謝御礼申し上げます!いくらお礼を言っても言い足りません…。
 
 さて、「幻影金魚」は行為よりも過程で悶々と悩む様に自分がエロスを感じるのでこんなじれったいお話となりました。ギリギリな表現ということで官能的を目指しつつも18禁にならないよう、またファンタジックなものが好きなので金魚を使ってみたり、どこかライトにしてみたり、と色々楽しんで書いてました。
 またラストについてはあえて読者様に想像していただく形で終わりたかったのと、このお話では「目覚め」までで止めたかったので、もしかしたら少しすっきりしない読後感になってしまったかもしれませんが、それも自分なりのエロスの表現と言うことでお受け取りいただけましたら幸いです。
 こちらは長年暖めてきた物語を書き上げましたので、ダメなりに自分で満足のいく執筆が出来たのだと思います。今後も何かしらは常に書き続けていきますので、この作品ほどのイマジネーションは浮かばないかもしれませんが、また別の作品がお目に留まりましたら嬉しく思います。
 
 このお話には短いですが続編があります(完結済です)。続編では清矢郎視点で悶々と悩ませていますが、本編では軽く触れただけの彼の過去や心境、2人のその後のらぶらぶな様子、2人の未来について書きました。あとがきの下に個人サイトへのリンクがありますので、よろしければ引き続き読んでやってくださいませ(目次に直リンクがあります)。

 ≪追記≫更にこれらの本編、続編の内容を含めてもっとしっかりと2人の「恋愛」部分を書きたいと思い、リメイク編を別に連載しました。こちらは目覚めの部分で終わるのではなく、その先の数年間、2人が成人して結ばれるまでを書く長編となる予定です。「幻影の金魚は緋色の檸檬水に溺れて」というタイトルですので、興味持っていただけましたら作者ページまたは個人サイトからご覧くださいませ。

 それでは。ここまで読んでくださった皆様、誠にありがとうございました!

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◇拍手&簡易メッセ◇

個人サイト(※続編有り)>碧落の砂時計TOP
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