幻影金魚(14/15)PDFで表示縦書き表示RDF


幻影金魚
作:takao



第14話 まぐわい


 それから二十分後――。
 頭にじりじりと太陽の照り付けを感じながら、あさぎはサンダルの音をぺたぺたと立てて、清矢郎の背中を追いかけていた。家を出る前はこんな予定はなかったのに、なんでこんなことになってしまったのだろう、と少女は不思議に思っていた。
 今なら引き返すことは出来る。清矢郎もそのつもりで、あさぎの前を歩き、彼女の方を振り返りもしないのだろう。もしかしたらいっそ、あさぎにいなくなって欲しいと彼自身思っているのかもしれない。

 だがもう、流されるようにあさぎはその後ろに従っていた。途中コンビニに入り、冷たい飲み物などをそれぞれに買うと、また無言のまま清矢郎の家へと向かって歩いた。


 ・・・・・・・・・・


 時は遡り、神社の境内で――。

 一体どれくらいの時間、唇を交し合っていたのか、清矢郎にようやく解放されたあさぎは、くたんと力が抜けたように崩れ落ちた。それを清矢郎の頑丈な腕が支え、彼は少し心配そうにあさぎを見ていた。
 あさぎが見上げた清矢郎の額には汗が浮かび、髪も汗で濡れていた。そのままあさぎは彼の胸に軽く引き寄せられた。
 既に火がついてしまった男女の身体は、もう収まりがつかない。それを理性や常識だけで抑え切るのは、最も欲求が盛んな時期の彼らには無理なことであった。

 清矢郎の胸に凭れたあさぎの耳に、彼の速い鼓動が聞こえてきた。少女も身体の疼きが収まらない。どうにかして欲しい、もうどうなってしまってもいい、と今は自暴自棄のように思っていた。
 とろんとした顔をしているあさぎを見ていた清矢郎は、彼女を支えてない方の腕を上げると肩口のTシャツで額の汗をぐいっと拭う。その顔は、まるで剣道の試合で負けた時のようなとても悔しそうな表情をしていた。
「……って、ざまあねえな」
 彼は自分自身を貶すように吐き捨てた。

「偉そうなこと言っといて、結局俺なんてこんなもんだ。簡単に、自分に負ける。四年前と、何も変わってない」
 清矢郎とあさぎの眼が合った。彼はあさぎを睨むように見たが、やがて自嘲的な笑みを浮かべた。
「俺だって単純に、やりてえよ。将来も決まってない、責任とれる年齢でもねえのにな。――約束は絶対に守るけど」
 そこで彼は大きなため息をつき、肩の力をふっと抜いた。それは先程罪の告白をした時のような、今まであさぎが知っていた彼にはない壊れそうな雰囲気を感じた。
「お前が思うほど、俺は強くねえぞ」
 清矢郎はそこでまた、自己嫌悪を含んだような嘲笑を浮かべる。

「俺で、いいのかよ」
 しかし、あさぎは清矢郎の眼を真っ直ぐに見て、迷いなくこくんと頷いた。
 今、頷いたことに嘘も後悔もないと、あさぎは思っていた。それでも彼の心が強いものであることをあさぎは知っており、弱い部分を見せてくれたことは自分を認めてくれたようで、寧ろ嬉しいと思っていたからだ。
 そして、少女はどこかで予感していた。
 ――もし今、自分が頷けば、彼は自分を、見てくれる。自分を、信じてくれる。その時彼は、自分の手に入るだろう――と。

 清矢郎の眼が、また驚いたように見開かれる。あさぎはその表情を見て、自分の予感に確信を持った。
 彼が自分を信じてくれた、彼の気持ちが自分に向けられた――その瞬間を悟った。
 そしてそれは互いにとって、心から救われる瞬間ともなったのだ。
「後悔、するかもしれないけど、いろいろいっぱい、大変なことばっかりだろうけど、どうしても、一緒にいたい。――せいちゃんは、悪くない。きっと、『加害者』は、私だよ」
 彼を守ってあげたいと思ったあさぎは、わざと悪戯っぽく笑って言った。しかしその言葉は、「違えよ」と清矢郎に一笑された。

「大事なヤツを『加害者』にする方が、よっぽどバカだ」



 一体、どうすればよかったのか、どこから間違っていたのか、二人にはもう分からなかった。もしかしたら、何も間違っていないのかもしれないが。
 掛け間違えられたボタンのまま、それを直すことも出来ずに、二人は今日まで来てしまった。
 そのまま育てば恋心へと成長したかもしれない、純粋で仄かな想いが、ほんのひとつの過ちで歪んでしまった。直らない歪みのまま、時が経ち、新しい答えを導き出さざるを得なかった。

 それでも救われたい、幸せになりたいと、少女も、少年も、浅ましく渇望した。
 その一縷の望みを捨てることが出来ずに、何を傷つけ裏切ることになろうとも、それを求めた。

 ――それが、この結果だ。

 これでよかったのだ、とこの先、泣きながら笑うことしか出来ないのだろう。これからどうなろうとも、お互いのみがお互いを理解し合え、許し得るのだろう。
 そうやって二人は大人になっていく。弱さを罪を互いの優しさで隠し、傷を舐め合って生きていく。
 自分たちの選んだ道はそういうものだったと、何年も経った後に、二人はこの夏の日のことを思い出すのだろう。


 
 そのまま無言で身を寄せ合っていた二人であったが、やがて清矢郎があさぎの首筋に張り付いていた髪に触れてきたので、あさぎはぴくんと身を強張らせた。
 ――どうする?の彼の問いに、あさぎは何も言わず清矢郎のTシャツを握り締めた。彼もしばらく無言であったが、やがて、自分の家に行くか、とあさぎに提案してきた。
 確かに外でのこれ以上の乱れた行為は、いつ人の眼に触れるか分からず、社の中は不潔で痛そうだし嫌だと少女は思った。
 それこそ彼の家は父親に出張が多く、母親も看護婦であり、家に誰も居ないことから彼は一人で家事全般をこなしているのだ、とあさぎの母親が褒めていたことを思い出した。その、無人の家に行くということがどういうことか分かっている。
 しかしあさぎは黙って頷いた。


 ――そして、今に至るのである。


 ・・・・・・・・・・


 ……遂に、来てしまった。

 祖母の家に親戚が集まることになっていたのもあり、清矢郎の家は幼い頃に数回来て以来、あさぎは来たことがなかった。そのうえ、初めて入る殺風景な彼の部屋に居た。
 ちょこんと部屋の真ん中に座っていたあさぎは、とにかく落ち着かないので、途中のコンビニで買ったペットボトルのお茶を飲んで落ち着いてみようとする。
 部屋の主は、余りにも汗だくだったのでシャワーを浴びに行ってしまった。確かにキスの時も彼の汗があさぎにまで伝ってくるほどであったし、今日はよく晴れている上に最も暑い時間帯を三十分も歩いてきたのだ。彼は筋肉質なのもあり、あさぎよりも汗をかきやすいのだろう。

 そしておそらく親切心で、あさぎにも浴室を使うかと尋ねてくれたのだが……こういう時はそうした方がいいのかもしれないが、少女はそれがどうしても恥ずかしくて、断ってしまった。
 しかしやはり汗臭いと思われてしまうだろうか、と心配になる。あさぎは汗をあまりかく方ではなく、冷房の効いた部屋では既に汗も引いているので、大丈夫かと思っているが……。とりあえず少女は制汗剤などをもう一度吹いてみたりする。

 ――それよりも、本当に今からセックスするのだろうか、とあさぎは不思議な気持ちがして仕方ない。こんな地味な自分が、若干十六歳にして、こんな状況になるとは想像もしていなかった。
 それこそ、夕映や文芸部の美人部長、隣のクラスの人気のある女子…などの顔を思い浮かべては、華やかで女性らしい少女たちならば、そういう経験があることにあさぎも納得がいく。
 だがこんな肉体的にも精神的にも、「女」としての価値や成熟度が足りない自分なんかがそんな経験をするとは、自分でも違和感がある。
 そして違和感だけでなく、罪悪感も少女にはあった。
 誘ったのはあさぎの方からであり、このまま追い返されたらとても哀しいと思うだろう。だがやはり、いけないことをしているようでどこか落ち着かなかった。

 更に終わった後、自分や清矢郎がどんな風に変化してしまうのか、その時どうすればいいのか、そのことも分からず不安になっていた。
 行為自体も、好奇心や憧れがあるものの、最後まですればとても痛いであろうし、男性そのものに触れられたことがないあさぎは、やはり未知の世界を知ることは恐いと思っている。
 どうすればいいのか、本当に逃げ出してしまおうかと、あさぎがおろおろしていると、眼の前を金魚が泳ぎ始めた。
 それは自分がこれから穢れた行為をするというのに、赤く可愛い金魚に見えるのが少女には皮肉に感じた。

 それが見えるということは、やはりまだ満たされておらず、彼を求めているのだとあさぎは自覚してしまった。確かにここで帰ってしまっても、少女はきっと悶々し、ひとりで処理をするだけだろう。
 大事な人々を裏切り、嘘をついて、欲に溺れようとしている自分への自己嫌悪に、あさぎは、はあ、とため息をついた。そんな風に悩んでいると、この部屋の主が戻ってきた。
 それこそ清矢郎は色気も何もない、Tシャツとジャージ姿で、タオルで濡れた頭をがしがしと拭いていた。そうは言ってもそういう姿も、祖母が亡くなってからは見ていないので、少女にとっては新鮮なものであったのだが。

 その彼は六畳間の壁際に置かれたベッドにどっかりと座ると、ペットボトルの水を飲み始めた。
 あさぎはそれを間近に見上げていたが、あさぎの方を見もしないで無表情に振舞う彼は、以前の態度と全く変わらず、本当に先程熱い接吻を交わした相手と同一人物なのかと疑いたくなってしまう。
 だが、もう状況は整っている。清矢郎の部屋の中を金魚が飛び交っている。
 やがてどくどくとうるさい動悸の中、緊張して彼を見ているあさぎに清矢郎が眼を向けた。二人の眼と眼が合った。

「――来る?」
 ペットボトルの蓋を閉めながらぶっきら棒に彼が言った。
 あさぎは少し悩んだが、結局小さく頷いた。いっそ強引に襲い掛かってくれた方が覚悟つくのにな、と少女としては勝手な考えも抱いていたのであるが、それを清矢郎がしないのは、あくまで彼の欲求ではなく、あさぎの意志を最優先したいという徹底した考え方なので、その気持ちは嬉しいと思っていた。
 逆にがっついているような清矢郎ならば、こんな風に愛しく思わなかっただろうし、信頼もしなかっただろうとあさぎは思っている。
 少女はベッドの上に居心地悪く腰掛けると、躊躇いがちに彼に擦り寄っていった。

 そして彼女はその広い肩にこつんと凭れてみた。まだ付き合ってもおらず、今日まで嫌われていると思っていた相手と急にこんな関係になろうとしているのが、不思議なものである。しかし妙な信頼感に包まれていた。
 元々少し憧れていたのもあるが、今日の彼とのやりとりの中で甘い恋の言葉以上に、彼なりの真摯なものの考え方や、自分のことを真剣に心配し考えてくれていることなどが伝わってきたからだ。だからその温度と匂いが、緊張もするが少女には心地よく感じられた。
 従兄や家族である大事な少年だが、その一線をもう越えてしまっている。此処に居るのは、あさぎが欲するただの「男」であった。
 四年前、少女が彼に触れられた時は、身内であることから少し嫌悪感もあったが、あれから妄想の中で彼を何度も求めてしまったり、先程の行為を終えた今は、不思議な気分であっても嫌だと思うことはなかった。

 あさぎは彼からもう一度、本当にいいのか、と確認された。実際、痛い思いをするのも、何かあった時に心や身体が傷つくのもあさぎの方であるからだ。
 恐怖もあったが、彼が自分のことを第一に考えてくれているだけで勇気が出るし、余計に踏み込みたくなる。ちゃんと、避妊してくれればいい、とあさぎは答えた。
 分かってる、と彼は頷き――揺らめく金魚の幻影の中、再び先程の情熱が二人の間に蘇った。

 今度は抱き合っていても、彼の部屋の冷房が効いているので、汗ばむほどではなかった。彼の腕に抱かれながら、頬や首筋、耳などへと唇を這わされた。そのような感触は、己の手のみで行う自慰では味わえない。
 あさぎの胸は震え、息苦しく、恐くて逃げ出したくなったが、相手の腕に封じ込められている。そしてどれほど恐くても、やはりその先に進みたいとも思ってしまう。
 
 日頃何気なく人に見せているこんな部分に、愛しい男が触れるだけでこれほど感じてしまうとは、少女にとって初めての経験であった。
 やはりどうしてよいのかよく分からなかったので、あさぎは全てを相手に任せてしまっていた。逆に彼がこんなやり方をどこで覚えたのか、あさぎは疑問であった。道すがら、彼も初めてであるということは、なんとなく教えてくれたものの……。

 そんな思考もやがて少女の頭の中に靄が掛かったようになり、出来なくなる。甘い吐息がその小さく瑞々しい唇から漏れる。それを感じ取った少年が新たな動きを仕掛けてきた。
 あさぎはいつの間にかベッドの上に押し倒され、清矢郎に覆い被さられていた。
 彼もまた気分が昂じてきたのか、遂にあさぎの胸にその手を伸ばしてきた。横になると小ぶりな胸が尚更目立たなくなるので少女は心配であったが、柔らかなそれは少年の大きな両手でかき寄せられるように揉みしだかれていく。
 それは四年前に衝動的に触られた時とは全く違う、丁寧で確かな愛撫であった。

 ジーンズの上にワンピースを着ていたあさぎだったが、やはりこうなってしまうならスカートでよかったのではないか……などと思っていると、ワンピースよりも先にジーンズに手を掛けられた。
 脱がされることが分かり、あさぎは恥ずかしさに抵抗しようとしたが、ワンピースで隠れるかもと思い直し、結局大人しく脱がされてしまった。
 汗やそれ以外の分泌液で、先程からジーンズに染みが出来るのではないかと思うほど湿り気を帯びていたその股の間は、解放されたことにより、外気をひんやりと気持ちよく感じた。その感触が自身の局部の状態をかえって主張しているようで、あさぎはひとりで恥ずかしくなっていた。

 既に彼を誘っている時点で、自分のこの淫らな本性は彼に悟られているのだろうが、この後の行為でもそれは次々と暴かれていく。
 しかしそれはあさぎが驚くくらい、全て彼によって受け入れられていった。変なの、と彼女は捻くれたことを思うが、そんな風に自分を大事にしてくれる相手を益々愛しく感じていた。
 だからこそ、恐いながらもその初めての快感に、あさぎは素直に身を任せることが出来るのだ。まだ未発達ながら、熱く火照っているあさぎの身体の敏感な場所が、下着の上から、そして直に――と徐々に捉えられていく。
 自慰行為の経験がある少女は、どの部位をどのように触られると、自分が快感を得られるか――達することさえできるか、を知っていた。
 しかし人に触られることは初めてであるため緊張感が全く違っており、自慰と言っても表面のみを微かに甚振るだけであったので、自分でも触れたことのないような場所までもを、激しい所作で触れてくることには驚きや抵抗もある。

 あさぎは「いや、」と何度も口にし、首を振る。だが暴れてまでして逆らうことはしなかった。戸惑いもあるが、期待もしているからだ。今まで自分の手で拙く施していた性感帯への刺激が、愛しい男の大きな掌であり、長い指であり、熱い舌に成り代われば、それがどれほどの快感に変わるか――。
 今まで考えないようにしていたが、本当は夢の中で何度も思い描いており、それを望んでいたからこそ、彼女は彼に抱かれたいと思ったのである。
 そしてそれが期待以上であったことは、少女の思わず上げてしまった甘く、高い嬌声から明らかであった。
 しかしそれは時には困惑と痛みの悲鳴となって、少年を興奮させながらもまた、心配させる場面もあった。

 薄いカーテン越しに外の淡い光が入る。あさぎは今や下着をつけていない状態で、ワンピースやTシャツを捲り上げられていた。
 真昼間からこんな乱れた格好をし、何をしているのだろうかと情けなく思うが、この状況に少しばかり興奮している自分がそれ以上に嫌になっていた。
 それでも、彼が欲しいと最初に思った気持ちには変わらない。なのであさぎには己の全てを曝け出す覚悟はあったし、彼もまた同様に自分に全てを捧げて欲しいと思っていた。

 しかしそうやって少しずつ脱がされ、快感を与えられているうちに、その羞恥心も粉々に壊れてくる。少女はベッドの上で、全ての衣類を取り払われ、生まれたままの姿にさせられた。
 相変わらず無表情の彼に――ちなみに至近距離なら見えるらしく、既に眼鏡を外していたので、余計にじいっと自分を見下ろされているのが恥ずかしい。あさぎは身体を手で隠そうとしたが、その腕も相手に押さえ込まれていてどうにもできない。
 標準よりもやや痩せており、お世辞にも凹凸があるとは言えない細く白い身体を、あさぎはほんのりと染めて横に捩った。

 しかし彼はそんなことは気にしないと言うように、再び、手で、唇で、舌で、あさぎに触れてくる。その熱のある大きな掌がやはり心地よくて胸が震えた。その唇にその柔らかい肌や、肌とは違うもの――つまりは胸の突起を再び含まれれば、自慰では体験できない感覚にぞくぞくし、少女は身悶えてしまう。
 あさぎは清矢郎の髪を掻き乱して、彼の頭を抱き寄せた。そして既に上半身は裸となっている、彼の鍛えられたその身体とも抱き合い、肌と肌を密着させ、その温度を感じ合う。
 相手のぬくもりと重みを自分の身体と溶け合わせ、それを自分や相手が生きている証のように感じながら、子供同士でこんな体験をしてよいのかとあさぎに疑問が沸き起こった。
 なのにそれは、とても気持ちがよく、気が狂ってしまいそうだった。悦楽のうえに、心から充足する幸せを与えられ、これ以上の幸せが今は見つからない。
 セックスっていいものなんだなとあさぎは思った。これでは病み付きになってしまうと思った。だからこそ、子供には禁止しているのかなとも……。
 
 ベッドの上で裸にされたあさぎは、男の身体の下で貪られながら、熱い吐息と甘く蕩けた声を断続的に吐き出している。
 これでは、「まな板の上の鯉」――状態である、とあさぎはぼんやりと思っていた。……いや、自分のことだから、金魚だろう。「まな板の上の金魚」だ……。
 あさぎがそんな下らないことを考えふと我に返った時、清矢郎の頭の向こうの天井に、金魚がひらひらと泳いでいるのに気がついた。確かに行為の間中、金魚はずっと自分たちの周りを泳いでいたが、夢中で気付かなかった。
 だがそれは、あの日見た金魚のように厳かな美しさはなかった。四年前に初めて見た金魚は、現実から眼を背けるために見えたものであった。だからあれほど哀しげで美しく見えたのだろうと、あさぎは今改めて気が付いた。

 そこでふとあさぎの視界が開け、金魚がよく見えるようになった。それは清矢郎がその頭をあさぎの下腹部に移動させていったからであった。
 先に指で慣らされてはいたものの、彼の視線が薄い繁みに注がれ、太股に手を掛けられた瞬間、あさぎは思わず焦ったように口走った。
「――あの、ね、私――」
 清矢郎がぴくりと反応し、下からあさぎを見上げた。
 その目つきの悪い眼と、自分の眼を合わせてあさぎは言った。こんなのセックスの最中に言う言葉じゃないだろうと心の中で思ってはいたものの、咄嗟に口走った。

「金魚が、見えるの」







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