幻影金魚(11/15)PDFで表示縦書き表示RDF


幻影金魚
作:takao



第11話 彼の理由


 清矢郎に問い返され、今度はあさぎが言葉を失う。
 確かに、自分が「加害者」だと思っている(実際そうである)彼にすれば、こんなおかしな感情は不思議に思うだろう。
 しかしとりあえず直ぐに拒絶されなかったことには、あさぎは少し安堵した。そしてその答えについては既に決まっていたので、「嫌じゃないよ」の意思表示として、少女はこくんと小さく頷いた。
 清矢郎はまた困ったように頭を掻いた。

「……」
 再び気まずい沈黙が二人の間に訪れる。
 あさぎは自分でも、なんてはしたないことを言ってしまったのかと後悔し、恥ずかしくなってきた。
 言葉の意味を清矢郎に問われたが、「はいそうです。アナタで想像してひとりえっちしてるくらいやりたいです」――などと正直に言えるわけがない。
 黙ってしまったあさぎを見て、清矢郎は唸るようにため息をつくと、また頭を掻いた。彼も相当、困っているようである。重い沈黙にあさぎは身を縮ませ、このまま消えてしまいたいような気分になっていた。

 感情を爆発させすっきりした今、あさぎの頭も少し冷静になり、確かに色々と順序を飛ばしてすごいことを言ってしまったような気がする……と、今更ながら思う。
 やはり今の言葉は取り消したほうがいいだろうか、とあさぎは焦りもすが、そうすればまたふりだしに戻ってしまう。それも嫌だと思う少女だが、清矢郎もまた彼女の言葉に困ってしまっている。
 従妹にこんなことを言われれば誰でも困るだろう、とあさぎ自身納得できるが、先に従妹にあんないやらしい行為をしたのは彼なので、やはり責任とれよコノヤロウと、少女は言葉汚くも思ってしまう。

 押し黙ったままのあさぎであるが、このまま自分の告白をうやむやにされるのも、嫌だった。そう思ってあさぎが清矢郎を振り仰いだ時、
「……で、結局、どういう意味」
腕組みをして難しい顔をした少年は、再びあさぎに問い掛けた。
 あさぎに対して償いをしたいと決めた真面目で不器用な彼は、彼女の激白を聞かなかったことにも出来なければ、「はいそうですか、ではいただきます」という事も言わないようである。
 その複雑な表情を見てあさぎは彼らしいな、とこんな状況なのに思わず笑ってしまいそうになった。

 しかし自分の発言を考えると、笑い事ではないとあさぎは我に返る。
 普通に「好き」と言ったら彼はなんと答えてくれたのか分からないが、逆に「一発やりたいだけ」ととられるのも困る。あさぎの欲求はそうではない。
 少女はこの男のことが、その存在ごと欲しい、と感じているのだ。――その身体も、心も。自分を狂わせた男に、今度は全てを自分に捧げて欲しいという激しい独占欲を抱いていた。
 しかしそんな重い欲求はただの従兄には言えないとあさぎは思っているが、今の平行線の関係のままでもいたはくない。とりあえずあさぎは最も気になっていることを清矢郎に尋ねてみた。

「あのさ……その前に、か、彼女とか、いるの?」
 これは長いこと気になっており、勇気が出なくて聞けなかったことであったが、あのような過激な発言をしてしまった今、これくらいのこと抵抗なく尋ねられた。
「……居ない」
「――好きなひとは……?」
「いねえよ……」
 とりあえず、あさぎはほーっと大きなため息をつく。内心では第一関門クリア!と両手を挙げたい気分になっていたが。そしてこんなことなら早く聞けばよかった、とも思った。

 しかし今の質問で、清矢郎は先ほどのあさぎの言葉に恋愛感情も含まれているのではないかと察したのか、相当業を煮やしたのか、さっきから一体なんなんだ、と言うようにもう一度頭を掻くと、
「だから、なんなんだよ……。もしかして、……付き合いてえ、とかじゃねえだろうな……」
本当に困ったように、そして言いにくそうに、そう呟いた。
 清矢郎の方から、はっきりと言われてしまいあさぎは一瞬胸を高鳴らせた。
 というより、「一発やりてえってことじゃねえだろうな」と直接的に言われなかったことにあさぎは内心ほっとした……その辺は、清矢郎も気を使って遠まわしにそう聞いてくれたのだろうが。
 しかし素直に頷けばいいものの、あさぎは少し長い髪を揺らしてふるふると首を横に振った。

 ――違うのかよ!という清矢郎の心の中の突っ込みが、あさぎにも聞こえてくる気がする。
 もちろん、それは間違ってはいない。身体だけでなく心まで彼を手に入れたいと思うということは、彼と「恋人」になることも含まれるだろうし、他の女には譲りたくないともあさぎは思っている。
 しかしあさぎの求めていることはそんな簡単なことではない。
 先ほどあさぎに責任をとると言った清矢郎である、上辺だけの関係であれば彼女と「付き合う」ことはしてくれるだろう。しかしあさぎの欲しいものはそんな口約束でも偽りの関係でもないのである。

 ――「彼」が欲しい。彼の「心」が欲しい。
 声に出したらそれはもう、少女の中でしっかりと主張を始めてしまった。
 自分が彼を求めるように、彼に自分を求めて欲しい――あの日のように、もう一度。
 あの時見た綺麗な金魚をもう一度、そして何度でも見たい、と。
 
「……じゃあ、俺はどうすればいいんだよ」
 あさぎに四年前のことを話し合おうと言われたが、これではわけが分からず清矢郎もお手上げである。彼は更にふてくされたように吐き捨てた。
「……」
 あさぎはそんな清矢郎から申し訳なさそうに眼を逸らすと、ひとつため息をついた。
 少女自身は自分の想いを吐き出したので、少しすっきりしていたが、償いたいと言った清矢郎を既に傷つけてしまっている。
 だったら自分も我が侭ばかり言っていないで、しっかりと自分の想いを伝えないといけない――そう思ったあさぎは、また清矢郎を振り返り尋ねた。

「じゃあさ、せいちゃんこそ、なんであんなことしたの?」
 自分の想いを分かってもらうには、まず清矢郎が自分をどう想っているかを知りたいとあさぎは思った。彼もまだこの質問への答えをあさぎに話してはいない。
 この出来事が全ての始まりだった。あさぎは今度こそその答えを求めるつもりで、真っ直ぐに彼を見つめた。
 しかし清矢郎は今まで彼女のことを避けていた時と同じように、あさぎから眼を逸らした。そして膝に頬杖をつくと、ぐしゃりと髪をかき上げ、顔に手を当て呟いた。

「……自分でも、よく、わかんねえ……」
「なにそれ」
 隣に座る「前科者」を、年上のくせに何言ってんだとあさぎは少し呆れたようになじった。
 だがしっかりした清矢郎がこんな風に卑怯で、「弱い」ところをあさぎに見せるのは初めてのことであり、あさぎは素の彼を見たような気もしていた。

「悪い……」
 清矢郎はあさぎの方を見ないまま呟いた。それは「聞いてくれるな」とでも言いたいようなひどく苦しげで、そしてどこか照れているようにも見えた。
 その横顔を見上げていたあさぎであったが、彼女は彼との四年間に決着をつけたくて今日はやってきたのだ、どんな結果になろうとも。
 あさぎは少々むっとした顔をして、清矢郎の顔に手を伸ばすと、両手でぐいっと自分の方へ強引に向けた。
「なんでもするって言ったじゃん! だったら話してよ! 理由もなくあんなことしたなんて……、ひどいよ……」
 あさぎは前半は強気に、そして後半は哀しそうに声を震わせた。
 意味もなくあんなことをされ、苦しまされていたのでは、少女も悲しいものがある。いっそ「やりたかったから」というような下品な理由でもよいので、清矢郎の口から聞きたいと思っていた。

 頬を膨らませたあさぎの行動に、清矢郎はまた驚いた顔をして彼女と眼を合わせた。しかし元々償いをするつもりであった彼は、それもそうだと思ったらしい。
 それでも非常に話したくないような顔をしていたが、清矢郎は大きなため息をついてあさぎの細い手をすり抜けると、また前を向き不機嫌そうに語り始めた。それは過去の彼自身への怒りかもしれなかった。
「ほんとに、自分でもよくわからん」
 初めて聞く清矢郎の「理由」を、あさぎは胸をドキドキさせながら聞いていた。

「……興味は、あった。あと、なんか、すげえ、イライラしてた」
 清矢郎は隣に座る女の子に下手なことを言ってショックを与えないよう、あまり下卑た表現にはならないように、当時の精神状態や単純な身体の欲求を、どうにか遠まわしな言葉を探しながら一言一言ゆっくりと話した。
「――そんだけ」
「えー……」
 これも彼らしいと言えば彼らしい説明の短さであるが、あさぎは思わずブーイングをしてしまう。
 しかしそれが彼の本心であるなら、あさぎがどうこう言うことではない。男性でもあるし、この端的な理由こそが事実なのだろう……とあさぎは自分に言い聞かせた。だがそれだけでは納得できないという女心もある。

「イライラって……何に?」
 「セックスしてみたかったの?」などと直接的なことが少女に聞けるわけなかったので、別の尋ね方をした。また、落ち着いていて我慢強い清矢郎に、そんな汚い感情があったのだろうかと彼女は意外に思ったのだ。
「……いろいろ」
 また返された短すぎる答えにあさぎはじろ、と清矢郎を睨んだ。その視線が分かった彼はため息をついて補足した。
「わかんねーよ。なんか色んなことに、すげえイライラしてムカついてた。――中学ん時、」
 あさぎは自分の中学生の時を思い出す。確かに荒れている生徒は男子にも女子にもいた。もしかしたら非行に走っていないだけで、今のあさぎもそういう状態であるのかもしれない。
 成長していく身体と心、そして現実に置かれた立場、そのバランスが上手くとれず、思い通りにならない苛々も手伝って様々な葛藤を引き起こす。それなのに「子供」の力では、その全ての欲求不満を解消することが出来ない。

 だから彼らは探すのだ。それをどうすれば昇華出来るのかを。
 しかし時に、他の方法で上手く昇華出来ず、直接その欲求を満たそうと暴走してしまう時がある。
 それは時に汚い方法であったり、それは時に他人を傷つけ、罪となってしまう方法であったり――。
 中学二年生の時の、急激に身体を成長させ自分に触れてきた清矢郎のことを思い出してしまい、何故かあさぎの方が背徳感を抱き彼を見ていた。
 その時、どんな欲求不満や願望が彼にあったのか、アンバランスな少年の身体が何を求めていたのか、そこはあまり詳しく聞いてはいけないような気がした。それこそあさぎにも隠したい欲望があり、ひとりでこっそりとその処理をしているように。

 しかしその話からすると、その欲望処理の矛先が、まだ幼い自分に向いたというのだろうか――。
 そう思うとあさぎは不思議な感じがした。嫌、なような、興奮する、ような。

「あと――あん頃は、親父にも、反抗してたし」
「伯父さんに?」
 聞き返したあさぎに清矢郎は頷いた。
 清矢郎の父親と言えば、彼とよく似た、あの年齢にしては引き締まった身体をしている、格好いいとあさぎにも思える伯父である。
 しかし彼はとにかく一人息子の清矢郎に対して厳しく接していた。祖母の家に親戚で集まった時なども、伯父の怒鳴り声を日常茶飯事のように聞いていた。
 だが少女の眼にもそれは虐待までには感じられなかった。言いすぎやりすぎという感はあったものの、伯父は間違ったことは言っていないし、稀に優しさも見せていた。おそらく彼は自分や人に求める理想が高く、厳しい人であるのだろう。
 ちなみに、あさぎの母親と同様、女の子供がいないからとその伯父もあさぎには恐ろしいくらい甘かったのであるが……。

 それはさておき、父親の度を越した厳しさに黙って耐えていた清矢郎であったが、反抗期の時期でもあり、色々と思うところやストレスはあったらしい。
 しかし同世代の少年にしては落ち着いている今の彼の様子を見れば、清矢郎はその心を歪ませることなく努力して、立派に成長したことはあさぎにも見て分かる。

「だから――さ、」
 しかし清矢郎はそこで言葉を区切った。非常に言いにくそうな顔をし、舌打ちをひとつして、あさぎをちらりと見る。そして思い切ったように息を吸い込むと一気に言った。
「イライラして、ストレス溜まって、……そーゆーことがしたくなって、俺はお前に……手を出した。つまり、お前を犠牲にした。……多分、一番、身近な、……女だったから」
 清矢郎に「女」と言われて、あさぎはまた大きく胸が疼いた。
 しかし彼が再び浮かべた苦しそうな表情から――しかもあさぎから眼を逸らす様子から、ただの色欲の意味とは違う気がしていた。その意味は清矢郎がもう一度同じ言葉を繰り返したことで、理解できた。

「一番、身近で、俺より、弱くて小さいからって理由で……、俺は、お前を、傷つけた」
 自分自身を責めるような清矢郎の表情と声が、あさぎの記憶の中のじっと黙って何かを堪えている子供の彼の姿と重なり、「被害者」があさぎであるにも関わらず、彼女の方が胸が締め付けられるような想いになる。
 ――私なら、大丈夫だから、だからもう、そんな風に苦しまないで。――
 「守ってあげたい」、なにやらそんな気持ちにすらさせられ、思わずそう言いそうになったあさぎが無意識のうちに清矢郎へと手を伸ばしかけた時、
「なのに、なんで、お前はこんな最低な俺が……っつうんだよ」
清矢郎はそう吐き出すと、またがしがしと頭を掻いた。あさぎの手が止まった。

 己の弱さに負け、自分より弱い者を虐げ傷つけた事を、正義感が強く自分に厳しい少年は、己を許すことが出来ずにいるのだろう。
 清矢郎は、「被害者」であるあさぎが自分にそんなことを言うとは思わなかったと、あさぎの気持ちに答える以前の問題で困惑しているようだった。
 あさぎは想いを伝えることの難しさを感じながら、そこまで思い悩む彼は素直に凄いと思ったし、逆にそれほどの彼があんな暴走をするなんてあの時は余程辛かったのかな、と考え始めていた。

 あさぎはやはり自分の感覚がおかしいのか?と思うものの、それでも自分に初めて弱さを見せたこの男にどこか愛しさすら感じていた。そしてその真実を耳にしても、やはり彼のことは手に入れたかったので、拙いながらも理解してもらう言葉を探す。
「私にも、わかんないけど……」
 しかしあさぎもまた曖昧な答えとなってしまい、一旦清矢郎から視線を逸らした。
「……でもね、せいちゃんじゃないと、多分、こんな風には思わなかったし、違う人からあんなことされたらもっと、嫌だった」
 それだけは何故だか最初から思っていたことであったので、あさぎは素直にそう言うと、清矢郎を再び見上げた。

 その口調は十二歳の彼女に戻っていた。清矢郎のことを「せいちゃん」と呼びもう一度甘えたいと思う子供のあさぎと、「清矢郎」と呼び捨てにして女として彼に対等に見られたいと思うあさぎとが、彼女の中に混在していた。
 しかしあさぎのその子供のような口調と真っ直ぐな眼差を、清矢郎はまた驚いたように見つめ返した。その少女の小さな唇が、また動いた。
「せいちゃんは、私じゃなきゃ……嫌ってことは……なかった……の?」
 少女の口からたどたどしく、不安そうにその言葉が紡がれた。
 とくんとくんとあさぎの心臓がまた速く拍動し始める。

 その胸の中を金魚が泳いでいる。
 ――私の想いは届くのだろうか?
 小波のように震える胸の中、あさぎは清矢郎の答えを待つ。次の彼の返答次第で、「彼が欲しい」という願いが叶うかどうかが決まるだろう。
 既に己の想いを告げたことで、少女の心は全て少年の前に曝け出されている。――それはまだ子供のような、穢れのない裸の心であった。
 「女」の表情を見せたかと思えば、今はあの日から時を止めてしまったかのような眼をして自分を見ている少女を、清矢郎は口を横に引いてまじまじと見ていた。







個人サイト>碧落の砂時計TOP





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(1) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう