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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期・第2回:あなたがどれだけ汚れても
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第55話 暗中の擬態


 森の中に、不審な気配は感じなかった。

 ……あの気配は、ただの気のせいだったのだろうか?

 いや、そんなはずはない――あれは、明確な敵意だった。おそらくは、わたしに向けられた……。


 しんと静まり返った森の中を歩いてゆく……。

 ときおり風が吹いて、ざわざわと葉擦れの音が包み込んでくる。

 ……こういうときは、妄想に囚われないようにしなくてはならない。

 闇には、人の想像をかきたてる作用があるのだ。

 想像は行き過ぎすれば妄想となり、ときに自分自身に刃を向ける……。


 さっき感じた気配……あの主が、この森にいないとすれば。……移動、したのだろうか?

 行く場所など、この辺りには、あの村しかない。

 ……行って、みるか。


 わたしは用心して、ジャックとアゼレアのところには容易に辿り着けないよう、【試練の迷宮】を使って森の中をダンジョン化した。

 ダンジョンを維持している間、3枠しかない精霊術使用枠のひとつが占有されてしまうことになるが、致し方ない。

 わたしは森を出て、村へと向かった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 村もまた、しんと静まり返っていた……。

 もう深夜と言っていい時間だ。村民たちが寝静まっているのは当然のこと。

 不寝番などがいないのも、辺境の村であれば珍しいことじゃない……。


 わたしは、死んでしまったように暗く沈黙する村の中を、ゆっくりと回ってゆく。

 人影はない……生き物の気配自体が、感じられない。

 言い換えれば、それは何も不審な点がないということでもあるのだけど……。


「……なに、これ……?」


 わたしはあえて口に出して呟き、その違和感の存在を確定した。

 何がおかしいとは言えなかった。

 おかしい点などない。

 それでも……何かが変だ、と、わたしの直感が訴えている。


 100年以上の経験に基づくわたしの直感は、そこそこ信頼が置ける。

 わたしは『王眼』を使用した。

 走査対象は……村に建ち並ぶ家々の中。


 ……村人たちが、それぞれの寝台に横たわって眠っている。

『王眼』がくれた情報は、やはりそれだけだった。

 ……気のせいだった……?


 …………いや。

 反省したはずだ。『王眼』に頼りすぎてはいけない、と。

 自分の目で……肉眼で、きちんと確認するべきだ。


 勝手に住居に侵入するのは忍びない。

 わたしは村の中を歩き回って、窓から寝台を覗き込めそうな家を探した。

 やがて、ちょうどいい家を見つける。

 この村には不釣り合いなほど立派な煙突がある家だった。

 鍛冶屋か何かだろうか……。


 家の裏手に回って、そっと木窓を開けた。

 爪先立ちをして、部屋の中を覗き込む。

『王眼』の情報によれば、ここが寝室のはずだった。


 ……暗くて、よく見えない……。

 ベッドを一つ置くのがやっとの、狭い寝室だった。

 闇の奥に、かすかに扉が見える……。そちらが入口だろう。

 ということは、ベッドは手前側にあるはずだ……。

 わたしは少しだけ窓に顔を突っ込み、窓の下に視線を向けた。


 わたし自身が邪魔になって月光が入らないから、顔の造作まではわからなかった。

 ただ、粗末な毛布が人の形に膨らんでいることくらいはわかる。

 ……何も……おかしな点はない、か?

 いや…………いや……?

 何か、引っかかる。

 なんだろう。何が引っかかる……?


 わたしはさらに注意深く、寝静まる男を観察した。

 大柄な男の人だ……。

 分厚い筋肉に覆われた、まるでドワーフみたい。

 決して大きくはない寝台に、その巨体を窮屈そうに横たえて、彼は微動だにすることなく、極めて静かに眠っている……。


 …………………………。

 微動だに。

 することなく?


 ……それって……おかしく、ない?

 だって、睡眠と停止は違う。

 たとえ静かに眠っていても……どんなに寝相のいい人でも。

 呼吸はする。

 寝息はたてる。


 なのにこの人は、()()()()()()()()()()


 し。

 …………死んでる…………!?


 そんな、馬鹿な……!

 不慣れとはいえ、『王眼』が生者と死者を見間違えるはずがない!

 だとしたら……コレは、何?

 今、ここで、毛布にくるまって寝ているのは、一体……!?


「……………………」

「……………………」


 え。

 沈黙が……あった。

 静寂ではなく……それは、沈黙だった。


 なぜなら。

 それは、一人ではなく……二人以上が作る、無音。

 わたしと。


 ――おもむろに目を開けた、男が。


 見られていた。

 じっと、見られていた。

 驚くでもなく、怒るでもなく。

 ただただ、ガラス玉のような瞳で、わたしを、吸い込もうとするかのように……!


「……うっ……!」


 本能的に危険を感じたわたしは、急いで窓から顔を離した。

 直後。

 筋骨隆々の男の腕が、ずぼっと窓から飛び出してくる。


 何かを探すようにぐねぐねと手首を動かすそれを見て、わたしはぞっとした。

 ――わたしの『王眼』は……こんなものを、生きた人間だと判断したの……!?

 太い腕は焼け爛れたように半分溶け落ち、もはや人間の肌よりも樹皮のほうが近いような有様だった。

 10本あるはずの指は、しかしその半分近くが、第一関節か第二間接のところで途切れている……。切断されたような風ではなく、自然に腐り落ちたような様子だった。

 それは……ああ、わたしには、ひとつの形用しか思いつかない。


 ――動く死体(リビングデッド)


 バキバキッ……バキバキバキバキャッ!

 それは、太い死体の腕が、窓枠を破壊する音だった。

 木製の壁にできた裂け目から、目が覗く。

 もはや何の光も映さない虚ろな目から、しかし、確かにわたしへと視線が注がれる……!


 マズい……。

 マズい、マズい……!

 一体、この村で、何がっ……!?


 わたしは逃げるように、煙突のある家の裏手から、表側へと走った。

 すると。

 人影が、あった。

 村中に、さっきまでは一つとしてなかった人の影が、うようよふらふらとうろついていた。


 わたしが表に飛び出してきた、その瞬間――

 それらすべてが、ぐるぅり……と、緩慢な動作で、わたしを見る。

 ……ああ……。

 あまりに、気付くのが遅かった。

 今日の朝までは、確かに彼らは、生きた人間だった。

 なのに……なのに……!


 ――【試練の迷宮】。

 ある一定の空間をダンジョンにし……その内部に、魔物を生み出す精霊術。

 けれど魔王軍は、その魔物をダンジョンの外に連れ出す技術を開発していた。

 魔王軍の戦力の大きなウェイトを占める、ゴブリンやオーク、ワイバーン……。

 あれを可能としているものが何なのか……【試練の迷宮】を模倣しているわたしには、わかっていた。


 依代だ。


 ダンジョンの外でもその存在を安定させるため……魔物たちは、何らかの生き物を依代にしているのだ。

 魔王軍の魔物たちは、数から言って、おそらくは獣や虫を使っている。

 ならば……このリビングデッドたちは?

『王眼』が、その正体を語っていた。

 世界の真実の姿を知覚する『王眼』は――今も彼らを、生きた人間だと告げている!


「わたしの目を……誤魔化すためだけにっ……!」


 リビングデッドたちは見る間に姿を増やし、わたしを取り囲んだ。

 じわり、じわりと、距離を詰めてくる……。

 彼らは、生きた人間だ。

 少なくとも『王眼』はそう言っている。

 でも――魔物の依代になってしまったものを元に戻す方法を、わたしは知らない。


「……今、さら……」


 わたしは歯を食い縛って……それでも、はっきりと宣言した。


「今さら……この程度のことで! わたしが止まると思うッ!?」


 蜃気楼の剣を作り出す。

 学院の頃のエルヴィスのような、雑で大きなものだけれど、雑兵を薙ぎ払うにはこれで充分!

 わたしはそれを、一息に振り抜こうとした。


「――へぁあああっ……!?」


 けれどその前に、どこからか間の抜けた悲鳴が聞こえた。

 い……今のは?

 声の方向を見たわたしの目に入ってきたのは――家の中からまろび出てくる女の人の姿だった。


「なんだいっ……! このバケモンは! ウチの人っ……ウチの人はっ……!?」


 ――人間。

 ――リビングデッドにされていない。

 ――普通の人間。


「……姑息っ……!」


 わたしは蜃気楼の剣を消さざるを得なかった。

 魔物にされていない人間が、混じっている。

 リビングデッドたちを薙ぎ払えば、まだ無事な彼らにまで被害が出てしまう……!


 発動しっ放しだった『王眼』に、ひどいノイズが入った。

 顔をしかめながら夜空を見上げれば、大量のコウモリが星々を覆い尽くさんばかりに飛んでいる。

 対策は完璧というわけだ……!

 わたしは『王眼』を閉じながら、すぐさまその場に伏せた。


 ――ダアァンン……!!


 直後、長い銃声が夜闇の向こうから響き、伏せたわたしの上を銃弾が貫く。

 読み通り、狙撃……!

 索敵能力を封じたくらいで、簡単に不意を突けると思わないでほしい。


 しかし、この暗さで、何百メートルも向こうからわたしの姿を正確に見て取るのは難しいはずだ。

 おそらくは……『目』が近くにいる。

 互いの精神を共有しているあの双子ならば、片方を対象に近付かせれば、暗闇での狙撃だって可能になる……!


 大量のリビングデッドが、徐々に輪を狭めてくる。

『王眼』はコウモリたちの撒き散らす超音波で使いものにならない。

 さらに、一撃必殺の狙撃がいつ飛んでくるともわからない。

 そのうえ、リビングデッドたちを一気に薙ぎ払うこともできない……!


 四肢を鎖に繋がれたかのような、雁字搦めのこの状況。

 わたしは顔をしかめる。

 ……嵌められた……!

 これは時間稼ぎだ。

 村を丸ごと使った、わたしの足を縫い止める楔……!

 この間に、ジャックを連れていくつもりか!


 こちらも時間稼ぎの策は講じてある。

 二人を守るように展開しておいたダンジョンを、魔王軍が突破するのが早いか?

 それとも、わたしがリビングデッドたちを一人残らず倒し、狙撃の『目』を捕まえるのが早いか……?


「――勝負、というわけ……」


 わたしは夜闇の向こうを睨みつけながら、幼い少女の顔を思い浮かべた。



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