空から静かに降りてくる桜の花弁。
今日は暖かな春の日で、薄く敷き詰められた桜色の道路は、川沿いをずっと続いていた。
二人で歩いている道に、等間隔に並んだ桜の木が花弁を降らせている。
その花弁にそっと手を伸ばすのだけど、触れる瞬間にふわりと舞い上がって逃げていってしまう。
「五回目」
隣を歩いていた恭也が、つまらなそうに言い放った。
「そんなのいちいち数えないでよ!」
少し恥ずかしくなって私は声を強めた。
睨んだつもりの視線は、軽く微笑でかわされてしまう。そしてこいつは、非難の視線を向ける私に荷物袋を押し付けると、風の中におもむろに手を伸ばした。
風の中を流れるようにスムーズに動き、柔らかく指を握る。
そこまでの動作をボーっと見つめていると、急に私の目の前に突き出された手に驚いて、一瞬目を瞑ってしまう。
「えっ! 何?」
ゆっくりと閉じた瞳を開けると、私の目に突き出された彼の掌には一枚の桜の花弁が乗っていた。嫌な感じに鼻で笑って、得意そうな顔をしているのが何かムカつく。
「ずるいよ!」
「どこが」
私に押し付けた荷物を左手で受け取ってから、恭也は私の掌の上にその花弁を乗せた。今更気にしないのかもしれないけれど、触れ合った掌の体温がどこかくすぐったい。
恭也の両親と私の両親は中学時代のクラスメイトで、恭也とは子供の頃から家族ぐるみの付き合いがあった。今日は、合同のお花見の準備に勤しむ両親に追加の買い物を命じられて、ついでだからと色々理由を付けて恭也を引っ張り出した。
当たり前の事なのかも知れないけれど、学校が上がって学年を重ねていくうちに、恭也はこうしたイベントをサボるようになってきていた。
私には、それが切ない。
「プレゼント」
そう言って少し力を入れて、触れてくる掌の感触。
けれど、僅かな余韻を残して離れていくに温もり。
残された桃色の花弁。
「あっ……」
離れて行く掌が、少し切なくて、そうしたら自然と声が出てしまった。
「ん?」
恭也が振り返った時、二人の間を過ぎる一陣の風が掌から花弁をさらっていく。
「え? うそ、何でっ!」
叫んだ所で後の祭り、無数の舞い降りる花弁に大切な一枚がまぎれて見失う。私はそれを呆然と見ているだけだった。
どうにも私は、捕まえるのも留めておくのも下手みたいで、嫌気がさす。
「気にするな、それくらい――難しい事じゃない」
そんな私をみかねてか、軽口を叩きながら器用に親指と人差し指で桜吹雪の一片を摘み上げる恭也。
いたたまれなくなった私は、愛想程度の微笑を返すしか出来ない。本当は、『そうじゃないんだよ』って言いたかった。
私が悲しいのは……切ないのは、逃げていく花弁が、離れていく掌が、開いていく二人の様な気がして、胸が痛むから。
でも、思っている事なんて、ほとんどの場合上手く伝わらない。
(でも、こんなものかな)
私にあいつの気持ちが分からない様に、向こうも同じ様に思っているんだと思う。捕まえようと伸ばした手を、上手にすり抜けていくこの桜の花弁の様に、捕まえたい心はいつも逃げていく。
そうして私は、軽くため息をついてから、風に遊ぶ桜を見るともなく見ていた。
隣を流れる川の水の音、通り過ぎる自転車の少し軋む音、単調なリズムなのに微妙にずれた私と恭也の二つの足音、沢山の春の日常が耳に入ってくる。
重ならない足音が隣を歩く恭也を少し意識させ、その足音を合わせようと、下らない事を画策し始めたら、急に私の手が暖かさに包まれた。
驚いて見つめる私に、恭也は少し恥ずかしそうに小さな声で告げる。
「……顔に出てるんだよ」
それが何だか可笑しくて、にやけながら私は答える。
「嘘ばっかり、自分が繋ぎたかったくせに」
そんな下らない言い合いが楽しくて、繋がった掌に鼓動が重なる。
帰り着いて、また離す時に少し辛くなるかもしれないけど、次はもっと簡単に届く気がする。
私は何かを捕まえるのも留めておくのも下手だけど、そう悪くはないかもしれない。
だって――、お互いが望まない限り、その掌が重なることは無いのだから。
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