馬鹿げた正義に鉄槌を!
大きな剣を携え、甲冑を身に纏っている男と東洋の忍者のようにクナイを携え、黒装束を身に纏っている男が学校内に設置されている決闘場で斬り合っていた。
観客である学生はそれを見て大いに盛り上がっている。
「やれ!ヘンドリクス!斬り殺せ!!」
「俺たちも我慢の限界だったんだ!!いつも人の物盗みやがって!!」
「死ね!!死ねキリツカ!!」
どうやらこの決闘は学内でも有名な盗人のキリツカが正義を掲げる重装騎士ヘンドリクスに決闘裁判を挑まれた結果始まったようだった。
「馬鹿げてるよね。決闘裁判とかさ。」
二歳下の弟であるクレバーが軽蔑の視線を決闘場に向けながら呟いた。
我が弟ながらいつ見ても整った顔である。金色の髪に蒼色の瞳、そしてすらっとした手足。
見る者によっては一目で虜にしてしまうだろう。一方俺と言えば黒髪に濁りきった瞳。そして熊のような体躯。同じ親からどうしてここまで違ってしまうのか…。
「もしかしたらお前もやるかもしれねぇぜ?」
「そんなことは絶対にないよ。だって僕は強いもん。挑まれることが無い。兄さんは知らないけど。」
相変わらず可愛くない弟だ。しかしこれは事実でもある。クレバーは容姿だけでなく、非常に高い戦闘能力を有している。剣だけの俺とは違い、高難易度の魔法を使いこなすのだ。お袋から万遍なく容姿と魔力の才能を受け継いだクレバーは学内でも屈指の強さを誇る。それ故誰も決闘を挑もうとしない。まぁそもそも決闘裁判を起こすような問題が無いという方が正しいのだが。
決闘裁判。それはこの学校では重要な制度である。物事の成否を決める場合、時折用いられる。例えば物を盗まれたとしよう。誰がやったか検討はついているが証拠はない。そのような時、この決闘裁判という制度が用いられる。例えば彼女が犯されたとしよう。誰がやったか検討はついているが証拠はない。そのような時、この決闘裁判という制度が用いられる。繰り返させてもらうが例えば友人が殺されたとしよう。誰がやったか検討はついているが証拠はない。そのような事の解決方法として決闘裁判という制度が用いられる。
つまりこの学園内で争いが起きた時、それらを解決する手段として決闘裁判があるのだ。
決闘裁判を望む原告は被告に対し、罪があることを神の名の下に宣言する。被告が罪を認めるのであれば、そこで被告は罪人として捕えられる。しかし自白する者などいるわけがなく、ほぼ全ての者がここで否認をする。するとどうだろう。どちらかが嘘を吐いたことになる。さて、ここからが重要だ。
嘘を吐いたものが両者の内どちらであるかを判別する必要が出てくる。ではどうやって判別するのか。それは命を懸けた決闘により判別する。神は正しい者に祝福を与える。真に正しい者に勝利を与え、逆に正しくない者には敗北を与えるのだ。つまり決闘で負けたものは問答無用で悪となり、有罪となる。
この制度は学生間のいざこざをごまかすためにこの学校ででっちあげられた制度だとも言われているが実情はよく分かっていない。分かっているのはこの学校では強者こそが絶対だということだ。
弱いということは罪であり、虐げられても仕方がない。
真に自分が正しい事を示したいのであれば、強くなければいけないのだ。
観客席から悲痛の声が響いた。
「立て!!立ってくれヘンドリクス!」
「嘘だろ…ヘンドリクスまでやられちまうのかよ!?」
「おい、ヘンドリクス!おい!」
決闘場を見やると正義を掲げるヘンドリクスが盗人であるキリツカに倒されていた。
ご丁寧にキリツカは何度も何度もヘンドリクスの首にクナイを刺している。
多分死んでしまっただろう。だが、殺した方が捕まることはない。何故ならば、これは命さえもかけた決闘なのだから。
ヘンドリクス、良いやつだったのにな…。
「正義ってなんなんだろうな?」
俺がそう呟くとクレバーは一言、悲しそうに言った。
「強者であることだろうね。」
それは少し、十五歳の少年が言うには寂しいものだと思った。
「諸君も知っているように、この学校では勝者が正義であり、敗者は悪である。それは何故か?」
長い蒼髪をたなびかせ、修道服に身を包み、大きな杖を右手に持ち、整った顔に笑顔を貼りつけた我らがエリウス教官は受け持つ生徒達を見渡しながら言った。
「ではスタップ君、答えなさい。」
この問答はこの学園に入った初日から毎日行われている。これもまた生徒へ発破をかけるためだろう。
「はい。神は真に正義なる者に微笑むからです。」
俺は淡々と答える。
「よろしい。」
「では、もう一つ質問だ。今日昼休みに行われた決闘。そこでは諸君も知っていた通り校内でも評判の良かったヘンドリクス君が評判の悪いキリツカ君に殺されてしまったが、この場合、正義はどちらにあるかね?」
クラス中に殺気が満ちた。ヘンドリクスは人望があった。彼女もいた。愛する家族もいた。そしてとても優しい奴だった。しかし、キリツカより弱かった。それが現実だ。
「…。」
「答えなさい、スタップ君。」
「正義はキリツカにあり、だからこそ神はキリツカを祝福しました。」
俺のこの言葉を聞いて俺を睨みつける奴や、殺気を向ける奴もいた。
しかし、ここで教官の望む答えを言わなければ困るのは俺だけじゃない。弟のクレバーにも指導がいくのだ。
「そうだ、スタップ君。キリツカ君は盗みなどしていなかった。異論がある者は?」
このやり取りも何度行われたか数えきれない。それでもなお教官に、学校のやり方に噛みつくものがいる。
「ヘンドリクスは、姉の結婚式の為になけなしの金で買ったブローチを盗まれた!それを見せびらかすかのようにキリツカはヘンドリクスに見せていたんだ!どう考えてもあいつが盗んだに決まってる!!」
ヘンドリクスと仲の良かったエリックが声高々に叫んだ。
「証拠は?」
「キリツカがブローチを持っていたことが証拠だ!」
エリック…。止めろ!耐えてくれ…。
「それは証拠ではない。確実に盗ったということを示すものではない。推測の域を脱しない。つまり、エリック君は悪のヘンドリクス君に組する神への反逆者ということでいいかな?」
教官は杖の先をエリックに向けた。エリックの周りにいた生徒は皆エリックから離れた。
ここが分水嶺だ。ここでエリックがヘンドリクスをかばい続ければ、死ぬのはエリックだ。
神に反する者には人権など無い。人権の無い者を殺しても罪にはならない。
「いえ、確実な証拠を提示できなかったのにも関わらず、失礼な事を言ってしまい申し訳ありません。」
悔しそうにエリックは言った。
「よろしい。ではエリック君、今回悪はヘンドリクス君、キリツカ君のどちらかな?
エリウス教官は性格が悪い。それは二年間エリウス教官の下に教育を受けてきた俺たちには分かりきったことだ。元々三十名のこのクラスはもう十八名まで人数を減らしている。
ここでヘンドリクスを悪と答えられなければエリウス教官の魔術でたちまちエリックは死ぬだろう。
「ヘンドリクスです。」
涙を流しながら、エリックは言った。
するとエリウス教官は満足そうに笑顔を浮かべる。
「今日も良い子達の教鞭を振るうことができそうで何よりだ。」
最悪な皮肉の下、エリックは涙ながらに座り巻き込まれることを恐れたクラスメイトは自分の席に戻った。このような事は、日常茶飯事で珍しい事ではない。遅くとも一週間後にはまた別の決闘が行われ、ヘンドリクスが殺されたことも忘れ去られていくのだ。
十二名、このクラスからは死者が出ている。
八名はエリウス教官に殺され、四名は決闘で死んだ。
この学校では、強さが全てなのだ。
「はぁ。まさかここまで物騒な学園だとはね。兄さんが僕に入学を止めた理由がよく分かったよ。」
寮への帰路の途中、クレバーが呟いた。
「だから言っただろ?院の奴らのことは俺に任せろってよ。」
俺達がこの学園に入ったのはこの学園を卒業して騎士職か魔法職に就き、孤児だった俺達を助けてくれた院長に恩返しをするためだ。
親父は元騎士だったらしいが物心つく前に戦争で死んでしまい、美しく魔法の才能に優れたお袋は俺が八歳の時に白血病で死んだ。
「この世で唯一血のつながりのある兄が危険な場所に行ってるんだよ?放っておけるわけないじゃないか。」
「へぇへぇ、ありがとよ。」
「よきにはからえー。」
クレバーは杖を俺に向けて偉そうに笑った。俺たちが心の底から笑えるのはこの時間と昼休みくらいだろう。いくら家族と言っても同じ部屋で暮らすことはできないのだ。
クレバーがこの学園に入学して二か月が経とうとしている。少しは慣れただろうか。友達は出来ただろうか。仮に出来たとしてその友達に油断して弱みを握られないだろうか。正直心配だった。この学園では裏切りや危険な事は日常茶飯事なのだ。
しかもクレバーは学園でも素質を認められたエリートしか入れない魔法科である。知らず知らずの内に妬みを買っていないだろうか…。
「なぁクレバー。」
「何?」
「クレバーが強いのは俺も知ってる。だけどよ、辛い時は俺を頼れ。これは約束だ。」
俺がそういうとクレバーはあどけない笑顔で言った。
「兄さんに頼る日なんかこないよーだ!」
あぁ、心の底からそうなるようクソッたれの神様とやらに願うよ。
俺の可愛い弟を馬鹿げた悪意から守ってくれってな。
さて、得てして神様って野郎はどうにも俺が嫌いらしい。
俺の願いもむなしくクレバーが学内で最強と言われているファシリア嬢に決闘裁判を挑まれてしまうこととなった。
理由はクレバーに妹のエレシア嬢を犯されてしまったかららしい。
なぁクソッたれの神様。お前は俺から弟を奪おうというのか?
これが、こんなものが正義だっていうのか?
「やぁやぁやぁスタップ君、とんでもないことになってしまったね!」
エリウス教官が、修道服を纏った正義の代弁者が俺に笑いながら言った。相も変わらず気持ちの悪い奴だ。
「君の弟は、悲しくも訴えられてしまうようだ!悲しい!あぁ悲しいなぁ!」
大げさに腕を広げてエリウス教官は俺の周りを円周上に歩きながら言った。
「だが大丈夫!真に君の弟が正義であるならば、勝利するのは君の弟だろう!」
クレバーは確かに学内でも屈指の実力者だ。だがそれでも勝てない相手は存在する。
「君の弟はいつも誠実であった!友を慈しみ!唯一血のつながりがある兄を愛し!勤勉な生徒であった!」
ファシリア嬢は規格外。特別に用意された魔法騎士科に所属しており、魔法だけでなく剣技も人並み外れている。下手すればエリウス教官に匹敵しうる強さを持つ。だからこいつは知っている。クレバーではファシリア嬢に勝てないことを。だからこそここまで嬉しそうに俺の前で嘯くのだ。
「あぁ神よ!スタップ君の弟に祝福あれ!」
そう言って、詭弁者は決闘裁判の地へと向かった。決闘裁判は修道服を身に纏った神父が取り仕切ることで始まる。今回の神父はこの女がやるのだろう。俺も詭弁者の後ろについて歩き、決闘場まで向かった。
決闘場に着いた俺達を待っていたのは馬鹿みたいな量の観客と、決闘場のど真ん中にいるファシリア嬢とクレバーだった。
「兄さん!」
クレバーはこっちに気が付くと笑いながら手を振った。
「馬鹿野郎!お前状況が分かってんのか!」
「分かってるよ。それより兄さんは僕を疑わないの?」
「疑うわけないだろう!お前が強姦なんてするわけがない!」
「あぁ、やっぱり兄さんは兄さんだ。これで心置きなく戦えるよ。」
何言ってるんだよお前…。相手はファシリア嬢だぞ。まず間違いなく死ぬことになる。
「何笑ってんだよお前!戦えば死ぬんだぞ!」
「そんなのこの学園に来るときに覚悟を決めていたよ。まさかこんなに早くなるとは思わなかったけどね。」
クソッ。
「なぁ!アンタ分かってるんだろ!クレバーが強姦なんてしてないってこと!」
俺がそう言うとファシリア嬢は剣先をクレバーに突き付けて言った。
「この期に及んでまだ言い訳を重ねるか!クレバー!貴様兄にまで言い訳させて騎士としての誇りはないのか!」
「ね?無駄でしょ?」
クレバーは諦めたように言う。
「馬鹿野郎!諦めてんじゃねぇ!そうだエレシア嬢はどこだ!エレシア嬢を呼べ!」
「エレシアは今自室で泣いている。貴様の弟に無理矢理犯されてからずっと泣いているのだ!」
「証拠はあんのかよ!」
「エレシアの涙がその証拠だ!」
この言葉を聞いて観客席からヤジが飛ぶ。
「殺せ!!騎士の風上にも置けねぇ奴だ!」
「顔だけのガキが!前から気に食わなかったんだ!!」
「孤児院育ちの貧乏人が!とっとと死んじまえ!」
好き放題言いやがる。
「うるっせぇぞ!俺の弟はそんなことしねぇ!」
俺が叫んでもヤジが止まることはない。止まるどころかどんどん大きくなっていく。
「もういいよ兄さん。それに僕、そう簡単にやられる気ないから。」
「お前は黙ってろ!!」
なぁ神様。正義ってなんだよ。わけわかんねぇよ。悪ってなんなんだよ。俺達、何にも悪い事してねぇよ。なんでこんな目に合わなきゃいけねぇんだよ。理不尽だろ神様。
「ではファシリア君!宣言をしてくれたまえ!そしてスタップ君は早くこの神聖な決闘場から離れなさい!」
まるで至福の時を過ごすかのような笑顔で詭弁者は嘯いた。
「兄さん、俺の事はいいから。観客席に行きなよ。」
「貴様、いつまでそこにいるつもりだ。邪魔だぞ。とっとと失せろ!」
俺はこのまま弟を見捨てるのか?
母さんが死ぬ間際に言い残したことを俺は思い出す。
「あなたは本当にお父さんにそっくり。その黒髪も、瞳も、歳のわりに大きな体躯も。」
「そうなの?」
「えぇ。聞いてスタップ。貴方のお父さんはね。騎士だったの。」
「騎士?」
「騎士はね、大切な人を守る。そんな素敵な職業なのよ。」
お袋は辛そうに、しかしそれでもしっかりとした声色で言った。
「貴方のお父さんはね、魔法の得意だった私の代わりに戦争に行ったの。貴方を身ごもっていた私を守るために戦争に行ったのよ。」
「そうだったんだ…。」
「だからね。あなたも大切な人を守るために、頑張りなさい。必死になりなさい。そして、守りきれる男になりなさい。」
そういうとお袋は目をゆっくりと閉じた。
「うん!うん!だから置いて行かないで!お母さん!!」
「クレバーと…仲良くね…。」
地面を見つめていた俺は勢いよく顔を上げ、剣を抜いた。そして剣先をファシリア嬢に向けて宣言する。
「汝は我が弟に不当な罪を擦り付け、陥れようとした!その罪を神の下償うか!?」
これは原告から被告への決闘裁判の申し出だ。これでファシリア嬢が弟に対し決闘裁判の申し出をすることは出来なくなった。俺を殺して訴えなおさない限り。
「なっ!?貴様!罪人をかばう気か?」
「罪人じゃねぇ!俺がここに立っている限りクレバーを罪人にはさせねぇ!」
「兄さん!無茶だ!兄さんまで死ぬことはないんだ!」
「馬鹿野郎!どこに弟が死ぬかもしれねぇって時に見捨てる兄貴がいるんだよ!てめぇは黙って観客席で見てろ!」
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!スタップ君!君ならそうすると思っていたよ!良い!実に良い!」
詭弁者は大笑いしながら杖をクレバーに向け杖の先から水弾を放ちクレバーを観客席まで飛ばした。
「てめぇ!クレバーになにしやがる!」
「落ち着きたまえスタップ君。決闘裁判の邪魔者を排除しただけさ。だってこれはもう君の決闘裁判だろう?さぁファシリア君!君は罪を認めるか!?」
「否である!我は真なる悪ではなく、正義を神から承る者なり!」
被告からの否定が入る。
「おやおやおや!これはおかしい!!どちらかが嘘を吐いている!あぁなんと嘆かわしい事だろう!どちらかが神に背いている!よろしい!ならば決闘だ!真に正義なる者に神は微笑むだろう!あぁ!願わくばどちらも死を迎えませんように!」
空を仰ぎながらまるで道化師のように詭弁者はおどけた。
「けっ心にもない事をペラペラと言いやがる。真に正義なる者には神は祝福を与えるんだっけか!?んなこと信じてるやつなんてここには誰もいねぇよばぁか!!俺がそんなもんぶっ潰してやるぜ!」
俺がそう言うと詭弁者の顔が面白いくらいに歪んだ。そうだ。気持ち悪いクソみたいな笑顔ではなく、その顔が見たかった。
俺は声高々に神父の背後にある神を模した銅像に剣先を向けて宣言する。
「神よ!俺は貴様など信じない!貴様という存在がこの世で一番憎い!真に正義なる者に勝利を与えるという嘘を吐き続ける貴様が!俺の弟を陥れようとした者を裁かない貴様が!だからこそ俺は今貴様が与えるであろう正義に鉄槌を下す!この場で真実の悪を打ち倒すことによって!」
これは始まりだ。俺がこんなくだらないもんこの学校から取っ払ってやる。なぁ神様。アンタ一体何人もの良い奴を見殺しにしてきたんだよ。最早てめぇは死神だ。だからさっさと退場すべきだ。そうだろう?
「威勢が良いな貴様。気に入ったぞ。とても強姦魔の兄貴とは思えん。」
「言ってろアバズレシスコンクソ女。なぁにすぐにてめぇも虚言癖の妹と同じく自室で泣くことになる。」
神が掲げるくだらない正義の名の下に戦うお前を俺は嫌悪する。妹の言葉を鵜呑みにして弟を殺そうとしたお前を俺は嫌悪する。
「前言撤回だ。貴様はただでは殺さん。苦痛に顔を歪めて死んでいけ。」
歪めた顔から笑顔を取り戻した詭弁者は右腕を上げて言った。
「これより決闘裁判を執り行う。両者異議はあるか?」
「「異議なし!」
ファシリア嬢と俺は宣言と共に構える。
「では決闘裁判!開廷!」
そういって詭弁者の右腕が下げられ、決闘が始まった。
決闘が始まると同時にファシリア嬢の身体が炎の鎧に包まれる。
「騎士科の貴様はよく分かっているはずだ。近距離攻撃しか持たず、碌に自分の身さえ守る魔法が使えぬ騎士科の人間は魔法科の人間に勝てん。それは私のように騎士科の完全上位互換である魔法騎士科の人間にも当てはまる。」
分かってんだよそんなこたぁ。
「貴様はこれから無駄に死ぬのだ。せめて弟であったならばまだ魔法が使えた…。一矢報いる可能性があったというのに。」
「うるせぇ。ごちゃごちゃ言わずにかかってこい。」
俺に出来るのは、ただひたすら鍛えてきた自分を信じて戦う事だけだ。
「そうか!ならばまずは右腕を貰おうか!」
ファシリア嬢は剣先を俺の右腕に合わせ、竜の顔を模した炎を放った。
炎の勢いは止まらずスタップに襲い掛かる。その速度は最早肉眼では捕えることさえ難ししい。そして観客の誰もがスタップの右腕に龍が食いつく。そう確信していた、はずだった。
俺は大量の土を決闘場の表面に敷かれているタイルごと大剣で抉り炎にぶつけて相殺した。
「なっ!?」
「おっと。お上品な貴族様には見慣れぬ戦い方だったか?」
ファシリアは素直に驚いた。まず自分の龍炎を容易く防いだこと。そして、魔法も無しにタイルごと土を抉り出した馬鹿げた力に。
「貴様、本当に人間か?魑魅魍魎の類ではないのか?」
「学内最強のファシリア嬢にそういわれるとは俺も大きな男になったもんだ。死んだ親父とお袋も喜ぶぜ。」
「ちっ。無名の雑魚と見誤っていたか。」
そう言うやいなやファシリアは炎の槍を空中に作り出す。その数は増え続けていき、八つとなった。
「どうだ?これはさすがに防げまい?」
「どうだろうな?試してみたらどうだいお嬢さん?」
「減らず口を!!!」
八つの槍が次々とスタップを襲う。その槍をスタップは大剣で受け止めた。
槍が一つ当たる度に観客席を含むその場の空間が震えた。それはとても一人の人間が出せるものとは思えないほどの、衝撃だった。
「ゆっくり殺すつもり、だったのだがな。悪く思うなよ、馬鹿者。」
とてもたった一つの剣で受け止められるものではない。しかし――――――
「いや気にすんなよ。大したこたぁ、なかったぜ。」
それは強がりだった。しかし、恵まれた身体機能に加えそれに甘えず鍛え上げられた肉体、そして常人では扱えぬほどの大剣が合わさり、スタップは規格外の魔法を防ぐことに成功していた。もちろん無傷とは言えない。衣服は所々破けており、火傷も負っているようだった。
流石のファシリアもここでようやく気付く。この男が自分の攻撃を防ぎうる力を持っていることに。このままではスタップが倒れる事はないということに。
いくら小技を連発したところでこの男は立ってくる。
「貴様、一体何者だ?どうして学内で力を隠していた?」
「そんな大層なもんじゃねぇよ。それにアンタ、まだ本気じゃないだろう?」
当たり前だった。魔法騎士科の人間が騎士科の人間に本気を出すなどまずありえない。自分よりはるかに格下の相手なのだから。
騎士科と魔法科の演習は基本行われることはない。それは騎士科と魔法騎士科も同じだ。何故か?結果は火を見るより明らかだからだ。しかし騎士科のスタップが魔法騎士科であるファシリアの攻撃を防いでいる。それもある程度の余裕を見せながら。観客は静まりかえっていた。目の前で起きていることが信じられないのだ。
「貴様、名は?」
「スタップ。」
「そうか。貴様の名は覚えといてやろう。騎士科の分際でこの私に本気を出させた稀有な男としてな!」
観客席にまで熱気が届くほどの獄炎がファシリア嬢の周辺に集まる。それは最早鎧とは言えず、ファシリア嬢自身が炎となっているようだった。
決闘場のタイルどころか土さえもファシリア嬢の発する熱に耐えきれずゆっくりと溶けていく。
やばいなこりゃ。まさかここまでとは。正直打つ手がない。
今までの攻撃はまだ剣が溶けるほどではなかったが、今のファシリア嬢には近づいただけで溶けてしまうだろう。
最初から分かっていた。ファシリア嬢と戦えば絶望的な状況を迎えるであろうことが。
観客席からも声が上がる。
「なんだよありゃあ。」
「あんなんにやられたら塵一つ残らねぇぞ…。」
「まるで、炎神みてぇだ。」
「貴様にこのヘスティアが破れるか?」
「へぇ、その馬鹿げた状態、炎の神様から名前をとっているのか。」
なら、なおさら負けられねぇ。
「そうだ。貴様は神に喧嘩を売ったな?ずいぶんと皮肉が効いていると思ったぞ。貴様はこの炎の神を称する私に殺されるのだから!」
そう言ってファシリア嬢はその場で炎を溜め込んでいく。。ゆっくりと自らの周辺にあるものを溶かしながら。
「お前はこれを決闘だと思っているようだが、違うぞ。」
先ほどの炎がまるで大したものとは思えなくなるほどの獄炎が渦を巻く。
冷や汗が流れる。俺にこれらを防ぐ方法はない。
「これはただの虐殺だ!」
そう言ってファシリア嬢は周辺に渦巻いている獄炎を球状に変形させ俺に向かって飛ばした。
向かってきた炎は四つ。先ほどの槍よりは少ない。
しかし威力が段違いだ。小手先の方法ではそのまま貫通され殺されてしまうだろう。防ぐ手段が何か…。何かあれば!
「兄さん。僕を忘れたのかい?」
唐突に現れたクレバーが俺に水の鎧を纏わせ、炎を防いだ。防ぎ切れたわけではないが、剣は溶けずに済んでいるし、怪我も軽い火傷で収まっている。
「なっ!?お前!どうして!?」
「やっぱり馬鹿だなぁ兄さん。血のつながった兄が死にそうって時に放っておく弟がいる?」
そう言ってクレバーはウインクした。
観客席からは野次が飛ぶ。
「神聖なる決闘裁判を汚した!処刑だ!」
「その兄弟を殺せ!」
「これでは最早決闘ではない!」
「いや、決闘裁判には剣士と魔法騎士が戦う場合、特別措置として二親等内であれば親族の介入が許されている!」
声高々にクレバーは叫ぶ。エレウス教官も介入に何も言わない。ただクレバーを見つめているだけだ。
知っててクレバーを観客席に飛ばしたとしたら、随分性格の悪い奴だ。
「ほぉ、貴様一年の割によく勉強しておるではないか。」
不平不満も言わず、ファシリア嬢は言った。どうやら知っていたらしい。
俺は初めて知ったけど。
「だが分かっているのか?貴様は兄の苦労を全て台無しにしたのだ。」
「それで兄さんが死んでちゃ意味ないでしょ。案外馬鹿だねお姉さん。」
杖を構えて小馬鹿にしたようにクレバーは言った。目に光が戻り、いつものクレバーに戻ったようだ。
「さぁ、兄さん。ここからは第二ラウンドさ。お姉さんの魔法には及ばないかもしれないけど、僕の水魔法で最大限のサポートをする。多分ギリギリ燃えカスにならない程度には戦えるはず。だから、だから兄さんはその馬鹿げた大剣でお姉さんを倒して!!!」
あぁ、心強いぜクレバー。
「任せとけぇ!」
クレバーは俺の返事と共に俺の周辺に水弾をいくつも用意し、俺の周りに水を纏わせる。
そして俺はそのままファシリア嬢に突っ込んだ。
獄炎が俺の周りを囲うように攻めたてる。だが知るもんか。クレバーが、俺の弟がなんとかするはずだ。
一つ一つ飛んでくる炎にクレバーの水の弾が相殺しようと襲い掛かる。
相殺しきれず飛んできた微弱の炎は大剣で叩き斬り少しずつファシリア嬢の下へと進んでいく。一撃でもクレバーによって威力の下げられていない炎の弾があればその時点で俺は死ぬのだろう。しかし、そんなことは絶対に無い。俺はクレバーを信じている。
「まるでニブルヘンネの丘の決戦みたいだ。」
観客席の男が一人ぽつりと呟いた。
それはこの国に伝わるおとぎ話。強大な力を持つドラゴンに対し、不器用で魔法を使えない勇者が仲間の魔法使いにサポートしてもらいながら少しずつドラゴンを追い詰めていく。
一つでもドラゴンの攻撃が当たれば即死。そのような状況でも勇者は魔法使いを信頼してドラゴンに立ち向かい続け、最終的に剣をその眉間に届かせ勝利するのだ。
気づけば観客は皆スタップとクレバーの味方だった。
「なんだありゃ!?俺はおとぎ話を劇場で見てるのか!?」
「馬鹿げてやがる…!一歩間違えれば死ぬぞ!!」
「こんなワクワクする決闘初めてだぜ!」
私は本気でスタップを殺そうとしている。なのに何故この男は倒れず私の方に向かって来るのだ!?久々に感じた恐怖だった。状況は悪くないはずなのに途方もない恐怖が押し寄せてくる。一撃でも炎が当たればあの男は死ぬのに。何故か自分が追い込まれているかのように思えてくる。
「当たれ当たれ当たれ当たれ当たれぇええええええええええ!!!!!!」
今までとは比にならないほどの量の炎弾、炎壁、炎槍が俺を襲う。これがファシリア嬢の全魔力を注いだ最後の攻撃だろう。
これを抜ければファシリア嬢に俺の剣が届く!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
流石のクレバーもあまりの炎の数に、珍しく声を荒げている。水弾を正確にファシリア嬢の炎弾や炎槍に当て、俺の通り道に塞がる炎壁に水弾で穴を開ける。
その道を俺は一歩も立ち止まらず進み続ける。
最早身体に火傷を負っていない場所などないかもしれない。それほどに激しい炎の数々だ。
だが、止まらない。
「何故だ!?何故当たらない!?一撃!一撃当たれば終わるというのに!」
当たるわけがないだろう?死ぬわけがないだろう?
クレバーが俺を守ってるんだぜ?
そしてようやく時が来た。炎の弾を、壁を、槍を、全てを潜り抜けて身体が所々焼け焦げてはいるもののファシリア嬢の下に辿り着く。
「な!?」
「俺を!!俺の弟を甘く見たなぁ!くたばりやがれ!!!!!!!」
クレバーの水の加護を受けた大剣をファシリア嬢の炎で守られている頭に叩きつける。その衝撃は決闘場を揺らすほどの衝撃だった。まるで時が止まったかのようにその場の空間が静まり返る。
そして大剣の一撃を受けたファシリア嬢はそのまま気を失い、倒れた。
俺は剣先を神を模した銅像に向け吠える。
「貴様の掲げる馬鹿げた正義は今、砕け散った!」
衝撃の結末に、観客席からは凄い量の歓声が上がる。その歓声は決闘場を震わせた。
学内最強のファシリア嬢が決闘で負けたのだ。そのことはそれだけ衝撃的なことであった。それが例え二人がかりであろうとも。それほど圧倒的な実力者だったのだ。
「勝者!スタップ&クレバー!神は彼らに祝福を与えて下さった!」
くだらねぇ宣言だ。勝利に水を差すなよ。
「兄さん、やったね。」
「正直助かったぜ。ありがとよ。」
俺はそう言ってクレバーの頭を撫でた。実際コイツがいなかったら俺は本気のファシリア嬢に殺されていただろう。
「それは僕のセリフだよ。僕、完全に諦めてたのに。」
クレバーは耐え切れず涙をこぼした。
「おいおい泣くなよ。ったくやっぱまだ子供だな。」
「では、ファシリア君は不当な罪をクレバー君に擦り付けようとした罪人であることが決まった。!直ちに投獄の準備を!」
エリウス教官は刑務官達を呼び、気絶しているファシリア嬢を連れて行こうとした。
「ちょいと待った。」
「何かね?」
ここで終わりなわけないだろう?
「ファシリア嬢は無罪だ。彼女は妹に騙されたにすぎない!なぁそうだろう皆!」
観客達は劇的な下剋上を起こしたスタップに呼応した。
観客は今やスタップとクレバーの味方だ。
「そうだ!正義がクレバーにあったのなら悪いのはファシリアを騙した妹のエレシアだ!」
「エレシアを呼べ!」
「早くしろ無能神父!」
はっ。もっと言ってやってくれよ。この詭弁者によ。
「手配を。」
詭弁者は刑務官にエレシア嬢を連れてくるよう命じた。
「はっ。」
そしておよそ五分後、エレシア嬢が涙を流しながら無理矢理連れてこられた。
「嘘よ!お姉さまがやられたなんて!」
「全て事実だ。そこに倒れてる姉を見ろ。」
するとエレシア嬢は信じられない物を見るような目で地面に伏しているファシリア嬢を見た。
「嘘…。正義が悪に負けたというの…。」
「よくもぬけぬけといってくれたもんだよね。いつ僕が君を犯したっていうの?」
クレバーがそういうとエレシア嬢は激怒して言った。
「貴方が昨日無理矢理私の部屋に入ってきて私を襲ったんでしょう!自分の罪を棚に上げてよくもそんなことを!聖処女で無くなった私はもうどこにも目をかけてもらえないわ!まぁ、でもそれももう終わり。きっと私はこれから殺されてしまうのでしょうね…。ごめんなさいお姉さま。お姉さまを巻き込んでしまって。やっぱり神様なんていないんだわ。」
エレシアは泣きながら姉の身体に顔を埋めた。
「兄さん、これちょっとおかしくない?」
「お前もそう思うか?」
「うん。これ多分エレシアちゃん間違いなく誰かに襲われてるよ。」
「だよなぁ。これもしかしてお前が誰かに恨みをかってその報復にエレシア嬢が利用されたってことになるんじゃあ…。」
俺がそういうとクレバーは不機嫌な顔をして抗議した。
「兄さんは僕が悪いって言いたいの?」
「違うって。お前誰かに恨みをかうようなことしたか?」
「記憶にはないね。」
「う~む。まぁ誰も死なずに済んだわけだしいいか!真犯人はまた今度探すとしよう。」
「楽観的だなぁ。見つからずまた決闘裁判を挑まれたらどうするのさ。」
「その時はまた、神様に喧嘩でも売るさ。」
「やっぱり兄さんって馬鹿だよね…。」
クレバーは呆れたような顔で俺を見て言った。
さて、最後の仕上げが待っている。
俺は剣先をエレシア嬢に向けて宣言する。
「我は汝の罪を許そう。それが真の正義に基づくものであるのだから!」
「え?」
エレシア嬢の口から声が出る。
「「「「は?」」」」
それは観客席からも同じだった。エリウス教官の声も混ざっていたような気がする。
「エレシア嬢は実際に犯されてしまったのだろう!そして犯人を我が弟と間違えてし
まった!」
俺に続いてクレバーが宣言する。。
「これはきっと何かしらの洗脳によるものだろう!誰かがエレシア嬢に魔法をかけ僕に犯されたと勘違いさせた。であればエレシア嬢に罪は無い!妹の敵をとろうとしたファシリア嬢においても同じである!」
「「なれば、我らは罪を許そう。それが真に正義なる者の役割である!」」
俺は剣を、クレバーは杖を掲げ、宣言した。
ようやく長く苦しい決闘裁判が終結したのであった。