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タワーワールド

作者: 時雨煮

 セカンド・タワーの維持限界まで約四時間。


 事ここに至っては、もはや無意味ではないか、という思考を無視して作業を続ける。優先すべき緊急の案件が無いのであれば、敢えてルーチンワークを止めることはない。

 セカンド・タワー下部の居住者全員に対する健康状態チェックを滞りなく完了させ、本人通知事項が一点あることを除いて、問題点が無いことを確認する。


 六時間前に発生した事象に関する記録の一切は外部に送信済みであるものの、それらすべてを確認して再構成するのは煩雑極まりない。であるなら、“余計なこと”とはいえ、この空いた時間を利用して、経緯を整理しておくことは無駄ではないだろう。何にしても、これから起きることなど、これまでに起きたことに比べたら些末であろうと推測できる。


 赤く大きな恒星の裏側から飛来した隕石が、この惑星イルリサットの重力圏内で分裂したことが確認されたのが八時間前。それぞれの断片について軌道が再計算され、そのうちのひとつの進路上に、六基ある軌道エレベータのひとつ、セカンド・タワーが存在することが判明。軌道オービタルリングとタワーの移動による回避行動が、速やかに実行に移された。

 だが、隕石を完全に回避できるだけの時間的余裕は無かった。六時間前に事象は発生し、セカンド・タワー上部の外殻の一部と、タワーを支える五本のメインケーブルのうち三本が破壊された。

 タワーの崩壊は時間の問題だった。危機管理システムは、他の施設への影響を考慮して、可及的速やかに制御された放棄パージと修復作業を開始することを提案している。

 しかしそれは、タワー下部の居住区に住むおよそ三百人の生命が、私の良く知る人たちが、このままイルリサットの冷たい海に沈んでしまう、ということと同義だった。


 △


 密閉式のドアが静かに開き、廊下のざわめきが聞こえてきた。居住区の最上層に位置する、この小さな観測室に入ってくる生命反応は三つ。

 記録のためにコンソールに乗せていた左手を引くと、暗転したモニターに、飾り気のない黒いドレスを着た少女の人形が映り込む。褐色の肌、銀色の髪に、顔の上半分を隠す暗色のバイザー。その口元に表情は無く、それが私自身であることは明白だった。

 他人事のように考えていたが、このままなら私も一緒にイルリサットの海に沈むのだ。と、ようやく思い至る。

 シートを回転させて、来訪者たちの方に体を向けた。黒髪に白いものが混じり始めた中年男性が部屋の中央に立ち、その背後に金髪の少年と赤毛の少女が控えている。三人とも清潔そうな白い服と、それぞれに異なる簡素な装飾品を身に着けていた。


「座ったままで御免なさいね」

「いえ、問題ありません」


 セカンド・タワーの居住者の代表である彼は、まるで人間相手に話しているかのように答える。それは今に始まったことではなく、他の居住者も程度の差こそあれ、似たような会話になるのだが。


「方針が決定しましたので、お知らせに上がりました」


 危機管理システムからの提案があってから、およそ五時間が経過している。自らの命を絶つ決断をするのに、この時間が長いのか短いのかは判断がつかない。だが、ただ決断したというだけなら、わざわざ直接知らせに来る必要はないはずだった。


「何か特別なこと?」

「はい。我々の最期の願いを、どうかお聞き届けください」


 そう言った彼は、右の拳を自分の胸に当て、深く一礼した。


 △


 タワー上部へと移動するための設備は、ケーブル破損の影響で故障しているため使用できない。また、惑星改造テラフォーミングが完了していない現段階では、冷たい地表への脱出ポッドがどれだけ用意されていても、それらは無用の長物である。すなわち、いま利用できるのは、各タワーに二隻ずつ配備されている小型シャトル、すなわち定員三名の連絡艇だけだった。

 隕石衝突時の衝撃によって、一方の連絡艇は航行不能な状態に陥ってしまったが、残る一隻は無事だ。


「私が、このふたりと一緒に、サード・タワーへ?」


 彼の提案に聞き間違いが無かったかと、ゆっくり問い返す。彼はすぐに頷いて答える。


「はい。セントラル・ベースも考慮しましたが、受け入れは困難かと」


 地上の居住区は厳重に管理されているため、予定外の人員を受け入れたことは、これまでに一度も無かった。だから、最も近く、居住区にも余裕があるはずのサード・タワーへの避難は順当だ。問題はそこではない。


「なぜ? 私でなくとも、操縦なら貴方でも、他の操縦士でも可能でしょう」


 助けられるのなら最大数を。ふたりではなく三人を。論理的思考の下、私はそう考えるのだが、彼は首を振ってそれを否定する。


「いえ。タワーの代表者が皆を置いて逃げ出すわけにはいきませんから」


 それに、と彼は言葉を続ける。少し困ったような表情を浮かべ、彼が入ってきたドアの方を窺いながら。


「我々は、あなたに生きて欲しいと願っているのです」


 開いたままのドアを見ると、数名の男女がこちらの様子を窺っているのが確認できた。彼らは私を見て軽く頷いたり、笑顔を向けたりする。バイザー越しではどこを見ているのかわからないはずだが、顔の動きから察したのだろう。


「要望ではあるけれど、決定事項ということかしら」

「はい。何とか助かる方策は他に無いかと議論していたため、時間がかかってしまいましたが」


 △


 小さな破片の崩落による振動が、観測室に伝わってくる。コンソールの横に置かれている小さな観葉植物の葉が、わずかに揺れた。それは二年前に居住者のひとりから貰った鉢で、ほとんど世話をしていないにも関わらず、枯れることなく成長している。実は特殊な植物で、研究する価値があるのではないだろうか、と思考する。


「この鉢の水遣りは、どうしても覚えて頂けませんでした」


 仕方ないので私がこっそりやっていましたが、という彼の言葉に、その植物に対する判断を修正した。


「忘れていたわけではないわ。行動の重要度が低くて、選出閾値スレッショルドを超えなかっただけ」

「はい。はい、そうでしたね」


 揺れが収まるのを待ってから、右手で杖をついてゆっくりと立ち上がり、数歩歩いて、シートの横に置かれている車椅子に身を収めた。左腕のリングがコンソールに触れ、車椅子の制御が確保される。


 右足が動かなくなったのは、百年ほど前の話だ。何度も検査を行ったが、結果はすべて正常で、立ち会った技師たちは戸惑いを隠せなかった。最終的に、原因は“精神的なもの”として棚上げされた。生まれてからの記憶が、何らかの形で影響しているのかもしれませんね、と、技師のひとりは言った。彼の口調からして、その言葉は本気の発言ではないだろうと判断した。


「では、行きましょうか」


 私が杖を固定したことを確認して、彼は先導するように部屋から出た。部屋の外にいた人々は、次々に私に挨拶をして立ち去っていく。彼らはこの後、それぞれで最期の時を過ごすのだろう。

 部屋に残ったふたりの子供は、私が動くのを待っているようだった。


「ふたりとも、納得しているの?」


 声をかけられると思っていなかったのか、彼らは驚いたように目を見開いた。しかし、すぐに落ち着いて言葉を返してくる。


「僕自身については、まだ。でも、貴女が避難されることには賛成です」

「なぜ? 替えの効く機械に“逃げろ”というのも、おかしな話だと思うのだけれど」


 赤毛の少女は首を横に振る。彼女の首元で、橙色の首飾りが揺れた。


「あなたは特別。私たちに対して“なぜ”と問いかけてくる“管制者”は、あなただけよ」


 △


 イルリサットの“管制者”は、居住者と各システムとの橋渡しをするために、地上ベースと六基の軌道エレベータの上部と下部それぞれに一体ずつ、合計十三体が配備されている。セカンド・タワー下部の管制のために作られた私は、与えられた任務を忠実にこなしつつ、二百年を移住者と共に過ごしていた。

 右足が動かなくなる以前のことは、何故かはっきりしない。記録はすべて残っているし、私が何をしていたのかも覚えてはいるのだが、それは自分ではない“何か”がやっていたことのように思える。


 そのときから、私は“余計なこと”をするようになった。技師が用意した車椅子で居住区内を動き回り、戸惑う居住者の反応を記録した。

 それまで単純に許可していた“物質マテリアル”の請求に対して、ふと、なぜ必要なのかと問いかけ、答えを聞いて内容の変更を提案した。

 赤毛の少女の首飾りも、私が古いライブラリから引き出した情報を彼女の母親に伝えてから、何日かかけて作られたものだ。手作りしたいという母親の要望に対処するには、少し多めの時間を要した。あれは結局、誕生日に間に合わせたいと後から言われて、私も手伝ったのだ。

 当然、すべてが上手くいった訳ではなかった。料理に関する話題は、いつからか私の前では避けなければならない事柄になったようだ。


「サード・タワーが受け入れを承認しました」


 連絡艇の格納庫へと降りていく昇降機エレベータの中で、外部システムから受け取ったメッセージの内容を彼に伝える。

 安心したように表情を和らげた彼に、改めて提案を行う。


「私の首だけを載せるようにすれば、もうひとり乗れると思うのだけれど」

「いえ。貴女の“自我”について何も解明されていない以上、それを失う可能性がある行為は避けねばなりません」


 彼の言うことは理解できる。設計上、頭部にある中核部分さえ無事なら、“管制者”は修復可能だ。しかし、私の右足が動かないことが、私が自発的行動をとることの要因となっている可能性は十分に考えられる。私を居住者のかわりに操縦席に座らせるという考えは理解できないが、他ならぬ居住者からの要望は、可能な限り叶えられなければならない。


 ならない、のだが。


 △


 システムに悪影響の無い範囲において、“管制者”は居住者の要望に従うようにように作られている。意見を求められれば回答するが、緊急時を除いて自分から行動することはない。

 だというのに私は、連絡艇の格納庫に辿り着き、車椅子から立ち上がってもまだ迷っているのだ。


「やはり、私のかわりに、誰かを」

「いえ。どうか貴女の操縦で、子供たちを運んでください」


 思考がループする。少なくとも、あとひとり助けられるのだという“余計な”考えが、右足どころか左足の動きも重くする。だが、“管制者”は迷って止まったりすることはない。このまま彼に要望され続ければ、私は遅かれ早かれ操縦席に座ることになるだろう。であるなら、これはループではなく螺旋だ。螺旋を描く思考の下、ゆっくりと左足を踏み出したとき、タワーが大きく揺れた。


 杖が滑り、右手から離れる。バランスを失って、身体が左に傾く。転倒を避けられないと判断した私は、左腕で頭部を守り、その状態で硬い床に衝突した。


「大丈夫ですか」


 彼はすぐに私を抱え起こし、声をかけてきた。その後ろには、子供たちの心配そうな顔が見える。自己診断では損傷は無い。だが。


「どうやら、あなたたちの要望を受け入れるのは難しくなったみたいね」


 私の左腕は、制御から外れて動かなくなってしまった。


 △


 ▽


 はるか昔。“光の速度を改変する技術”を手に入れた人々は、地球外の知的生命体との接触を求めてオリオン腕の調査を開始し、惑星改造と移民によって少しずつ生存圏を広げていった。

 惑星イルリサットの恒星系はオリオン腕から少し外れた位置にあり、サジタリウス腕に調査の手を伸ばすための中継地点として選ばれていた。移民計画は承認され、惑星改造のための無人船が先行して送り出された。


 惑星改造は順調だった。しかし、いくつか手違いが重なったせいで、移民船はイルリサットが地球化される前に到着してしまった。人体に有害なガスが発生している地表部分を除いて、大気は呼吸可能な段階になっていたため、一部の人々は地上ベースと軌道エレベータの居住区への移住を希望した。そして、緊急時に十全な救難活動が行われない可能性があることを条件に、それは了承された。

 それからおよそ二百年が経過し、地球化プロセスは最終段階に移行している。恐らく、あと数世代もかからずに、タワーの居住区や移民船から降りてくる人々で、地上は賑わうことになるだろう。


 だが、それでは遅いのだ。


 ▽


 彼と子供たちが見守る中、私は車椅子に戻った。左腕のリングを利用した駆動系の制御を行えない上に、外部のシステムにもアクセスできないことを再確認しつつ、ひとりの居住者の名前を彼に告げる。


「私のかわりに、彼女を操縦士とすることを提案します」


 この期に及んでも、どうにかして私を連絡艇に乗せられないか考えていたのだろう。しかし、決定を覆して議論をやり直す時間は残されていない。彼は少しの間沈黙し、諦めたように口を開いた。


「はい。理由をお聞かせ願えますか」

「彼女が乗れば、四人助けられるから」


 本人伝達事項を許可なく他人に伝えることは禁じられている。しかし何故か、その規則ルールの優先度は、遠回しの表現を許す程度まで低下しているようだ。彼は、私の言葉の意味することを察したようだった。


「今日の健康状態チェックで判明しました。彼女の作業履歴から考えて、父親はサード・タワーにいるでしょう」

「なるほど。わかりました」


 彼は頷くと壁面の通信装置に向かい、手早く彼女の呼び出しを行った。


 ▽


 タラップを渡って連絡艇に乗り込む三人の姿を、制御室からモニター越しに見守りながら、私は“余計なこと”を呟く。


「タワーの状態も把握できず、物質化装置マテリアライザも使用できない。他のシステムとの繋がりがなければ、“管制者”として私ができることは何もないわね」


 起動シーケンスに入った連絡艇の状態をチェックしつつ、彼は口を開いた。


「いえ。権限さえあれば、物質化装置は手動でも操作できます」


 彼にそう言われて、右手による手動操作が選出閾値を越え、選択肢として浮かび上がる。私の右手でも十分に操作可能であるとの結論に達したものの、それを検証する時間は残されていない。


「未処理の案件が残るのは好ましくない傾向ね」


 格納庫のハッチが開いていく。青い空と白い海の狭間に向かって、連絡艇が動き出す。連絡艇が十分に離れた時点で、セカンド・タワーの放棄は実行に移される予定だ。


「はい。彼女の子供の名前も考えないといけないのではありませんか?」

「決めるのは私ではないでしょう」

「しかし、いつも貴女が挙げた名前から選ばれていました」


 セカンド・タワーで生まれた子供の名前は、何故かすべて私が考えていた。それはタワーへの居住が始まってからのことで、右足が動かなくなってからも変わらなかった。誰の気紛れから始まったのかは判らないが、少なくとも他のタワーには無い風習らしかった。理由を調べようにも、移民船から移住してきた最初の世代は既にこの世を去っている。であるならば、


「私があなたたちの名付け親ということになるのかしら」

「はい。そうなりますね」


 私が名前をつけた、セカンド・タワーの子供たち。習慣化、類型化され、完全に独立したものとして記憶していた情報が、新しい思考と関連付けられた。今更ながら、その風習が私に与えた影響について検討する必要があるのでは、と考え始める。しかしそれは、緊急度の高い現在の状況を優先すべきという規則によって中断させられた。


 ──ああ、この状況で私にできることなど無いというのに、緊急度が何だというのか。


「可能性は追求されるべきだわ。それを考える時間も、自由も、私には無いのだけれど」


 いまだに自分を縛りつける制約に抗うように、“余計なこと”が口から漏れ出る。隣に立っていた彼が、驚きと、わずかな喜びの入り混じった表情でこちらを見た。


「はい……いいえ。貴女が求めるのなら、可能性は残されています」


 ▽


 車椅子に座った状態で、彼に運ばれるままにやってきたのは、居住区の外周部に存在する脱出ポッドのひとつだった。確かに、これで地上へと脱出することはできる。しかし、自身の稼働だけで手一杯の、小さな半永久機関を積んでいるだけの機械に対して、セントラル・ベースや他のタワーから回収の手が差し伸べられることは無いはずだ。


「一体、どうするつもり?」


 ポッド内部の点検を行いつつ、彼は返答する。


「セカンド・タワーの居住者全員で決めていたことがあります。もし貴女が“欲求”を語ることがあったなら、貴女の保護を要請しよう、と」


 保護の要請。私を貴重なものだと主張しようという意図は理解できた。しかし、それは通常、生物に対して適用されるものだ。

 過去の事例を追ってみようとするも、外部にアクセスできない現状では判断がつかなかった。

 彼はセントラル・ベースへの緊急回線が繋がったことを確認すると、表情を引き締め、はっきりとした口調で話し始めた。


「地球外知性体との接近遭遇を報告します。対象は極めて友好的。規定されたプロセスに従って、対象の保護を要請します」


 通信相手の応答を待たず、彼は回線を切断した。表情が固まったままの彼に対して、私は疑問ともつかない言葉を投げかける。


「地球外というのは確かに間違っていないけれど、無茶をするものね」

「いえ。私はただ、可能性を追求しているだけですよ」


 車椅子から私と杖を抱え上げ、脱出ポットに運び入れながら、彼は言葉を続けた。


「例えば、実は右足に微小な異星人エイリアンが寄生していて、それが貴女を操っている、というのはどうでしょう」


 彼の表情は見えないが、口調から本気ではないと判断できるだけの蓄積はある。


「これまでずっと、聞くタイミングが無かったのだけれど。冗談を言われたとき、私はどう反応すればいいのかしら」

「はい。そうですね、素直に感想を述べてみるというのは?」


 先ほどの彼の冗談を再検討してみる。結果を彼に伝わる形式に置き換え、言い方を変えて、音声化する。


「なかなか夢のある説ね」


 彼は笑いながら、体の向きを変えて脱出ポッドから這い出した。


「その調子です。少なくとも、これで貴女はセントラル・ベースに辿り着けるでしょう。その先のことに対して、我々が関与できないことが悔やまれますが、仕方ありません」


 閉じていくハッチの向こう側で彼は振り返り、屈み込むと、私に笑顔を見せた。


「さようなら、愛しき姫よ。強く生きてください」


 カタパルトの振動がしばらく続いた後、私を載せた脱出ポッドは、セカンド・タワーから射出された。


 ▽


 着地の衝撃が、脱出ポッドの内部にもわずかに伝わってくる。


 右手でコンソールを操作し、外部の様子をモニターに表示させる。

 昼と夜の境界上にあって、空は深紅に染まっていた。昼の側を見れば、大きく赤い恒星は褐色の山脈に隠れつつある。夜の側の空には、赤く光るミラー衛星がいくつか確認できる。


 はるか天空から吊り下げられたセカンド・タワーは、昼の側にあった。タワーの下端付近、地上四千メートルに存在する居住区は、長い棒の途中に取りつけられた、いびつな形のナットのようだった。

 紅い空を縦に走る一本の黒い線が、下から少しずつ崩れていく。しばらくして、タワーの崩壊が居住区まで達し、より大きな断片が地表へと落下し始めた。その光景が類型化され、以前にライブラリで参照した光景と照合される。あれはさしずめ、夕暮れ時の線香花火か、さかしまの螺旋塔バベルか、地獄に下ろされた蜘蛛の糸か。


 私は思考する。


 どうやら、機能を失い、役割を失い、彼らを失ってなお、私は動いているらしい。

 それでも私には、生命や死や、感情や言葉遊びの本質を理解することができていない。


 私は思考する。


 連絡艇は無事にサード・タワーへと辿り着くだろうか。彼女の子供の名前を考えるために、再びライブラリにアクセスする必要がある。しかし、セカンド・タワーが再建されたとしても、私が“管制者”として復帰する可能性は低い。その場合、改めて権限を得る方法を探らなければならない。


 外部センサーが、セントラル・ベースから接近する信号を受信し、通知音が鳴らされる。どうやら、彼の言った通りになったようだ。

 信号がこちらと接触するまで、まだかなりの時間がある。無事に回収されたとして、その後の私の処遇と、私がとるべき対応については、情報が少なすぎるため判断が難しい。


 であるならば。


 紅い太陽と鏡の月たち、遥かな箱舟、天頂の円環、そして六柱の塔の世界で。


 あなたたちが私に残した時間を使って、私は可能性を追求しよう。

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